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第五章・帝国の王女

497.─GameStart─3

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「時たま口もパクパク動いておったが……まさかまたあれなのか? カイルとアミレスだけが知る暗号とやらなのかの?」

 ナトラが鋭い指摘を飛ばしてくる。
 そういえば、日本語をそんな感じの設定で伝えていたっけ。ナトラもよく覚えてるなぁ。

「まぁ、そんなところかな。手を動かしてたのも暗号みたいなものだよ。ハンドサインって言うのかな」
「「「「へ~~……」」」」

 シルフとシュヴァルツとナトラとマクベスタの吐息が重なった。何故かとても圧を感じるその声に、私は小さく身震いする。

「……!」

 ここで突如ハッとしたカイルが機敏な動きでまた手話をする──かに見えたが、内容は全然違った。
 パンッ! と一度手を叩いて胸の高さでピースを作り、腕で大きな丸を描いたかと思えば『6』の形にした手を目に合わせて掲げる。
 わからん。何が言いたいんだこれ……カイルが何を言いたいのかわからない……。
 分かりやすく困惑する私を見て今度はショックを受けたような表情になり、

「──通じねぇ!! これがジェネギャかッ!!」

 忙しなくカイルは騒ぎ出した。
 …………よし、放っておこう。よく分からないけど、ジェネレーションギャップは目指せハッピーエンド同盟に関係無いからね、多分。
 あれは放置しても大丈夫だろう。

「アイツさ、マジでなんなの? 情緒不安定すぎてオレサマ怖いんだけど」
「カイルはそういう生態なのよ、きっと」
「気味悪い生態じゃのぅ……」
「普通の人間に擬態するのがやたらと上手いんだなァ」

 もはや誰にも理解出来ないカイルの生態。それは、竜種と悪魔にさえも恐怖や疑問を抱かせることが出来る代物であった。
 なんとか作戦会議も終わったのでその後は皆でお茶会を楽しみ、そうしてお茶会が終わると私はケイリオルさんの元を訪ねて、ミシェルちゃんを呼び寄せる為のそれっぽい言い訳と招待状の件を伝えた。

 ケイリオルさんは相変わらず非常に忙しそうで──……まあ、今回に限っては自分で蒔いた種だから仕方無いとは思うけれど。
 軽率に国を滅ぼすから……その後処理で仕事がめちゃくちゃ増えたみたいだけど、手伝ってあげるべきかしら。一応、私も無関係ではないのだし。

 そう思い立ち、用意した招待状を渡すついでにケイリオルさんの仕事を手伝う事を、前もって彼に伝えておいたのだ。
 そしてお手伝いの際……亡国リベロリア跡地に派遣された、魔導師と兵士と騎士と学者からなる調査団による報告書を見て、私は言葉を失った。

 王都は寒さに慣れているフォーロイト帝国の民ですら激しく震える程の極寒の地となり、どこを見ても氷に包まれていておよそ人間の生きられる環境ではなく、今のところ生存者は確認されていないとか。
 だがまだリベロリア跡地の三分の一程しか調査が進んでいないので、もしかしたらこの先生存者が見つかるかもしれない。

 ……そう報告書には書かれていた。だが、きっとそうはならないだろう。
 何故ならこの人がそんなヘマをする筈がないから。
 それに、私は仕事を手伝うなかで見てしまった。皇帝に提出するのであろう、大量の回復系魔法薬をたったの数週間で使い切った報告書を。
 つまり──わざわざ皇帝のフリまでして、国落としの為に魔法を乱用したという事なのだろう。
 ただでさえ対人戦最強のケイリオルさんが魔法を乱用したのだ、逃れられる訳がない。だからきっと、生存者は一人もいないだろう。

 という事は、やっぱりそういう事なんだろうなぁ。
 ケイリオルさんは──……皇帝おとうさまの双子の兄弟で間違いない。
 だってあまりにも顔が瓜二つだったから。そりゃあ、あの顔は隠さなければならないだろう。
 何せこの国においては、よくある話だが双子の皇族は凶兆とされている。理由は分からないが、そういう風に言い伝えられている。
 だから皇帝の弟である第六王子についての情報があまりにも少なく、記録も曖昧なものが多いのだろう。──双子である事を徹底して隠すべく捏造された記録ばかりだから。

 それなら第六王子に関する不可解な点もいくらか納得がいく。
 納得がいったついでに、私はこっそり聞いてみた。

「ケイリオル卿。お名前と誕生日ってお伺いしても大丈夫ですか?」

 イリオーデとアルベルトがそれぞれ書類配送のお使いなどで席を外し、珍しくケイリオルさんと二人きりになった。
 なのでこれ幸いとばかりに、ずっと気になっていた事をダメ元で尋ねてみたところ、

「構いませんよ。──名はカラオルで、誕生日は一月十四日。ちなみに兄が十三日の夜頃に生まれわたしがその少し後、日付が変わった頃合に生まれたそうです。なので誕生日は違うんですよね」

 随分とあっさり、私は彼の秘密を共有されてしまった。

「もう、自らこの名を名乗る事はないと思ってましたが……人生何があるか分からないものだなぁ。こうして姪っ子に正体明かしちゃったし」
「あはは、私もこの歳になって急に叔父さんが出来るとは思いませんでしたよ。でも明らかになった時には大問題ですよ、これ。まさか皇弟殿下がいるとは……後継者問題とかどうなっちゃうんだろう」

 怖い妄想をしてしまい、背筋がゾッとする。
 現皇帝の弟にあたる人がなんの爵位も持たずただの役人として働いているなんて。もしもこの件が公になれば、フリードルよりも継承順位が上になる事は明白。
 資格のない私とは違い、彼は氷の魔力継承資格だってある。ならば──フリードルとの継承権争いだって起きてしまうだろう。

「もし仮にこの事が公になっても、わたしは皇位など興味無いので大丈夫ですよ。甥っ子の覇道の邪魔をするぐらいなら、もう一度名と継承権を捨てるだけです」
「……なんというか、ケイリオル卿ってやっぱり変わってますよね」
「貴女には言われたくないなあ。にしても、せっかく二人きりなのにおじさんって呼んでくれないんだ?」

 あの日以来、ケイリオルさんはこうやって素を見せてくれる事が増えた。勿論、こうして二人きりの時だけだが。

「まだ慣れないんですよ。ずっとケイリオル卿って呼んできたので」
「僕としては、そうやって敬語を使うのもやめてほしいところなのだけど」
「いやそれは流石に……」
「ちぇっ。ようやくこうして可愛い姪と話せるようになったのになー……あれもこれも全部エリドルの所為だ。そうだそうに違いない」

 頬杖をつき、面白くないとばかりにため息を一つ。
 やはり慣れない。これがケイリオルさんの素なのは明白なのだが──私の知る彼と違いすぎて違和感が凄いのだ。
 まだケイリオルさんに馴れ馴れしく接する事が出来ない理由の大半を、この違和感が占めている。
 とどのつまり、こう見えて私もかなり緊張しているのだ。なんの捻りもなく普通に・・・可愛がってくれる、血縁者かぞくというものに。
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