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第五章・帝国の王女
547.Side Story:Schwarz
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魔界は現在、九つの領土に分かれている。
その内訳は至ってシンプル。魔王城を中心とした魔王領と、八柱の魔物である八体の魔族の長が支配する、八つの領土を合わせた九つだ。
まァ、オレサマは魔王権限で全ての領土でアレコレ出来る訳だが、下々は違う。日夜領土争いと称して他種族との抗争が各地で起きているのだが、度を超えない限りはオレサマも黙認している。
とはいえ、だ。
「……お前等って本当に嫌われてるよなァ」
「強者故、雑魚共に妬まれているだけに過ぎません。負け犬の遠吠えなど耳障りなだけなのですがね」
堕天族のそれは凄まじい。常に複数の種族から攻め込まれており、物の見事に全てを返り討ちにしている。
元天使という点から、ありとあらゆる魔族に嫌われている種族。──それが堕天族。その為抗争が絶えず、この領土は毎日が戦場と化している。
「して、魔王様は一体いつまでワレの城に滞在なさるおつもりですか?」
「そりゃァ目当ての情報が見つかれば、オレサマとてさっさとアミ──……人間界に行くさ」
魔界序列第二席、堕天族の長エンデアが冷ややかな視線を向けてきた。目は口ほどに物を言うとは有名な話だが、まさにこの男の目は『早く帰れよ』と雄弁に物語っている。
まァ、かれこれ一週間以上ここに居るからな。流石のエンデアも、堪忍袋の緒が切れちまったか。
オレサマだって好きでこんな陰気臭い城にいるワケじゃないんだがな。正直なところ、アミレスに会いたくて仕方が無い。ちっせェアイツをこの腕の中にすっぽりとおさめ、その香りやら体温やらを堪能したいのだ。
でもなァ……下手にアレコレ触っちまうと、悪魔的には本能を曝け出したくなるというか。理性の無い種族としては割とキッツイんだよ、我慢するの。だが手を出した日にはアイツ──……
『はじめて、だったのに……っ』
絶対、二度と口聞いてくれなくなるよな。うわ無理。そんなの想像しただけで死にそう。
かつての苦い出来事を思い出し、そして未来の可能性を想像しては肝を冷やす。
口付けしただけであんなに取り乱す純粋培養の箱入りお姫様だからな、アイツ。──クソッ、教育係の奴め……余計な真似を……!
はァ…………マジで、さっさとオレサマのこと好きになってくれねェかなァ、アミレス。こうやって好感度稼ぎをちまちまやるのも大変なんだぞ、こう見えて。
「──つーか。オレサマは、元天使のお前なら妖精に関する情報を何かしら持ってると踏んで、ここに来たんだが」
「……何度も言いましたが。ワレ等は堕天した際、天界にいた頃の記憶を失う。なればこそ、ワレがあの者共について何も知らぬのも自明の理というものです」
「そう聞いたから、オレサマはこうしてお前の城の蔵書を隅から隅まで調べてるんだよ。分かったら文句言うな」
妖精と天使の相性が水と油以上に悪いのは、魔族や精霊などの間でも有名な話。なのでオレサマは部下の元天使──堕天族のエンデアの元を尋ねていた。
この先、きっと人間と妖精共の間で争いが起きる。それに備え、何か、妖精に対する有効打を得られないかと思ったのだ。
「肉は肉屋に──……妖精の事は妖精に聞けばよろしいのでは? 都合のいい事に、魔界には半分妖精の種族がいるのですから」
「残念でしたァ~~、そこらへんの種族にはとっくに聞いてるっつの。シバルレイトやその他妖魔騎士族連中曰く、『妖精の弱点は“死”以外分からない』だとよ」
「チッ……役立たずが……」
いやそれはお前等もだろ。と思うが、心の中にそっと抑えておいてやる、優しい魔王なのであった。
「──ん? なんだこの記述」
本の山に囲まれ、古書を高速で捲って読み進めていた時。ふと、気になる一文を見つけた。
【妖精とは、神々の力によって栄えた自然より発生した、この世界の免疫機構。そのため、自浄機能として“奇跡”を操る力を持つ】
【妖精は“奇跡”を司る存在でありながら、“魂の葬送者”を極度に恐れる。その理由は幅広く考察されるのだが、複数唱えられし説の中で最も有力なものは】
「【“魂の葬送者”が死を司る存在であり、“魂の葬送者”が降臨した時点ですべての因果の調律が行われるからとされる】──ねェ……誰が編纂したものかは知らねェが、一番の収穫は間違いなくコレだな」
著者不明の書物をエンデアと並んで覗き込み、鋭く口角を吊り上げる。
中々に面倒な言い回しではあるが、要はそういう事だ。まさかこんな裏技があったとはな。
「念の為に聞くが、コレ、本当か?」
「……心当たりの有無であれば、有るとだけ。そういうものだと思っていたから、これまで気にした事はありませんでしたが」
「そうかい。よしッ、早速人間界に行くぞ! お前も来い、エンデア!」
書物を手に立ち上がり、服に着いた埃をはらうべく換装する。正装は息苦しいから嫌いなんだが、久々にアミレスに会うのだから少しぐらいは洒落た格好をしよう。
オレサマに続くように、黒翼をふわりと広げてエンデアも立ち上がる。そして彼は、やれやれと肩を竦め、短く息を吐いた。
「ワレに拒否権は無いのですね」
「検証には天使が必要なんだよ」
「実験体扱いとはなんとも失礼な……これだから悪魔は……」
「お前──……やっぱり天使の頃の記憶残ってるだろ」
「まさか」
堕ちた天使は真顔ですっとぼける。
その後も、エンデアはこちらの追及をのらりくらりと躱した。ぎゃあぎゃあと言い合いつつもオレサマ達は扉をくぐり、数日ぶりの人間界に足を踏み入れた。
その内訳は至ってシンプル。魔王城を中心とした魔王領と、八柱の魔物である八体の魔族の長が支配する、八つの領土を合わせた九つだ。
まァ、オレサマは魔王権限で全ての領土でアレコレ出来る訳だが、下々は違う。日夜領土争いと称して他種族との抗争が各地で起きているのだが、度を超えない限りはオレサマも黙認している。
とはいえ、だ。
「……お前等って本当に嫌われてるよなァ」
「強者故、雑魚共に妬まれているだけに過ぎません。負け犬の遠吠えなど耳障りなだけなのですがね」
堕天族のそれは凄まじい。常に複数の種族から攻め込まれており、物の見事に全てを返り討ちにしている。
元天使という点から、ありとあらゆる魔族に嫌われている種族。──それが堕天族。その為抗争が絶えず、この領土は毎日が戦場と化している。
「して、魔王様は一体いつまでワレの城に滞在なさるおつもりですか?」
「そりゃァ目当ての情報が見つかれば、オレサマとてさっさとアミ──……人間界に行くさ」
魔界序列第二席、堕天族の長エンデアが冷ややかな視線を向けてきた。目は口ほどに物を言うとは有名な話だが、まさにこの男の目は『早く帰れよ』と雄弁に物語っている。
まァ、かれこれ一週間以上ここに居るからな。流石のエンデアも、堪忍袋の緒が切れちまったか。
オレサマだって好きでこんな陰気臭い城にいるワケじゃないんだがな。正直なところ、アミレスに会いたくて仕方が無い。ちっせェアイツをこの腕の中にすっぽりとおさめ、その香りやら体温やらを堪能したいのだ。
でもなァ……下手にアレコレ触っちまうと、悪魔的には本能を曝け出したくなるというか。理性の無い種族としては割とキッツイんだよ、我慢するの。だが手を出した日にはアイツ──……
『はじめて、だったのに……っ』
絶対、二度と口聞いてくれなくなるよな。うわ無理。そんなの想像しただけで死にそう。
かつての苦い出来事を思い出し、そして未来の可能性を想像しては肝を冷やす。
口付けしただけであんなに取り乱す純粋培養の箱入りお姫様だからな、アイツ。──クソッ、教育係の奴め……余計な真似を……!
はァ…………マジで、さっさとオレサマのこと好きになってくれねェかなァ、アミレス。こうやって好感度稼ぎをちまちまやるのも大変なんだぞ、こう見えて。
「──つーか。オレサマは、元天使のお前なら妖精に関する情報を何かしら持ってると踏んで、ここに来たんだが」
「……何度も言いましたが。ワレ等は堕天した際、天界にいた頃の記憶を失う。なればこそ、ワレがあの者共について何も知らぬのも自明の理というものです」
「そう聞いたから、オレサマはこうしてお前の城の蔵書を隅から隅まで調べてるんだよ。分かったら文句言うな」
妖精と天使の相性が水と油以上に悪いのは、魔族や精霊などの間でも有名な話。なのでオレサマは部下の元天使──堕天族のエンデアの元を尋ねていた。
この先、きっと人間と妖精共の間で争いが起きる。それに備え、何か、妖精に対する有効打を得られないかと思ったのだ。
「肉は肉屋に──……妖精の事は妖精に聞けばよろしいのでは? 都合のいい事に、魔界には半分妖精の種族がいるのですから」
「残念でしたァ~~、そこらへんの種族にはとっくに聞いてるっつの。シバルレイトやその他妖魔騎士族連中曰く、『妖精の弱点は“死”以外分からない』だとよ」
「チッ……役立たずが……」
いやそれはお前等もだろ。と思うが、心の中にそっと抑えておいてやる、優しい魔王なのであった。
「──ん? なんだこの記述」
本の山に囲まれ、古書を高速で捲って読み進めていた時。ふと、気になる一文を見つけた。
【妖精とは、神々の力によって栄えた自然より発生した、この世界の免疫機構。そのため、自浄機能として“奇跡”を操る力を持つ】
【妖精は“奇跡”を司る存在でありながら、“魂の葬送者”を極度に恐れる。その理由は幅広く考察されるのだが、複数唱えられし説の中で最も有力なものは】
「【“魂の葬送者”が死を司る存在であり、“魂の葬送者”が降臨した時点ですべての因果の調律が行われるからとされる】──ねェ……誰が編纂したものかは知らねェが、一番の収穫は間違いなくコレだな」
著者不明の書物をエンデアと並んで覗き込み、鋭く口角を吊り上げる。
中々に面倒な言い回しではあるが、要はそういう事だ。まさかこんな裏技があったとはな。
「念の為に聞くが、コレ、本当か?」
「……心当たりの有無であれば、有るとだけ。そういうものだと思っていたから、これまで気にした事はありませんでしたが」
「そうかい。よしッ、早速人間界に行くぞ! お前も来い、エンデア!」
書物を手に立ち上がり、服に着いた埃をはらうべく換装する。正装は息苦しいから嫌いなんだが、久々にアミレスに会うのだから少しぐらいは洒落た格好をしよう。
オレサマに続くように、黒翼をふわりと広げてエンデアも立ち上がる。そして彼は、やれやれと肩を竦め、短く息を吐いた。
「ワレに拒否権は無いのですね」
「検証には天使が必要なんだよ」
「実験体扱いとはなんとも失礼な……これだから悪魔は……」
「お前──……やっぱり天使の頃の記憶残ってるだろ」
「まさか」
堕ちた天使は真顔ですっとぼける。
その後も、エンデアはこちらの追及をのらりくらりと躱した。ぎゃあぎゃあと言い合いつつもオレサマ達は扉をくぐり、数日ぶりの人間界に足を踏み入れた。
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