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第五章・帝国の王女
457.誰が為の殺神計画
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「ねぇ、シルフさん。姫さんはやっぱり……」
シュヴァルツから変な石像を押し付けられているアミレスを眺めつつ、エンヴィーはおもむろに呟いた。
それにシルフは「急にどうした」と短く返事する。
「突然剣に宿ったあの異様な神性といい変な剣術といい、姫さんは俺達の予想を超えてますよ。あん時は国教会だとかリンデア教だとかの最高責任者がいたもんだから、下手に姫さんの神との関係について言及したら不味いと思ってシルフさんの所為にしましたけど……」
「──確実にアミィには神との何らかの縁がある、って言いたいんだろう」
星空の瞳が暗く翳る。闇夜が紛れ込んだかのように、じわりと憎悪が滲み出た。
精霊が生まれ落ちたその瞬間に抱く、無責任で自分勝手な神々への憎しみ──……それが青筋となりてシルフの美しい貌を這う。
「……世界から干渉されてる時点で分かってはいましたけど、さっきの名付けの件で確信しました。姫さんには神との繋がりがある。それを彼女が把握しているのかどうかは分かりませんが」
「ボクの所為ではないだろう……けど、万が一にもボクの加護が原因で神との繋がりが発生したのなら反吐が出るな。本当に、なんでボクは精霊なんだろう」
精霊とは神々に作られた存在。仕事を面倒くさがった神々が、人間界と人間の管理を押し付ける為に作りった神を模した人形。
だからこそ、精霊達は何千何万の時を経ても神々との縁を切れなかった。
精霊王や最上位精霊ともあれば……神より与えられた権能を保持する事もあり、神との繋がりがよりいっそう強くなる。
それがまた、彼等の怒りを掻き立てるらしい。
「俺も、シルフさん経由で神との繋がりが発生したのかって最初は思ったんすけど……」
「なんだ。何かあるなら言ってみろ」
「さっき鑑定した時、マジで鳥肌が立ったんですよ。俺達が嫌になる程知ってる神性なのに、何一つとして理解出来ない神性────未知の神の力が、気持ち悪いぐらい強く宿ってて」
アミレスによる名付けの直後、その名前と共に刀に宿った理解不能な神性。
太陽が顕現するかのように、あらゆる悪の存在を許さない神聖なる力。──それは、外面はエンヴィー達にも覚えのある神の力でありながらも、その内面は何一つとして理解出来ない謎の力であった。
「それがアミィの疑惑に関係してると考えた訳か」
「えぇ。未知の神と姫さんの疑惑……多分、由来は同じだと思います。それに、姫さんの剣術──居合切りってやつ、実は前にも見た事があるんです」
「……その“前”っていつの事なんだ?」
「俺と姫さんが初めて会って、剣を教えるようになった九年前の事で──……」
燃え盛る業火のような赤い熱を宿す瞳を伏せ、エンヴィーは過去を思い返す。
今となっては少しばかり恥ずかしい、彼にとっての黒い記憶を。
♢♢♢♢
──それは、彼も語るように約九年前の事。
六月十二日のよく晴れた昼下がりに、アミレスとエンヴィーは出会った。
「紹介するね、こいつはエンヴィー。これから君に剣や体術を教える事になる男だよ」
「…………どーも」
幼いアミレスが剣術と体術を学びたいとせがんだ為か、シルフは約束通りに講師となる精霊を連れて来た。
彼の知る精霊の中で最も剣術と体術の双方に長けた者。選りすぐりの講師として精霊王より勅命を賜り、気が乗らないものの、わざわざ人間体になってまで彼はここに来た。
精霊王直々に剣を教えてやれと命ずる程の人間だから、さぞや実力のある者なのだろうと彼は思っていた。それならまだ教え甲斐があると、やる気メーターをなんとか維持していたというのに。
いざ来てみれば、彼の生徒は予想外の存在だったのだ。
(──ったく……なんで俺が人間の子供に剣を教えてやらねーといけないんだか。しかもこんなヒョロッヒョロのガキ、それも女だなんて。ロクに剣も握れやしない女子供に剣を教えた所で時間の無駄も無駄。マジでめんどくせ~~)
どちらかと言えば人間に好意的なエンヴィーではあるが、彼とて無条件に人間が好きな訳ではない。
彼の炎をより熱く燃え上がらせるような勇士──勇敢な戦士こそが彼の好きな人種。鍛治を得意とし、精霊界でも指折りの実力を誇る、精霊位階三位の火の最上位精霊。
半ば騙される形で負けてしまい第三位に留まっているものの、その実力だけで言えば、精霊位階外に座する終の最上位精霊フィンや第二位の闇の最上位精霊ゲランディオールも舌を巻く程のもの。
自他共に認める精霊界最強の剣士。それが、エンヴィーなのだ。
そんな彼に教えを乞う精霊は後を絶たない。
だがエンヴィーは滅多に弟子を取らない。何故なら最上位精霊としての仕事と、精霊王に手伝わされる仕事とで日々忙しいからだ。
そんなエンヴィーがこれまでの数千年で取ってきた弟子はたったの三体だけ。
一体目はエンヴィーが目をかけている火の上位精霊、バニア。エンヴィーの教えを忠実に守り着々と力をつけ、次期火の最上位精霊候補としての頭角を現しつつある。
二体目は逆の最上位精霊リバース。何かとその権能に頼りがちだった彼は、もしもの時に備えてエンヴィーから体術を教わったそう。
三体目はのちの血の最上位精霊ブライン。ありとあらゆる武器の扱いをエンヴィーから学び、やがて血の最上位精霊に君臨した。
これ程の錚々たる面々を教えて来た彼にとって、人間に剣を教えるなど本当に気が乗らない案件で。
せめて彼が認める程の勇士であればよかった。だが、相手は人間の子供──それも、剣など触れた事さえなさそうな女児ときた。
いくら精霊王直々の命令と言えども、こればかりは腹に据えかねる。
(我が王も何考えてんだか……いくら人間界観察が好きでも、これは流石に冗談が過ぎる。俺だってそこまで暇じゃないってのに)
そうは思っていても、相手は彼にとって──精霊にとっての主である精霊王。逆らう事は許されないのだ。
エンヴィーが大きくため息をつくと、惚けた様子の少女はハッとなり慌てて頭を下げた。
「よっ、よろしくお願いします! アミレス・ヘル・フォーロイトです! 至らぬ点も多いかと思いますが、何卒ご指導ご鞭撻の程を!!」
あわあわとしながら言った割には、かなりしっかりしている。それに感心したのか、エンヴィーはふーん。と小さく唸る。
(……ちっせぇー割に、意外とちゃんとしてやがる。子供とは言え、礼儀は備わってるんだな)
アミレスの小さな頭を見下ろしつつため息混じりに口を開き、
「まー、よろしく。言っとくけど子供だからって手加減するつもりは──ッいっっだぁ!?」
彼がぶっきらぼうな態度を取った瞬間、シルフは高々と跳び上がりエンヴィーの頭を全力で殴った。
そのまま彼の肩に着地して、その耳元で低い声で威圧する。
「おいエンヴィー……ボク、ちゃんとお前に伝えたよな? あの子はボクが加護をあげた特別な女の子だって。だから蝶や花のように丁重に接しろって、頼んだよな?」
「す、すいません……」
パワハラに怯み、エンヴィーは泣く泣く丁寧に接する事に決めた。
「あー……えっと。申し訳ございませんね。アミ──」
「馴れ馴れしく名前で呼ぶなよ」
(もう何このヒト……めっちゃめんどくせーな。この子供、確かなんかの国のお姫様だっけ? じゃあもう姫さんとかでいいか)
色々と面倒になってきたのか、エンヴィーは投げやりな笑みを作る。
「──これは失敬。改めてよろしくお願いします、姫さん」
「はっ、はい! よろしくお願いします!!」
シュヴァルツから変な石像を押し付けられているアミレスを眺めつつ、エンヴィーはおもむろに呟いた。
それにシルフは「急にどうした」と短く返事する。
「突然剣に宿ったあの異様な神性といい変な剣術といい、姫さんは俺達の予想を超えてますよ。あん時は国教会だとかリンデア教だとかの最高責任者がいたもんだから、下手に姫さんの神との関係について言及したら不味いと思ってシルフさんの所為にしましたけど……」
「──確実にアミィには神との何らかの縁がある、って言いたいんだろう」
星空の瞳が暗く翳る。闇夜が紛れ込んだかのように、じわりと憎悪が滲み出た。
精霊が生まれ落ちたその瞬間に抱く、無責任で自分勝手な神々への憎しみ──……それが青筋となりてシルフの美しい貌を這う。
「……世界から干渉されてる時点で分かってはいましたけど、さっきの名付けの件で確信しました。姫さんには神との繋がりがある。それを彼女が把握しているのかどうかは分かりませんが」
「ボクの所為ではないだろう……けど、万が一にもボクの加護が原因で神との繋がりが発生したのなら反吐が出るな。本当に、なんでボクは精霊なんだろう」
精霊とは神々に作られた存在。仕事を面倒くさがった神々が、人間界と人間の管理を押し付ける為に作りった神を模した人形。
だからこそ、精霊達は何千何万の時を経ても神々との縁を切れなかった。
精霊王や最上位精霊ともあれば……神より与えられた権能を保持する事もあり、神との繋がりがよりいっそう強くなる。
それがまた、彼等の怒りを掻き立てるらしい。
「俺も、シルフさん経由で神との繋がりが発生したのかって最初は思ったんすけど……」
「なんだ。何かあるなら言ってみろ」
「さっき鑑定した時、マジで鳥肌が立ったんですよ。俺達が嫌になる程知ってる神性なのに、何一つとして理解出来ない神性────未知の神の力が、気持ち悪いぐらい強く宿ってて」
アミレスによる名付けの直後、その名前と共に刀に宿った理解不能な神性。
太陽が顕現するかのように、あらゆる悪の存在を許さない神聖なる力。──それは、外面はエンヴィー達にも覚えのある神の力でありながらも、その内面は何一つとして理解出来ない謎の力であった。
「それがアミィの疑惑に関係してると考えた訳か」
「えぇ。未知の神と姫さんの疑惑……多分、由来は同じだと思います。それに、姫さんの剣術──居合切りってやつ、実は前にも見た事があるんです」
「……その“前”っていつの事なんだ?」
「俺と姫さんが初めて会って、剣を教えるようになった九年前の事で──……」
燃え盛る業火のような赤い熱を宿す瞳を伏せ、エンヴィーは過去を思い返す。
今となっては少しばかり恥ずかしい、彼にとっての黒い記憶を。
♢♢♢♢
──それは、彼も語るように約九年前の事。
六月十二日のよく晴れた昼下がりに、アミレスとエンヴィーは出会った。
「紹介するね、こいつはエンヴィー。これから君に剣や体術を教える事になる男だよ」
「…………どーも」
幼いアミレスが剣術と体術を学びたいとせがんだ為か、シルフは約束通りに講師となる精霊を連れて来た。
彼の知る精霊の中で最も剣術と体術の双方に長けた者。選りすぐりの講師として精霊王より勅命を賜り、気が乗らないものの、わざわざ人間体になってまで彼はここに来た。
精霊王直々に剣を教えてやれと命ずる程の人間だから、さぞや実力のある者なのだろうと彼は思っていた。それならまだ教え甲斐があると、やる気メーターをなんとか維持していたというのに。
いざ来てみれば、彼の生徒は予想外の存在だったのだ。
(──ったく……なんで俺が人間の子供に剣を教えてやらねーといけないんだか。しかもこんなヒョロッヒョロのガキ、それも女だなんて。ロクに剣も握れやしない女子供に剣を教えた所で時間の無駄も無駄。マジでめんどくせ~~)
どちらかと言えば人間に好意的なエンヴィーではあるが、彼とて無条件に人間が好きな訳ではない。
彼の炎をより熱く燃え上がらせるような勇士──勇敢な戦士こそが彼の好きな人種。鍛治を得意とし、精霊界でも指折りの実力を誇る、精霊位階三位の火の最上位精霊。
半ば騙される形で負けてしまい第三位に留まっているものの、その実力だけで言えば、精霊位階外に座する終の最上位精霊フィンや第二位の闇の最上位精霊ゲランディオールも舌を巻く程のもの。
自他共に認める精霊界最強の剣士。それが、エンヴィーなのだ。
そんな彼に教えを乞う精霊は後を絶たない。
だがエンヴィーは滅多に弟子を取らない。何故なら最上位精霊としての仕事と、精霊王に手伝わされる仕事とで日々忙しいからだ。
そんなエンヴィーがこれまでの数千年で取ってきた弟子はたったの三体だけ。
一体目はエンヴィーが目をかけている火の上位精霊、バニア。エンヴィーの教えを忠実に守り着々と力をつけ、次期火の最上位精霊候補としての頭角を現しつつある。
二体目は逆の最上位精霊リバース。何かとその権能に頼りがちだった彼は、もしもの時に備えてエンヴィーから体術を教わったそう。
三体目はのちの血の最上位精霊ブライン。ありとあらゆる武器の扱いをエンヴィーから学び、やがて血の最上位精霊に君臨した。
これ程の錚々たる面々を教えて来た彼にとって、人間に剣を教えるなど本当に気が乗らない案件で。
せめて彼が認める程の勇士であればよかった。だが、相手は人間の子供──それも、剣など触れた事さえなさそうな女児ときた。
いくら精霊王直々の命令と言えども、こればかりは腹に据えかねる。
(我が王も何考えてんだか……いくら人間界観察が好きでも、これは流石に冗談が過ぎる。俺だってそこまで暇じゃないってのに)
そうは思っていても、相手は彼にとって──精霊にとっての主である精霊王。逆らう事は許されないのだ。
エンヴィーが大きくため息をつくと、惚けた様子の少女はハッとなり慌てて頭を下げた。
「よっ、よろしくお願いします! アミレス・ヘル・フォーロイトです! 至らぬ点も多いかと思いますが、何卒ご指導ご鞭撻の程を!!」
あわあわとしながら言った割には、かなりしっかりしている。それに感心したのか、エンヴィーはふーん。と小さく唸る。
(……ちっせぇー割に、意外とちゃんとしてやがる。子供とは言え、礼儀は備わってるんだな)
アミレスの小さな頭を見下ろしつつため息混じりに口を開き、
「まー、よろしく。言っとくけど子供だからって手加減するつもりは──ッいっっだぁ!?」
彼がぶっきらぼうな態度を取った瞬間、シルフは高々と跳び上がりエンヴィーの頭を全力で殴った。
そのまま彼の肩に着地して、その耳元で低い声で威圧する。
「おいエンヴィー……ボク、ちゃんとお前に伝えたよな? あの子はボクが加護をあげた特別な女の子だって。だから蝶や花のように丁重に接しろって、頼んだよな?」
「す、すいません……」
パワハラに怯み、エンヴィーは泣く泣く丁寧に接する事に決めた。
「あー……えっと。申し訳ございませんね。アミ──」
「馴れ馴れしく名前で呼ぶなよ」
(もう何このヒト……めっちゃめんどくせーな。この子供、確かなんかの国のお姫様だっけ? じゃあもう姫さんとかでいいか)
色々と面倒になってきたのか、エンヴィーは投げやりな笑みを作る。
「──これは失敬。改めてよろしくお願いします、姫さん」
「はっ、はい! よろしくお願いします!!」
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