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第五章・帝国の王女
461.誰が為の殺神計画5
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「はい。原理は未だ不明なのですが……我々も、途中からは侵入者の声が聞こえました。しかし彼の者の正体までは……」
「恥ずかしい話だけど、あの侵入者はナトラちゃんじゃないと止められなかった。それだけ強い事は確かです」
自分達では反応すら出来なかった、侵入者の攻撃。ナトラが駆けつけてくれなければどうなっていた事か──。と、二人は己の未熟さに唇を噛んだ。
「途中からはイリオーデ達まで会話が出来ていた……どんな条件が揃えば、世界から干渉される者達との会話が可能になるんだ……?」
イリオーデとアルベルトの話を踏まえ、シルフはぶつぶつと考えを巡らせた。
一秒。十秒。百秒。
それぐらいの時が経った頃、突然いなくなったベールを探しに来たらしいナトラが、核心をつく。
「……──呪詛じゃ。あの侵入者は、我等にとっては呪詛となる力を我等の体に流し込み、一時的な会話を可能にしておった」
「呪詛……!?」
「なんじゃそりゃ──って言いたいところなんだが、自分の血肉を分け与えて異種族との意思疎通をはかる魔族とかもいるからな、ナトラの話に間違いはなさそうだ」
思いもよらぬ条件──いや。方法に、シルフは唖然とし、ついでとばかりにエンヴィーは解説した。
「そう言えば、あの時、俺達って変な剣で刺されてたよね。傷一つ残ってないけど」
「ああ、あの侵入者の消失と同時に呪詛諸共消えた謎の剣……痛みは感じなかったが、ただただおぞましかったな。未知の感覚、とでも表現すればいいのだろうか」
当事者である二人はナトラの言葉を受け、当時の出来事を思い返す。
確かに、侵入者の少年の声が聞こえるようになったのはあの剣で刺されてからだった。それを踏まえると、ナトラの見解の通りで間違いないだろう。
「あの侵入者、どういう訳か我等の名前を知っておった。しかもなんじゃ、正体を口にした瞬間にこの世界から弾き出されるとかほざいておったわい」
(正体が明らかになると世界から弾かれるとか、何者なんだよ)
やれやれと肩を竦めるナトラを見下ろしつつ、エンヴィーは例の侵入者がどのような者なのかと思い馳せる。
「あの時は何言っとんじゃこやつ、と相手にもしておらなんだが……異世界だとか【世界樹】の介入だとかお前達が話しておるのを小耳に挟んだ事で、状況が変わった」
ナトラが途端に真面目な表情を作るものだから、釣られて他の面々も真剣な面持ちで耳を傾けた。
「あの者は人間じゃない。だからこそ、正体を明かせば【世界樹】により排除されてしまうのじゃろう。──そう、考えると…………」
ここで何故か口を閉ざしたナトラに向け、
「ナトラ、君の意見をもっと聞かせてくれ」
シルフが続きを話すよう促す。
するとナトラは、仕方無いとばかりに丸い黄金の瞳を目蓋で覆い、重々しく口を開いた。
「……何もかもが我等の知らぬもの──異世界の産物であると見受けられる侵入者が、アミレスの為に神を殺せなどと申したのだ。アミレスが何者なのか分からなくなり、益々話が混雑してきたと言うのに……まさかあのような怪物まで介入してくるとはな。それ即ち、アミレスがこの世界にとっての脅威になり得る証左であろう。これなる不吉、これなる不穏などそうそうあるまいて」
本当に、アミレスを救うには神を殺すしかないのか?
全盛期のナトラならば迷う価値すらない簡単な選択肢。しかし今の彼女は弱体化している為、神々と渡り合える自信が無かったのだ。自分も、勿論世界も無事で済むとは到底思えない。
──何より。もし、神々を殺してもアミレスが救われなかったら。
もはや他に方法は見当たらず、八方塞がりのままアミレスを救えなかったと後悔する事になるだろう。
そんなもしもの可能性が、ナトラの頭を駆け巡る。
「──そうだな。アミィが何者なのか、その全容は未だに分からないけど……たとえ何者だったとしても、アミィはアミィだ。ボクの大好きな──たった一つの宝物。それだけは永遠に変わらない」
胸元で揺れる、アミレスから貰った黒いリボンを握り締め、シルフは星空を映す瞳に決意を宿した。
「アミィ達が何者なのか。一体何を知っているのか。侵入者の真意はなんなのか。どれだけ知りたくても、ボク達ではどう足掻いても答えに辿り着けない。だからこそ」
もっとアミレスの事を知りたい。
彼女の抱えるものを一緒に背負ってあげたい。
アミレスを悲しい運命から救いたい。
これ以上彼女が苦しまないように守りたい。
アミレスがなんの憂いもなく笑える世界にしたい。
たった一人の少女に度を超えた執着を見せる者達は、少女の為にと、世界最大にして最悪の蛮行を冒さんとする。
「……──ボク達で、神々を殺すぞ」
オーロラの隙間から垣間見える星空の中で一等眩く煌めくそれは、復讐と決意の現れのようで。
「結局、あの時の話し合いから結果は変わらずじまいかの。じゃが……他ならぬアミレスの為じゃ。我も一肌脱ごう」
「つい一年前まで神々を欺く為にコソコソしてたが、次は神々を殺す為にコソコソ計画を立てねーとな」
ナトラとエンヴィーが神殺しに前向きな姿勢を見せる横で、
「王女殿下の幸福の為には、神に消えてもらわねばならないのか……」
「じゃあさ、神々を殺したら主君を女神と仰ぎ新しい宗教を作ろうよ」
「有りだな。シャンパージュ嬢に話せば、乗り気で教会……いや、聖堂を作ってくれそうだ」
「俺、教典書こうかな。前の職場で何度か目を通したし、書ける気がする」
肝が据わっているイリオーデとアルベルトは、既に神を殺した後の話を始めた。なんと命知らずな事か。
(……ナトラが神を殺すと言うならば。ロアクリードには悪いけれど、私もそれに協力しましょうか。信じていた神々を失った時──あの虚しい子供がどのような顔をするのか。ふふ、愉しみですわ)
穏やかな表情の下で。ベールは誰よりも悪辣に、妖艶に嗤う。
────今、ここに。
天上の神々を殺す計画が始動した。
「恥ずかしい話だけど、あの侵入者はナトラちゃんじゃないと止められなかった。それだけ強い事は確かです」
自分達では反応すら出来なかった、侵入者の攻撃。ナトラが駆けつけてくれなければどうなっていた事か──。と、二人は己の未熟さに唇を噛んだ。
「途中からはイリオーデ達まで会話が出来ていた……どんな条件が揃えば、世界から干渉される者達との会話が可能になるんだ……?」
イリオーデとアルベルトの話を踏まえ、シルフはぶつぶつと考えを巡らせた。
一秒。十秒。百秒。
それぐらいの時が経った頃、突然いなくなったベールを探しに来たらしいナトラが、核心をつく。
「……──呪詛じゃ。あの侵入者は、我等にとっては呪詛となる力を我等の体に流し込み、一時的な会話を可能にしておった」
「呪詛……!?」
「なんじゃそりゃ──って言いたいところなんだが、自分の血肉を分け与えて異種族との意思疎通をはかる魔族とかもいるからな、ナトラの話に間違いはなさそうだ」
思いもよらぬ条件──いや。方法に、シルフは唖然とし、ついでとばかりにエンヴィーは解説した。
「そう言えば、あの時、俺達って変な剣で刺されてたよね。傷一つ残ってないけど」
「ああ、あの侵入者の消失と同時に呪詛諸共消えた謎の剣……痛みは感じなかったが、ただただおぞましかったな。未知の感覚、とでも表現すればいいのだろうか」
当事者である二人はナトラの言葉を受け、当時の出来事を思い返す。
確かに、侵入者の少年の声が聞こえるようになったのはあの剣で刺されてからだった。それを踏まえると、ナトラの見解の通りで間違いないだろう。
「あの侵入者、どういう訳か我等の名前を知っておった。しかもなんじゃ、正体を口にした瞬間にこの世界から弾き出されるとかほざいておったわい」
(正体が明らかになると世界から弾かれるとか、何者なんだよ)
やれやれと肩を竦めるナトラを見下ろしつつ、エンヴィーは例の侵入者がどのような者なのかと思い馳せる。
「あの時は何言っとんじゃこやつ、と相手にもしておらなんだが……異世界だとか【世界樹】の介入だとかお前達が話しておるのを小耳に挟んだ事で、状況が変わった」
ナトラが途端に真面目な表情を作るものだから、釣られて他の面々も真剣な面持ちで耳を傾けた。
「あの者は人間じゃない。だからこそ、正体を明かせば【世界樹】により排除されてしまうのじゃろう。──そう、考えると…………」
ここで何故か口を閉ざしたナトラに向け、
「ナトラ、君の意見をもっと聞かせてくれ」
シルフが続きを話すよう促す。
するとナトラは、仕方無いとばかりに丸い黄金の瞳を目蓋で覆い、重々しく口を開いた。
「……何もかもが我等の知らぬもの──異世界の産物であると見受けられる侵入者が、アミレスの為に神を殺せなどと申したのだ。アミレスが何者なのか分からなくなり、益々話が混雑してきたと言うのに……まさかあのような怪物まで介入してくるとはな。それ即ち、アミレスがこの世界にとっての脅威になり得る証左であろう。これなる不吉、これなる不穏などそうそうあるまいて」
本当に、アミレスを救うには神を殺すしかないのか?
全盛期のナトラならば迷う価値すらない簡単な選択肢。しかし今の彼女は弱体化している為、神々と渡り合える自信が無かったのだ。自分も、勿論世界も無事で済むとは到底思えない。
──何より。もし、神々を殺してもアミレスが救われなかったら。
もはや他に方法は見当たらず、八方塞がりのままアミレスを救えなかったと後悔する事になるだろう。
そんなもしもの可能性が、ナトラの頭を駆け巡る。
「──そうだな。アミィが何者なのか、その全容は未だに分からないけど……たとえ何者だったとしても、アミィはアミィだ。ボクの大好きな──たった一つの宝物。それだけは永遠に変わらない」
胸元で揺れる、アミレスから貰った黒いリボンを握り締め、シルフは星空を映す瞳に決意を宿した。
「アミィ達が何者なのか。一体何を知っているのか。侵入者の真意はなんなのか。どれだけ知りたくても、ボク達ではどう足掻いても答えに辿り着けない。だからこそ」
もっとアミレスの事を知りたい。
彼女の抱えるものを一緒に背負ってあげたい。
アミレスを悲しい運命から救いたい。
これ以上彼女が苦しまないように守りたい。
アミレスがなんの憂いもなく笑える世界にしたい。
たった一人の少女に度を超えた執着を見せる者達は、少女の為にと、世界最大にして最悪の蛮行を冒さんとする。
「……──ボク達で、神々を殺すぞ」
オーロラの隙間から垣間見える星空の中で一等眩く煌めくそれは、復讐と決意の現れのようで。
「結局、あの時の話し合いから結果は変わらずじまいかの。じゃが……他ならぬアミレスの為じゃ。我も一肌脱ごう」
「つい一年前まで神々を欺く為にコソコソしてたが、次は神々を殺す為にコソコソ計画を立てねーとな」
ナトラとエンヴィーが神殺しに前向きな姿勢を見せる横で、
「王女殿下の幸福の為には、神に消えてもらわねばならないのか……」
「じゃあさ、神々を殺したら主君を女神と仰ぎ新しい宗教を作ろうよ」
「有りだな。シャンパージュ嬢に話せば、乗り気で教会……いや、聖堂を作ってくれそうだ」
「俺、教典書こうかな。前の職場で何度か目を通したし、書ける気がする」
肝が据わっているイリオーデとアルベルトは、既に神を殺した後の話を始めた。なんと命知らずな事か。
(……ナトラが神を殺すと言うならば。ロアクリードには悪いけれど、私もそれに協力しましょうか。信じていた神々を失った時──あの虚しい子供がどのような顔をするのか。ふふ、愉しみですわ)
穏やかな表情の下で。ベールは誰よりも悪辣に、妖艶に嗤う。
────今、ここに。
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