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第五章・帝国の王女
532.Side Story:Michelle
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スラム街──西部地区という場所に到着し、あたしは困惑していた。
ゲームで見たこの街はスラム街と形容するのに相応しい荒れた街だったのに……目の前に広がる光景は、スラム街とは程遠い綺麗な街そのもの。ところどころ修繕中なようだが、それでもこの街は美しかった。
整備され舗装された石畳。立ち並ぶ家々はどれもがしっかりとした造りの新築で、まるで再開発された地方都市かのような──……真新しさと親しみが入り混ざる不思議な街並みだ。
それ自体はいい事だと思うし、ゲームで見たスラム街のような場所やそこに生きる無気力な人達が存在しないのなら、それ程に恵まれたこともないだろう。
──問題はここがゲームの世界であるにも関わらず、ゲームとは全然違う光景が広がっていることだ。
帝都の街並みを見た時に感じた違和感は正しかった。西部地区はおろか、帝都全体がゲームよりもずっと発展し活気に溢れている。
まさか、帝国がこんなにもゲームと違うだなんて。……無事にゲーム通りに話を進められるといいんだけど。
「待たせたな、ミシェル。そこの変人が準備に手間取ってよ」
「遅れたことは謝罪するが……俺はかなり急いで準備した方だと思うよ、アンヘル」
ロイ達と街を軽く散策していると、後方からアンヘルとカイルがやって来た。
「──カイルか。数日ぶりだな」
「……やぁ、マクベスタ! 相変わらずの美形っぷりだな。はは!」
マクベスタと目が合うなり、カイルは一瞬顔を引き攣らせて取り急ぎ笑顔を作った。
この二人ってこんなに仲良かったっけ? ゲームではそもそもほとんど関わりがなかったような……。
「ああ、挨拶が遅れて申し訳ない。お誘いありがとう、ローゼラ嬢」
「いえこちらこそ。急なお誘いなのに時間をくれてありがとうございます」
「滅相もない。他ならぬローゼラ嬢からの誘いとあらば、他の全てを後回しにしてでもお受けするとも」
流れるようにあたしの手を取ると、カイルは手の甲に唇を落とした。まるで、童話で王子様がお姫様にする誓のキスのように。
これには心拍数も跳ね上がる。全女子が憧れるシチュエーションに思わず私は言葉を失ってしまった。
「なッ────!?」
「あ」
「カイル……?」
ロイが声にならない悲鳴を上げる。アンヘルとマクベスタは目を丸くした。
「おいなんだよおまえ! ミシェルに触るな! ミシェルが汚れる!!」
「ただの挨拶なのだからそういきり立たないでくれ、ロイ。君は少し、サンカル卿を見習うべきだ」
「挨拶とかそんなの関係ない! ミシェルにベタベタ触る奴はみ~~~~んなっ、おれの敵だから!!」
「うーん……これは気難しいな」
カイルがとても寛容な人とはいえ、あたしとロイの祖国の王子様であることに変わりはない。だからあんまり失礼な事をしちゃいけないんだけど……こうなると、ロイは暫く止まらないからなぁ。
落ち着いて、と言葉を尽くしてロイを何とか宥め、カイルにも「ロイがごめんなさい」と謝る。心が広い彼は、「気にしていない。先に無礼を働いたのは俺の方だからな」と微笑みながら許してくれた。
「……ミシェル、今日はこの街の人々の助けになりたいからわざわざ来たんじゃなかったのか」
「あっ、そうだ! そういう訳なので、もし良ければカイル王子達もご一緒に街を見て回って、市民の方々のお手伝いをしませんか?」
呆れ顔のセインに促され、アンヘルとカイルを改めて誘うと、
「暇だし構わんぞ」
「勿論。俺で良ければ随伴させてもらおう」
どちらも二つ返事でこれを承諾してくれた。
その後は皆で街を歩きつつ困った事があれば手伝い、街の人達の悩みごとの解消に尽力していった。二時間も経った頃には街の人達ともだいぶ打ち解けることができて、マクベスタとカイルはその中の何人かと親しげに立ち話なんかもしているぐらいだ。
黒くて大きな犬が突然暴れだした時は流石にびっくりしたけれど、一緒にいた眼鏡の男性がその犬を抱えてどこかへと消えていったので何事もなかった。
──しかし、ここで街に異変が起きる。見るからに気持ち悪い生き物が、わらわらと群れを成して現れたのだ。
「きゃああああっ!? な、何あれ!?」
「気持ち悪っ……ミシェル、おれの後ろに隠れてて!」
あたしと同じような反応を示しつつ、ロイはあたしを守るように前に出る。……この子は、いつの間にこんなにも大きくなったんだろう。
「また穢妖精か。しつこい奴等め」
「さっさと片付けるぞ。あのような醜穢な生物、一秒たりとも視界に留めておきたくない」
マクベスタとセインが訳知り顔でボソリと呟く。
「よく分からないが、アレを攻撃すればいいのか?」
「めんどくせぇな……」
カイルとアンヘルが臨戦態勢に入る。
「ミシェル、どうする?」
「えっと…………」
正直なところ、あんな得体の知れない生き物と戦うなんて怖くて仕方がない。でも……
「あたしも、戦う」
ゲームのヒロインならそうするだろうから。ミシェルのように愛されるには、きっと彼女のように振る舞う必要があるだろうから。
だからあたしは戦う。すっごく怖いし、足でまといになるかもしれないけど──……与えられた天の加護属性で、少しでも多くの人を助けないと!
『───ま、程々に頑張れよな。アンタみたいな子供が何回失敗したところで、誰も怒らねぇからよ』
お守りのような言葉が弱い心を奮い立たせてくれる。
「ミシェル──……わかった。おれ、ミシェルの為に戦うね!」
「ありがとう、ロイ。皆で街の人達を守ろう!」
だから力を貸してください────神さま。
ゲームで見たこの街はスラム街と形容するのに相応しい荒れた街だったのに……目の前に広がる光景は、スラム街とは程遠い綺麗な街そのもの。ところどころ修繕中なようだが、それでもこの街は美しかった。
整備され舗装された石畳。立ち並ぶ家々はどれもがしっかりとした造りの新築で、まるで再開発された地方都市かのような──……真新しさと親しみが入り混ざる不思議な街並みだ。
それ自体はいい事だと思うし、ゲームで見たスラム街のような場所やそこに生きる無気力な人達が存在しないのなら、それ程に恵まれたこともないだろう。
──問題はここがゲームの世界であるにも関わらず、ゲームとは全然違う光景が広がっていることだ。
帝都の街並みを見た時に感じた違和感は正しかった。西部地区はおろか、帝都全体がゲームよりもずっと発展し活気に溢れている。
まさか、帝国がこんなにもゲームと違うだなんて。……無事にゲーム通りに話を進められるといいんだけど。
「待たせたな、ミシェル。そこの変人が準備に手間取ってよ」
「遅れたことは謝罪するが……俺はかなり急いで準備した方だと思うよ、アンヘル」
ロイ達と街を軽く散策していると、後方からアンヘルとカイルがやって来た。
「──カイルか。数日ぶりだな」
「……やぁ、マクベスタ! 相変わらずの美形っぷりだな。はは!」
マクベスタと目が合うなり、カイルは一瞬顔を引き攣らせて取り急ぎ笑顔を作った。
この二人ってこんなに仲良かったっけ? ゲームではそもそもほとんど関わりがなかったような……。
「ああ、挨拶が遅れて申し訳ない。お誘いありがとう、ローゼラ嬢」
「いえこちらこそ。急なお誘いなのに時間をくれてありがとうございます」
「滅相もない。他ならぬローゼラ嬢からの誘いとあらば、他の全てを後回しにしてでもお受けするとも」
流れるようにあたしの手を取ると、カイルは手の甲に唇を落とした。まるで、童話で王子様がお姫様にする誓のキスのように。
これには心拍数も跳ね上がる。全女子が憧れるシチュエーションに思わず私は言葉を失ってしまった。
「なッ────!?」
「あ」
「カイル……?」
ロイが声にならない悲鳴を上げる。アンヘルとマクベスタは目を丸くした。
「おいなんだよおまえ! ミシェルに触るな! ミシェルが汚れる!!」
「ただの挨拶なのだからそういきり立たないでくれ、ロイ。君は少し、サンカル卿を見習うべきだ」
「挨拶とかそんなの関係ない! ミシェルにベタベタ触る奴はみ~~~~んなっ、おれの敵だから!!」
「うーん……これは気難しいな」
カイルがとても寛容な人とはいえ、あたしとロイの祖国の王子様であることに変わりはない。だからあんまり失礼な事をしちゃいけないんだけど……こうなると、ロイは暫く止まらないからなぁ。
落ち着いて、と言葉を尽くしてロイを何とか宥め、カイルにも「ロイがごめんなさい」と謝る。心が広い彼は、「気にしていない。先に無礼を働いたのは俺の方だからな」と微笑みながら許してくれた。
「……ミシェル、今日はこの街の人々の助けになりたいからわざわざ来たんじゃなかったのか」
「あっ、そうだ! そういう訳なので、もし良ければカイル王子達もご一緒に街を見て回って、市民の方々のお手伝いをしませんか?」
呆れ顔のセインに促され、アンヘルとカイルを改めて誘うと、
「暇だし構わんぞ」
「勿論。俺で良ければ随伴させてもらおう」
どちらも二つ返事でこれを承諾してくれた。
その後は皆で街を歩きつつ困った事があれば手伝い、街の人達の悩みごとの解消に尽力していった。二時間も経った頃には街の人達ともだいぶ打ち解けることができて、マクベスタとカイルはその中の何人かと親しげに立ち話なんかもしているぐらいだ。
黒くて大きな犬が突然暴れだした時は流石にびっくりしたけれど、一緒にいた眼鏡の男性がその犬を抱えてどこかへと消えていったので何事もなかった。
──しかし、ここで街に異変が起きる。見るからに気持ち悪い生き物が、わらわらと群れを成して現れたのだ。
「きゃああああっ!? な、何あれ!?」
「気持ち悪っ……ミシェル、おれの後ろに隠れてて!」
あたしと同じような反応を示しつつ、ロイはあたしを守るように前に出る。……この子は、いつの間にこんなにも大きくなったんだろう。
「また穢妖精か。しつこい奴等め」
「さっさと片付けるぞ。あのような醜穢な生物、一秒たりとも視界に留めておきたくない」
マクベスタとセインが訳知り顔でボソリと呟く。
「よく分からないが、アレを攻撃すればいいのか?」
「めんどくせぇな……」
カイルとアンヘルが臨戦態勢に入る。
「ミシェル、どうする?」
「えっと…………」
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「あたしも、戦う」
ゲームのヒロインならそうするだろうから。ミシェルのように愛されるには、きっと彼女のように振る舞う必要があるだろうから。
だからあたしは戦う。すっごく怖いし、足でまといになるかもしれないけど──……与えられた天の加護属性で、少しでも多くの人を助けないと!
『───ま、程々に頑張れよな。アンタみたいな子供が何回失敗したところで、誰も怒らねぇからよ』
お守りのような言葉が弱い心を奮い立たせてくれる。
「ミシェル──……わかった。おれ、ミシェルの為に戦うね!」
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