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第五章・帝国の王女
443.ある青年の悔恨
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『──待てって、セイン!』
『相変わらずオマエは馬を操るのが下手だな!』
『僕は君と違って普通に走った方が早いんだよっ』
『ははっ、それもそうだ』
木漏れ日を浴びてオレ達はいつも笑っていた。
時には本を読み、時には剣を交え、時には弓の腕を競ったり、時には一緒に料理をして、時には共に昼寝して、時には秘密基地を作り、時には共に学び、時には喧嘩もして、時には二人で遊んだ。
たった一人の親友。心の底から、後にも先にもコイツ以上の友なんて現れないだろうと思う……オレの、たった一人の相棒。
同じ年に産まれ、アイツの護衛となるべく幼い頃から共に過ごしていた。その影響かオレ達は無二の友となり、ほとんどの時間を共にするようになった。
素直じゃないし少し口も悪いが……根は真面目で、心優しい善良な男。
そんなアイツは損な役回りばかり引いてしまう。だからこそオレは、それを支え手伝う事に慣れていた。
『最近、集落の住人の失踪が相次いでるでしょ? 調査した結果、どうやら森に侵入者がいるみたいなんだ』
ある日アイツは、報告書を手に口火を切った。
『侵入者……ってまさか!?』
『そのまさかだよ。──人攫いの可能性が高い』
オレ達ハーフエルフは人間とエルフの混血と思われがちだが、実際には違う。
エルフは妖精の末裔であり、ハーフエルフは妖精と天使の混血なのだ。それ故に、混血でありながらハーフエルフはエルフよりも希少な種族とされている。
……まあ、高慢なエルフ達はそれを認めようとしないが。混血のハーフエルフよりも、純血たる我々の方が尊ばれるべき存在だ! だとかなんとか。
それはともかく。天使の血が混ざってると言うと人間に何をされるか分かったものじゃないから、表向きにはエルフと人間の混血という事になっているのだ。
中でも妖精の森の統治者一族は、特に美しい容姿と魔眼等の能力を持って産まれる事が多く、その溢れ出る高貴さと神聖さから──……最も美しい存在とも呼ばれている。
オレの親友はなんとその統治者一族の三男で、治安維持を担う自警団の統率者候補として、早くも頭角を現している。何度も見ている筈なのに、アイツの暗殺技術はいつ見ても惚れ惚れする美しさなのだ。
話は戻るが……ハーフエルフは美形ばかり。なのでよく人攫いに狙われる。奴隷として、高値で取引されるらしい。
そしてどうやら、今回もその案件のようだ。
『人攫いの奴等が拠点にしてると思われる洞穴と、そのすぐ傍に停められている馬車も発見した。だがあいつ等は明日にはこの森を出る予定らしくて……さしあたって、誰か動ける者を先行させて足止めを。という話になったんだ』
ほんのりと赤い桃色の瞳で、オレを真っ直ぐ見つめてくる。その意図が分かったオレは、小さく頷いた。
『分かった。今すぐ準備して来よう。馬だと音で気付かれるから木々をつたって行くか』
『……ありがとう、セイン。君がいてくれて本当に助かるよ』
らしくもなく、アイツはオレにありがとうだなんて言った。
『オレ達二人なら何でも出来る。オレ達は最強だからな』
『そうだね。僕達はこれから先もずっと──二人で最強だ』
拳をこつんと合わせ、オレ達は歯を見せて笑う。
だが、そんな温かい日々は……突然終わりを告げた
例の人攫いの足止めをすべく、オレとアイツはヤツ等の拠点に乗り込んだ。激闘の末、足止めどころではなく攫われていた集落の住人達を解放出来たのだが、ここで事件は起きた。
尋問の為にと数名生かしておいたのが仇となる。そのうちの一名が、なんと縄を抜けてアイツを人質に取ったのだ。……その手に、大きな魔石を持って。
アイツはこの森の統治者一族の三男であり、何よりオレの親友だ。絶対に死なせる訳にはいかない──……そう、頭の中でぐるぐると考えているうちに。
オレは、いつの間にか目を覚ましていた人攫いの一人に腹を貫かれてその場に倒れ込んでしまった。
『──ッ!』
『セイン!!』
アイツがオレの血を見て顔を青くさせる。こちらに駆け寄ろうとでもしたのか身をよじるも、人攫いがアイツを掴む手に力を込めたらしく、アイツでも逃げられなかったようだ。
『おーっと、黙れよ可愛いエルフちゃん。お友達がどうなってもいいのか?』
『っクソが……!!』
『口悪ぃなァ、雌のエルフってのはもっとお淑やかで上品なモンじゃねぇのかよォ~~』
人攫いは、どうやらオレ達を女だと勘違いしているらしい。オレもアイツも中性的な顔立ちかつ幼いから、仕方無い気もするが。
『てかそっちのエルフも結構いい顔してんじゃん。何傷つけてんだよ!』
『仕方ねぇだろ、こいつ等結構戦えるみたいなんだから』
『ちっ……せっかくいい感じの商品が手に入ったと思ったのに逃がされるわ、仲間はやられるわでめちゃくちゃだ。──勿論責任取ってくれるよなぁ、エルフちゃん?』
人攫いは薄気味悪い笑みを浮かべ、懐から取り出した奇妙な薬をアイツの口に捩じ込んだ。その瞬間、糸が切れたようにアイツは眠りについた。
あれは、毒にある程度の耐性があるオレ達にさえ効く程の睡眠薬だというのか?
『おし、とりあえずこいつだけでも連れていくぞ。これだけの上玉なら、あちらさんも満足するだろ』
『じゃあさっさと帰るかー、フォーロイトの酒ってうめぇんだよなァ。久々にがぶっと飲みてぇわ!』
『なあ、こっちのエルフも持ってくか?』
『その出血量じゃ瞬間転移に耐えられねぇだろうよ。ほっとけ、勝手に野垂れ死ぬ』
『それもそうか』
地べたに這いつくばり、腹部からどくどくと血を流しながら、掠れる視界で花びらのように鮮やかな髪に向けて手を伸ばしていた。
『──ッ、ユー……キ……!!』
オレ達は慢心していた。二人でなら何でも出来るって、最強なんだってそう信じて疑わなかった。
その結果がこれだ。オレは守るべき親友を、むざむざと連れ去られてしまった。
人攫いが魔石を砕くとその場に白い魔法陣が浮かび上がり、アイツ諸共、人攫い達は酷く眩しい光と共に姿を消した。
オレはその後、出血多量で死にかけていた。だが逃がした集落の住人が虫の知らせを感じて引き返したところ、血塗れで倒れているオレを発見し、応急処置の末集落まで連れて行ってくれたらしい。
なんとか一命を取り留めたオレだが、勿論集落中から非難された。
当然だ。よりにもよって現在の統治者一族の中で特に強いアイツを、人攫いなんぞに奪われたのだから。
だからオレは全ての批判を甘んじて受け入れていた。罰も全て受けた。反省と後悔から自主的に拷問だって受けた。
その上で──必ずアイツを見つけ出して、取り戻すと決めた。
もう二度と慢心なんてしない。堅実に、確実に……オレは強くなってあの時の事をアイツに謝るのだ。
弱くてごめん、守れなくてごめんって。もう二度とあんな事が起きないようにするから、もう一度オマエの側にいさせてくれって。
『──フォーロイト帝国。その国が、アイツを……!!』
あの時人攫いがぽろりと零していた名前。
世界地図を見れば、ここからかなり離れた場所にある事が分かった。簡単には辿り着けない場所……それでもオレは、かの国への復讐を決意した。
とにかく鍛えて、情報収集をして、どうにかしてフォーロイト帝国に行こうとしていたのだが……ある日、エルフとハーフエルフの部族間抗争の果てに妖精の森が大火災に遭った。
森は見事に全焼。死者の数も凄まじかった。
オレはその時、偶然森を出て近くの町へと情報収集に出ていたから被害を逃れたのだが……オレ達の思い出が詰まったあの森は、オレ達の故郷は、見るも無惨な姿となったのだ。
あの時ばかりは、アイツを目の前で攫われた時と同等のショックを受けた。
その後、故郷の大火災という事もあり飛んで帰って来た大司教エフーイリル卿に連れられ、彼の紹介でオレは国教会の所属となり、神殿都市で保護されるように。
そこでも相変わらずエルフ達に絡まれ、果たしてコイツ等をどうしたものかと逡巡していた時。
オレは、彼女と出会った。
あの日のオレ達と同じような──……後悔をまだ知らない、幼くも高慢な少女と。
『相変わらずオマエは馬を操るのが下手だな!』
『僕は君と違って普通に走った方が早いんだよっ』
『ははっ、それもそうだ』
木漏れ日を浴びてオレ達はいつも笑っていた。
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たった一人の親友。心の底から、後にも先にもコイツ以上の友なんて現れないだろうと思う……オレの、たった一人の相棒。
同じ年に産まれ、アイツの護衛となるべく幼い頃から共に過ごしていた。その影響かオレ達は無二の友となり、ほとんどの時間を共にするようになった。
素直じゃないし少し口も悪いが……根は真面目で、心優しい善良な男。
そんなアイツは損な役回りばかり引いてしまう。だからこそオレは、それを支え手伝う事に慣れていた。
『最近、集落の住人の失踪が相次いでるでしょ? 調査した結果、どうやら森に侵入者がいるみたいなんだ』
ある日アイツは、報告書を手に口火を切った。
『侵入者……ってまさか!?』
『そのまさかだよ。──人攫いの可能性が高い』
オレ達ハーフエルフは人間とエルフの混血と思われがちだが、実際には違う。
エルフは妖精の末裔であり、ハーフエルフは妖精と天使の混血なのだ。それ故に、混血でありながらハーフエルフはエルフよりも希少な種族とされている。
……まあ、高慢なエルフ達はそれを認めようとしないが。混血のハーフエルフよりも、純血たる我々の方が尊ばれるべき存在だ! だとかなんとか。
それはともかく。天使の血が混ざってると言うと人間に何をされるか分かったものじゃないから、表向きにはエルフと人間の混血という事になっているのだ。
中でも妖精の森の統治者一族は、特に美しい容姿と魔眼等の能力を持って産まれる事が多く、その溢れ出る高貴さと神聖さから──……最も美しい存在とも呼ばれている。
オレの親友はなんとその統治者一族の三男で、治安維持を担う自警団の統率者候補として、早くも頭角を現している。何度も見ている筈なのに、アイツの暗殺技術はいつ見ても惚れ惚れする美しさなのだ。
話は戻るが……ハーフエルフは美形ばかり。なのでよく人攫いに狙われる。奴隷として、高値で取引されるらしい。
そしてどうやら、今回もその案件のようだ。
『人攫いの奴等が拠点にしてると思われる洞穴と、そのすぐ傍に停められている馬車も発見した。だがあいつ等は明日にはこの森を出る予定らしくて……さしあたって、誰か動ける者を先行させて足止めを。という話になったんだ』
ほんのりと赤い桃色の瞳で、オレを真っ直ぐ見つめてくる。その意図が分かったオレは、小さく頷いた。
『分かった。今すぐ準備して来よう。馬だと音で気付かれるから木々をつたって行くか』
『……ありがとう、セイン。君がいてくれて本当に助かるよ』
らしくもなく、アイツはオレにありがとうだなんて言った。
『オレ達二人なら何でも出来る。オレ達は最強だからな』
『そうだね。僕達はこれから先もずっと──二人で最強だ』
拳をこつんと合わせ、オレ達は歯を見せて笑う。
だが、そんな温かい日々は……突然終わりを告げた
例の人攫いの足止めをすべく、オレとアイツはヤツ等の拠点に乗り込んだ。激闘の末、足止めどころではなく攫われていた集落の住人達を解放出来たのだが、ここで事件は起きた。
尋問の為にと数名生かしておいたのが仇となる。そのうちの一名が、なんと縄を抜けてアイツを人質に取ったのだ。……その手に、大きな魔石を持って。
アイツはこの森の統治者一族の三男であり、何よりオレの親友だ。絶対に死なせる訳にはいかない──……そう、頭の中でぐるぐると考えているうちに。
オレは、いつの間にか目を覚ましていた人攫いの一人に腹を貫かれてその場に倒れ込んでしまった。
『──ッ!』
『セイン!!』
アイツがオレの血を見て顔を青くさせる。こちらに駆け寄ろうとでもしたのか身をよじるも、人攫いがアイツを掴む手に力を込めたらしく、アイツでも逃げられなかったようだ。
『おーっと、黙れよ可愛いエルフちゃん。お友達がどうなってもいいのか?』
『っクソが……!!』
『口悪ぃなァ、雌のエルフってのはもっとお淑やかで上品なモンじゃねぇのかよォ~~』
人攫いは、どうやらオレ達を女だと勘違いしているらしい。オレもアイツも中性的な顔立ちかつ幼いから、仕方無い気もするが。
『てかそっちのエルフも結構いい顔してんじゃん。何傷つけてんだよ!』
『仕方ねぇだろ、こいつ等結構戦えるみたいなんだから』
『ちっ……せっかくいい感じの商品が手に入ったと思ったのに逃がされるわ、仲間はやられるわでめちゃくちゃだ。──勿論責任取ってくれるよなぁ、エルフちゃん?』
人攫いは薄気味悪い笑みを浮かべ、懐から取り出した奇妙な薬をアイツの口に捩じ込んだ。その瞬間、糸が切れたようにアイツは眠りについた。
あれは、毒にある程度の耐性があるオレ達にさえ効く程の睡眠薬だというのか?
『おし、とりあえずこいつだけでも連れていくぞ。これだけの上玉なら、あちらさんも満足するだろ』
『じゃあさっさと帰るかー、フォーロイトの酒ってうめぇんだよなァ。久々にがぶっと飲みてぇわ!』
『なあ、こっちのエルフも持ってくか?』
『その出血量じゃ瞬間転移に耐えられねぇだろうよ。ほっとけ、勝手に野垂れ死ぬ』
『それもそうか』
地べたに這いつくばり、腹部からどくどくと血を流しながら、掠れる視界で花びらのように鮮やかな髪に向けて手を伸ばしていた。
『──ッ、ユー……キ……!!』
オレ達は慢心していた。二人でなら何でも出来るって、最強なんだってそう信じて疑わなかった。
その結果がこれだ。オレは守るべき親友を、むざむざと連れ去られてしまった。
人攫いが魔石を砕くとその場に白い魔法陣が浮かび上がり、アイツ諸共、人攫い達は酷く眩しい光と共に姿を消した。
オレはその後、出血多量で死にかけていた。だが逃がした集落の住人が虫の知らせを感じて引き返したところ、血塗れで倒れているオレを発見し、応急処置の末集落まで連れて行ってくれたらしい。
なんとか一命を取り留めたオレだが、勿論集落中から非難された。
当然だ。よりにもよって現在の統治者一族の中で特に強いアイツを、人攫いなんぞに奪われたのだから。
だからオレは全ての批判を甘んじて受け入れていた。罰も全て受けた。反省と後悔から自主的に拷問だって受けた。
その上で──必ずアイツを見つけ出して、取り戻すと決めた。
もう二度と慢心なんてしない。堅実に、確実に……オレは強くなってあの時の事をアイツに謝るのだ。
弱くてごめん、守れなくてごめんって。もう二度とあんな事が起きないようにするから、もう一度オマエの側にいさせてくれって。
『──フォーロイト帝国。その国が、アイツを……!!』
あの時人攫いがぽろりと零していた名前。
世界地図を見れば、ここからかなり離れた場所にある事が分かった。簡単には辿り着けない場所……それでもオレは、かの国への復讐を決意した。
とにかく鍛えて、情報収集をして、どうにかしてフォーロイト帝国に行こうとしていたのだが……ある日、エルフとハーフエルフの部族間抗争の果てに妖精の森が大火災に遭った。
森は見事に全焼。死者の数も凄まじかった。
オレはその時、偶然森を出て近くの町へと情報収集に出ていたから被害を逃れたのだが……オレ達の思い出が詰まったあの森は、オレ達の故郷は、見るも無惨な姿となったのだ。
あの時ばかりは、アイツを目の前で攫われた時と同等のショックを受けた。
その後、故郷の大火災という事もあり飛んで帰って来た大司教エフーイリル卿に連れられ、彼の紹介でオレは国教会の所属となり、神殿都市で保護されるように。
そこでも相変わらずエルフ達に絡まれ、果たしてコイツ等をどうしたものかと逡巡していた時。
オレは、彼女と出会った。
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