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第五章・帝国の王女
542.Side Story:Others
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ローズニカの発言には、さしものエンヴィーも目を丸くする。しかしその時彼は、少し前にしたミュゼリカとの世間話を思い出した。
『アタシの歌姫ちゃんはね、“愛”を歌わせたら最強なのよ! もうほんっとに凄いんだから! だってこのアタシの精神にもちょっとだけ干渉してくるのよ? 流石はアタシの歌姫ちゃんだわぁ~~っ!!』
(──回想でもうるせーなあの女。っと、兄が兄なら妹も、ってことか? あいつの言葉が本当なら、ローズニカならもしかするかもな)
先程までの憔悴しきった顔から一変し、強い意思に彩られた顔になったローズニカを見下ろし、エンヴィーは告げる。
「本当にやれるのか、ローズニカ」
「はい。私がやります。私が、やらないといけないんです」
(──もう、アミレスちゃんの傷ついた姿を見たくない。これ以上、アミレスちゃんにばかり戦わせたくない!)
ローズニカはほんの数時間前の出来事を思い出した。レオナードが妖精に連れ去られたと報告してきたアミレスの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていたローズニカのそれよりもずっと酷く、深く傷ついていた。それでも彼女は、涙を堪えられないローズニカの肩に手を置き、こう言った。
『……ごめん、ローズ。でも何があってもレオは見つけるから。必ず無事に貴女の元に連れ戻すから。だから大丈夫。絶対に大丈夫だよ』
まるで自分に言い聞かせるかのように。アミレスはローズニカを抱き締め、何度も『大丈夫』と言った。
その時自分の背中に添えられていたアミレスの手が、小刻みに震えていたのを、ローズニカだけは知っている。
だから、決意した。
(このまま戦い続けたら、きっとアミレスちゃんはもっと傷つき、たくさん涙を流すことになる。それは──絶対に嫌だ! 今にも泣きそうな顔で、何度も私に大丈夫だって言ってくれた優しいアミレスちゃんの為に、今度は私が何かをする番よ。だからこんなところでくよくよしてる場合じゃないわ、ローズニカ・サー・テンディジェル!)
「……──もしも、お兄様が妖精側に傾倒したならば。その時は、私の魔法で、お兄様の言霊を相殺します」
弱気な歌姫だったローズニカの決意に、シルフは少しだけ瞠目し、
「……それが一番可能性が高い、か。よし、妖精共が切り札を切ってきたらその時は全力で歌え、ローズニカ。後でボク達が治すから、街の奴等のことも気にせず滅びの歌でもなんでもやってやれ」
「っはい! 頑張ります!!」
「ああ、当然アミィにはそんな歌は聞かせるなよ」
「もももっ、もちろんですっ! アミレスちゃんには聞かせられません、滅びの歌なんて!!」
アフターフォローは任せろと、彼女の意思を尊重した。しかしローズニカがあまりにも力むものだから、冗談交じり(※九割本気)に茶々を入れ、彼女の緊張を解してやる。シルフにしては面倒見がよいものだ。
♢♢♢♢
「シルフさん、例の人間の周りにはマクベスタとかがいるんでしょう? その人間に接触するなら、支配された人間達が中々に邪魔だと思いますけど、どうします?」
エンヴィーはもう一人の弟子に思い馳せた。彼が教えた剣術だけでなく、強力な雷魔法、魔王から教わった殺害特化の剣術……そして、失われた筈の聖剣ゼースを持つマクベスタは、味方なら頼もしいことこの上ないが、ひとたび敵対したならば。──その脅威度はぐんと跳ね上がる。
にも関わらず、なんとあちらにはカイルまでいるのだ。その双璧の厄介さたるや、精霊王であるシルフでさえも大きくため息をつく程。
「次から次へと問題が湧いてきやがる。もういっそのこと、全部壊してしまえば──」
「いけませんよ、シルフサン」
「……冗談だよ。冗談」
シルフの不自然なまでに爽やかな笑顔に、フィンは呆れの息を短く零す。その時、まったく冗談には聞こえなかったな──……。と、最上位精霊達の心は一つになった。
「──神々の愛し子を守るとなれば、恐らくは国教会の聖人も出てくるでしょう。噂だと、皇太子殿下も愛し子と親しげにしていると聞きます」
「ルティ、それは本当か?」
「はい。…………機密情報なので、外部に漏らしたら即刻処分モノなんですけど……愛し子の監視についていた俺の弟も、なんだか様子がおかしかったので。皇太子殿下の件はその弟から聞きました」
「はぁ~~? なんでそう、どいつもこいつも…………あの小娘は奇跡に何を願い、何を得ようとしたんだよ。まったく」
久々に会ったが、どうも弟の様子がおかしい。アルベルトは、ほんの数日前からそのような違和感を抱いていた。
そして今、その理由が分かったのだ。弟──、サラもまた、奇跡力の影響を受けているのだと。
「愛し子の目的は分かりませんが、少なくとも──……彼女を守る為なら、俺の弟も、皇太子殿下も、聖人までもが出てくるだろうという事だけ、ここに進言しておきます」
「……有益な進言、確かに聞き届けた」
その情報を織り交ぜつつ会議は進み、やがて一応結論は出た。
「妖精共はボク達精霊とナトラが、人間はお前達人間が担当しよう。それぞれ邪魔をする者は容赦なく切り伏せ、目的の為に障害を薙ぎ倒し、その道を征け。そしてその隙に、ボクの権能で例の人間を精神支配し、その願いを撤回させる。……概ねこんな流れでいいだろう。とはいえ、予定通りに事が進む訳がない。──各自、何かあれば臨機応変に対応してくれ」
シルフの言葉に一同は頷いた。
(本当は……アミィにはこのまま、安全な場所で全てが終わるまで眠っていて欲しいけれど)
きっと、この子はそれを良しとしない。意地でも目を覚まして、剣を取るだろう。そしてまたその命を易々と差し出し、危険を冒す。……どうせそうなるのなら、はじめから目の届く場所にいてくれた方がずっといい。
アミレスをよく理解しているシルフは、複雑な面持ちで言葉を続ける。
「アミィが目を覚ましたら、神々の愛し子を狩りに行くぞ」
これにてようやく、長いようで短い会議が幕を閉じ、それと同時に新たな幕が上がる。
……────人と精霊による、妖精との戦争が。
『アタシの歌姫ちゃんはね、“愛”を歌わせたら最強なのよ! もうほんっとに凄いんだから! だってこのアタシの精神にもちょっとだけ干渉してくるのよ? 流石はアタシの歌姫ちゃんだわぁ~~っ!!』
(──回想でもうるせーなあの女。っと、兄が兄なら妹も、ってことか? あいつの言葉が本当なら、ローズニカならもしかするかもな)
先程までの憔悴しきった顔から一変し、強い意思に彩られた顔になったローズニカを見下ろし、エンヴィーは告げる。
「本当にやれるのか、ローズニカ」
「はい。私がやります。私が、やらないといけないんです」
(──もう、アミレスちゃんの傷ついた姿を見たくない。これ以上、アミレスちゃんにばかり戦わせたくない!)
ローズニカはほんの数時間前の出来事を思い出した。レオナードが妖精に連れ去られたと報告してきたアミレスの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていたローズニカのそれよりもずっと酷く、深く傷ついていた。それでも彼女は、涙を堪えられないローズニカの肩に手を置き、こう言った。
『……ごめん、ローズ。でも何があってもレオは見つけるから。必ず無事に貴女の元に連れ戻すから。だから大丈夫。絶対に大丈夫だよ』
まるで自分に言い聞かせるかのように。アミレスはローズニカを抱き締め、何度も『大丈夫』と言った。
その時自分の背中に添えられていたアミレスの手が、小刻みに震えていたのを、ローズニカだけは知っている。
だから、決意した。
(このまま戦い続けたら、きっとアミレスちゃんはもっと傷つき、たくさん涙を流すことになる。それは──絶対に嫌だ! 今にも泣きそうな顔で、何度も私に大丈夫だって言ってくれた優しいアミレスちゃんの為に、今度は私が何かをする番よ。だからこんなところでくよくよしてる場合じゃないわ、ローズニカ・サー・テンディジェル!)
「……──もしも、お兄様が妖精側に傾倒したならば。その時は、私の魔法で、お兄様の言霊を相殺します」
弱気な歌姫だったローズニカの決意に、シルフは少しだけ瞠目し、
「……それが一番可能性が高い、か。よし、妖精共が切り札を切ってきたらその時は全力で歌え、ローズニカ。後でボク達が治すから、街の奴等のことも気にせず滅びの歌でもなんでもやってやれ」
「っはい! 頑張ります!!」
「ああ、当然アミィにはそんな歌は聞かせるなよ」
「もももっ、もちろんですっ! アミレスちゃんには聞かせられません、滅びの歌なんて!!」
アフターフォローは任せろと、彼女の意思を尊重した。しかしローズニカがあまりにも力むものだから、冗談交じり(※九割本気)に茶々を入れ、彼女の緊張を解してやる。シルフにしては面倒見がよいものだ。
♢♢♢♢
「シルフさん、例の人間の周りにはマクベスタとかがいるんでしょう? その人間に接触するなら、支配された人間達が中々に邪魔だと思いますけど、どうします?」
エンヴィーはもう一人の弟子に思い馳せた。彼が教えた剣術だけでなく、強力な雷魔法、魔王から教わった殺害特化の剣術……そして、失われた筈の聖剣ゼースを持つマクベスタは、味方なら頼もしいことこの上ないが、ひとたび敵対したならば。──その脅威度はぐんと跳ね上がる。
にも関わらず、なんとあちらにはカイルまでいるのだ。その双璧の厄介さたるや、精霊王であるシルフでさえも大きくため息をつく程。
「次から次へと問題が湧いてきやがる。もういっそのこと、全部壊してしまえば──」
「いけませんよ、シルフサン」
「……冗談だよ。冗談」
シルフの不自然なまでに爽やかな笑顔に、フィンは呆れの息を短く零す。その時、まったく冗談には聞こえなかったな──……。と、最上位精霊達の心は一つになった。
「──神々の愛し子を守るとなれば、恐らくは国教会の聖人も出てくるでしょう。噂だと、皇太子殿下も愛し子と親しげにしていると聞きます」
「ルティ、それは本当か?」
「はい。…………機密情報なので、外部に漏らしたら即刻処分モノなんですけど……愛し子の監視についていた俺の弟も、なんだか様子がおかしかったので。皇太子殿下の件はその弟から聞きました」
「はぁ~~? なんでそう、どいつもこいつも…………あの小娘は奇跡に何を願い、何を得ようとしたんだよ。まったく」
久々に会ったが、どうも弟の様子がおかしい。アルベルトは、ほんの数日前からそのような違和感を抱いていた。
そして今、その理由が分かったのだ。弟──、サラもまた、奇跡力の影響を受けているのだと。
「愛し子の目的は分かりませんが、少なくとも──……彼女を守る為なら、俺の弟も、皇太子殿下も、聖人までもが出てくるだろうという事だけ、ここに進言しておきます」
「……有益な進言、確かに聞き届けた」
その情報を織り交ぜつつ会議は進み、やがて一応結論は出た。
「妖精共はボク達精霊とナトラが、人間はお前達人間が担当しよう。それぞれ邪魔をする者は容赦なく切り伏せ、目的の為に障害を薙ぎ倒し、その道を征け。そしてその隙に、ボクの権能で例の人間を精神支配し、その願いを撤回させる。……概ねこんな流れでいいだろう。とはいえ、予定通りに事が進む訳がない。──各自、何かあれば臨機応変に対応してくれ」
シルフの言葉に一同は頷いた。
(本当は……アミィにはこのまま、安全な場所で全てが終わるまで眠っていて欲しいけれど)
きっと、この子はそれを良しとしない。意地でも目を覚まして、剣を取るだろう。そしてまたその命を易々と差し出し、危険を冒す。……どうせそうなるのなら、はじめから目の届く場所にいてくれた方がずっといい。
アミレスをよく理解しているシルフは、複雑な面持ちで言葉を続ける。
「アミィが目を覚ましたら、神々の愛し子を狩りに行くぞ」
これにてようやく、長いようで短い会議が幕を閉じ、それと同時に新たな幕が上がる。
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