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第五章・帝国の王女

520.Main Story:Others

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「……民の娯楽や至福となるものを守る事もまた、皇族の務めと心得ているだけだ」

 勿論嘘である。今、その場で適当に考えた文言に決まっていよう。

「そうなのか……おまえ、いい王になるぞ」

 とても現金な男だ。
 そしてフリードルの話など全く聞いていない。何せアンヘルの視線は、先程からずっと優待券に釘付けなのだから。

「当然だ。僕はフォーロイト帝国が皇太子だぞ。いずれは良き王となり、この国を導く存在なのだから」
「(なんで当然の事をわざわざ……?)──うん、そうだな。俺もそうだと思う」

 アンヘルは言葉のキャッチボールを諦めた。フリードルが親切に投げ返したボールを、彼はフルスイングで真上に打ち上げてしまった。

(とんでもなく適当な返事……アンヘル、これはお前が始めた物語だろ……)

 これにはカイルも呆れ顔。
 ある意味平和だったこの空間に異変を齎したのは、アンヘルでもなく、カイルでもなく、フリードルでもなく──……夢見る少女だった。

「あの、こちらで魔導具研究学会をやっていると聞いたんですが……見学させていただいてもいいですか?」

 金色の髪を揺らし、少女はおずおずと声を発する。低姿勢でありながらも自信に満ち溢れたその表情からは、何やら確信めいたものを感じる。

(やったっ、ゲーム通りよ! 熱で寝込んだ時はどうなるかって冷や冷やしたけど……城の一室で行われている学会に参加すればフリードルに会える──まさにシナリオ通りだわ!)

 病み上がりのミシェルは最推しであるフリードルに会うべく、彼の元に辿り着ける選択肢を探し出してはそれを選んだ。その努力が実を結び、こうしてゲーム通りのイベントをここで発生させる事に成功した。
 ──成功して・・・・しまった・・・・のだ。この、ゲームとはかけ離れた世界で。
 まるで奇跡が彼女を導いているかのよう。そしてその導きは、ミシェルにしか微笑まない。

「「「っ!!」」」

 刹那、奇跡が・・・起きる・・・
 それは強制力という名を借りた世界の意思よりも、悪質で手をつけられない──人も運命すらも狂わせる、ことわりの埒外の力。

『───ミシェル。お前の事をこの世の何よりも愛している』
(……何が愛しているだ。僕はそのような事、あの女以外に告げるつもりは……!)

 フリードル・ヘル・フォーロイトが歯を食いしばる。

『───怪物の花嫁になるなんて、ほんと馬鹿なやつ。…………ありがとう、ミシェル。俺の傍にいてくれて』
(は? 何だよこれ。俺があのガキに感謝……? 意味わかんねぇ……っ)

 アンヘル・デリアルドが口の端を歪める。

『───君との日々は、俺の人生において最も幸福で色鮮やかな時間だった。君と出会えて、俺は幸せだ』
(違う……違う違うちがうちがう! 俺はカイルじゃない! 俺はっ、俺は……!!)

 カイル・ディ・ハミルが呼吸を荒くする。
 彼等の脳裏に映し出されたのは、存在しない記憶。
 三人はなんとかその自己改変・・・・に抗おうとしたが、無意味に終わる。必死の抵抗も虚しく、彼等という存在は壊された。

(っクソ! カイル、すまん。後は任せた────!)

 それと──、ごめん…………アミレス。
 前代未聞の状況に陥り、もはやどうする事も出来まいと悟ったカイルは悔しげな言葉を胸の奥に残し、ガクリと項垂れる。

 それは、まさに奇跡のような出来事であった。
 本来の人格に戻そうとする強制力? ──否。
 筋書き通りに進めようとする世界の意思? ──否。
 これは、少女にとって最も都合の・・・いい・・奇跡・・を巻き起こす最悪の旋風そのもの。

「……──よく来たな、ミシェル・ローゼラ。お前に会えるとは、今日は良き一日になりそうだ」

 絶対零度の皇太子がいびつに微笑む。

「……──なんだよ。そんなに俺に会いたかったのか、あんた。いじらしい奴め」

 呪われし伯爵が挑発するようにふっと笑う。

「……──成程。そういう事か」

 目蓋を押し上げながらボソリと呟いた直後、

「月並みな言葉になってしまうが、君に会えて嬉しいよ。ローゼラ嬢」

 神の傀儡は不自然な笑顔で少女を出迎える。
 彼等は変えられてしまった。■■■■■が望む未来の為、ミシェル・ローゼラを愛するように捻じ曲げられたのだ。
 それはまさに、彼女にとっての奇跡と言えよう。

「っ! あたしも──……皆に会えて嬉しいです!」

 こうして少女は全能感に支配され、三人の攻略対象は彼女への愛情に支配された。
 強制的に好感度が最大値を記録カンストする、ただ一人を除いた全ての人間に悪夢を見せるような奇跡。
 選択肢も、筋書きも、人格をも全てを無視して行われた最低最悪の違反行為チート

(ああ……ついに始まった。あたしの夢の日々が!)

 だが、念願叶ったりと有頂天のミシェルはそれに気づかない。そもそも彼女にはその自覚が無いのだから。

『もうすこし。あとほんの少しで、あなたに会えるのね。わたくし・・・・の愛する────…………』

 そんな少女の無垢なる願いを喰らい、怪物は徐々に成長していく。
 やがてその殻を破り──……美しく、誰よりも傲慢に羽化するその時の為に。
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