だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

文字の大きさ
上 下
516 / 786
第五章・帝国の王女

466.手が冷たい人は心が温かいらしい

しおりを挟む
「二人共、プレゼントありがとうございます。それじゃあ、私はこれで!」

 気を取り直し、彼等に手を振ってケイリオルさんの元に向かう。
 彼はその時、フリードルとランディグランジュ侯爵と話していたのだが、あまり重大そうな話ではなかったので、申し訳ないが話に割って入る。

「あの、ケイリオル卿。折り入って話がありまして」

 絵本片手に話し掛けると、ランディグランジュ侯爵が「お先に失礼致します」と言って抜けていき、フリードルがずいっと一歩前に出て愛想の無い態度で口を切った。

「僕にはないのか、その折り入った話とやらは」
「ケイリオル卿と二人で話したいだけなので……兄様は少し、席を外していただけませんか? 後で兄様の所にも向かいますので」
「……チッ。その言葉、必ず守れ」

 眉間に皺を寄せ、踵を返してフリードルは立ち去った。気が触れた我がお兄様の扱い方も少し分かってきた気がする。
 その背を見送ってから、改めてケイリオルさんを見上げると、彼は静かにこちらを見下ろしていた。

「すみません、ご歓談中にお邪魔してしまって」
「ただの世間話でしたので大丈夫ですよ。しかし、とてもお可愛らしいものをお召しになられてますね」
「あっ、すみません馬鹿げてますよね外します!!」
「そんな。本当にお可愛らしかったのに」

 ケイリオルさんの視線は私の体に掛けられた本日の主役たすきに釘付けだった。そう言えばこれ付けっぱなしだった恥ずかしい! と慌ててたすきを外して絵本にぐるぐると巻き付ける。

「ごほん。時に王女殿下はわたしに折り入った話があるとか…………少し、場所を移しましょうか」

 何かを察してか、ケイリオルさんは人集りから少し外れた公園の端の方に足を向けた。その後ろを親鳥の後ろを進む雛鳥のようについて行く。
 周囲に人がいないのを確認し、一呼吸置いてから私はおもむろに切り出した。

「──もし、良ければ……ケイリオル卿の事を教えていただけませんか? 以前は好きな食べ物とかしか聞けなかったので、幼い頃の事とか、他にもたくさん。私、貴方の事が知りたいんです」

 その布の下から唖然とした息を吐く音が僅かに聞こえた。
 不自然なぐらい暖かいこの空間でも、彼の傍にいるとどうしてか肌寒く感じる。

「……わたしの事、ですか。こう言ってはなんですが、あまり人に言えたような人生は送ってなくて。デリアルド伯爵から何を言われたのか知りませんが、わたしの話など本当につまらないですよ」

 アンヘルから少しだけ話を聞いた事がバレている。彼との会話がきっかけで話を聞きに来たと気づかれたようだ。
 だがここで引き下がる訳にはいかない。きっと、こうして問い詰めでもしなければ彼は永遠に話してくれない気がする。だから、今ここで可能な限り食い下がらないと。
 その為には──、

「アンヘルからは貴方がクソガキだったと聞きました。それが本当なのか、確認したいです」

 ちょっとアンヘルには犠牲になってもらおう!

「クソガキ…………あの人、まだわたしの事を子供扱いしてるんですね。長命の吸血鬼からすれば、たかだか四十歳の人間なんて子供も同然という事でしょうか」
「つまり、お二人が知り合いというのは事実で間違いないと?」
「──はぁ。今日の王女殿下はあの女性ひとに似て頑固ですね。分かりました、少しだけ昔話をさせていただきますね」

 やった勝った!
 心の中でガッツポーズを作り、ため息混じりに口を開いたケイリオルさんを見上げる。

「結論から言いますと、確かにわたしは世に言うクソガキでしたね。手の付けられない問題児として好き勝手暴れ回っておりました」
「えぇぇ……」

 アンヘルの話、マジだった。
 いざ本人の口から聞くと驚愕より困惑が勝ってしまう。

「雑魚くせに意見するな。頭脳でも武力でも子供に負けて恥ずかしくないの? 邪魔だから死んで。等々、常日頃より周囲に暴言を吐き、お目付け役リード無しでは野に放ってはいけない狂犬とまで言われていた始末です」
「それは、また……想像以上というかなんというか」
「ふふ、そうでしょうね。気に食わない者がいれば後でこっそり殺しましたし、ある少女に危害を加えようものならその者は一族郎党皆殺しにしました。大事な人達を貶した者は喉を潰し、口を裂き、最後に頭を割って殺しました。相手に己の罪を償わせる為ならば、はどんな手段も厭いませんでした」

 相槌を打とうとしたのだが、出来なかった。
 想像以上どころではない、想像を絶する彼の過去に……言葉を失っていた。彼が無情の皇帝の側近である事を考えれば別におかしくはないのだけど、それでも、少しだけ怖いと感じてしまった。
 私の知るケイリオルさんは──とても、善い人だから。

「はじめての殺人は三歳頃でした。余所者が僕の大事な家族を馬鹿にしたので、煮えくり返る腸を鎮める為にも相手の体じゅうを滅多刺しにして殺しました。それからも僕は私情で何人もの人間を嬲り、殺しました。欲しいものがあれば金にものを言わせるか、強奪するか、持ち主を殺して手に入れました」

 淡々と、議事録を読み上げるかのごとく彼は語る。
 相変わらず言葉が出てこなくて、私は黙り込むしかなかった。

「……この通り、わたしはデリアルド伯爵が言うようなろくでもない人間です。貴女のような優しい少女には聞かせられないような、極悪非道な半生を送ってきました。貴女には嫌われたくなくて、今まで隠して来たのですが……却って貴女の好奇心を掻き立ててしまいましたね。これは失敗です」

 顎を引いて彼は少しだけ頭を下げる。

「確かに、驚き……ました。どう相槌を打てばいいのか分からなくて、今も正直、理解が追いついていません」
「無理に全てを理解せずともいいのですよ。わたしが非道な人間であった事だけ理解していただければ、じゅうぶんなので」
「…………ケイリオル卿が非道な人であったとしても、私にはそれを批難する資格なんてないですよ。だって私も──たくさん人間を殺しましたから」
「──ッ!?」

 ケイリオルさんが息を呑む。もしかしたら、彼は私が人を殺した事があると知らないのかもしれない。情報通な彼の事だから、諜報部辺りから報告されてとっくに知られていると思っていた。

「それはディジェル領での一件の事ですか? しかしあの件は、王女殿下は誘拐され巻き込まれただけの被害者だと……」
「違います。一昨年、ルーシェで海賊一味が殺害された事件……あれは、私がやったものです」
「あの犯人不明の事件──それが、貴女によるものだと?」
「はい。あの時訳あってルーシェにいて、目障りだったので海賊船を沈め、海賊を殲滅しました。でも、私の心は全く動かされませんでした」

 私も氷の血筋フォーロイトの人間なのだと強く実感した一件。
 あの時、私はなんの躊躇いもなく人を殺していた。
 海賊達が救いようの無い悪人だったからだろうか? 死んでも生まれ変われると身をもって体験しているからだろうか?
 その理由はまだ分からないけれど、人を殺した後──私が何も感じなかったのは、私が氷の血筋フォーロイトらしいイカれた心と頭になったからだろう。

「そう、だったのですか。貴女は……本当に、誰よりも氷の血筋フォーロイトの人間らしいですね」

 寧ろ私の方が引かれたんじゃないかと不安になっていたのだが、ケイリオルさんは様々な感情が入り交じる声を僅かに震えさせ、呟いた。

「……──だから、貴女はわたしを嫌わないでいてくれるのか。これを嬉しいと思ってしまうなんて、相変わらずどうしようもない人間のクズですね、わたしは」
「でしたら私も同じように人間のクズですかね? クズ同士、これからは腹を割ってお話しましょう!」

 ちょっとズレているかもしれないが、場の空気を和ませようと励んでみる。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。

黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。 差出人は幼馴染。 手紙には絶縁状と書かれている。 手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。 いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。 そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……? そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。 しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。 どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく……

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?

せいめ
恋愛
 女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。  大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。  親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。 「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」  その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。  召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。 「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」  今回は無事に帰れるのか…?  ご都合主義です。  誤字脱字お許しください。

……モブ令嬢なのでお気になさらず

monaca
恋愛
……。 ……えっ、わたくし? ただのモブ令嬢です。

モブはモブらしく生きたいのですっ!

このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る! 「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」 死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう! そんなモブライフをするはずが…? 「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」 ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします! 感想めっちゃ募集中です! 他の作品も是非見てね!

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...