586 / 790
第五章・帝国の王女
527.Main Story:Ameless
しおりを挟む
それは、なんてことない昼前の事。
ナトラが『最近鼻がむずむずするのじゃ』と言うので、花粉症かな? それとも何か別の免疫反応? と意見を交わしていた時だった。
侍女のスルーノが慌てた様子で部屋に駆け込んできて、
「アミレス王女様! 緊急のお客様です!!」
肩で息をしつつ、困惑を滲ませながら報告したのだ。
何事かと、早足で正面玄関に向かい扉を開く。するとそこには、歯軋りが聞こえる程に悔しさを全面に押し出す紅の獅子達と、涙ながらに嗚咽を漏らす侍女達。そして──……ボロボロと大粒の涙を流す、ローズがいた。
「っアミレスちゃん! お願い……っ、お願いします……! お兄様を──お兄様を助けて!!」
足の力が抜けたのか、ずるずると崩れ落ちては懇願するように私のスカートを必死に掴んで縋りついてくる。
……お兄様を助けて? 一体どういう事?
「落ち着いて、ローズ。いったい何があったの?」
足を曲げ、彼女に目線を合わせて尋ねる。
心臓が強く鼓動する。聞きたくないけれど、聞かなければならない。そんな恐怖が、歪な笑みを浮かべながらジリジリとにじり寄って来ているようだ。
「ひぐっ……邸宅に、変な怪物が、現れて……最初は私を襲ってきた、んだけど……っ、『あれ、こっちじゃないな』って言って、お兄っ、様のところに……むかったの。そのあと、お兄様が……お兄様がぁ…………っ!」
話している最中で限界を超えたのか、彼女は顔を両手で覆ってわんわんと泣き出した。
今のローズからはもう何も聞き出せない。レオに何かがあった事は確実なのに、その“何か”が分からないだなんて──!
「モルス卿、何があったか説明してもらってもいいかしら」
「……はい。勿論です」
ローズの背を擦りながら強く鼓動する心臓を落ち着かせ、ずっと俯いていた紅獅子騎士団団長のモルス卿に話を振る。
爽やかイケメンの面影を失うぐらい暗く沈痛な面持ちをゆっくりと上げ、いっそ恐怖すら覚える冷静な口調で語られた経緯に──私は言葉を失った。
「……レオが、音の魔力を使ってまでして、皆を逃がしたのね……」
彼は聡明だ。頭の回転がとても早く、時勢を見極めるのが非常に巧い。
そんなレオだからこそ、きっと、そのような危機的状況で自身を犠牲にする道を迷わず選んでしまったのだろう。──普段は滅多に使わない音の魔力を使用してでも、どうにかローズ達を生かしたくて。
「レオナード様をお守りする事こそが我々の役目だというのに、我々は何も成せず、あまつさえ主を見捨てて逃げおおせたのです。王女殿下──どうか、我々に罰をお与え下さい。貴女様のご友人でもあられたレオナード様を見捨てた我々を、どうか愚かだと断じて下さい……ッ!」
モルス卿が額を地面へと打ち付ける。それに続くように、レオ達の護衛として帝都に来ていた紅獅子騎士団の騎士達が、次々と土下座の構えに入っていく。
レオの魔法により強制支配に遭っている為、今の彼等にはこうする事しか出来ないのだろう。
「……違うでしょう」
「え────?」
「貴方達が今、言うべき言葉は別にあるでしょう」
赤く腫れた額を上げ、騎士達がこちらを見つめる。
「贖罪なんかよりも先に、『レオを助けて』って言いなさい!! 己が恥を悔いる前に最善を尽くそうとは考えないのか? それでも騎士か、貴方達は!!」
「──ッ!!」
涙を流してローズが私に縋った。その時点で、私の決意は既に固まっている。彼等に助けを求めようが求められまいがそこは変わらない。
でも、こうでもしないと彼等は一生この事を引き摺りそうだから。そんなのきっと──……レオも望まないだろう。
『お願いします! どうか……どうか、レオナード様をお助け下さいッッ!!』
腹の底から押し出された騎士達の声が、何重にも重なり響く。
「分かったわ。貴方達はまだレオの魔法の効果が切れてないのでしょう……侍女達に案内させるから、東宮で休んでなさい」
「貴女様を一人で敵地に向かわせる咎、必ずやこの身を以て償わせていただきます。ですのでどうか、レオナード様の事をよろしくお願い致します…………ッ!!」
モルス卿が深く頭を下げると、今にも泣き出しそうな騎士達もまた「お願いします!!」と声を震えさせながら地面に額を擦り付けた。そんな彼等を横目に侍女へと指示を飛ばし、今度はローズの目を見て告げる。
「心配しないで、ローズ。何があっても──必ず、レオを貴女の元に連れて帰るから」
「……っぅぐ、うん……! おねがい、アミレスちゃん…………!!」
彼女の体を支えながら立ち上がり、ナトラの方を見る。目が合うやいなや、ナトラは何か察したのか小さく息を吐き、
「我、また留守番かの?」
頬を膨らませてムッとした顔を作った。
「ごめんね、ナトラ。でもお願い……ローズ達と、私の家を守ってくれる?」
「──はぁ。お前にその言葉を言われてしまっては、我は断る事など出来ぬのじゃ。よかろう、お前の家は我が守護してやる。……そこな人間達もついでにな」
「……ありがとう。ナトラ」
ナトラにローズ達と東宮の警護を任せ、私はアルベルトとシルフと共にテンディジェル大公邸に向かった。
ナトラが『最近鼻がむずむずするのじゃ』と言うので、花粉症かな? それとも何か別の免疫反応? と意見を交わしていた時だった。
侍女のスルーノが慌てた様子で部屋に駆け込んできて、
「アミレス王女様! 緊急のお客様です!!」
肩で息をしつつ、困惑を滲ませながら報告したのだ。
何事かと、早足で正面玄関に向かい扉を開く。するとそこには、歯軋りが聞こえる程に悔しさを全面に押し出す紅の獅子達と、涙ながらに嗚咽を漏らす侍女達。そして──……ボロボロと大粒の涙を流す、ローズがいた。
「っアミレスちゃん! お願い……っ、お願いします……! お兄様を──お兄様を助けて!!」
足の力が抜けたのか、ずるずると崩れ落ちては懇願するように私のスカートを必死に掴んで縋りついてくる。
……お兄様を助けて? 一体どういう事?
「落ち着いて、ローズ。いったい何があったの?」
足を曲げ、彼女に目線を合わせて尋ねる。
心臓が強く鼓動する。聞きたくないけれど、聞かなければならない。そんな恐怖が、歪な笑みを浮かべながらジリジリとにじり寄って来ているようだ。
「ひぐっ……邸宅に、変な怪物が、現れて……最初は私を襲ってきた、んだけど……っ、『あれ、こっちじゃないな』って言って、お兄っ、様のところに……むかったの。そのあと、お兄様が……お兄様がぁ…………っ!」
話している最中で限界を超えたのか、彼女は顔を両手で覆ってわんわんと泣き出した。
今のローズからはもう何も聞き出せない。レオに何かがあった事は確実なのに、その“何か”が分からないだなんて──!
「モルス卿、何があったか説明してもらってもいいかしら」
「……はい。勿論です」
ローズの背を擦りながら強く鼓動する心臓を落ち着かせ、ずっと俯いていた紅獅子騎士団団長のモルス卿に話を振る。
爽やかイケメンの面影を失うぐらい暗く沈痛な面持ちをゆっくりと上げ、いっそ恐怖すら覚える冷静な口調で語られた経緯に──私は言葉を失った。
「……レオが、音の魔力を使ってまでして、皆を逃がしたのね……」
彼は聡明だ。頭の回転がとても早く、時勢を見極めるのが非常に巧い。
そんなレオだからこそ、きっと、そのような危機的状況で自身を犠牲にする道を迷わず選んでしまったのだろう。──普段は滅多に使わない音の魔力を使用してでも、どうにかローズ達を生かしたくて。
「レオナード様をお守りする事こそが我々の役目だというのに、我々は何も成せず、あまつさえ主を見捨てて逃げおおせたのです。王女殿下──どうか、我々に罰をお与え下さい。貴女様のご友人でもあられたレオナード様を見捨てた我々を、どうか愚かだと断じて下さい……ッ!」
モルス卿が額を地面へと打ち付ける。それに続くように、レオ達の護衛として帝都に来ていた紅獅子騎士団の騎士達が、次々と土下座の構えに入っていく。
レオの魔法により強制支配に遭っている為、今の彼等にはこうする事しか出来ないのだろう。
「……違うでしょう」
「え────?」
「貴方達が今、言うべき言葉は別にあるでしょう」
赤く腫れた額を上げ、騎士達がこちらを見つめる。
「贖罪なんかよりも先に、『レオを助けて』って言いなさい!! 己が恥を悔いる前に最善を尽くそうとは考えないのか? それでも騎士か、貴方達は!!」
「──ッ!!」
涙を流してローズが私に縋った。その時点で、私の決意は既に固まっている。彼等に助けを求めようが求められまいがそこは変わらない。
でも、こうでもしないと彼等は一生この事を引き摺りそうだから。そんなのきっと──……レオも望まないだろう。
『お願いします! どうか……どうか、レオナード様をお助け下さいッッ!!』
腹の底から押し出された騎士達の声が、何重にも重なり響く。
「分かったわ。貴方達はまだレオの魔法の効果が切れてないのでしょう……侍女達に案内させるから、東宮で休んでなさい」
「貴女様を一人で敵地に向かわせる咎、必ずやこの身を以て償わせていただきます。ですのでどうか、レオナード様の事をよろしくお願い致します…………ッ!!」
モルス卿が深く頭を下げると、今にも泣き出しそうな騎士達もまた「お願いします!!」と声を震えさせながら地面に額を擦り付けた。そんな彼等を横目に侍女へと指示を飛ばし、今度はローズの目を見て告げる。
「心配しないで、ローズ。何があっても──必ず、レオを貴女の元に連れて帰るから」
「……っぅぐ、うん……! おねがい、アミレスちゃん…………!!」
彼女の体を支えながら立ち上がり、ナトラの方を見る。目が合うやいなや、ナトラは何か察したのか小さく息を吐き、
「我、また留守番かの?」
頬を膨らませてムッとした顔を作った。
「ごめんね、ナトラ。でもお願い……ローズ達と、私の家を守ってくれる?」
「──はぁ。お前にその言葉を言われてしまっては、我は断る事など出来ぬのじゃ。よかろう、お前の家は我が守護してやる。……そこな人間達もついでにな」
「……ありがとう。ナトラ」
ナトラにローズ達と東宮の警護を任せ、私はアルベルトとシルフと共にテンディジェル大公邸に向かった。
1
お気に入りに追加
649
あなたにおすすめの小説

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?
せいめ
恋愛
女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。
大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。
親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。
「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」
その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。
召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。
「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」
今回は無事に帰れるのか…?
ご都合主義です。
誤字脱字お許しください。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました
市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。
……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。
それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?!
上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる?
このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!!
※小説家になろう様でも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる