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第五章・帝国の王女

476.春はテロと誘拐の季節4

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 男は血走った眼を見開き、憎悪に飲まれた声を唸らせる。
 ──ああ、やはり。話の流れからしてそうだと思った。
 つまり……私を拉致監禁したあの男も、今こうして見張りのような真似をしているこの男達も全員……。

「……リベロリア王国の人間か」
「ああそうだ。テメェの父親に散々コケにされたリベロリア王国の地方兵兼農民だ。オレ達は全員な」

 地方兵だから、男達は皇帝による粛清を免れたのだろう。
 しかし、まさか遠路遥々リベロリア王国から復讐に馳せ参じるとは……それだけ、皇帝による大虐殺が凄惨なものだったという事か。
 だが、男の話に少し気になる部分もある。

「まるでお父様が気の向くままにリベロリア王国で暴れたみたいに語っているけど……先に喧嘩売ってきたのはそっちじゃない。お父様はただ、売られた喧嘩を買っただけよ」

 あの男を庇うのは少し癪だが、アミレスが間違いを正せとばかりに胸をチクチク刺してくるので、仕方あるまい。

「……は? 喧嘩? 何言ってんだテメェ」

 やっと顎から手を放してくれたかと思えば、今度は髪を掴まれ引っ張りあげられる。
 この反応、まさか。

「──知らないの? リベロリア王室が海賊に指示して、帝国ウチの海に面する領地の鉱山内で爆破事故を誘発し、数百人の死者を出た。その対応の為に領主の意識が港町から離れてる隙に、海賊は港町で人攫いを繰り返したのよ」
「何をふざけた事言ってやがる……あの国王陛下が、そんな命令する訳ねぇだろ!!」

 激昂した男に投げ捨てられ、地面に強く頭を打つ。
 レディの扱いがなってないわね……!

「ッ!! でもこれが事実よ! 海賊船の中からはリベロリア王室の印璽が押された指示書や、無事任務を遂行した際の報酬等について書かれた契約書も押収された。あんた達の王が海賊を使って帝国ウチの民を大量に殺し、そして攫おうとした事は確定しているの!」
「っそんな、バカ……な……!?」
「──そういえば、あの頃……海で幅を利かせてた海賊が数ヶ月前から急にいなくなったって、漁師のおっちゃんが言ってた……ような……」

 平たい顔の男をはじめとして、男達は一人残らず動揺していた。中には心当たりのある者もいたらしく、その男に至っては顔をサーッと青くした。
 結局、何故リベロリア王室がそのような強行に出たのか私は知らずじまいだが……彼等の反応からして民からは慕われていた王だったのだろう。
 益々、海賊と手を組んだ理由が分からないな。

「お父様はそれらの大事故と事件の被害者を慮り、御身自ら直接意趣返しに赴かれたの。王族が晒し首にされたのは全ての元凶だから……兵士や学者が皆殺しにされたのは、帝国の為にと過酷な労働に従事していた民の弔いの為でしょう」

 あの皇帝がそんな殊勝な事を考えているとは到底思えないが、ここは花を持たせてやる事にする。その方がこの男達を揺さぶれるだろうから。

「戦いとは縁遠い無辜の民の命を多く奪われたからと言って、同じように無辜の民を傷つけていい理由にはならない。ならばせめて──戦い・・に関わる者達の命で以て、その弔いとしよう。お父様は、きっとそう考えただろうな!」

 先程男が話した皆殺しの被害者……それは全て、戦いに身を置く者か、魔導具の開発研究に携わる者であった。
 兵士達がもっと早く海賊を捕らえていれば、あのような事件は起きなかったかもしれない。
 あの魔導具らしい船や、鉱山事故を引き起こした魔法が開発されていなければ、もっと被害者は少なく済んでいたかもしれない。
 そんなたらればから、皇帝は皆殺しの標的を定めた可能性が高い。……あくまでも、私の推測に過ぎないが。

「その上でもう一度聞くわ。あんた達は、お父様への復讐の為に何を企んでいるの?」

 大事なのはそこだ。犯人グループが皇帝への復讐の為に何を企み、実行しようとしているのか……それこそ今の私にとって一番大事な事項である。
 この男達の背景だとか、心情だとかは心底どうでもいい。

「──オマエを殺し、そのネタで戦場の怪物をおびき出す。そして……アイツが殺した学者達が開発した魔導兵器アーティファクトで、狩猟大会なんてお遊びに励む馬鹿共も全部爆破してやるのさ。流石の戦場の怪物でも、大爆発に巻き込まれたンなら死ぬだろ」

 豆のように目が小さい男がボソボソと企みを暴露する。
 ──爆破テロですって?! しかもこの皇室主催の狩猟大会で……?!
 狩猟大会参加者や、応援に来た令嬢、他国の賓客まで揃い踏みのこの機会に皇帝に復讐しようって魂胆か! 相変わらずリベロリア王国の連中は妙に頭が回るわね……!!
 途端に騒がしくなる私の心は、大公領での自爆特攻を思い出しているようだった。自分でも気付かないうちにトラウマになっていたらしい爆破・・という行為が、今一度無辜の民に牙を剥く恐れがある。
 それだけで、一気に私の中の余裕というものは消え去った。
 何があっても──……こいつ等の計画を止めないと!!

「……ふ、あははっ! 本当に詰めが甘いわね、あんた達」
「あぁん? なんだと?」
「なんだコイツ、急に笑い出したぞ……」

 テロ計画を阻止すべく、まだまだ引き出すべき情報がある。
 その為にもこいつ等には調子に乗ってベラベラと喋ってもらわないと。

「私を殺してお父様をおびき寄せる? ははっ、そんなの成功する訳ないじゃない! だってお父様は──……私の死を、この世界で一番喜ぶ人なのよ?」

 大前提としてあんた達の計画は破綻している。
 ほら、計画変更の為に情報を吐いてごらんなさいな!

「……は? どういう事だ、それ」
「テメェはフォーロイト帝国の唯一の王女だろ。それなのに、死んだら皇帝ちちおやが喜ぶだァ?」

 男達は互いに視線を送りあって困惑していた。

「そのままの意味よ。私、お父様にめちゃくちゃ嫌われてるから。今こうして生きてるだけでも奇跡なの。いずれ何かと理由をつけて私を殺そうとするようなお父様が、私が死んだからって時間の無駄になるような真似をする訳ないじゃない」

 口を挟む暇すら与えず畳み掛ける。

「あんた達、攫う相手を間違えてるわ。私ではなく兄様を──お父様の期待を一身に受ける皇太子を殺さないと、お父様は決して動いてくれないっつの! それぐらい少し考えれば分かる事だと思うけれど……ほんの少し考える頭すらないのかしら?」
「ッなんだとテメェ!?」
「うっ……!!」

 嘲るような顔で煽ってみると、平たい顔の男が激昂して勢い任せに思い切り顔を蹴ってきた。
 それにより鼻血が垂れ、歯もいくらか抜けかける。

「ちょっと煽られたぐらいで暴力に出るとか……そんなんだからロクに情報収集もせず計画を立てて失敗するのよ、短絡的なお馬鹿さん。これじゃあ──爆破計画の方もそれはもうお粗末なものでしょうね!」

 痛む顔など気にもとめず、どんどん煽る。すると馬鹿な男達はまんまと挑発に乗ってくれた。
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