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第五章・帝国の王女
528.Main Story:Ameless
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物々しい空気に満ちたテンディジェル大公邸を慎重に、されど全速力で進んでいく。二階に上がると途端に濃くなった血の臭いにまた心臓が痛みを帯びたが、ここで止まる訳にもいかない。
一歩、また一歩。
廊下の角を曲がると、その先では飛び散った血痕に汚された壁や天井、そして様々な破片や血で覆われた床が。
角一つ曲がるだけで廊下が惨状になり、また、心臓の音がうるさくなる。
モルスさんの話では、事件当時彼等は執務室にいたらしい。確かテンディジェル大公邸の執務室はすぐ目の前の部屋。
──だけど、血痕は廊下のずっと先まで続いている。
「……何も、いませんね」
アルベルトがぽつりと呟く。
執務室の扉は無惨に壊され、随分と荒らされた室内が廊下から一望出来た。
じゃあ、レオはどこに? 血痕が廊下の先まで続いているということは──レオはローズ達を逃がした後、怪物から必死に逃げていたのでは?
その割には、邸宅内が静か過ぎる。まさかもうレオは怪物によって──……。
「っ先を急ぐわよ!」
嫌な予想ばかりしてしまう。血痕を辿り、荒れた廊下を駆け抜ける。だがそれも程なくして終点を迎えた。そこには大きな血溜まりがあり、誰かの肉片や臓物と思われるものが血の中に紛れていた。
それなのに。──レオの姿は、どこにも無い。
「なんで……レオは、いったいどこにいるの……?」
これだけの血を流していて無事な訳がない。一刻も早く治療しないと、万が一の可能性だってあるだろう。
それなのに、重症を負ったであろう本人が邸宅内のどこにもいないだなんて。
頭の中がぐちゃぐちゃと混ぜ返され、思考が纏まらない。冷静になってレオの行方を突き止めないといけないのに、混乱する脳がそれを許してくれないのだ。
「──連れ去られたんだよ。妖精に」
「え……?」
口から零れ落ちる息が震えはじめた頃。シルフが、ぽつりと呟いた。
「この邸の中では今、鼻がひん曲がりそうなぐらい妖精の残り香が充満してる。ローズニカ達は怪物だとか言ってたけど、恐らくは妖精──それも、軍服のようなものを着ていたのならば、女王近衛隊の妖精で間違い無いと思う」
「妖精────……」
まただ。また、その言葉が出て来た。どうして急に妖精が帝都に出没するようになったのか、その理由が分からない。
ローズ達が襲われて、レオは行方不明にまでになったのに……妖精の、それも女王近衛隊ですって?
いったい──この街で何が起きようとしているの? ゲームとは比べようのない恐ろしい事件が、私達に忍び寄っているというのか?
「……どうして、レオは妖精に連れ去られたのよ。ううん、違う。──なんで、レオ達は妖精に狙われたの?」
彼に聞いても私の望む答えは帰ってこない。だってシルフは精霊だから。それでもこの焦燥を吐き出したくて、シルフへと無意味な質問を押し付ける。
「それはボクにも分からない。だけど……彼等が妖精の祝福を受けた人間であることが関係している可能性は、かなり高い。だからさっきのアミィの判断は正しいよ」
それでもシルフは優しいから、真剣に考察してくれる。その上で私の気分が少しでも軽くなるようにと、私の行動を褒めるような真似に出た。
……そんな彼の優しさが、どうしようもない私の心に痛いぐらい沁み渡る。
「さっきの、って……ローズ達を東宮に迎え入れたこと?」
「うん。あくまでも君の為のものだけど、あの宮殿はこの街で一番安全な場所だからね。妖精と言えども簡単には侵入出来ないさ」
そりゃあ、ナトラとクロノの二体がいるあの宮殿は、帝都内で一番の安全な場所だと思うけど……妖精は奇跡を司る存在で、とても厄介な存在だってシュヴァルツも言っていた。
それで、もし、ナトラ達にまで何かあってローズまで攫われたりしたら──……。
際限のない不安に襲われ、心臓はまた落ち着きを失った。
いつまでも大公邸にいたところで、話は何も進まない。
邸宅内全体の調査を終えた私達は後ろ髪を引かれる思いで大公邸を後にし、酷く憔悴した様子のローズ達にレオは妖精に連れ去られた──と正直に伝えた。
あの時のローズ達の表情を見た時、私の胸は張り裂けそうなぐらい痛みを感じた。
あれだけ啖呵をきったのに、いい報せはおろかなんの収穫も得られなかったなんて。……すごく、凄く、自分が情けない。
「──王女殿下! 王女殿下はいらっしゃいますよね!?」
悔しさから奥歯を噛み締める。己の情けなさに打ちひしがれていたのだが、もはや──世界は心安らぐ暇すら与えてくれないらしい。
「各部統括責任者殿! 主君の宮殿に侵入し、あまつさえ横暴に振る舞うなどいくら貴方でも許されない事ですよ」
「それについては後で謝罪します。しかし今はそれどころではないのですよ、ルティ」
慌てた様子のケイリオルさんは、無礼だと憤るアルベルトを宥めつつこちらに視線を向け、口を切る。
「既に二度、王女殿下よりご報告がありました魔物ならざる異形──穢妖精が、帝都中に出没しました」
「っ!? それは本当ですか……!?」
「はい。既に魔塔の魔導師達を対応に向かわせ、騎士団及び兵団も民の保護と救援にと動かしましたが…………街中という事もあり大規模な魔法も使えず、このままでは防衛に徹するしかないのが現状なのです。なのでどうか──……」
ケイリオルさんの望みは手に取るように分かる。だから私は、食い気味で返答した。
「フォーロイト帝国第一王女アミレス・ヘル・フォーロイト──民を守るべく、現地へと急行します!」
落ち込んでいる場合ではない。それに、穢妖精も妖精の仲間ならば……何か、レオの行方に関する手がかりが得られるかもしれない。
「アミィ……」
シルフが沈んだ表情でこちらを見つめてくる。
「ありがとうございます、王女殿下──!」
彼も忙しいのだろう。深く頭を下げたかと思えば、ケイリオルさんは先程の話の軽い補足をするやいなや、足早に東宮を後にした。
一歩、また一歩。
廊下の角を曲がると、その先では飛び散った血痕に汚された壁や天井、そして様々な破片や血で覆われた床が。
角一つ曲がるだけで廊下が惨状になり、また、心臓の音がうるさくなる。
モルスさんの話では、事件当時彼等は執務室にいたらしい。確かテンディジェル大公邸の執務室はすぐ目の前の部屋。
──だけど、血痕は廊下のずっと先まで続いている。
「……何も、いませんね」
アルベルトがぽつりと呟く。
執務室の扉は無惨に壊され、随分と荒らされた室内が廊下から一望出来た。
じゃあ、レオはどこに? 血痕が廊下の先まで続いているということは──レオはローズ達を逃がした後、怪物から必死に逃げていたのでは?
その割には、邸宅内が静か過ぎる。まさかもうレオは怪物によって──……。
「っ先を急ぐわよ!」
嫌な予想ばかりしてしまう。血痕を辿り、荒れた廊下を駆け抜ける。だがそれも程なくして終点を迎えた。そこには大きな血溜まりがあり、誰かの肉片や臓物と思われるものが血の中に紛れていた。
それなのに。──レオの姿は、どこにも無い。
「なんで……レオは、いったいどこにいるの……?」
これだけの血を流していて無事な訳がない。一刻も早く治療しないと、万が一の可能性だってあるだろう。
それなのに、重症を負ったであろう本人が邸宅内のどこにもいないだなんて。
頭の中がぐちゃぐちゃと混ぜ返され、思考が纏まらない。冷静になってレオの行方を突き止めないといけないのに、混乱する脳がそれを許してくれないのだ。
「──連れ去られたんだよ。妖精に」
「え……?」
口から零れ落ちる息が震えはじめた頃。シルフが、ぽつりと呟いた。
「この邸の中では今、鼻がひん曲がりそうなぐらい妖精の残り香が充満してる。ローズニカ達は怪物だとか言ってたけど、恐らくは妖精──それも、軍服のようなものを着ていたのならば、女王近衛隊の妖精で間違い無いと思う」
「妖精────……」
まただ。また、その言葉が出て来た。どうして急に妖精が帝都に出没するようになったのか、その理由が分からない。
ローズ達が襲われて、レオは行方不明にまでになったのに……妖精の、それも女王近衛隊ですって?
いったい──この街で何が起きようとしているの? ゲームとは比べようのない恐ろしい事件が、私達に忍び寄っているというのか?
「……どうして、レオは妖精に連れ去られたのよ。ううん、違う。──なんで、レオ達は妖精に狙われたの?」
彼に聞いても私の望む答えは帰ってこない。だってシルフは精霊だから。それでもこの焦燥を吐き出したくて、シルフへと無意味な質問を押し付ける。
「それはボクにも分からない。だけど……彼等が妖精の祝福を受けた人間であることが関係している可能性は、かなり高い。だからさっきのアミィの判断は正しいよ」
それでもシルフは優しいから、真剣に考察してくれる。その上で私の気分が少しでも軽くなるようにと、私の行動を褒めるような真似に出た。
……そんな彼の優しさが、どうしようもない私の心に痛いぐらい沁み渡る。
「さっきの、って……ローズ達を東宮に迎え入れたこと?」
「うん。あくまでも君の為のものだけど、あの宮殿はこの街で一番安全な場所だからね。妖精と言えども簡単には侵入出来ないさ」
そりゃあ、ナトラとクロノの二体がいるあの宮殿は、帝都内で一番の安全な場所だと思うけど……妖精は奇跡を司る存在で、とても厄介な存在だってシュヴァルツも言っていた。
それで、もし、ナトラ達にまで何かあってローズまで攫われたりしたら──……。
際限のない不安に襲われ、心臓はまた落ち着きを失った。
いつまでも大公邸にいたところで、話は何も進まない。
邸宅内全体の調査を終えた私達は後ろ髪を引かれる思いで大公邸を後にし、酷く憔悴した様子のローズ達にレオは妖精に連れ去られた──と正直に伝えた。
あの時のローズ達の表情を見た時、私の胸は張り裂けそうなぐらい痛みを感じた。
あれだけ啖呵をきったのに、いい報せはおろかなんの収穫も得られなかったなんて。……すごく、凄く、自分が情けない。
「──王女殿下! 王女殿下はいらっしゃいますよね!?」
悔しさから奥歯を噛み締める。己の情けなさに打ちひしがれていたのだが、もはや──世界は心安らぐ暇すら与えてくれないらしい。
「各部統括責任者殿! 主君の宮殿に侵入し、あまつさえ横暴に振る舞うなどいくら貴方でも許されない事ですよ」
「それについては後で謝罪します。しかし今はそれどころではないのですよ、ルティ」
慌てた様子のケイリオルさんは、無礼だと憤るアルベルトを宥めつつこちらに視線を向け、口を切る。
「既に二度、王女殿下よりご報告がありました魔物ならざる異形──穢妖精が、帝都中に出没しました」
「っ!? それは本当ですか……!?」
「はい。既に魔塔の魔導師達を対応に向かわせ、騎士団及び兵団も民の保護と救援にと動かしましたが…………街中という事もあり大規模な魔法も使えず、このままでは防衛に徹するしかないのが現状なのです。なのでどうか──……」
ケイリオルさんの望みは手に取るように分かる。だから私は、食い気味で返答した。
「フォーロイト帝国第一王女アミレス・ヘル・フォーロイト──民を守るべく、現地へと急行します!」
落ち込んでいる場合ではない。それに、穢妖精も妖精の仲間ならば……何か、レオの行方に関する手がかりが得られるかもしれない。
「アミィ……」
シルフが沈んだ表情でこちらを見つめてくる。
「ありがとうございます、王女殿下──!」
彼も忙しいのだろう。深く頭を下げたかと思えば、ケイリオルさんは先程の話の軽い補足をするやいなや、足早に東宮を後にした。
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