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第五章・帝国の王女

540.Side Story:Others

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 シルフによる治癒を受けつつ、涙を流しながら眠るアミレスを見て、ナトラが暴走しかけたのは言うまでもない。クロノが必死に宥めてなんとか事なきを得たが、ナトラはそれ以来、背筋がゾッとする程に無口になり、怒りを噛み殺そうと、のこぎりを引くようにずっと歯軋りしている。
 これも宥めろとユーキ達はクロノに視線を送るも、等のクロノは『無表情のナトラも可愛いね……』とシスコン全開で微笑むだけ。既に使い物にならないのである。

 それを横目に、シルフは宣言通り事情聴取に躍り出る。フリザセアへの圧迫尋問を済ませると、ユーキとシャルルギルに事の経緯を尋ねたのだ。

「……──つまり、あのクソボケ野郎共も、私兵団の連中も、揃いも揃ってアミィとのあれこれを忘れてくれやがり、あまつさえ若干名は殺意をも向けてきたと…………ふざけるのも大概にしろよ。全員嬲り殺してくれようか」
「……陛下、素が出ているぞ」
「アミィが見てないから別にいいんだよ」
「そうか。これは失礼した」
(──陛下は人間界で尋常ではない猫をかぶると聞いていたのだが……姫の前でのみなのだな)

 シルフは度々最上位精霊を呼び出してはこき使っているので、アミレスの前でのみ見せるその尋常ならざる猫かぶりぶりっ子っぷりは、最上位精霊達の間で『まさかそんな(笑)』と酒の肴として消化される程の噂になっていた。
 だがそれを、最上位精霊達の酒の席に呼ばれる事などまず無い精霊王シルフが知る筈もなく。
 フリザセアからの怪訝な視線の理由も分からぬまま、足を組み、左隣の長椅子ソファで眠るアミレスを見つめながら、シルフは深くため息を吐いた。

「まったく……妖精共も何を考えてるんだ。人間──それもクソジジィ共のお気に入りに奇跡力を譲渡するとか。愚の骨頂だろ」
「……なあ、シルフさま。話の腰を折るようで申し訳ないんだけど、『クソジジィ共のお気に入り』って?」

 本性を曝け出すと決め、どこか不遜な態度のユーキ。だがシルフはそれを咎める事はなく、彼を一瞥して、その疑問に答えを出す。

「──神々の愛し子。神々の加護セフィロスと天の加護属性ギフトを与えられた、国教会の切り札とやら。それが、『クソジジィ共のお気に入り』だ」
「えっと、つまり、クソジジィ共イコール神々……ってこと?」
「ああそうだ。お前達もあんな老害共を崇めるのはやめた方がいいよ、あんなの万害あって一利無しだから」
「は、はぁ……」

 神を老害と言ってのけるシルフに、思わず引き気味で感嘆の息を吐く。

(精霊って神々に作られた存在じゃなかったっけ? 関係最悪なんだな……どうでもいいけど……)

 しかしユーキも強かった。結構な衝撃発言だったにもかかわらず、彼はすぐに頭を切り替える。
 それもその筈。何故なら彼は、神を信じていない。妖精エルフの森では、エルフの祖であるオベイロン・デュロアスを森の守護神のように信仰し、崇め奉っていたのである。

「遅れてしまい申し訳ございません、王──っごほん、シルフサン」

 コンコン、とノックの音がしたかと思えば扉が開き、フィンが姿を見せる。その後ろをぞろぞろと最上位精霊達が続き、団体様の入室にユーキは眉を顰め、シャルルギルは目を丸くした。

「ああ、フィンか。街の方はどうだ?」
「報告致します。こちらに至るまでの道中、目につく限り穢妖精けがれは殺し尽くして参りました。念の為、オッドとリバースとルーディの権能でこの街での召喚権を奪取し一時的に封じておいたので、推定では三日程──……召喚権を取り戻すまで、妖精は穢妖精けがれをこの街に喚び出せない筈です」
「もう一つの命令の方は? 当然、容赦などしていないだろうな」
「は、命令通り例の少年達の顔面を一発ずつ殴打しておきました。総じて頭蓋骨及び背骨、首、そして神経系等に著しい損傷が見られましたが、その場に光の魔力所持者がいたので放置しました」
「そうか。よくやった」
「お褒めに預かり恐悦至極でございます」

 恭しく頭を垂れ、報告を終えたフィンは一歩後退る。これを聞き、なんと恐ろしい報告なのか……とシャルルギルは喉笛を鳴らした。

「さて。話を本題へ移そうか。議題は当然、“これからどうするか”────だ。妖精共の目論見の全容が未だ掴めないものの、妖精の手足となりこの街に波乱を呼び込んでいる人間の正体は判明したことだ。まずはあの女をどうするか、考えよう」

 シルフの一言から、その会議は始まった。
 奇跡力を乱用する少女。彼女さえどうにかすれば、奇跡力の餌食となった人々も元に戻る事だろう──そう聞いて、ユーキとシャルルギルもこの会議には真剣に取り組んだ。
 途中から、休んでいたローズニカや護衛騎士モルスも話し合いに加わり、意見を求められない限りは静寂に務める精霊達も含めその会議は進められる。

「……──奇跡力による人心掌握。神々の加護セフィロスと天の加護属性ギフトの所持者。宗教組織の要人であり、妖精の協力者でもある。以上の点から、あの子供を殺害する事は困難を極めるでしょう」

 フィンが、どこからともなく出現させた黒板の上で石筆チョークをカツカツと踊らせ、たいへん珍妙な図解付きでこれらの情報を纏める。すると最上位精霊達の多くは、

(フィンさんの画伯っぷり久々に見た)
(うわダッッッッッッセェ……いつ見てもセンスが欠片も無い絵だな)
(ベルズが見たら発狂しそう)

 このように、胸中ではボロ雑巾を絞るように、黒板の絵を扱き下ろしていた。

「あの、ふと思ったんですが……奇跡力の供給を絶てばいいのでは? たとえ例の少女を殺せなくても、奇跡力の行使さえ止められたら洗脳された人達も救える筈ですし」
「…………それは早計だ、ルティ。供給を絶とうとも、既に発動した奇跡は本人の意思が曲がらぬ限り覆らない。たとえ件の人間が奇跡力を失おうとも、その者が願った奇跡は死ぬまで破られぬ。『奇跡』とは、そういうものじゃ」
「そんな……性質タチが悪過ぎる」
「ふ、実に往生際が悪かろう? 妖精とは、何千年とこう・・なのじゃ」

 アルベルトが鋭い切り込みを入れる。彼なりに情報を処理して自分の見解を口にしたが、そもそも前提が・・・違う・・。その為、それはあっさりとナトラに否定されてしまった。
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