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第五章・帝国の王女
550.Main Story:Ameless
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「天使の末裔ってどういう事だ、エンデア」
「どういうも何も、そのままの意味です。──“恒久的視力不全”。“遺伝を無視した毒の魔力”。“生まれつきある背中の痣”。“覚醒を齎す為の実験”。それら全てが、その男が数千年で薄まった天使の血筋の中に生まれた──……先祖返りである事を示しております」
「「「「先祖返り……!?」」」」
思いもよらぬ言葉に、多くの驚愕が織り重なる。
────かつて、不慮の事故で地に落ちた天使がいたという。その天使は翼も光輪も失い、地上を彷徨ったらしい。その果てに天使は、この大地の何処かに安住の地を見つけ、根を張った。もう二度と、天へは戻れぬと悟って──……。
「まず、恒久的視力不全。天界より落ちた天使は、それでも主たる神を忘れられず、天に輝く太陽へと手を伸ばし続けた。終にはその眩さに目を焼かれ、視力の大半を喪ったとされる。次に毒の魔力……これは単純に、地上に落ちた反動で天使の持つ神聖なる力が反転したものでしょう。先祖返りの影響で、遺伝を無視して毒の魔力が発現したものと思われる」
淡々と言葉を羅列し、エンデアは相槌など不要とばかりに捲し立ててゆく。
「次に、背中の痣。ここまで来れば分かりきったことですが、翼の名残ですね。最後に覚醒の為の実験──これに関しては、ワレの推測も含むが、構わぬか?」
「……許可する。その真偽はともかく、一度最後まで話せ」
シュヴァルツの許可を得て、エンデアは話を再開した。
「恐らくは、血筋にのみ言い伝えられる口伝か何かがあったのだろう。たとえば──『背中に痣を、悪しき魔力を、そして世界を疎む目を……それらを持つ者は、我等が同胞──天の使いとなるだろう』といった風の、胡乱な言い伝えが。そして、幸か不幸かその条件に合致する子供が生まれてしまった。故に、実験が行われたのでしょう」
──先祖返りであるシャルを、天使に変生させる為に。……酷い話だ。そんな胡乱な言い伝えの所為で、シャルが酷い目に遭っていただなんて……。
誰もがそう思ったのか、エンデアとシュヴァルツ以外の全員は絶句していた。
「しっかし、シャルルギルが天使の末裔ねェ。この場にいる誰一人として気付かなかったなァ」
「それこそ奇跡的な先祖返りのようですからね。その身に宿る血もほとんどは人のものだが、魂が少しばかり天使のもののようです」
言いたかった事を全て言い終わったのか、エンデアは達成感に満ちた表情でため息をつき、
「──魔王様。ワレはもう充分働いたと思うが、まだ帰還してはならないのですか?」
「あー……まァ、ユーキやらシャルルギルの事が分かったから、もういい。帰りたきゃ帰れ」
「では、ワレはこれにて失礼する」
シュヴァルツに向け一礼し、私達には社交辞令すらせず姿を消した。
♢♢♢♢
正直、未だにシャルが天使だという実感は湧かないし、本人も良く分かっていないようなのだが……人外の知り合いが多いからだろうか。私達は、案外あっさりと受け止めていた。
「ハーフエルフのユーキと天使の末裔のシャルルギル……何もせずとも妖精の奇跡力に対抗出来る人間がいる、というのはボク達としてもやりやすいよ」
守ってやる必要がないからな。と、シュヴァルツもこれには同意した。
「……──天使、か」
「どうしたのじゃ兄上。何か思い当たる節でもあるのか?」
「…………あの、子供──聖人だったか? アレ、昔は天使に近しい力を使ってた気がするけど……聖人とやらは、娘の敵なの?」
珍しく、クロノが口を開く。思いもよらぬ質問に、私は一瞬反応が遅れてしまった。
「聖人──ミカリア様は……」
多分、敵だ。だって彼はミシェルちゃんの保護者も同然。──ならば、奇跡力の発生源とされる彼女と遭遇している筈だし、彼もマクベスタ達のように私を忘れている事だろう。
露骨に言い淀んだからか、言外に含んだ答えにも気づいたらしい。クロノは「そう。じゃあ、今のは忘れろ」と会話を終わらせようとした。
そこで、
「…………あれ、でも……」
ふと、ミカリアのある言葉を思い出す。
『聖書曰く。妖精と天使とは水と油の如く相性が悪いとのこと。ならば……僕の魂に刻まれた名が、僕をおまえたちの毒牙から護るだろう』
『我が名、ミカリア。それは神の寵愛を受けし者──……最も愛されし大天使、ミカエルの系譜に連なりし言葉。故に、僕の魂はおまえたちの奇跡を陵辱する』
彼はそう、まるで奇跡力の影響を受けないような事を言って……あまつさえ穢妖精に簡単に攻撃を当てていたような──。
「天使の血は持たないが、天使の力や天使に連なる名を持つ男ねぇ……」
「あの天使共の血程の力はないが、それでも天使関連だから……多少は抵抗する力があると見た」
先日の一件を話題に挙げると、シルフとシュヴァルツが前のめりでこれに食いついた。
「……そういえば。天使に連なる名前なら、どこかでもう一つ、聞いたことがあるような……」
確か、そう──……英語で書くと、そのまま天使を現す名前で…………
「──“Angel”」
ぽつりと呟いたその言葉に、彼等は目を丸くして反応する。
「アンヘル、つったらあの吸血鬼か?」
「そうだよ……この辺りの古代語では、“アンヘル”が天使を指す言葉だった気がする! でもアミィ、よく知ってたねそんな事」
「ハ、ハイラの授業で聞いたのかも」
「マジかよ。アイツの授業、古代語まで網羅してるのか?!」
前世知識だとは言えないので適当に誤魔化したところ、シュヴァルツはぎょっと瞬いた。
……まあ、実際、ある程度の時期までの古代語は習ったから、まったくの嘘という訳ではない。
「じゃあ、とりあえずあの聖人と吸血鬼はどちらも注視するってことで。もしかしたら──何か、使えるかもしれないからね」
ただでさえ仲間が軒並み奇跡力の影響を受けているんだ。チート級に強いあの二人がもしも、奇跡が起きて味方になってくれたなら……それ程心強い事はない。
その一心から、私はシルフの言葉に強く頷いた。
「どういうも何も、そのままの意味です。──“恒久的視力不全”。“遺伝を無視した毒の魔力”。“生まれつきある背中の痣”。“覚醒を齎す為の実験”。それら全てが、その男が数千年で薄まった天使の血筋の中に生まれた──……先祖返りである事を示しております」
「「「「先祖返り……!?」」」」
思いもよらぬ言葉に、多くの驚愕が織り重なる。
────かつて、不慮の事故で地に落ちた天使がいたという。その天使は翼も光輪も失い、地上を彷徨ったらしい。その果てに天使は、この大地の何処かに安住の地を見つけ、根を張った。もう二度と、天へは戻れぬと悟って──……。
「まず、恒久的視力不全。天界より落ちた天使は、それでも主たる神を忘れられず、天に輝く太陽へと手を伸ばし続けた。終にはその眩さに目を焼かれ、視力の大半を喪ったとされる。次に毒の魔力……これは単純に、地上に落ちた反動で天使の持つ神聖なる力が反転したものでしょう。先祖返りの影響で、遺伝を無視して毒の魔力が発現したものと思われる」
淡々と言葉を羅列し、エンデアは相槌など不要とばかりに捲し立ててゆく。
「次に、背中の痣。ここまで来れば分かりきったことですが、翼の名残ですね。最後に覚醒の為の実験──これに関しては、ワレの推測も含むが、構わぬか?」
「……許可する。その真偽はともかく、一度最後まで話せ」
シュヴァルツの許可を得て、エンデアは話を再開した。
「恐らくは、血筋にのみ言い伝えられる口伝か何かがあったのだろう。たとえば──『背中に痣を、悪しき魔力を、そして世界を疎む目を……それらを持つ者は、我等が同胞──天の使いとなるだろう』といった風の、胡乱な言い伝えが。そして、幸か不幸かその条件に合致する子供が生まれてしまった。故に、実験が行われたのでしょう」
──先祖返りであるシャルを、天使に変生させる為に。……酷い話だ。そんな胡乱な言い伝えの所為で、シャルが酷い目に遭っていただなんて……。
誰もがそう思ったのか、エンデアとシュヴァルツ以外の全員は絶句していた。
「しっかし、シャルルギルが天使の末裔ねェ。この場にいる誰一人として気付かなかったなァ」
「それこそ奇跡的な先祖返りのようですからね。その身に宿る血もほとんどは人のものだが、魂が少しばかり天使のもののようです」
言いたかった事を全て言い終わったのか、エンデアは達成感に満ちた表情でため息をつき、
「──魔王様。ワレはもう充分働いたと思うが、まだ帰還してはならないのですか?」
「あー……まァ、ユーキやらシャルルギルの事が分かったから、もういい。帰りたきゃ帰れ」
「では、ワレはこれにて失礼する」
シュヴァルツに向け一礼し、私達には社交辞令すらせず姿を消した。
♢♢♢♢
正直、未だにシャルが天使だという実感は湧かないし、本人も良く分かっていないようなのだが……人外の知り合いが多いからだろうか。私達は、案外あっさりと受け止めていた。
「ハーフエルフのユーキと天使の末裔のシャルルギル……何もせずとも妖精の奇跡力に対抗出来る人間がいる、というのはボク達としてもやりやすいよ」
守ってやる必要がないからな。と、シュヴァルツもこれには同意した。
「……──天使、か」
「どうしたのじゃ兄上。何か思い当たる節でもあるのか?」
「…………あの、子供──聖人だったか? アレ、昔は天使に近しい力を使ってた気がするけど……聖人とやらは、娘の敵なの?」
珍しく、クロノが口を開く。思いもよらぬ質問に、私は一瞬反応が遅れてしまった。
「聖人──ミカリア様は……」
多分、敵だ。だって彼はミシェルちゃんの保護者も同然。──ならば、奇跡力の発生源とされる彼女と遭遇している筈だし、彼もマクベスタ達のように私を忘れている事だろう。
露骨に言い淀んだからか、言外に含んだ答えにも気づいたらしい。クロノは「そう。じゃあ、今のは忘れろ」と会話を終わらせようとした。
そこで、
「…………あれ、でも……」
ふと、ミカリアのある言葉を思い出す。
『聖書曰く。妖精と天使とは水と油の如く相性が悪いとのこと。ならば……僕の魂に刻まれた名が、僕をおまえたちの毒牙から護るだろう』
『我が名、ミカリア。それは神の寵愛を受けし者──……最も愛されし大天使、ミカエルの系譜に連なりし言葉。故に、僕の魂はおまえたちの奇跡を陵辱する』
彼はそう、まるで奇跡力の影響を受けないような事を言って……あまつさえ穢妖精に簡単に攻撃を当てていたような──。
「天使の血は持たないが、天使の力や天使に連なる名を持つ男ねぇ……」
「あの天使共の血程の力はないが、それでも天使関連だから……多少は抵抗する力があると見た」
先日の一件を話題に挙げると、シルフとシュヴァルツが前のめりでこれに食いついた。
「……そういえば。天使に連なる名前なら、どこかでもう一つ、聞いたことがあるような……」
確か、そう──……英語で書くと、そのまま天使を現す名前で…………
「──“Angel”」
ぽつりと呟いたその言葉に、彼等は目を丸くして反応する。
「アンヘル、つったらあの吸血鬼か?」
「そうだよ……この辺りの古代語では、“アンヘル”が天使を指す言葉だった気がする! でもアミィ、よく知ってたねそんな事」
「ハ、ハイラの授業で聞いたのかも」
「マジかよ。アイツの授業、古代語まで網羅してるのか?!」
前世知識だとは言えないので適当に誤魔化したところ、シュヴァルツはぎょっと瞬いた。
……まあ、実際、ある程度の時期までの古代語は習ったから、まったくの嘘という訳ではない。
「じゃあ、とりあえずあの聖人と吸血鬼はどちらも注視するってことで。もしかしたら──何か、使えるかもしれないからね」
ただでさえ仲間が軒並み奇跡力の影響を受けているんだ。チート級に強いあの二人がもしも、奇跡が起きて味方になってくれたなら……それ程心強い事はない。
その一心から、私はシルフの言葉に強く頷いた。
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