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第五章・帝国の王女
527.Main Story:Ameless
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それは、なんてことない昼前の事。
ナトラが『最近鼻がむずむずするのじゃ』と言うので、花粉症かな? それとも何か別の免疫反応? と意見を交わしていた時だった。
侍女のスルーノが慌てた様子で部屋に駆け込んできて、
「アミレス王女様! 緊急のお客様です!!」
肩で息をしつつ、困惑を滲ませながら報告したのだ。
何事かと、早足で正面玄関に向かい扉を開く。するとそこには、歯軋りが聞こえる程に悔しさを全面に押し出す紅の獅子達と、涙ながらに嗚咽を漏らす侍女達。そして──……ボロボロと大粒の涙を流す、ローズがいた。
「っアミレスちゃん! お願い……っ、お願いします……! お兄様を──お兄様を助けて!!」
足の力が抜けたのか、ずるずると崩れ落ちては懇願するように私のスカートを必死に掴んで縋りついてくる。
……お兄様を助けて? 一体どういう事?
「落ち着いて、ローズ。いったい何があったの?」
足を曲げ、彼女に目線を合わせて尋ねる。
心臓が強く鼓動する。聞きたくないけれど、聞かなければならない。そんな恐怖が、歪な笑みを浮かべながらジリジリとにじり寄って来ているようだ。
「ひぐっ……邸宅に、変な怪物が、現れて……最初は私を襲ってきた、んだけど……っ、『あれ、こっちじゃないな』って言って、お兄っ、様のところに……むかったの。そのあと、お兄様が……お兄様がぁ…………っ!」
話している最中で限界を超えたのか、彼女は顔を両手で覆ってわんわんと泣き出した。
今のローズからはもう何も聞き出せない。レオに何かがあった事は確実なのに、その“何か”が分からないだなんて──!
「モルス卿、何があったか説明してもらってもいいかしら」
「……はい。勿論です」
ローズの背を擦りながら強く鼓動する心臓を落ち着かせ、ずっと俯いていた紅獅子騎士団団長のモルス卿に話を振る。
爽やかイケメンの面影を失うぐらい暗く沈痛な面持ちをゆっくりと上げ、いっそ恐怖すら覚える冷静な口調で語られた経緯に──私は言葉を失った。
「……レオが、音の魔力を使ってまでして、皆を逃がしたのね……」
彼は聡明だ。頭の回転がとても早く、時勢を見極めるのが非常に巧い。
そんなレオだからこそ、きっと、そのような危機的状況で自身を犠牲にする道を迷わず選んでしまったのだろう。──普段は滅多に使わない音の魔力を使用してでも、どうにかローズ達を生かしたくて。
「レオナード様をお守りする事こそが我々の役目だというのに、我々は何も成せず、あまつさえ主を見捨てて逃げおおせたのです。王女殿下──どうか、我々に罰をお与え下さい。貴女様のご友人でもあられたレオナード様を見捨てた我々を、どうか愚かだと断じて下さい……ッ!」
モルス卿が額を地面へと打ち付ける。それに続くように、レオ達の護衛として帝都に来ていた紅獅子騎士団の騎士達が、次々と土下座の構えに入っていく。
レオの魔法により強制支配に遭っている為、今の彼等にはこうする事しか出来ないのだろう。
「……違うでしょう」
「え────?」
「貴方達が今、言うべき言葉は別にあるでしょう」
赤く腫れた額を上げ、騎士達がこちらを見つめる。
「贖罪なんかよりも先に、『レオを助けて』って言いなさい!! 己が恥を悔いる前に最善を尽くそうとは考えないのか? それでも騎士か、貴方達は!!」
「──ッ!!」
涙を流してローズが私に縋った。その時点で、私の決意は既に固まっている。彼等に助けを求めようが求められまいがそこは変わらない。
でも、こうでもしないと彼等は一生この事を引き摺りそうだから。そんなのきっと──……レオも望まないだろう。
『お願いします! どうか……どうか、レオナード様をお助け下さいッッ!!』
腹の底から押し出された騎士達の声が、何重にも重なり響く。
「分かったわ。貴方達はまだレオの魔法の効果が切れてないのでしょう……侍女達に案内させるから、東宮で休んでなさい」
「貴女様を一人で敵地に向かわせる咎、必ずやこの身を以て償わせていただきます。ですのでどうか、レオナード様の事をよろしくお願い致します…………ッ!!」
モルス卿が深く頭を下げると、今にも泣き出しそうな騎士達もまた「お願いします!!」と声を震えさせながら地面に額を擦り付けた。そんな彼等を横目に侍女へと指示を飛ばし、今度はローズの目を見て告げる。
「心配しないで、ローズ。何があっても──必ず、レオを貴女の元に連れて帰るから」
「……っぅぐ、うん……! おねがい、アミレスちゃん…………!!」
彼女の体を支えながら立ち上がり、ナトラの方を見る。目が合うやいなや、ナトラは何か察したのか小さく息を吐き、
「我、また留守番かの?」
頬を膨らませてムッとした顔を作った。
「ごめんね、ナトラ。でもお願い……ローズ達と、私の家を守ってくれる?」
「──はぁ。お前にその言葉を言われてしまっては、我は断る事など出来ぬのじゃ。よかろう、お前の家は我が守護してやる。……そこな人間達もついでにな」
「……ありがとう。ナトラ」
ナトラにローズ達と東宮の警護を任せ、私はアルベルトとシルフと共にテンディジェル大公邸に向かった。
ナトラが『最近鼻がむずむずするのじゃ』と言うので、花粉症かな? それとも何か別の免疫反応? と意見を交わしていた時だった。
侍女のスルーノが慌てた様子で部屋に駆け込んできて、
「アミレス王女様! 緊急のお客様です!!」
肩で息をしつつ、困惑を滲ませながら報告したのだ。
何事かと、早足で正面玄関に向かい扉を開く。するとそこには、歯軋りが聞こえる程に悔しさを全面に押し出す紅の獅子達と、涙ながらに嗚咽を漏らす侍女達。そして──……ボロボロと大粒の涙を流す、ローズがいた。
「っアミレスちゃん! お願い……っ、お願いします……! お兄様を──お兄様を助けて!!」
足の力が抜けたのか、ずるずると崩れ落ちては懇願するように私のスカートを必死に掴んで縋りついてくる。
……お兄様を助けて? 一体どういう事?
「落ち着いて、ローズ。いったい何があったの?」
足を曲げ、彼女に目線を合わせて尋ねる。
心臓が強く鼓動する。聞きたくないけれど、聞かなければならない。そんな恐怖が、歪な笑みを浮かべながらジリジリとにじり寄って来ているようだ。
「ひぐっ……邸宅に、変な怪物が、現れて……最初は私を襲ってきた、んだけど……っ、『あれ、こっちじゃないな』って言って、お兄っ、様のところに……むかったの。そのあと、お兄様が……お兄様がぁ…………っ!」
話している最中で限界を超えたのか、彼女は顔を両手で覆ってわんわんと泣き出した。
今のローズからはもう何も聞き出せない。レオに何かがあった事は確実なのに、その“何か”が分からないだなんて──!
「モルス卿、何があったか説明してもらってもいいかしら」
「……はい。勿論です」
ローズの背を擦りながら強く鼓動する心臓を落ち着かせ、ずっと俯いていた紅獅子騎士団団長のモルス卿に話を振る。
爽やかイケメンの面影を失うぐらい暗く沈痛な面持ちをゆっくりと上げ、いっそ恐怖すら覚える冷静な口調で語られた経緯に──私は言葉を失った。
「……レオが、音の魔力を使ってまでして、皆を逃がしたのね……」
彼は聡明だ。頭の回転がとても早く、時勢を見極めるのが非常に巧い。
そんなレオだからこそ、きっと、そのような危機的状況で自身を犠牲にする道を迷わず選んでしまったのだろう。──普段は滅多に使わない音の魔力を使用してでも、どうにかローズ達を生かしたくて。
「レオナード様をお守りする事こそが我々の役目だというのに、我々は何も成せず、あまつさえ主を見捨てて逃げおおせたのです。王女殿下──どうか、我々に罰をお与え下さい。貴女様のご友人でもあられたレオナード様を見捨てた我々を、どうか愚かだと断じて下さい……ッ!」
モルス卿が額を地面へと打ち付ける。それに続くように、レオ達の護衛として帝都に来ていた紅獅子騎士団の騎士達が、次々と土下座の構えに入っていく。
レオの魔法により強制支配に遭っている為、今の彼等にはこうする事しか出来ないのだろう。
「……違うでしょう」
「え────?」
「貴方達が今、言うべき言葉は別にあるでしょう」
赤く腫れた額を上げ、騎士達がこちらを見つめる。
「贖罪なんかよりも先に、『レオを助けて』って言いなさい!! 己が恥を悔いる前に最善を尽くそうとは考えないのか? それでも騎士か、貴方達は!!」
「──ッ!!」
涙を流してローズが私に縋った。その時点で、私の決意は既に固まっている。彼等に助けを求めようが求められまいがそこは変わらない。
でも、こうでもしないと彼等は一生この事を引き摺りそうだから。そんなのきっと──……レオも望まないだろう。
『お願いします! どうか……どうか、レオナード様をお助け下さいッッ!!』
腹の底から押し出された騎士達の声が、何重にも重なり響く。
「分かったわ。貴方達はまだレオの魔法の効果が切れてないのでしょう……侍女達に案内させるから、東宮で休んでなさい」
「貴女様を一人で敵地に向かわせる咎、必ずやこの身を以て償わせていただきます。ですのでどうか、レオナード様の事をよろしくお願い致します…………ッ!!」
モルス卿が深く頭を下げると、今にも泣き出しそうな騎士達もまた「お願いします!!」と声を震えさせながら地面に額を擦り付けた。そんな彼等を横目に侍女へと指示を飛ばし、今度はローズの目を見て告げる。
「心配しないで、ローズ。何があっても──必ず、レオを貴女の元に連れて帰るから」
「……っぅぐ、うん……! おねがい、アミレスちゃん…………!!」
彼女の体を支えながら立ち上がり、ナトラの方を見る。目が合うやいなや、ナトラは何か察したのか小さく息を吐き、
「我、また留守番かの?」
頬を膨らませてムッとした顔を作った。
「ごめんね、ナトラ。でもお願い……ローズ達と、私の家を守ってくれる?」
「──はぁ。お前にその言葉を言われてしまっては、我は断る事など出来ぬのじゃ。よかろう、お前の家は我が守護してやる。……そこな人間達もついでにな」
「……ありがとう。ナトラ」
ナトラにローズ達と東宮の警護を任せ、私はアルベルトとシルフと共にテンディジェル大公邸に向かった。
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