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第五章・帝国の王女

492.騎士は女王に傅く2

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『……──少々、よろしいでしょうか。実は、その……もしかしたらその魔導兵器アーティファクト、私が破壊したかもしれません』

 マントに包まれた何かを差し出して、イリオーデは冷や汗と共におずおずと口を開いた。
 結び目を解き、マントに包まれていたものを見て私達は言葉を失う。

 ────絶対これだ!!

 その場にいた全員の心は一つになったことだろう。
 なんでも樹縛霊ドライアーストを斬った時、ついでに斬ってしまっていたらしい。
 しかしこれが爆弾とは分からず、ランディグランジュ侯爵と共に備品を壊してしまったのではと慌てふためき、その所為で発煙筒にも気付かず避難が誰よりも遅くなったという。

 それを聞き、私は納得した。
 幕舎まで戻ってきたランディグランジュ兄弟は、避難した待機組と爆破計画について捜査中の騎士達を見て目を丸くしていたのだ。
 あれは、本当に驚いていたのだと今なら分かる。
 でもまさかそんな理由だったとは……それこそ奇跡みたいなものだろう。

 イリオーデのファインプレーで爆弾の憂いはなくなり、無事に狩猟大会は再度開催された。数日後に行われた仕切り直しの狩猟大会では、私は単独行動させてはならないと判断されたらしく、テントで保護者達に監視されていたのだけど。
 だから狩猟大会の優勝者──……『英傑』が誰になるかなんて全く知る由もなかったのだが……まさかの人物が『英傑』になっていた。

 その人物こそ、我が騎士イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ!
 イリオーデは樹縛霊ドライアーストの樹液を採取してから丸太にして持ち帰ったのだが、なんとそれが建材としてかなりの希少価値があると認められたそう。
 だから運営側もイリオーデを優勝にしたのでは、とメイシアが言っていたから間違いない。

 さてその後はというと。フリードルまでもが獲物を捧げてきた上に、何故か色んな人が私に獲物を捧げた。きっと、無難に王女に捧げておくか……と安牌をとったのだろう。本当にやめてほしい。
 その為、不本意ながら私が『女王』になってしまったのだ。

 不幸中の幸いか、本来ならば皇帝が行う筈の優勝宣言と『英傑』『女王』への任命を、ハミルディーヒ国王との会談があるからとフリードルに丸投げした事で、皇帝はこの場に来なかった。
 私個人としてはありがたい話だが、一国の皇帝がドタキャンで公務をサボるのはどうかと思う。
 しかし……どうしてフリードルが終始不機嫌な様子だったのか。『英傑』の任命なんて機会、一年に一度しかないんだから次期皇帝としてもっとしっかりとやればいいのに。


 そんな激動の数日間を経て、現在。
 期間延長となり盛り上がりを見せる狩猟祭の主役となった、『英傑』を讃えるパーティーが王城では開かれていた。

 時を同じくして『女王』となった私も、準主役ぐらいの立ち位置で何故か中心メインに据えられてしまい、休む間もない程にパーティーの主役をこなす。
 ここぞとばかりに貴族達が話しかけてくるから疲れた。私もメイシアやローズとおしゃべりしたいよ。
 どんどんと、作り笑顔を保つ事すら億劫になってきた頃。
 令嬢達に囲まれていたイリオーデが突然こちらに来た。『英傑』となった彼の登場に、貴族達はサッと身を引く。
 そして、私の目の前にて立ち止まった彼はふわりとマントを膨らませて跪き、こちらを見上げて柔らかく瞳を細めた。

「親愛なる王女殿下。どうか……『英傑』の誉にあやかり、私めと踊ってくださいませんか?」

 大きな手のひらを差し出して、彼は小さく微笑む。
 どうやらこれからダンスの時間のようだ。それに気づいたイリオーデが、『英傑』として『女王』を誘いに来てくれたのだろう。

「えぇ。喜んで」

 流石はイリオーデだ。こんなにもタイミング良く貴族達から離れる口実を作ってくれるとは。
 喜びから自然と緩む頬はいつも以上に笑う。
 イリオーデの手を取って向かうは会場の中心。人々の注目を浴びながら、私達は踊った。

「こうやってイリオーデと踊るのもなんだか久しぶりね」
「私は貴女様の剣に過ぎぬ身にて。そう何度も、王女殿下のダンスのお相手を務める栄誉をあずかる事など叶いません」
「でも、心なしかダンス上達してない? またこっそり練習したの?」
「……はい。いついかなる場合でも貴女様のエスコートだけは万全に務めあげられるように、と」

 ズバリ言い当てられて恥ずかしいのか、ほんのりと耳を赤くして、イリオーデは明後日の方を見た。
 そんな彼にずいと近づき、ダンスの一部かのように体を密着させて文句を言う。

「練習する時は誘ってって言ったじゃないの。なんで誘ってくれないのよ」

 ムッと眉を固めて、頬を膨らませる。いかにも私怒ってますよ感が出ている事だろう。
 これにはさしもの冷静沈着を地で行くイリオーデとて、困惑する。

「っ、ええと……日々ご多忙であらせられる王女殿下を私なぞの都合にお付き合いさせるのはいかがなものかと、逡巡しまして……」

 いや私、結構暇よ? よくセツとナトラと日向ぼっことか昼寝とかしてるし。
 私の護衛騎士なんだからそれぐらい把握しているだろうに。彼の中では日向ぼっこも昼寝も仕事のうちだというのか?

「はぁ……無理強いしたい訳ではないし、別にいいけど。その代わり、今度一試合しましょうね」
「はい。喜んで」

 特訓のお誘いをすると、模擬戦が好きなイリオーデはあどけなくはにかんだ。流れ弾を食らった周りの令嬢達は黄色い声をあげ、誰よりも近くでそれを見た私はあまりの眩しさに目を細める。

 イリオーデとのダンスを終えるとフリードルとも踊る事になって、めんどくさい男の機嫌を取るのが本当に面倒だった。
 何度アミレスと入れ代わろうと思った事か。
 接待ダンスをなんとか耐え忍び、ようやくメイシアとローズと合流。相変わらずの可愛さに癒されつつ、流れで二人とも踊り、レオやリードさんとも踊った。

 その途中でカイルとマクベスタもやって来たのだが……こんなにもお酒を飲みたがっている私を差し置き、彼等はお酒を飲んでいたのだ!
 その事について当然「ずるい!」と噛み付いたのだが、

「まだ十五歳のお子ちゃまには早いっつの」
「約束しただろう。時が来れば、一緒に飲もう。それまではまだ一応我慢しておけ、アミレス」

 赤と白のワイングラスをそれぞれ片手に持つ二人に、あっさりと躱されてしまった。
 ……まあ、でも。
 マクベスタとメイシアと交わした約束。
 そして、リードさんと交わした約束。
 それがあるから──もしお酒が飲めなくても、悔しくはないかな。
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