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第五章・帝国の王女
527,5.Interlude Story:Others
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「……のぅ、兄上」
「どうしたんだい、ナトラ」
アミレスがシルフの瞬間転移にてテンディジェル大公邸に向かったすぐ後の事。
侍女達にローズニカら客人の接待を任せ、ナトラはクロノと共に玄関に留まっていた。
「これ、妖精の仕業じゃな」
「そうだね。あの人間達から僅かに妖精の残り香が漂っていたけど……相変わらず趣味が悪い臭いだな、妖精の鱗粉は」
「最近妙に鼻がムズムズするのはあやつ等がこの街に現れたからなのかのぅ。我、妖精とはあんまり関わりたくないのじゃが」
「あいつ等、本当に鬱陶しいからね。昔ベールが妖精に執着されていた時なんて、本当に面倒だったな……」
昔を思い出し、クロノは遠い目になり苦笑する。
「だが、あの蝿共がアミレスの平穏を脅かすと言うならば。妖精なぞ何為るものぞ──……奇跡だなんだとほざく虫けら共は、我がこの手で全て狩り尽くしてくれる」
黄金の瞳を鋭く光らせ、ナトラは自然を操った。まるで天高く聳え立つ豆の木のように、地面を突き破って何本もの蔦がある一点を目指して成長する。──その速さ、分速1km。
蔦は瞬く間に対象を捕え、その体を縛り上げる。
「……まったく。我も舐められたものじゃな。よもや、この我がお前等に気付かぬとでも思うたか? なあ──……妖精よ」
「ぐっっっ!? 気配は完璧に消した筈っ! 何故、私に気付いた……!?」
「我に、お前等の存在を思い出させたからじゃな。せっかく忘れてやっていたというのに、恩知らずな奴等じゃのう」
「うぅ……ぐ、ぁああっ!」
奇跡の発動も許されぬまま蔦に締め付けられ、妖精の体が悲鳴を上げる。
それを冷たく、つまらなさそうに、ナトラは見上げていた。
「ナトラ。あれ、どうするの?」
「うーむ……あの妖精、どうにもローズニカ達を狙っておったようじゃからのう。アミレスからはあやつ等を守れと頼まれたからして────うん、殺すか」
ただ一言。殺すか、と彼女が呟いた瞬間。
まるで虫を指でプチッと押し潰したかのように、蔦に絞め殺されてその妖精は死んだ。鮮血を臓物と共に撒き散らし、呆気なく息絶えたのだ。
「む、なんじゃこの服。騎士っぽいが……」
「こういうの、なんと言うんだったか。昔どこかの国の兵士がこういう服を着ていたような」
自然へと戻りゆく蔦の隙間からひらりと落ちた血塗れの服。それを見て、二体の竜は眉を顰める。
「既視感の正体は分からぬし……とりあえず適当に処分しようぞ、兄上。妖精臭くてかなわんのじゃ」
「それもそうだね。それじゃあ宮殿に戻って口直しにクッキーでも食べようか」
「おお、よいな!」
踵を返し、二体はにこやかな面持ちで宮殿へと戻る。
その直後。クロノがほんの一瞬、横目に妖精の服を見た途端──……それは、虚無に飲み込まれて跡形もなく消え去った。
♢♢
「さて。それじゃあ今日も仕事しますかーっと」
鏡の前に立ち、ビシッと法衣を身に纏う。
肩下まで伸びた柔らかい深緑の長髪を揺らし、若き教皇は宿泊している高級宿館の特等客室から出ようとした。すると部屋の一角にある個室から、聖女のような服装の美女が姿を見せたので、彼はその場で立ち止まる。
「お待ちになって、ロアクリード」
「なんだい?」
「これをあなたに。……ただの気休めですけれど、魔除けのようなものですわ」
ベールが手渡した物は、銀白色の玉に繋がれたネックレス。それに視線を落とし、ロアクリードは小首を傾げる。
「ありがとう。だけど、どうして急にこんなものを?」
「……厄介な者達が、この街に現れたようですの。あの者達の毒牙にあなたが敗れぬよう──ちょっとしたおまじないを、と思って」
「──そうなのか。転ばぬ先の杖とも言うからね、この魔除けはありがたく受け取っておくよ」
銀白色の玉のネックレスを首に掛け、ロアクリードは思考する。
(これ、多分ベールの鱗だ。それをわざわざこんな風に加工して魔除けとして渡してくるだなんて、一体──……帝都で何が起きようとしているんだろう)
思考の果てにその脳裏に一人の少女の笑顔を思い浮かべ、
(彼女の身に、何も起きないといいんだけど……)
一抹の不安を抱えながら彼は仕事に向かう。
その背を見送り、広い長椅子に座っては、ベールはじっと己の手のひらを注視していた。
『……──なんと忌まわしき子供なのかしら。人の身でありながら、神の力すらも行使するだなんて!』
『…………人の世に、魔物はもう要らない。だから疾く死に絶えよ、純血の竜』
『散々利用した挙句、果てには裏切り殺す? 私達の愛した人間とは──こんなにも、くだらない存在だったのね』
遠い昔のこと。ある一人の少年と対峙し、白の竜はふつふつと煮え滾る怒りで我を忘れようとしていた。
『あなた達のようなくだらない生き物の為に、私の弟妹は傷つき涙したの?』
……そんなのってないわ。ああ────絶対に、人間を許してなるものか。
怒りに支配された白の竜は本性剥き出しで暴れはじめ、聖人と呼ばれる少年との激闘の末に回帰の権能の三割を犠牲にして少年が持つ神の力を奪い、現在進行形で封じ込めている。
それに加え百年の封印による後遺症で、四割もの権能が現状回復の見込み無しとなり、彼女は実力の三割程しか発揮出来ない状況にあった。
「……もう、これ以上何も失いたくないのに。ままならないものね」
悔しげに瞳を伏せ、ベールは立ち上がった。
「どうしたんだい、ナトラ」
アミレスがシルフの瞬間転移にてテンディジェル大公邸に向かったすぐ後の事。
侍女達にローズニカら客人の接待を任せ、ナトラはクロノと共に玄関に留まっていた。
「これ、妖精の仕業じゃな」
「そうだね。あの人間達から僅かに妖精の残り香が漂っていたけど……相変わらず趣味が悪い臭いだな、妖精の鱗粉は」
「最近妙に鼻がムズムズするのはあやつ等がこの街に現れたからなのかのぅ。我、妖精とはあんまり関わりたくないのじゃが」
「あいつ等、本当に鬱陶しいからね。昔ベールが妖精に執着されていた時なんて、本当に面倒だったな……」
昔を思い出し、クロノは遠い目になり苦笑する。
「だが、あの蝿共がアミレスの平穏を脅かすと言うならば。妖精なぞ何為るものぞ──……奇跡だなんだとほざく虫けら共は、我がこの手で全て狩り尽くしてくれる」
黄金の瞳を鋭く光らせ、ナトラは自然を操った。まるで天高く聳え立つ豆の木のように、地面を突き破って何本もの蔦がある一点を目指して成長する。──その速さ、分速1km。
蔦は瞬く間に対象を捕え、その体を縛り上げる。
「……まったく。我も舐められたものじゃな。よもや、この我がお前等に気付かぬとでも思うたか? なあ──……妖精よ」
「ぐっっっ!? 気配は完璧に消した筈っ! 何故、私に気付いた……!?」
「我に、お前等の存在を思い出させたからじゃな。せっかく忘れてやっていたというのに、恩知らずな奴等じゃのう」
「うぅ……ぐ、ぁああっ!」
奇跡の発動も許されぬまま蔦に締め付けられ、妖精の体が悲鳴を上げる。
それを冷たく、つまらなさそうに、ナトラは見上げていた。
「ナトラ。あれ、どうするの?」
「うーむ……あの妖精、どうにもローズニカ達を狙っておったようじゃからのう。アミレスからはあやつ等を守れと頼まれたからして────うん、殺すか」
ただ一言。殺すか、と彼女が呟いた瞬間。
まるで虫を指でプチッと押し潰したかのように、蔦に絞め殺されてその妖精は死んだ。鮮血を臓物と共に撒き散らし、呆気なく息絶えたのだ。
「む、なんじゃこの服。騎士っぽいが……」
「こういうの、なんと言うんだったか。昔どこかの国の兵士がこういう服を着ていたような」
自然へと戻りゆく蔦の隙間からひらりと落ちた血塗れの服。それを見て、二体の竜は眉を顰める。
「既視感の正体は分からぬし……とりあえず適当に処分しようぞ、兄上。妖精臭くてかなわんのじゃ」
「それもそうだね。それじゃあ宮殿に戻って口直しにクッキーでも食べようか」
「おお、よいな!」
踵を返し、二体はにこやかな面持ちで宮殿へと戻る。
その直後。クロノがほんの一瞬、横目に妖精の服を見た途端──……それは、虚無に飲み込まれて跡形もなく消え去った。
♢♢
「さて。それじゃあ今日も仕事しますかーっと」
鏡の前に立ち、ビシッと法衣を身に纏う。
肩下まで伸びた柔らかい深緑の長髪を揺らし、若き教皇は宿泊している高級宿館の特等客室から出ようとした。すると部屋の一角にある個室から、聖女のような服装の美女が姿を見せたので、彼はその場で立ち止まる。
「お待ちになって、ロアクリード」
「なんだい?」
「これをあなたに。……ただの気休めですけれど、魔除けのようなものですわ」
ベールが手渡した物は、銀白色の玉に繋がれたネックレス。それに視線を落とし、ロアクリードは小首を傾げる。
「ありがとう。だけど、どうして急にこんなものを?」
「……厄介な者達が、この街に現れたようですの。あの者達の毒牙にあなたが敗れぬよう──ちょっとしたおまじないを、と思って」
「──そうなのか。転ばぬ先の杖とも言うからね、この魔除けはありがたく受け取っておくよ」
銀白色の玉のネックレスを首に掛け、ロアクリードは思考する。
(これ、多分ベールの鱗だ。それをわざわざこんな風に加工して魔除けとして渡してくるだなんて、一体──……帝都で何が起きようとしているんだろう)
思考の果てにその脳裏に一人の少女の笑顔を思い浮かべ、
(彼女の身に、何も起きないといいんだけど……)
一抹の不安を抱えながら彼は仕事に向かう。
その背を見送り、広い長椅子に座っては、ベールはじっと己の手のひらを注視していた。
『……──なんと忌まわしき子供なのかしら。人の身でありながら、神の力すらも行使するだなんて!』
『…………人の世に、魔物はもう要らない。だから疾く死に絶えよ、純血の竜』
『散々利用した挙句、果てには裏切り殺す? 私達の愛した人間とは──こんなにも、くだらない存在だったのね』
遠い昔のこと。ある一人の少年と対峙し、白の竜はふつふつと煮え滾る怒りで我を忘れようとしていた。
『あなた達のようなくだらない生き物の為に、私の弟妹は傷つき涙したの?』
……そんなのってないわ。ああ────絶対に、人間を許してなるものか。
怒りに支配された白の竜は本性剥き出しで暴れはじめ、聖人と呼ばれる少年との激闘の末に回帰の権能の三割を犠牲にして少年が持つ神の力を奪い、現在進行形で封じ込めている。
それに加え百年の封印による後遺症で、四割もの権能が現状回復の見込み無しとなり、彼女は実力の三割程しか発揮出来ない状況にあった。
「……もう、これ以上何も失いたくないのに。ままならないものね」
悔しげに瞳を伏せ、ベールは立ち上がった。
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