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第四章・興国の王女
440.ある皇太子の画策
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「──僕はどうやら、お前以外には興味が無いらしい。お前でしか欲情しなくなってしまったんだ……皇太子の責務を案じるお前ならば、この責任、ちゃんと取ってくれるだろう?」
服越しに触れても分かる程、妹の心臓は力強く鼓動していた。表情から読み取れる通りの混乱に、息も少し荒くなっている。
アミレスには同意の上で僕に抱かれてもらわねば困る。その為には、一旦落ち着かせる必要があるな。
「返事は落ち着いてからにしてくれ。それまで待ってやる」
荒くなった呼吸を止めるならばこれが一番早い。
そう思い、青い口紅に彩られた小ぶりな唇に自分のそれを押し付ける。僕の唇が冷たかったのか、アミレスの唇は妙に温かく感じた。
「~~~~っ!?」
火事場の馬鹿力というやつだろうか。アミレスは持ちうる力で僕の肩を押し飛ばした。
これでもそれなりに鍛えているのに、こんなか細い女の一押しで体勢を崩されるなんて。もう少し訓練を増や──……。
「っ、なんで……! なんでなのよ……っ!!」
ぽろぽろと、涙が零れている。
あの冬の日のように、妹は泣いていた。
「やっと、仲良くなれた、って思ったのに……っ! あいっ、してもらえるかもって、おもったのに! 結局、けっきょく……わたしは、つかいすてのどうぐとしてっ……せーよくのはけ口として……っ使われて、おわり……なんだ……っ」
使い捨ての道具? 何を言ってるんだ?
「わたしが、なにした……のよ。ただうまれて、あいしてほしいって……ずっと、ただ、それだけを……ねがってた、だけなのに」
だから、僕はこうしてお前を愛そうと───。
そこでピタリと思考が止まり、別の回路が動き出す。思い出されるある記憶。そこには、『何事も言葉にする事が大事』と書かれていた。
「……──違う。お前は勘違いしている!」
涙を拭っていたアミレスの手を寝台に押し付け、組み敷くように馬乗りになる。
妹の目からとめどなく溢れる涙越しに、己の必死な表情が見えた。
「この僕が、たかが道具相手にここまでする訳がないだろ! わざわざ参考書を読んで接し方について模索したり、面倒な茶会を開いたり、給金と称してプレゼントを渡したり、お前のふざけた世間話に付き合ったり! そんな手間暇の無駄でしかない事、好きでもない相手にしてられる訳がない!!」
僕の声に驚いたのか、アミレスは猫のように目を丸くして肩を跳ねさせた。
「クソッ、なんでお前には何も伝わらないんだ! いいか、よく聞け。何度も同じ言葉を繰り返すような手間をかけたくない。僕は──……お前の事を愛している。人生で最も幸せな瞬間を共に迎えたいとすら思う程、お前の事を愛しているんだ!」
そしてお前が人生で最も幸せを感じられた瞬間、僕のこの手でお前を殺したい。
この世で最も愛しているからこそ──消して醒める事のない夢を……寂しい終わりなんて無い永遠の幸福を、愛する妹にプレゼントしたいのだ。
「……は、へ? 愛……にいさ、ま……が?」
「ああそうだ。お前が望んだ事だろう、何をそんなに驚く」
「いや、だって……あんたの愛は……もっと……」
視線を泳がせながら口ごもる妹が落ち着くのを待つ事数分。
「──だとしてもおかしい! なんで実の兄妹がそんなっ、え、ぇえ……えっちな、事をしなきゃいけないの!?」
なけなしの優しさで待ってやったというのに、この女は落ち着くどころか寧ろ錯乱してしまった。
しかし、アミレスの表情は中々に劣情を煽ってくれるな。
火照る頬とそれを伝う小さな涙は、みずみずしい果実のようでこの舌で味わってしまいたいと思わせる。魚のように間抜けに開閉される口を見ていると、あの温く柔らかな感覚を脳裏に押し出されてもう一度……と食指が動いてしまう。
この女、もしかしなくてもかなり魅惑的なのではなかろうか。これ以上男共を誘惑しないよう、監禁すべきかもしれないな…………。
「僕はお前を愛している。お前も僕を愛している。ならば何も問題は無いだろう」
「大アリよ! 愛してたら何してもいいってものじゃないの!!」
「だが愛に溺れた間抜け共は口を揃えてこう言うぞ。──愛に障害はつきものだ、と」
「障害とかそのレベルの話じゃないし……っ、その言い方だと兄様が間抜けみたいですけど!!」
何を今更。
「ああそうだ、僕は間抜けだ。お前みたいな面倒臭い女を愛してしまったのだから、愚かとしか言いようがない」
──だが、そうと分かっていてもお前を愛する気持ちは変わらない。
お前への愛を貫く為ならば、間抜けな男に成り下がってもいいとさえ思うのだ。
「そんな間抜けな兄がこうして懇願してやっているんだ。さっさと僕を受け入れろ、アミレス。経験は無いが……可能な限り、優しく抱いてあげるよ」
「んなっ……?!」
頼んでいる立場の態度じゃない! そう言いたげな視線が、僕の視線と交わってしまう。それに気づいた妹は慌てて目を逸らした。
「早く答えろ、アミレス。僕だって我慢強い方ではないんだ」
「え?」
「先程陳述した通り、僕はお前を愛していてお前に欲情する。今現在の己の姿を鑑みろ、みなまで言わずとも分かるだろう」
「今現在の、己の姿……」
妹の視線が、ゆっくりと四方を巡る。
「……押し倒されてますね」
「ああそうだ。僕は今、愛する女を組み敷いている。その気になればいつでもその体を蹂躙出来るような状況だ。にも関わらず、お前が誘うような淫らな貌をするものだから……僕も割と我慢の限界なんだが」
「…………」
やはり猫なのだろうか、僕の妹は。
唖然とする表情までもが猫のようだなんて。実は猫だった過去があるのではないか?
「──無理です!!」
「なッ……?!」
銅像を剣で殴ったような音が響く。
なんと、妹は思い切り頭突きを喰らわせてきた。
さしものケイリオル卿とて、頭突きの対策は教えてくれなかった。その為、見事僕の脳天を予想外の衝撃が貫く。
痛みと衝撃で僕が怯む隙に、妹は僕の下からするりと抜け出しては扉目掛けて走り出す。僕がこれだけ被害を受けているのだから当然だが、アミレスもその足取りがおぼつかない。
「っおい、待てアミレス・ヘル・フォーロイト!」
「やだ! はじめては好きな人とするものだってあのひとが言ってたもん! 兄様とはしません! 常識的に考えて!!」
「なっ……?! これまで散々意味不明な事をしでかしておいて、今更常識だと?!」
「それでは私はこれで! 良いお年を────!!」
赤く腫れた額を放置したまま、妹は部屋を飛び出した。
あの女、まさか年が明けるまで僕に会わないつもりだな? 明日にでも、薔薇の花束を持って東宮を訪ねてやろうか。確かどこかの温室に薔薇が咲いていた筈だ、それを拝借しよう。
「……はぁ。何をやってるんだ、僕は」
一人取り残された部屋で、寝台に腰掛け反省会を執り行う。
どうやら僕が思っていた以上に、僕の妹は面倒臭いらしい。
「まだ額が痛むんだが……」
触った感じだと既に腫れてきている。腫れ具合はどんなものかと鏡を見たところで、僕はふと気がついた。
唇に、あいつの色が少し移っていた。
「──ふ、何一つとして予定通りにはいかなかったが、仕方あるまい。今日は『匂わせ』とやら行い、それを収穫としよう」
そうと決まれば、わざとらしく宮殿内を練り歩いてやらねばな。
額の腫れは前髪で少しばかり隠して……この口紅、どうにかして唇に広げられないだろうか。
小さく唸りつつ色々試し、なんとか口紅の色を唇に広げる事に成功した。かなり薄くなってしまったが、それでも青いから目立つ事だろう。
それから程なくして、床に落ちていた仮面とリボンを手に、僕も豪奢な寝室を後にした。
しかし。はじめては好きな人とするもの、か。妙に夢見がちなのだなあの女は。
好きな人──……あの女の好きな人とは、僕じゃないのか?
苛立ちが頭を締め付ける。チクチクと刺さるその棘が、舞踏会でのある一幕を思い出させた。
『その……一目惚れしちゃったんですよね! カイル王子に!!』
……例のはじめてとやらは、あの塵芥野郎に捧げるつもりなのか。だとしたら、益々許せないな。
「カイル・ディ・ハミル────お前だけは、絶対に殺す……!」
あの男子会とやらの面々も殺した方が確実か。
とにかく……愛する妹を誑かす男は全員殺さねば。
服越しに触れても分かる程、妹の心臓は力強く鼓動していた。表情から読み取れる通りの混乱に、息も少し荒くなっている。
アミレスには同意の上で僕に抱かれてもらわねば困る。その為には、一旦落ち着かせる必要があるな。
「返事は落ち着いてからにしてくれ。それまで待ってやる」
荒くなった呼吸を止めるならばこれが一番早い。
そう思い、青い口紅に彩られた小ぶりな唇に自分のそれを押し付ける。僕の唇が冷たかったのか、アミレスの唇は妙に温かく感じた。
「~~~~っ!?」
火事場の馬鹿力というやつだろうか。アミレスは持ちうる力で僕の肩を押し飛ばした。
これでもそれなりに鍛えているのに、こんなか細い女の一押しで体勢を崩されるなんて。もう少し訓練を増や──……。
「っ、なんで……! なんでなのよ……っ!!」
ぽろぽろと、涙が零れている。
あの冬の日のように、妹は泣いていた。
「やっと、仲良くなれた、って思ったのに……っ! あいっ、してもらえるかもって、おもったのに! 結局、けっきょく……わたしは、つかいすてのどうぐとしてっ……せーよくのはけ口として……っ使われて、おわり……なんだ……っ」
使い捨ての道具? 何を言ってるんだ?
「わたしが、なにした……のよ。ただうまれて、あいしてほしいって……ずっと、ただ、それだけを……ねがってた、だけなのに」
だから、僕はこうしてお前を愛そうと───。
そこでピタリと思考が止まり、別の回路が動き出す。思い出されるある記憶。そこには、『何事も言葉にする事が大事』と書かれていた。
「……──違う。お前は勘違いしている!」
涙を拭っていたアミレスの手を寝台に押し付け、組み敷くように馬乗りになる。
妹の目からとめどなく溢れる涙越しに、己の必死な表情が見えた。
「この僕が、たかが道具相手にここまでする訳がないだろ! わざわざ参考書を読んで接し方について模索したり、面倒な茶会を開いたり、給金と称してプレゼントを渡したり、お前のふざけた世間話に付き合ったり! そんな手間暇の無駄でしかない事、好きでもない相手にしてられる訳がない!!」
僕の声に驚いたのか、アミレスは猫のように目を丸くして肩を跳ねさせた。
「クソッ、なんでお前には何も伝わらないんだ! いいか、よく聞け。何度も同じ言葉を繰り返すような手間をかけたくない。僕は──……お前の事を愛している。人生で最も幸せな瞬間を共に迎えたいとすら思う程、お前の事を愛しているんだ!」
そしてお前が人生で最も幸せを感じられた瞬間、僕のこの手でお前を殺したい。
この世で最も愛しているからこそ──消して醒める事のない夢を……寂しい終わりなんて無い永遠の幸福を、愛する妹にプレゼントしたいのだ。
「……は、へ? 愛……にいさ、ま……が?」
「ああそうだ。お前が望んだ事だろう、何をそんなに驚く」
「いや、だって……あんたの愛は……もっと……」
視線を泳がせながら口ごもる妹が落ち着くのを待つ事数分。
「──だとしてもおかしい! なんで実の兄妹がそんなっ、え、ぇえ……えっちな、事をしなきゃいけないの!?」
なけなしの優しさで待ってやったというのに、この女は落ち着くどころか寧ろ錯乱してしまった。
しかし、アミレスの表情は中々に劣情を煽ってくれるな。
火照る頬とそれを伝う小さな涙は、みずみずしい果実のようでこの舌で味わってしまいたいと思わせる。魚のように間抜けに開閉される口を見ていると、あの温く柔らかな感覚を脳裏に押し出されてもう一度……と食指が動いてしまう。
この女、もしかしなくてもかなり魅惑的なのではなかろうか。これ以上男共を誘惑しないよう、監禁すべきかもしれないな…………。
「僕はお前を愛している。お前も僕を愛している。ならば何も問題は無いだろう」
「大アリよ! 愛してたら何してもいいってものじゃないの!!」
「だが愛に溺れた間抜け共は口を揃えてこう言うぞ。──愛に障害はつきものだ、と」
「障害とかそのレベルの話じゃないし……っ、その言い方だと兄様が間抜けみたいですけど!!」
何を今更。
「ああそうだ、僕は間抜けだ。お前みたいな面倒臭い女を愛してしまったのだから、愚かとしか言いようがない」
──だが、そうと分かっていてもお前を愛する気持ちは変わらない。
お前への愛を貫く為ならば、間抜けな男に成り下がってもいいとさえ思うのだ。
「そんな間抜けな兄がこうして懇願してやっているんだ。さっさと僕を受け入れろ、アミレス。経験は無いが……可能な限り、優しく抱いてあげるよ」
「んなっ……?!」
頼んでいる立場の態度じゃない! そう言いたげな視線が、僕の視線と交わってしまう。それに気づいた妹は慌てて目を逸らした。
「早く答えろ、アミレス。僕だって我慢強い方ではないんだ」
「え?」
「先程陳述した通り、僕はお前を愛していてお前に欲情する。今現在の己の姿を鑑みろ、みなまで言わずとも分かるだろう」
「今現在の、己の姿……」
妹の視線が、ゆっくりと四方を巡る。
「……押し倒されてますね」
「ああそうだ。僕は今、愛する女を組み敷いている。その気になればいつでもその体を蹂躙出来るような状況だ。にも関わらず、お前が誘うような淫らな貌をするものだから……僕も割と我慢の限界なんだが」
「…………」
やはり猫なのだろうか、僕の妹は。
唖然とする表情までもが猫のようだなんて。実は猫だった過去があるのではないか?
「──無理です!!」
「なッ……?!」
銅像を剣で殴ったような音が響く。
なんと、妹は思い切り頭突きを喰らわせてきた。
さしものケイリオル卿とて、頭突きの対策は教えてくれなかった。その為、見事僕の脳天を予想外の衝撃が貫く。
痛みと衝撃で僕が怯む隙に、妹は僕の下からするりと抜け出しては扉目掛けて走り出す。僕がこれだけ被害を受けているのだから当然だが、アミレスもその足取りがおぼつかない。
「っおい、待てアミレス・ヘル・フォーロイト!」
「やだ! はじめては好きな人とするものだってあのひとが言ってたもん! 兄様とはしません! 常識的に考えて!!」
「なっ……?! これまで散々意味不明な事をしでかしておいて、今更常識だと?!」
「それでは私はこれで! 良いお年を────!!」
赤く腫れた額を放置したまま、妹は部屋を飛び出した。
あの女、まさか年が明けるまで僕に会わないつもりだな? 明日にでも、薔薇の花束を持って東宮を訪ねてやろうか。確かどこかの温室に薔薇が咲いていた筈だ、それを拝借しよう。
「……はぁ。何をやってるんだ、僕は」
一人取り残された部屋で、寝台に腰掛け反省会を執り行う。
どうやら僕が思っていた以上に、僕の妹は面倒臭いらしい。
「まだ額が痛むんだが……」
触った感じだと既に腫れてきている。腫れ具合はどんなものかと鏡を見たところで、僕はふと気がついた。
唇に、あいつの色が少し移っていた。
「──ふ、何一つとして予定通りにはいかなかったが、仕方あるまい。今日は『匂わせ』とやら行い、それを収穫としよう」
そうと決まれば、わざとらしく宮殿内を練り歩いてやらねばな。
額の腫れは前髪で少しばかり隠して……この口紅、どうにかして唇に広げられないだろうか。
小さく唸りつつ色々試し、なんとか口紅の色を唇に広げる事に成功した。かなり薄くなってしまったが、それでも青いから目立つ事だろう。
それから程なくして、床に落ちていた仮面とリボンを手に、僕も豪奢な寝室を後にした。
しかし。はじめては好きな人とするもの、か。妙に夢見がちなのだなあの女は。
好きな人──……あの女の好きな人とは、僕じゃないのか?
苛立ちが頭を締め付ける。チクチクと刺さるその棘が、舞踏会でのある一幕を思い出させた。
『その……一目惚れしちゃったんですよね! カイル王子に!!』
……例のはじめてとやらは、あの塵芥野郎に捧げるつもりなのか。だとしたら、益々許せないな。
「カイル・ディ・ハミル────お前だけは、絶対に殺す……!」
あの男子会とやらの面々も殺した方が確実か。
とにかく……愛する妹を誑かす男は全員殺さねば。
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