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第五章・帝国の王女
♢512.Chapter2 Prologue
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────俺は、どこで道を違えたのだろうか。
ただ一つの守りたかった存在は俺の手から零れ落ちた。
ただ一つの代わりのない存在は俺の手を振りはらった。
いったい、俺はどうすればよかったんだ。
どうすれば……お前達を失わずに済んだんだ?
どうしてお前達は俺の前からいなくなったんだ。
なあ──……アーシャ。カラオル。
「夜分遅くに申し訳ございません。皇帝陛下、報告に参りました」
「……ヌルか。わざわざ皇宮まで来るとは、それ程に急を要する報告なのだな」
長椅子で眠ろうとしていたところ、ヌルがどこからともなく我が寝室に現れた。
その表情は逆光も相まって固く、ほの暗く見受けられる。
「はい。……ところで、まだ長椅子で寝ているのですね。いい加減体を壊しますよ」
「ケイリオルのような小言を言いよって。──広い寝台は好かん。無駄話は良いからさっさと要件を話せ」
体を起こし、机の上にあったワインを手に取る。ぽとぽと、とグラスにワインを注ぎそれを喉に流し込むと、ヌルが機を見て話を切り出した。
「例の準備に取りかかっていたところ、帝都にて異変が。西部地区に正体不明の魔物と思しきものが出現しました」
「……正体不明の魔物、か。お前がそのような事を把握しているのならば、つまり──忌まわしきあの女が、その件に関与したのか」
「は、その通りにございます」
ヌルは静かに頷いた。
これにはあの女の監視を命じていた。何かしらのきっかけがあればそれを有効活用しろ、と。
きっかけさえあればいい。それさえ見つかれば後はこちらでどうとでも出来る。
「依然として東宮への侵入が不可能な為、王女が瞬間転移らしきもので移動した際は焦りましたが……偶然にも、その時帝都にて任務にあたっていた部下より西部地区で発生した異常事態について報告され、もしやと思い現場に向かった結果──」
「あの女がいたのか」
「はい。王女は使役する悪魔と共に魔物──『ケガレ』という名のなにかを討伐し、見事西部地区を守り抜いたようです」
あの女はケイリオルから西部地区に関わる権利の一部を預かり、いつしかあの街の主人ぶるようになった。
まあ、正直なところ……貧民街には手を焼いていたから、あの膿を切除した事だけは素直に認めてやろう。
フォーロイト王国時代から数百年以上……積み重ねるように膿が濃く深く溜まってきた街が、ここに来てついにその膿を吐き出し、美しくなった。
それはまさしく、我が帝国の発展の一助となった事であろう。
その点においてはあの女にも価値があったのだなと、ケイリオルの先見の明に舌を巻いたか。
そういえば……世にも奇妙なことに、彼奴は至極真面目にこのような事をも宣っていたな。
あの女を蔑ろにした日には、帝国の発展には必要不可欠な有力貴族共に揃いも揃って中指を立てられついでに後ろ指で指されるだろう──と。
これまた随分と愉快な冗談だが、俺にはあの女一人にそのような価値があるとは到底思えん。
所詮はただの子供。
所詮、早死にする脆弱な命だろう。
「──頭が痛くなってきた。あの女の話はもうよせ」
ワイン片手にヌルの報告を聞く。すると、苛立ちのような何かが我が頭を刺激してきたのだ。
なので適当に話題を変えようとしたのだが、
「しかし、話が脱線した為まだ西部地区の一件の報告が終わっておりませぬ」
「…………さっさと済ませろ」
まだ、報告は終わってなかったらしい。報告の際に毎度雑談を混じえるのが玉に瑕だな、こいつは。
ため息混じりに促すと、ヌルは締りのない顔でぺこぺこと媚びへつらうように頭を下げた。
「話は戻りますが、『ケガレ』なる魔物を討伐する際、王女はそれを凍結させ、即死させておりました」
耳を疑う言葉が聞こえる。
「凍結? ──あの女が、氷を使ったと。貴様はそのような冗談をこの俺の前で宣うのか」
「冗談でこのような事は言えますまい! 確かにこの目で見ました。瞬く間に凍てつくおぞましい魔物の山を」
ヌルは俺達を相手に嘘をつかない。
あの日──……優秀だったが故に皇室の秘密を背負わされた時から、この男は俺達の手足となった。
故に、この報告は真実なのだろう。
「あの女の魔力は、水なのではなかったか」
「その筈ですが……しかし以前にも魔物の行進にて王女が氷を操っていたとの情報がありました。精霊と契約した影響で水の魔力が氷の魔力へと変質していたとすれば、もしかしたら……」
「──皇位継承権を得る恐れがある、ということか」
所持する魔力が変質するなど前代未聞。ならば、後天的に獲得したと考える方が無難だ。
あの女に至っては血統だけは確かだ。その血に元々備わっていた氷の魔力という資質が、精霊との契約で形を得てしまった、とかな。
つまり、あの女は水の魔力に加え氷の魔力を得た事になるのか。益々面倒なものになりおって。
……まぁ、どうでもよい。もとより俺は、さっさとフリードルに皇位を譲り、最善を尽くした上で死ぬつもりだったからな。たとえあの女が継承権を得ようが、幼い頃から皇帝となるべく多くを学んできたフリードルには手も足も出まい。
だが──それでもやはり、あの女は目障りだ。
「……ヌル。引き続きあの女を監視し、少しずつ種を撒いていけ。それはいずれ芽を吹き、あの女を食らう毒花となろう」
「かしこまりました。引き続き、裏工作を進めて参ります」
子供のような姿で恭しく臣下の礼をとるヌルに、念の為にと釘を刺す。
「分かっているだろうが──……くれぐれも、ケイリオルには悟られるなよ」
「御意のままに──我が双星」
何に姿を変えたのか知らんが、ヌルはふっと風が吹くように姿を消した。
────忌まわしき女め。
よくも俺からアーシャとカラオルを奪ってくれたな。
貴様の罪は、必ずやその命を以て償わせてやる。
ただ一つの守りたかった存在は俺の手から零れ落ちた。
ただ一つの代わりのない存在は俺の手を振りはらった。
いったい、俺はどうすればよかったんだ。
どうすれば……お前達を失わずに済んだんだ?
どうしてお前達は俺の前からいなくなったんだ。
なあ──……アーシャ。カラオル。
「夜分遅くに申し訳ございません。皇帝陛下、報告に参りました」
「……ヌルか。わざわざ皇宮まで来るとは、それ程に急を要する報告なのだな」
長椅子で眠ろうとしていたところ、ヌルがどこからともなく我が寝室に現れた。
その表情は逆光も相まって固く、ほの暗く見受けられる。
「はい。……ところで、まだ長椅子で寝ているのですね。いい加減体を壊しますよ」
「ケイリオルのような小言を言いよって。──広い寝台は好かん。無駄話は良いからさっさと要件を話せ」
体を起こし、机の上にあったワインを手に取る。ぽとぽと、とグラスにワインを注ぎそれを喉に流し込むと、ヌルが機を見て話を切り出した。
「例の準備に取りかかっていたところ、帝都にて異変が。西部地区に正体不明の魔物と思しきものが出現しました」
「……正体不明の魔物、か。お前がそのような事を把握しているのならば、つまり──忌まわしきあの女が、その件に関与したのか」
「は、その通りにございます」
ヌルは静かに頷いた。
これにはあの女の監視を命じていた。何かしらのきっかけがあればそれを有効活用しろ、と。
きっかけさえあればいい。それさえ見つかれば後はこちらでどうとでも出来る。
「依然として東宮への侵入が不可能な為、王女が瞬間転移らしきもので移動した際は焦りましたが……偶然にも、その時帝都にて任務にあたっていた部下より西部地区で発生した異常事態について報告され、もしやと思い現場に向かった結果──」
「あの女がいたのか」
「はい。王女は使役する悪魔と共に魔物──『ケガレ』という名のなにかを討伐し、見事西部地区を守り抜いたようです」
あの女はケイリオルから西部地区に関わる権利の一部を預かり、いつしかあの街の主人ぶるようになった。
まあ、正直なところ……貧民街には手を焼いていたから、あの膿を切除した事だけは素直に認めてやろう。
フォーロイト王国時代から数百年以上……積み重ねるように膿が濃く深く溜まってきた街が、ここに来てついにその膿を吐き出し、美しくなった。
それはまさしく、我が帝国の発展の一助となった事であろう。
その点においてはあの女にも価値があったのだなと、ケイリオルの先見の明に舌を巻いたか。
そういえば……世にも奇妙なことに、彼奴は至極真面目にこのような事をも宣っていたな。
あの女を蔑ろにした日には、帝国の発展には必要不可欠な有力貴族共に揃いも揃って中指を立てられついでに後ろ指で指されるだろう──と。
これまた随分と愉快な冗談だが、俺にはあの女一人にそのような価値があるとは到底思えん。
所詮はただの子供。
所詮、早死にする脆弱な命だろう。
「──頭が痛くなってきた。あの女の話はもうよせ」
ワイン片手にヌルの報告を聞く。すると、苛立ちのような何かが我が頭を刺激してきたのだ。
なので適当に話題を変えようとしたのだが、
「しかし、話が脱線した為まだ西部地区の一件の報告が終わっておりませぬ」
「…………さっさと済ませろ」
まだ、報告は終わってなかったらしい。報告の際に毎度雑談を混じえるのが玉に瑕だな、こいつは。
ため息混じりに促すと、ヌルは締りのない顔でぺこぺこと媚びへつらうように頭を下げた。
「話は戻りますが、『ケガレ』なる魔物を討伐する際、王女はそれを凍結させ、即死させておりました」
耳を疑う言葉が聞こえる。
「凍結? ──あの女が、氷を使ったと。貴様はそのような冗談をこの俺の前で宣うのか」
「冗談でこのような事は言えますまい! 確かにこの目で見ました。瞬く間に凍てつくおぞましい魔物の山を」
ヌルは俺達を相手に嘘をつかない。
あの日──……優秀だったが故に皇室の秘密を背負わされた時から、この男は俺達の手足となった。
故に、この報告は真実なのだろう。
「あの女の魔力は、水なのではなかったか」
「その筈ですが……しかし以前にも魔物の行進にて王女が氷を操っていたとの情報がありました。精霊と契約した影響で水の魔力が氷の魔力へと変質していたとすれば、もしかしたら……」
「──皇位継承権を得る恐れがある、ということか」
所持する魔力が変質するなど前代未聞。ならば、後天的に獲得したと考える方が無難だ。
あの女に至っては血統だけは確かだ。その血に元々備わっていた氷の魔力という資質が、精霊との契約で形を得てしまった、とかな。
つまり、あの女は水の魔力に加え氷の魔力を得た事になるのか。益々面倒なものになりおって。
……まぁ、どうでもよい。もとより俺は、さっさとフリードルに皇位を譲り、最善を尽くした上で死ぬつもりだったからな。たとえあの女が継承権を得ようが、幼い頃から皇帝となるべく多くを学んできたフリードルには手も足も出まい。
だが──それでもやはり、あの女は目障りだ。
「……ヌル。引き続きあの女を監視し、少しずつ種を撒いていけ。それはいずれ芽を吹き、あの女を食らう毒花となろう」
「かしこまりました。引き続き、裏工作を進めて参ります」
子供のような姿で恭しく臣下の礼をとるヌルに、念の為にと釘を刺す。
「分かっているだろうが──……くれぐれも、ケイリオルには悟られるなよ」
「御意のままに──我が双星」
何に姿を変えたのか知らんが、ヌルはふっと風が吹くように姿を消した。
────忌まわしき女め。
よくも俺からアーシャとカラオルを奪ってくれたな。
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