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第五章・帝国の王女
451.天を睨む2
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「この一年で更にシャンパージュの力が強くなってしまった。このままでは皇室を脅かす権威になりかねない!」
「そのシャンパージュが王女派閥の扇動者である事が何よりの問題だ。絶対中立を捨ててまで野蛮な王女を支持するなど、伯爵家は気が狂ったのか……?!」
「ただでさえシャンパージュの影響で皇太子派閥を抜け、王女派閥に移る愚か者達が多くいるというのに……!」
「ついにはあのアルブロイト家まで王女に接触したらしい。これまで中立であった有力家門が相次いで王女に接触している。これは由々しき事態だ」
ある日の事。城の一室にて行われていた皇太子派閥の会合にて、貴族達はやいのやいのと中身の無い愚痴を交わす。
この派閥は──最早、形骸的なものであった。
なぜなら氷の国における皇位継承権は氷の魔力を持つ者にのみ与えられる。そして、現皇帝の二人の子供のうち一人は、あろう事か氷の魔力を持って生まれなかった。それにより自動的に不戦勝、フリードルが皇位を継ぐ事が始めから決まっていた。
その為いわゆる皇位継承権を持つ者同士の派閥争いが不要となり、皇太子に媚びを売っておきたい貴族が形だけの“皇太子派閥”を作り上げ、皇太子に尻尾を振っていたのだが──。
約二年前、皇位継承権を持たない王女を支持する派閥が突如として生まれた。
その筆頭はまさかのシャンパージュ伯爵家。そしてララルス侯爵家とランディグランジュ侯爵家の力も合わせて“王女派閥”を作ったのだ。
これまでのフォーロイトの歴史において、絶対中立を貫いてきた二つの家門……帝国の特異点たるシャンパージュ伯爵家と、帝国の剣たるランディグランジュ侯爵家。その二つの家門が歴史を捨ててでも王女を支持した事が、帝国貴族達に激震を走らせる。
更に、次期テンディジェル大公と噂される男と王女本人が親しい事から、いずれはテンディジェル大公家までもが王女派閥に与する可能性が高い。
それだけならまだ良かった。
しかし王女は──アミレス・ヘル・フォーロイトは、思いもよらぬ人物達との親交があったのだ。
はじめに、人類最強の聖人。続いてリンデア教の教皇。精霊達を召喚し(た事になっている)、悪魔をも従えている(フリだが)。更には隣国の王子達まで。
対抗馬としてこれ程に厄介な人物、そうそういないというというもの。
王女派閥はただアミレスを権謀術数から守る為だけに生まれたのだが──それを皇太子派閥の貴族達が知る筈もなく。
今や、国民達からも周辺諸国からも評判の良い氷結の聖女の存在を、彼等は無視出来なくなっていたのだ。
「未だ中立にある有力家門はアルブロイト公爵家とフューラゼ侯爵家、あとはメレスニティス伯爵家とオータンローム伯爵家、ブルットア伯爵家ぐらいか。……随分と追い詰められてしまったな」
「だがそのアルブロイト公爵家の夫人が王女に接触したという話だ。確かアルブロイト公爵家の次男は王女とも歳が近かった筈……」
「アルブロイトには、王女の婚約者の座を勝ち取り皇室に参入する狙いがあるのやもしれんな」
「現公爵は食えない男だからな、その可能性も十二分に考えられよう」
王女派閥の拡大に反比例して縮小し、戦力を削がれるように追い詰められていく。それにより、皇太子派閥の貴族達は焦燥を覚えてしまうのだ。
どうせ皇位を継ぐのはフリードルだと頭で分かってはいても、絶対に無いとは言い切れないもしもの可能性を捨てきれず、そちらへの警戒を怠る事を許されない。
果てには深読みに深読みを重ねて話がこんがらがり、進まなくなる。これが、皇太子派閥の会合のお決まりのパターンなのだが……今日は違った。
「諸君、失礼するぞー。我等が皇太子殿下のお出ましだー」
扉を開け放って現れたのは、とある事情から皇太子派閥筆頭貴族となったバーグストン・コール・オリベラウズ侯爵と、皇太子たるフリードル・ヘル・フォーロイトであった。
皇太子派閥の会合にフリードルが参加するなどかなり珍しい事。
彼の登場に、会合に参加していた貴族達は一斉に立ち上がり臣下の礼をとった。
「……頭を上げろ。今日は僕の派閥の会合とやらの見学に来たに過ぎない。普段通りに議論しろ」
見るからに興味無さげな声音。
だとすれば、何故皇太子自らこのような場に──?
そんな疑問符が誰しもの頭上に浮かぶ。だがフリードル直々に『普段通りに議論しろ』との言葉を仰せつかったのだ。ならばきちんと議論しなければ! と貴族達は議論を再開した。
それをフリードルとオリベラウズ侯爵は退屈を覚えながら聞く。フリードルに至っては寝ているのではないかと疑ってしまうような、不動っぷりである。
その最中、とある問題が発生してしまった。
「しかし……何故あの王女にこれ程の支持者が集まるのか」
「王女殿下はずる賢く、そして見目が整っている。その体を差し出せば男達などあっという間に籠絡出来るのでは?」
「まあ確かに。皇帝陛下や皇太子殿下に似て容姿は良い。だが子供だぞ」
「あの顔と体なら歳など関係あるまい。元より王女は色好きなようだ。あれだけ美男子ばかり侍らせ皇宮に閉じこもるのは、日夜愛妾達と励んでいるのでしょう」
「はっはっはっ! だから婚約者も定めぬのか!」
「先帝は色好きな御方だったからな、その血を受け継いだのやもしれん」
いい歳したおっさん連中の下品な笑い声が部屋に響く。
これまでいくらアミレスを貶そうが、皇帝エリドル・ヘル・フォーロイトとフリードルは何も言わず──いや、気にも留めなかった。
だから貴族達は平然とアミレスを貶し、愚弄する。
(……このような下劣な者達が僕の支持者だとはな。ジェーンの報告通りだったと言う事か)
フリードルが変わった事も知らずに。
「──死に晒せ」
絶対零度の声が言葉を紡いだその瞬間。
部屋いっぱいに、白藍の魔法陣が広がった。そこから針の山のように、氷柱が天に向けて穿たれる。
それらは椅子諸共貴族達の体を貫き、美しい氷を鮮明な赤で染め上げていった。
その光景に、巻き添えを免れたオリベラウズ侯爵は愕然とする。
「な……ぜ、です、か……でん、か……ごふっ……」
「他ならぬ皇太子の前で王女を穢し、笑った。これは、皇室侮辱罪ないし反逆罪と言えよう」
「い、今まで……そんな、事は……!」
「今までそうだったからと、これからもそうとは限らない。貴様等如きが、僕を推し量れるなどと思い上がるなよ」
昔は自分を愛していたアミレスが、今やその愛を否定している。
そんな実体験から来るフリードルの言葉は、不思議なぐらい説得力に溢れていた。
「僕の愛する妹を穢した者は、それがたとえ現実だろうが妄想だろうが許さない。あの女を穢し、壊すのは……この僕だ」
(──他の誰にも、これだけは絶対に譲らない)
怒りを孕んだ声に共鳴するかのごとく、氷柱は変形した。貴族達を貫く処刑の槍は枝分かれして、徹底的にその命を凍結させる。無数の氷柱が人体を突き破り、血飛沫を上げ花のように四方八方へと飛び出す。
それはなんともおぞましく、いやに美しい惨状であった。
(なん、だよ……これ……こんなあっさりと、人間が……!!)
「──っ、ぅ……え!」
何人もの人間が刹那のうちに命を失った。その視覚情報と、鼻の奥まで入り込んで来る鉄の臭いから、オリベラウズ侯爵は部屋の隅まで駆けて行き、胃からせり上がってきたものを吐き出した。
「人が死ぬ瞬間を見た事がないのか、オリベラウズ侯爵」
「……っごほ、けふっ…………少なくとも、このような死に様は、初めてかと」
「まあ安心しろ。諜報部に後片付けを任せれば血痕の一つも残らないだろうからな」
「──大丈夫……なのですか? 彼等は、皇太子殿下を支持する家門ですが……」
「別に派閥が瓦解しようとも、継承権争いが起きないのだからなんの問題も無い。どうせ、皇位につくのは僕なのだから」
マントを翻し、フリードルはそう言い残して部屋を後にした。
オリベラウズ侯爵とてこんな部屋には長居したくない。その一心で、彼は口元を拭い立ち上がった。部屋を出る際にちらりと死体の数々を見てしまい、
(……それにしても。皇太子殿下は、いつの間に王女殿下の事を認めたんだ? うぷっ……)
そんな疑念さえも塗り替えるような、吐き気を催してしまう。
だがそう何度も王城で嘔吐するのは……となけなしの理性が働いた結果、彼は外に出るまではなんとか耐えたとか……。
「そのシャンパージュが王女派閥の扇動者である事が何よりの問題だ。絶対中立を捨ててまで野蛮な王女を支持するなど、伯爵家は気が狂ったのか……?!」
「ただでさえシャンパージュの影響で皇太子派閥を抜け、王女派閥に移る愚か者達が多くいるというのに……!」
「ついにはあのアルブロイト家まで王女に接触したらしい。これまで中立であった有力家門が相次いで王女に接触している。これは由々しき事態だ」
ある日の事。城の一室にて行われていた皇太子派閥の会合にて、貴族達はやいのやいのと中身の無い愚痴を交わす。
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なぜなら氷の国における皇位継承権は氷の魔力を持つ者にのみ与えられる。そして、現皇帝の二人の子供のうち一人は、あろう事か氷の魔力を持って生まれなかった。それにより自動的に不戦勝、フリードルが皇位を継ぐ事が始めから決まっていた。
その為いわゆる皇位継承権を持つ者同士の派閥争いが不要となり、皇太子に媚びを売っておきたい貴族が形だけの“皇太子派閥”を作り上げ、皇太子に尻尾を振っていたのだが──。
約二年前、皇位継承権を持たない王女を支持する派閥が突如として生まれた。
その筆頭はまさかのシャンパージュ伯爵家。そしてララルス侯爵家とランディグランジュ侯爵家の力も合わせて“王女派閥”を作ったのだ。
これまでのフォーロイトの歴史において、絶対中立を貫いてきた二つの家門……帝国の特異点たるシャンパージュ伯爵家と、帝国の剣たるランディグランジュ侯爵家。その二つの家門が歴史を捨ててでも王女を支持した事が、帝国貴族達に激震を走らせる。
更に、次期テンディジェル大公と噂される男と王女本人が親しい事から、いずれはテンディジェル大公家までもが王女派閥に与する可能性が高い。
それだけならまだ良かった。
しかし王女は──アミレス・ヘル・フォーロイトは、思いもよらぬ人物達との親交があったのだ。
はじめに、人類最強の聖人。続いてリンデア教の教皇。精霊達を召喚し(た事になっている)、悪魔をも従えている(フリだが)。更には隣国の王子達まで。
対抗馬としてこれ程に厄介な人物、そうそういないというというもの。
王女派閥はただアミレスを権謀術数から守る為だけに生まれたのだが──それを皇太子派閥の貴族達が知る筈もなく。
今や、国民達からも周辺諸国からも評判の良い氷結の聖女の存在を、彼等は無視出来なくなっていたのだ。
「未だ中立にある有力家門はアルブロイト公爵家とフューラゼ侯爵家、あとはメレスニティス伯爵家とオータンローム伯爵家、ブルットア伯爵家ぐらいか。……随分と追い詰められてしまったな」
「だがそのアルブロイト公爵家の夫人が王女に接触したという話だ。確かアルブロイト公爵家の次男は王女とも歳が近かった筈……」
「アルブロイトには、王女の婚約者の座を勝ち取り皇室に参入する狙いがあるのやもしれんな」
「現公爵は食えない男だからな、その可能性も十二分に考えられよう」
王女派閥の拡大に反比例して縮小し、戦力を削がれるように追い詰められていく。それにより、皇太子派閥の貴族達は焦燥を覚えてしまうのだ。
どうせ皇位を継ぐのはフリードルだと頭で分かってはいても、絶対に無いとは言い切れないもしもの可能性を捨てきれず、そちらへの警戒を怠る事を許されない。
果てには深読みに深読みを重ねて話がこんがらがり、進まなくなる。これが、皇太子派閥の会合のお決まりのパターンなのだが……今日は違った。
「諸君、失礼するぞー。我等が皇太子殿下のお出ましだー」
扉を開け放って現れたのは、とある事情から皇太子派閥筆頭貴族となったバーグストン・コール・オリベラウズ侯爵と、皇太子たるフリードル・ヘル・フォーロイトであった。
皇太子派閥の会合にフリードルが参加するなどかなり珍しい事。
彼の登場に、会合に参加していた貴族達は一斉に立ち上がり臣下の礼をとった。
「……頭を上げろ。今日は僕の派閥の会合とやらの見学に来たに過ぎない。普段通りに議論しろ」
見るからに興味無さげな声音。
だとすれば、何故皇太子自らこのような場に──?
そんな疑問符が誰しもの頭上に浮かぶ。だがフリードル直々に『普段通りに議論しろ』との言葉を仰せつかったのだ。ならばきちんと議論しなければ! と貴族達は議論を再開した。
それをフリードルとオリベラウズ侯爵は退屈を覚えながら聞く。フリードルに至っては寝ているのではないかと疑ってしまうような、不動っぷりである。
その最中、とある問題が発生してしまった。
「しかし……何故あの王女にこれ程の支持者が集まるのか」
「王女殿下はずる賢く、そして見目が整っている。その体を差し出せば男達などあっという間に籠絡出来るのでは?」
「まあ確かに。皇帝陛下や皇太子殿下に似て容姿は良い。だが子供だぞ」
「あの顔と体なら歳など関係あるまい。元より王女は色好きなようだ。あれだけ美男子ばかり侍らせ皇宮に閉じこもるのは、日夜愛妾達と励んでいるのでしょう」
「はっはっはっ! だから婚約者も定めぬのか!」
「先帝は色好きな御方だったからな、その血を受け継いだのやもしれん」
いい歳したおっさん連中の下品な笑い声が部屋に響く。
これまでいくらアミレスを貶そうが、皇帝エリドル・ヘル・フォーロイトとフリードルは何も言わず──いや、気にも留めなかった。
だから貴族達は平然とアミレスを貶し、愚弄する。
(……このような下劣な者達が僕の支持者だとはな。ジェーンの報告通りだったと言う事か)
フリードルが変わった事も知らずに。
「──死に晒せ」
絶対零度の声が言葉を紡いだその瞬間。
部屋いっぱいに、白藍の魔法陣が広がった。そこから針の山のように、氷柱が天に向けて穿たれる。
それらは椅子諸共貴族達の体を貫き、美しい氷を鮮明な赤で染め上げていった。
その光景に、巻き添えを免れたオリベラウズ侯爵は愕然とする。
「な……ぜ、です、か……でん、か……ごふっ……」
「他ならぬ皇太子の前で王女を穢し、笑った。これは、皇室侮辱罪ないし反逆罪と言えよう」
「い、今まで……そんな、事は……!」
「今までそうだったからと、これからもそうとは限らない。貴様等如きが、僕を推し量れるなどと思い上がるなよ」
昔は自分を愛していたアミレスが、今やその愛を否定している。
そんな実体験から来るフリードルの言葉は、不思議なぐらい説得力に溢れていた。
「僕の愛する妹を穢した者は、それがたとえ現実だろうが妄想だろうが許さない。あの女を穢し、壊すのは……この僕だ」
(──他の誰にも、これだけは絶対に譲らない)
怒りを孕んだ声に共鳴するかのごとく、氷柱は変形した。貴族達を貫く処刑の槍は枝分かれして、徹底的にその命を凍結させる。無数の氷柱が人体を突き破り、血飛沫を上げ花のように四方八方へと飛び出す。
それはなんともおぞましく、いやに美しい惨状であった。
(なん、だよ……これ……こんなあっさりと、人間が……!!)
「──っ、ぅ……え!」
何人もの人間が刹那のうちに命を失った。その視覚情報と、鼻の奥まで入り込んで来る鉄の臭いから、オリベラウズ侯爵は部屋の隅まで駆けて行き、胃からせり上がってきたものを吐き出した。
「人が死ぬ瞬間を見た事がないのか、オリベラウズ侯爵」
「……っごほ、けふっ…………少なくとも、このような死に様は、初めてかと」
「まあ安心しろ。諜報部に後片付けを任せれば血痕の一つも残らないだろうからな」
「──大丈夫……なのですか? 彼等は、皇太子殿下を支持する家門ですが……」
「別に派閥が瓦解しようとも、継承権争いが起きないのだからなんの問題も無い。どうせ、皇位につくのは僕なのだから」
マントを翻し、フリードルはそう言い残して部屋を後にした。
オリベラウズ侯爵とてこんな部屋には長居したくない。その一心で、彼は口元を拭い立ち上がった。部屋を出る際にちらりと死体の数々を見てしまい、
(……それにしても。皇太子殿下は、いつの間に王女殿下の事を認めたんだ? うぷっ……)
そんな疑念さえも塗り替えるような、吐き気を催してしまう。
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