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第五章・帝国の王女

449.公爵家の招待状3

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 誰にも聞かれてないよね?! と周囲を警戒しつつ、取る物も取り敢えず「冗談だから! 冗談!!」と訂正する。
 この人達の前で生半可な気持ちの冗談を口にしたら駄目だ。軽率に大犯罪者になろうとする。
 それだけ私の事を大事に──……忠誠心を誓ってくれているんだろうけど、いくらなんでも命懸け過ぎよ。もっと自分を大事にしてほしい。

「ごほんっ。最近欲しい物……」

 気を取り直してもう一度考えてみる。
 その時ふと思いついた物が、二つあった。

「──皆のグッズとか欲しいな。ぬいとかアクスタとか」
「アク……なんて??」

 これにはシュヴァルツも困惑した模様。
 ぬいはともかくアクスタは完全初見だろうし、驚くのも無理はない。

「アクスタはまたカイルにでも頼もうかしら。あっ、フィギュアもいいな……七分の一スケールとかのやつもいい。ラバストもいい……作り方全部知らないけど」

 オタクの血が騒ぐのか、私は舌の根も乾かぬうちに高速詠唱を再開していた。
 やっぱりグッズはいいよねぇ……集めるの本当に楽しいのよねぇ。前世でいっぱいグッズを集めてたって覚えは無いんだけど、それでもアンディザ限定版の特典アクリルキーホルダーとかポスターとか缶バッジとかブロマイドは全部丁寧に保管して、誰にも見つからないように隠し持ってたなあ。

「主君。その……ぬい? とアクスタ、とフィギュア……と、ラバスト? というものの詳細を教えていただけませんか?」

 なんというプロ意識。我が執事はこんなめちゃくちゃな要望にも応えんと、手帳にメモしようとしていた。
 というかあのペン、前に私があげたやつだ。使ってくれてるんだ。

「えっと、まずは──……」

 元日本人わたしたちの言葉が伝わらない可能性も考慮したのだが、意外にも世界からこれらの情報が弾かれる事はなく。
 先程うっかり話してしまったグッズの特徴を伝えると、アルベルトは首を縦に振りつつ真剣にメモを取っていた。
 シュヴァルツとイリオーデは、気の抜けた表情で静かに私の説明を聞いていた……のだが、突然シュヴァルツがほくそ笑むものだから、一抹の不安を抱える事になってしまった。
 今の説明にほくそ笑む要素あった?

「……って感じのやつだから、結局どれか作るとしたらぬいが一番簡単だと思う」
「ぬいぐるみですか……まだ挑戦した事はありませんが、主君に“ぬい”なるものをお渡し出来ますよう、制作に取り掛かってみます」
「これを作れって強要したい訳じゃないからね!? ただ皆のぬいぐるみも欲しいなって思っただけだから」

 そう伝えても、一度走り出したアルベルトは中々止まらない。

「ルティ、私も共に“ぬい”を制作しても構わないか? 裁縫ならバドールを手伝っていた事もあって、少しは覚えもある」
「そうなんだ。二人揃って初心者だしここは協力した方がいいかもね。よろしく、騎士君」
「イリオーデだ」

 何やらイリオーデまでもがその気になったらしく、二人で仲良くぬい作りをする事にしたらしい。
 だがそれ以上に、シュヴァルツがくつくつと笑っているのが怖くて仕方無い。本当に何企んでるのあの魔王。


 ♢♢♢♢


 ──結局。あの後急にシュヴァルツが魔界に行ったので、私達はとりあえずティーパーティーに戻った。
 すると案の定ご令嬢達の質問攻めに遭った。質問攻めというよりかは、『あんなにも麗しい悪魔でしたら魂を食べられてもいいですわ……』等のシュヴァルツの容姿への言及が多かった気もする。

 ティーパーティーとして成り立っていたかは分からないが、ティーパーティーは無事に終了した。
 途中からやけに強い視線を感じたが、多分ご令嬢達の中に熱狂的なファンでもいたんだろう。アミレスは美少女だからね!
 当初の目的である市場調査も少しは出来たので、心労がとんでもない事にさえ目を瞑れば、私としてはちゃんと楽しめたティーパーティーだっただろう。

 今日はもう他に予定がなかったので、何かあればその時は呼ぶと告げて、イリオーデ達を下がらせる。
 二人は早速ぬい作りに励むようで書庫にその手の本が無いか探しに行くらしい。なんやかんや仲良くやってるようで安心した。

 その後は東宮内でセツを散歩させたり、ナトラとクロノと立ち話をしたり、その流れでクロノに近接戦で相手をしてもらったりもした。

 流石は黒の竜と言うべきか。本竜ほんにん曰く相当弱体化しているとの事だが、片腕を失っているというのに彼は私のありとあらゆる攻撃を防いだ。──その場から一歩も動かずに。
 ナトラとの模擬戦の時もそうだったが……やはり純血の竜種とは人間が相手にしていい存在じゃない。
 弱体化していてこれだ。一体百年前の人類はどうやって純血の竜種を二体も討伐したんだ? と賞賛と困惑が心の中で渦巻く程。

 だがクロノとの戦いにも発見はあった。
 クロノは欠伸をしながらでも目を閉じていても絶対に私の攻撃を防ぐ。後でそのからくりを聞いたところ、魔力炉で生産される魔力を感知しただけと言われたので、頼み込んでなんとか魔力炉の感知のやり方を教えてもらえたのだ。
 面倒くさがるクロノの説得は大変だったが、無事口説き落とせてよかった。

 だがやはりそう上手くはいかず、コツも何も掴めなかった。決して、クロノの教え方が感覚派過ぎて理解が及ばなかったとかではない。そんな事はないんだけど、やはりただの人間には難しいようで。
 とにかくその感覚を掴むまで繰り返すしかない。という結論に至り、今後とも練習する事にしたのだ。
 これで更に強くなれる! と喜びながら、私は自室に戻った。

 軽く汗を流し、シャツとタイツのラフな格好でセツをもふもふしながらのんびりしていたら、

「──着物、久々に着たいなぁ」

 昼間に考えていた、もう一つの欲しい物を思い出した。

「着付けとか覚えてるかな。作法とか舞とか、忘れちゃってるかも」

 いざ着物が目の前にあったとして、果たしてちゃんと着られるかどうかも分からない。作法だって正しいかも分からない。
 だけど……それでももう一度着物を着たいなと思ってしまった。前世むかしはあんなにも、洋服を着てみたいと思っていたのに。

「わんっ!」
「ふふ、セツったらもしかして着物を着たところを見てみたいの? この世界のひと達からすれば、着物は珍しいものね」

 タランテシア帝国が中華系の文化みたいだから、あの辺りの国々は着物系統の服装にも馴染みがあると思うけれど。

「アォンッ!」
「着物は無理だけど……そうね、舞ぐらいなら今見せられるかな?」
「ワンッ! ワワンッ! ワゥン!!」
「よ~~し、可愛いお客様の為に頑張るぞ~!」

 セツが凄く嬉しそうな鳴き声を出すものだから、調子に乗って私は舞った。
 扇を持ち、鼻歌でリズムを取って体が赴くままに舞う。もうほとんど覚えていないと思ってたけど、案外覚えているものだ。義務と使命で舞っていたこの舞も、今となっては楽しく感じる。

「……ふぅ。もう捧げるひともいないんだから、この舞を踊っても意味は無いんだけどなぁ。──あ、どうだった? 私の舞。セツのお眼鏡にはかなったかしら?」

 静寂を纏って大人しく見てくれていたセツに感想を聞いてみる。
 するとセツは丸い瞳からポロポロと涙を溢れさせた。もしかしたら踊ってる時に、セツの目に何か異物が入ってしまったのかもしれない。

「だっ……大丈夫?!」
「……クゥン」

 セツは寄り添うように頬を寄せてきた。
 そんなに目が痛いのね。今楽にしてあげるから。
 浴槽までセツを連れて行き、体を洗う。白いもふもふは白いぺしょぺしょになってしまったが、これをタオルで拭いて乾く工程を見るのもまた一興。
 白いもふもふが復活する頃にはセツも無事涙が止まったようなので、その後はセツと戯れつつ軽く仕事の書類に目を通して一日を終えた。
 今日はどうしても離れたくないのか寝台ベッドに潜り込んできた、セツと一緒に。
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