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第五章・帝国の王女
526.Side Story:Freedoll
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仕事の関係で街に出る事になったから、そのついでにと宝飾店に寄った。その理由は当然──我が恋への贈り物を選ぶ為である。
僕の仕事が忙しいあまり、せっかく彼女が帝国まで訪れてくれたと言うのにまったく時間を共に出来ていない。
あの日以来足繁く僕の元へ通ってくれているものの、決まって護衛の子供やデリアルド伯爵が同伴している。その為、彼女と二人きりとなる事が叶わない。
僕がこれだけ気を揉ませているのだから、繊細なミシェルはさぞや心寂しい日々を送っていることだろう。
そんな彼女に少しでも僕の想いを伝えられたら良いと思い、仕事の合間を縫っては僕自ら装飾品を選定しに来たという訳だ。
「殿下~~、まだですかぁ~~?」
「騒々しいぞ。喚くぐらいなら店の外で待っておけばいいだろう」
「いやこれでも一応貴方の側近なんでね? 護衛とかもしなきゃならんのですよ。殿下の身に何かあれば俺の首がすぱーんっと飛んじゃうので」
「今ここでその首を飛ばしてやっても構わないが」
「どっちの首ですか?」
「お前が望むのならば、どちらも」
「丁重にお断りさせていただきます」
減らず口を叩きつつも、ジェーンは周囲への警戒を怠らない。一応、仕事をするつもりはあるらしい。
……しかし、この男はこんなにも退屈一色で仕事をしていただろうか。以前のこいつは、もっとこう──気に障る不愉快な間抜け面を見せつけてくるような奴だったと思うのだが。何か心境の変化でもあったのか? 僕としては、こちらの方が一々苛立つ必要も無く精神衛生にも良いので大助かりだが。
「というか殿下ってそんなにセンス悪かったですっけ? 思春期の子供ばりに悩みに悩んで辛うじてまともなものを贈れるぐらいのセンスはあったと思うんですけど」
「……そういえば以前からお前の顔と体は不似合いだと思っていたんだ。この場で分断してやろう」
「顔と体が不似合いってとんでもない悪口ですね」
「人の美的感覚に文句をつけた奴には言われたくないのだが」
「はぁ…………」
盛大なため息と共にジェーンの顔が顰められ、その視線は僕の手元に注がれる。
「その髪飾り、誰に贈るおつもりで?」
「何を分かりきった事を。ミシェルに決まっているだろう」
「ハッ! だからセンスが最悪だって言ったんですよ、俺は」
挑発するように鼻で笑い、慇懃無礼な男は続ける。
「──それ、どう考えてもローゼラ嬢には似合わないでしょう。美しさ重視のデザインと高級感溢れる落ち着いた深い青の宝石、なんて……愛らしいという印象が先行する明るい彼女には似合わない。それなのにどうして殿下はその髪飾りを選んだのかって聞いてるんですよ」
本気でそれを選んだのなら、マジでセンス無いなと思いまして。と、息をするように失言を繰り返しつつジェーンは肩を竦めた。
僕は確かに真剣に装飾品を選んだ。ただ高いものではなく、彼女に似合う物をと……それなのに何故僕の手にはこのような髪飾りが握られているんだ? ジェーンの言う通り、このようなデザインではミシェルの魅力を底上げすることなど出来まい。
それなのに、何故──……?
『───さまと一緒にお出かけが出来て、今日は楽しかったです』
頭に響く、誰かの声。その顔も言葉も全てが靄がかかっていて、誰のものなのか分からない。でも……その言葉は僕にとってかけがえのないものらしい。そんな些細な言葉一つで、僕の胸には荒波が生まれるのだ。
──痛い。頭が、針で刺されたように痛む。
「……ジェーン。今日は僕の感覚がおかしかったようだ、お前が代わりに彼女への贈り物を選定しろ」
「え? 殿下が自分の非を認めるなんて……!?」
「意見か?」
「いいえッ! 仰せのままに!!」
このまま装飾品を選ぶ気分ではない。こんな店、さっさと出てしまいたいと思うのに──気がつけば、僕はあの髪飾りを購入していた。
何故か手放せなかった。
誰かにこれを贈りたいと、胸が騒ぎ立てるのだ。
少なくとも……その誰かは、我が恋ではない。根拠もなくそう確信している。こんなにも彼女に恋焦がれているにも関わらず、僕は彼女を裏切るような真似を──……彼女ではない誰かへの贈り物を、彼女へのそれよりも先に選んでいた。
「──ックソ! 一体なんなんだ、さっきから! 誰が僕の頭を、この胸を掻き乱しているんだ……っ!!」
仕事が終わり、自室に戻った僕は荒れていた。
不愉快だ。こんな、自分では制御しきれない感情に狂わされるような感覚……これを心地よいと感じる方がおかしい。おかしい筈なのに、なんで僕はこの感情を無条件で受け入れようとしているんだ?
「……この髪飾りを見てからだ。これの所為で、僕は────!!」
髪飾りを投げようとした。でも、何故か出来なかった。
誰かの笑顔が脳裏を過ぎる。誰かの喜ぶ顔が目蓋の裏に焼き付いている。その笑顔が、これを捨てる事を許してくれない。
「っ、なんなんだ……僕は、どうしてしまったんだ…………?」
自分でも自分が分からない。
ただ、とても──胸が苦しいんだ。
ミシェル、お前ならばこの苦しみをどうにかしてくれるのだろうか。この胸につっかえる名前の分からない感情や、理由の分からない痛みを……お前ならば、癒してくれるのだろうか?
頼むから、そうだと言ってくれ──……ミシェル。
僕の仕事が忙しいあまり、せっかく彼女が帝国まで訪れてくれたと言うのにまったく時間を共に出来ていない。
あの日以来足繁く僕の元へ通ってくれているものの、決まって護衛の子供やデリアルド伯爵が同伴している。その為、彼女と二人きりとなる事が叶わない。
僕がこれだけ気を揉ませているのだから、繊細なミシェルはさぞや心寂しい日々を送っていることだろう。
そんな彼女に少しでも僕の想いを伝えられたら良いと思い、仕事の合間を縫っては僕自ら装飾品を選定しに来たという訳だ。
「殿下~~、まだですかぁ~~?」
「騒々しいぞ。喚くぐらいなら店の外で待っておけばいいだろう」
「いやこれでも一応貴方の側近なんでね? 護衛とかもしなきゃならんのですよ。殿下の身に何かあれば俺の首がすぱーんっと飛んじゃうので」
「今ここでその首を飛ばしてやっても構わないが」
「どっちの首ですか?」
「お前が望むのならば、どちらも」
「丁重にお断りさせていただきます」
減らず口を叩きつつも、ジェーンは周囲への警戒を怠らない。一応、仕事をするつもりはあるらしい。
……しかし、この男はこんなにも退屈一色で仕事をしていただろうか。以前のこいつは、もっとこう──気に障る不愉快な間抜け面を見せつけてくるような奴だったと思うのだが。何か心境の変化でもあったのか? 僕としては、こちらの方が一々苛立つ必要も無く精神衛生にも良いので大助かりだが。
「というか殿下ってそんなにセンス悪かったですっけ? 思春期の子供ばりに悩みに悩んで辛うじてまともなものを贈れるぐらいのセンスはあったと思うんですけど」
「……そういえば以前からお前の顔と体は不似合いだと思っていたんだ。この場で分断してやろう」
「顔と体が不似合いってとんでもない悪口ですね」
「人の美的感覚に文句をつけた奴には言われたくないのだが」
「はぁ…………」
盛大なため息と共にジェーンの顔が顰められ、その視線は僕の手元に注がれる。
「その髪飾り、誰に贈るおつもりで?」
「何を分かりきった事を。ミシェルに決まっているだろう」
「ハッ! だからセンスが最悪だって言ったんですよ、俺は」
挑発するように鼻で笑い、慇懃無礼な男は続ける。
「──それ、どう考えてもローゼラ嬢には似合わないでしょう。美しさ重視のデザインと高級感溢れる落ち着いた深い青の宝石、なんて……愛らしいという印象が先行する明るい彼女には似合わない。それなのにどうして殿下はその髪飾りを選んだのかって聞いてるんですよ」
本気でそれを選んだのなら、マジでセンス無いなと思いまして。と、息をするように失言を繰り返しつつジェーンは肩を竦めた。
僕は確かに真剣に装飾品を選んだ。ただ高いものではなく、彼女に似合う物をと……それなのに何故僕の手にはこのような髪飾りが握られているんだ? ジェーンの言う通り、このようなデザインではミシェルの魅力を底上げすることなど出来まい。
それなのに、何故──……?
『───さまと一緒にお出かけが出来て、今日は楽しかったです』
頭に響く、誰かの声。その顔も言葉も全てが靄がかかっていて、誰のものなのか分からない。でも……その言葉は僕にとってかけがえのないものらしい。そんな些細な言葉一つで、僕の胸には荒波が生まれるのだ。
──痛い。頭が、針で刺されたように痛む。
「……ジェーン。今日は僕の感覚がおかしかったようだ、お前が代わりに彼女への贈り物を選定しろ」
「え? 殿下が自分の非を認めるなんて……!?」
「意見か?」
「いいえッ! 仰せのままに!!」
このまま装飾品を選ぶ気分ではない。こんな店、さっさと出てしまいたいと思うのに──気がつけば、僕はあの髪飾りを購入していた。
何故か手放せなかった。
誰かにこれを贈りたいと、胸が騒ぎ立てるのだ。
少なくとも……その誰かは、我が恋ではない。根拠もなくそう確信している。こんなにも彼女に恋焦がれているにも関わらず、僕は彼女を裏切るような真似を──……彼女ではない誰かへの贈り物を、彼女へのそれよりも先に選んでいた。
「──ックソ! 一体なんなんだ、さっきから! 誰が僕の頭を、この胸を掻き乱しているんだ……っ!!」
仕事が終わり、自室に戻った僕は荒れていた。
不愉快だ。こんな、自分では制御しきれない感情に狂わされるような感覚……これを心地よいと感じる方がおかしい。おかしい筈なのに、なんで僕はこの感情を無条件で受け入れようとしているんだ?
「……この髪飾りを見てからだ。これの所為で、僕は────!!」
髪飾りを投げようとした。でも、何故か出来なかった。
誰かの笑顔が脳裏を過ぎる。誰かの喜ぶ顔が目蓋の裏に焼き付いている。その笑顔が、これを捨てる事を許してくれない。
「っ、なんなんだ……僕は、どうしてしまったんだ…………?」
自分でも自分が分からない。
ただ、とても──胸が苦しいんだ。
ミシェル、お前ならばこの苦しみをどうにかしてくれるのだろうか。この胸につっかえる名前の分からない感情や、理由の分からない痛みを……お前ならば、癒してくれるのだろうか?
頼むから、そうだと言ってくれ──……ミシェル。
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