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第五章・帝国の王女

510.Side Story:Michalia

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 何かと反対するラフィリア達を説き伏せ、なんとか掴み取ったこの機会。
 未だにフォーロイト帝国に居座る異教徒を排除し、そして姫君との仲を深めようと思っていた。

 ──なのに。
 顔合わせの時も、食事会も、姫君は現れなかった。
 あくまでも皇室からのものという体で送られてきたが、この件に関する招待状の筆跡は確かに彼女のものだった。だからこの親善交流には姫君も関わるのだと思っていたのに。
 何故か姫君はいなかった。だから、昨日も今日も……僕はずっと彼女の姿を追い求めていた。
 周りに悟られぬ範囲で彼女を探して、それでも見つからなければ、寂しさを覚えながら肩を落とす。その繰り返し。

 ただでさえ、毎夜彼女の笑顔を思い浮かべては熱を覚えていたというのに……それがたった二日でここまで悪化してしまうなんて。
 清廉潔白の化身とまで謳われる僕が、こんなにも俗的な欲望に魘される日が来るとは。
 まあ、でも。

「彼女を想って生まれたものだからか、心地よいなぁ」

 嫉妬。焦燥。懸想。──彼女に出会うまで知らなかったその感情は、僕の胸を刺激する。
 こんなにも会いたくて逢いたくて仕方無いのに、こうして焦らされているような時間すらも愛おしく感じる。

「……まだこんな時間か」

 寝台ベッドで寝転がり、入眠しようとしていたのだが……先程の熱がまだ腹の辺りを駆け回っていて、どうにも目が覚めてしまった。
 起き上がると寝台ベッドが軋む音がする。髪を揺らしながら適当に部屋の中を歩いていると、大きな姿見の前で足が止まる。
 そこには、前が全開の白いシャツに薄灰色のズボンの亡霊のような人間──相変わらず全身真っ白な僕が映っていた。

「僕、こんなに不健康な体だったかな」

 ぺたぺたと体中を触りながら、眉を顰める。
 女性のように細い腰。中身があるとは思えない薄い胸板。手足だって細く、腹筋なんてものは存在しないとばかりの平らな腹。ギリギリ人らしく見える青白い肌。
 二十歳前後で肉体の盛衰が失われた為、ただの人間の僕にはこの童顔を変える事は不可能。髪は、ラフィリアの希望から膝上の高さまで伸ばしている。
 昔から筋肉がつきにくい体質ではあったが、僕の体はこんなにも貧弱に見えるものだったのか? これでは姫君に異性として認識して貰えないのではないか?

 僕って──実はめちゃくちゃ男らしくないのでは?!

 姫君に異性として意識してもらえない可能性。そんなもの、これまで一度も考えた事がなかったが──……こうして客観的に自分を見ると、問題点が浮き上がってくる。
 一応、生物として必要不可欠な欲に関してはここ暫くで獲得出来たけれど、それはあくまでもそこまで関係が進んではじめて披露出来るもの。
 それまでの過程にて、姫君に僕を一人の男として見てもらえるか…………僕達は運命で繋がれているから結ばれる事については心配していないけれど、いずれは僕も……人並みに家庭を持ちたい。

 聖人としてそれが許されない事は分かっているけれど、それでも僕は、彼女と家族になりたいと強く思っている。
 彼女との子が欲しい。僕だって普通の人のように、家庭を築きたいんだ。
 だから、その為には……彼女に意識して貰わないといけないのだが。彼女の周りには鍛えている人間が多い……あれを基準にされてしまっては、僕なんて男に見えないだろう。

 うーん、どうしよう。
 今からでも筋肉をつけるべき? いやでも、あれだけ修行してつかなかった筋肉が今更つく筈がない。
 ならばどのようにして男らしさを身につけたものか。

「アンヘル君のような色気、とか? ……なんて。そんなものを聖人ぼくが身につけた日には、後ろ指で刺殺されること間違い無しだ」

 妙案かと思いきや、それは聖人にあってはならないもの。八方塞がりな状態にまた肩を落とす。
 やはり、選択肢は筋肉しかないのだろうか。どうにかして筋肉を……あと身長ももう少し……声も低くなればそれらしいかな?
 ぐぬぬと唸りながら、鏡の前をぐるぐると彷徨いていたその時だった。

「──主! 緊急事態!!」

 突如として、ラフィリアが瞬間転移で現れる。
 居ても立ってもいられない様子のラフィリアは、なんと自ら仮面を取り、呆然と立ち尽くす僕に向けて言葉を続けた。

「ツイ先程、神託ガアッタ! 『テステス、聞こえてるー? ま、聞こえてるだろ。早速だけどな、近々、大陸西側のどこかでおもしれ~事が起こるぞっ! 運が良ければまぁなんとかなるだろうけどぉ、運が悪けりゃすっげー数の人間が死ぬかもな! 精々頑張れ! ガハハ!!』ッテ」

 神託。それ即ち、我等が主──神々の御言葉。
 それがまさか、こんなタイミングで降りるだなんて。

「なんで──……よりによって今なのかな……」

 どうして帝国にいられる時に限って、何かしら問題やら事件やらが発生するのか。
 ある程度仕事を片付けてきたのに。姫君と少しでも長く一緒にいる為に準備してきたのに!

「主? ド、ドウシタノ……?」

 眉尻を下げ、おずおずと様子を窺ってくる。

「ラフィリア…………この神託を聞いたのは?」
「エット──当方ト、アウグスト、ダケ」
「そうか……なら、この件は大司教達にだけ共有し、各自で分担して西側諸国の監視に向かうよう伝えて。僕はこのままフォーロイト帝国に滞在して、この国の様子を見守る。転移装置も今回ばかりは自由に使って構わないよ」
「分カッタ。ソノヨウニ指示シテオク」

 テキパキと指示を出すと、ラフィリアは仮面をつけて姿を消した。
 一人きりになった部屋の中で、僕は長いため息を吐き出しながら座り込む。

「はぁ……姫君と仲良くなりたいだけなのに、なんでこんなに上手くいかないんだろう……」

 そんな虚しい悩みを抱えながら、僕は物悲しい夜を明かした。
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