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第五章・帝国の王女

478.ビジネス・アライアンス・プリンス

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「────フッ!」

 黒い長剣ロングソードを振り下ろす。
 まさに雨雲を走る雷撃のごときそれは、確かな鋭さと威力を持つ一閃であった。

『ブゥィァアアアアアアアッ』

 大物の魔獣巨頭猪メガボアーを極力傷が残らぬ形で仕留めた男は、土煙をあげて倒れるその魔獣を見上げ、考える。

(巨頭猪メガボアーの肉はきちんとした処理さえ行えば、かなりの美味となるからな……アミレスならば美味しいと喜んで食べてくれそうだ)

 このような場であってもアミレス・ヘル・フォーロイトの笑顔を空想する男の名は、マクベスタ・オセロマイト。
 彼女に病的に恋している、純朴な男だ。

(最近のアミレスはやけにケイリオル卿にばかり構うからな……まさかあの人にまで妬く日が来るとは思わなんだ。ケイリオル卿とて満更でもないのか、アミレスへと焼き菓子やらクッキーやらを渡しに来る頻度が高まりつつある。ここは一つ、オレも料理は出来るとアピールしてみるべきだな)

 うんうんと頷きつつ、マクベスタは今一度獲物を見上げた。

(それに……これ程の魔獣であれば、捧げ物・・・としても高得点を狙えそうだ)

 皇室主催の狩猟大会。それにはいくつかの伝統があり、数十年開催されていなかった割に伝統はしっかりと受け継がれていた。
 親しい者の健闘を祈りハンカチーフを渡す伝統。そして恋人のそれに刺繍を施し愛情と期待を表現する伝統。
 最後に──参加者は自分が狩った獲物を女性に捧げる事が出来る。それは往々にして恋人だの配偶者だのではあるが、厳密には定められておらず。社交界で人気の令嬢に捧げ物が集中する事もままある。

 大会で最も魔獣等を捧げられた女性には、大会優勝者に贈られる『英傑』の称号のように『女王』の称号が贈られ、その日から一年間事実上の社交界の女王となる事が約束されているという。
 なので野心家な令嬢達は獲物を是非捧げてくれと、目をつけた貴族や騎士に片っ端からハンカチーフを渡しているとか……。
 単純に相手へ好意を伝えるべく告白代わりにハンカチーフを渡す奥ゆかしい令嬢もいるらしいのだが、それは少数派である。

 話は戻るが──マクベスタもまた、これらの伝統に従い仕留めた獲物を誰かに捧げるつもりでいた。
 何を隠そうこの男、狩猟大会の伝統についてもしっかりと把握していたのだ!
 その上でアミレスにハンカチーフを要求し、見事彼女の刺繍入りのものをゲットした。しかしいざハンカチーフを手に入れると、『絶対に汚したくないな』と思うようになり、こうして狩猟大会本番では刺繍入りではないものを使う事にしたようだが。
 なので、令嬢からのハンカチーフを全て断ったマクベスタが唯一貰ったハンカチーフの贈り主と、彼が獲物を捧げる相手──そのどちらもが、令嬢の間では注目の的なのである。
 ……まあ、令嬢達の間ではもうとっくに予想がついているそうだが。

(アミレスが喜んでくれるといいな……)

 剣の柄に結んだハンカチーフを慈しむように見つめ、小さく微笑む。
 参加者からハンカチーフを貰い、参加者へと獲物を捧げるなどかなり珍しい話ではあるが……彼はなんの躊躇いもなく、それ以外の選択肢が無いとばかりにアミレスへ獲物を贈る事に決めていた。

「──あれっ、マクベスタじゃん!」

 その時。聞きなれた軽薄な声が彼の背に投げ掛けられる。
 若干うんざりとした気持ちで振り返ると、そこには案の定、赤髪の天才カイル・ディ・ハミルが上機嫌に立っていた。

「……カイルか。どうしたんだ、随分と元気なようだが」
「そりゃあお前に会えた訳だし? 俺としてはもう目的達成したから後はもう消化試合って事で、暇潰しにぶらぶら散歩してたとこ」
「目的?」

 訝しげに聞き返すと、星間探索型サベイラ魔導監視装置ンスちゃんを用いて空間魔法を使用し、カイルは虫かごのようなものを出した。
 その中では、宝石のように煌めく美しい羽を持つ蝶々が鱗粉の輝きを纏い羽ばたいている。

「別に俺はこの大会にさほど興味無いし、記念参加みたいなもんなんだが──……アミレスからハンカチ貰っちまったからな。そのお返しでこれ捕獲したってわけ。アイツ、こういうの好きそうだし」
「これは……まさか宝石蝶バタフライか? よくこれ程に希少な魔物を見つけられたな。それにこと宝石蝶バタフライに至っては警戒心が強く、滅多に人前に姿を見せないと聞くが」
「そこは俺のチートの見せ所よ。ぱぱーっと用意して、どどんと捕まえたさ。この森にコイツが生息してる事だけは知ってたから、後はもう見つけて捕まえるだけってな」

 カイルがあまりにもあっけらかんと話すものだから、マクベスタは思わず引いてしまった。

(その見つけて捕まえる事が限りなく難しいのだが……本当に何でもありだなこの男は)

 もういっそ悔しいとすら思わない規格外っぷり。マクベスタはこうして、カイルへ嫉妬を抱く回数を抑えつつあった。
 これも彼なりの自衛手段なのである。
 その後、巨頭猪メガボアーをどう幕舎の辺りまで持って帰るかという話になり、一時的にカイルが空間魔法で収納して預かる事になったとか。

「ん? 何あれ」
「どうした、何かあったか?」

 二人で軽く談笑していると、ふとカイルの視界の端に何かが映り込む。妙な胸騒ぎを覚えた二人がそれに駆け寄ると、そこには地面から少しだけ顔を覗かせる魔導具のようなものがあった。
 静かに目配せし、カイルとマクベスタは慎重にそれを掘り起こした。そして露わになったものにカイルは言葉を失う。

「なんだ、これは……魔導具のようだが……」

 マクベスタが眉根を寄せる傍らで、カイルは己の目を疑っていた。

(この特徴的な刻印と立方体──……リベロリア産の魔導兵器アーティファクトじゃねぇか!? それも漏れ出た微弱な魔力ねんりょう的に爆発するやつ! なんでこんな物がフォーロイトの地中に埋まってんだ!?)

 自他共に認める魔導具オタクのカイルは、自国だけに留まらず世界中の魔導具事情に敏感で、遠く離れた国で開発された最新の魔導具・魔導兵器アーティファクトにも当たり前のように詳しい。
 なので、彼は気づけたのだ。
 偶然発見した魔導兵器アーティファクトが──リベロリア王国で作られた特殊な爆弾であると。
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