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第四章・興国の王女

431.ガールズトークに花は咲く。

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 シルフが突然、『今日は男子会をするんだ』と言ってイリオーデとアルベルトとクロノを拉致って行った。

 詳しくは聞いていないのだが、何やら参加人数が十人を超える規模の男子会を予定しているとかで、シュヴァルツも主催側として参加者を出迎えに行ったらしい。
 割と内容が気になるのだが、女の私が参加できるはずもなく。
 後でどうだったかシルフ達に聞くとして、せっかくなのでこちらはこちらで女子会を開く事にした。

 ナトラにベールさんの滞在場所を教えると、ナトラは喜んで迎えに行くと言ってくれた。
 空を飛んで向かうつもりらしく、ナトラは決して竜種であるとバレぬよう、竜翼ではなく枝が骨格となり葉や花が羽を形作る自然みどりの翼をその背に生やした。
 なんでも、妖精の中にはそういった羽を持つ者もいるとかで、誰かに見られても妖精だと誤魔化せるかもとの事らしい。
 その間、私はいくつかの場所を回る事にした。

 そうして初めに辿り着いたのはシャンパージュ伯爵家。
 ここには勿論メイシアを誘いに来た。
 忙しいのにそれでも行きたいと言ってくれて、結果的に仕事が終わり次第向かうという返事を貰えたので、メイシアとはここで一度別れる。

 続いて向かったのはララルス侯爵家。
 出てきたハイラに女子会の旨を告げると、彼女は逡巡する様子も見せず「参加させていただきます」と即答した。「丁度、休憩しようと思っていたところなのです」と付け加えて。
 ハイラと二人でプラチナに跨り、私は帝都を駆け抜ける。

 次に辿り着いたのはテンディジェル大公家のタウンハウス。
 ローズも誘ったところ、彼女も二つ返事で参加表明してくれた。
 実はまだ行きたい所があるの……と告げると、ローズが「じゃあ私走るね」とサラッと提案し、当たり前のように並走していた。
 いや、一応そんなにスピード出してないんだけどね? 流石はディジェル領の民というか……ふわふわのドレスにヒールで、息も切らさず馬と並走するなんて。これにはハイラも唖然としていた。

 最後に訪れたのは西部地区にあるディオの家。
 せっかくなので、クラリスとメアリーも誘いにきたのである。妊娠出産において最大限のバックアップをすると宣言している事もあって、クラリスの様子も気になってたしね。
 女子会なので二人共どうですかと誘う。私のドレスとか見たい? と聞いたらメアリーは目を輝かせて何度も頷き、バドールから「たまには息抜きもした方がいい。ストレスは妊婦の大敵だからな」と言われた事もありクラリスも首を縦に振ってくれた。
 そんなバドールに「クラリスの事は任せなさいな」と告げ、いよいよ東宮に戻る事に。

 これで誘いたい人は全員誘えた。
 そこで私は懐からおもむろに携帯擬きを取り出し操作した。世界地図マップを起動してこの地点でピンを刺し、そして事前にピンを刺しておいた場所への瞬間転移・中範囲を発動する。
 白い光が私達を包み込む。視界が晴れるとそこは東宮の裏庭だった。

 お客様を全員連れて、東宮に入る。すると既にナトラがベールさんを連れて来ていた。
 ローズと私兵団の面々は魔物の行進イースターの時に顔を合わせていたので初対面ではないが、クラリス達とベールさんは初対面だ。
 彼女達の初対面を見守っていると、想像以上に早くメイシアが来てくれた。急いで仕事を片付けてきてくれたらしい。なんていい子なの。

 そしてついに、東宮の一室にて女子会が始まった。
 皆で丸いテーブルを囲み、紅茶を飲んでスイーツを食べて。それはもう、とても穏やかで落ち着く空間だ。突然私を挟んで大人達が火花を散らしたりしない、平和な空間……こういう心安らぐ時間も必要だと実感する。
 わざわざ四方八方に喧嘩を売るような人がいないので、どこまでも平和に時間は過ぎていく。
 皆がいい感じに打ち解けた頃。
 ローズがもじもじとしながら、小さく挙手した。

「あのぅ……私、いつか女子会とかに参加したらどうしてもやりたかった事があって……」
「あら、何でも言ってみなさいな」
「そのっ──、ここ、恋バナ……というものを! してみたくて!!」

 その瞬間。平穏な空気から一変して、緊張感が私達の間を駆け抜ける。
 ナトラの「コイバナってなんじゃ」という呟きが無ければ、私はここが戦場だと錯覚していたかもしれない。

「恋バナ……わたし達で、ですか?」
「は、はい。女子会と言えば恋バナだって、よく聞きますし……!」
「まあ、いいと思いますよ。わたしもマリエル様の恋バナはちょっぴり聞いてみたいですし」
「──私の恋バナ? 大した話など出来ませんよ」

 我が国の誇るご令嬢達が恋バナをする方向に話を進めているので、私はベールさんに話を振る事にした。

「ベールさんも、恋バナに是非参加して下さいね」
「あら、いいのかしら? お嬢さん達に楽しんで貰えるか不安だけれど、頑張りますわ」
「あねうえあねうえ。コイバナってなんじゃ? 我の知らん花か?」
「恋バナとは恋愛事にまつわるお話の事よ、ナトラ。あなたには縁遠いものだと思うけれど」
「れんあい? ああ、人間で言う番の事じゃな。我、全然興味ないんじゃが」
「ふふ、そうでしょうね」

 リスのようにカップケーキを頬張るナトラの頭を、ベールさんが優しく撫でる。
 ……つがいか。そう言えば、前世むかし誰かとバース性について語り合ったっけ。ベータ受けかオメガ受けかで言い争ったような。私はオメガ受け派だった気がする。
 あのひと、『平凡なベータが完璧なアルファに溺愛される方が美味しいでしょうが』って自論を展開してたな。未だにあのひとの顔も名前も思い出せないのに、何でこんなくだらない事ばかり思い出すんだろう。

「ねーねー姫、恋バナするならさ、こういうのはどう? ──順番に、一人ずつ好きなタイプを言っていくとか!」
「好きなタイプか……話題としては有りだと思うわよ。ふふ、メアリーも乗り気になってくれたようで何よりだわ」
「元々アタシは乗り気だけどー? あ、でもクラ姉はあんまり参加しても楽しくないかも……」
「確かにクラリスはね、好みとか分かり切ってるし」
「…………なんかヤだなその目!」

 メアリーと一緒に笑いかけてみたところ、クラリスはムスッとした顔でそっぽを向いてしまった。耳が少し赤くなってるから、多分恥ずかしがってるのだろう。
 この中で唯一の既婚者だからね、クラリスは。そりゃあこうもなるわ。

「とりあえず始めましょうか、恋バナ。女子会っぽくなってきたわね!」

 と、始めてみたはいいものの。私は何も話す事がないので、まずハイラに話題を振ってみた。

「ハイラの好きなタイプは何?」
「そうですね……努力家な人、でしょうか。他人の為に頑張れるような心優しい人も好きですね」
「なんか分かるかも」
「そうですか? 姫様にご理解いただけていたようで何よりです」

 ハイラの微笑みは相変わらず貴婦人のよう。
 美人で万能で敏腕侯爵の彼女はモテて当然なのに、男性達の熱烈なアプローチには一切答えず未だ独り身なのが、彼女を長らく私に縛り付けていた身としては少し心配なのだ。
 私にとって、ハイラは母のようで姉のようで友達のような侍女だから。
 ランディグランジュ侯爵とのアレコレも気になるんだけど、この様子だとランディグランジュ侯爵もちと厳しいんだろうな。

「じゃあ次はベールさん。どんな人がタイプですか?」
「そうですわね……やっぱり可愛らしい人が好きですわ。うちの兄さんも、妹も、お嬢さんも。皆可愛くて好きよ」
「光栄ですね、貴女に好いて貰えるなんて」
「うふふ。褒めても何も出ませんわよ?」

 頬に手を当て、小首を傾げ、ベールさんは瞳を細めた。

「我はな、アミレスみたいな人間が好きじゃ! というかアミレスが好きな訳であるからして、人間は別にそんな好きじゃないのぅ」
「ありがとね、ナトラ。私もナトラが好きよ」
「──ふむ。やっぱさっきのナシじゃ」

 ナトラはそう言うやいなや立ち上がり、とてとてと駆け寄って来て、

「好きな者とは番になるものなんじゃろう? ならば我の番になれ、アミレス。お前の銀髪に良く似合う花々のティアラを、永遠とわに捧げてやろう」

 自然みどりの権能を使い、見た事の無い花で作られたティアラを頭に乗せてきた。
 可愛いのに、どこかイケメンに見えてしまう。どう反応したものかと固まっていると、

「こら、ナトラ。お嬢さんに迷惑をかけてはなりませんよ。私達と人間の時間の感覚は違うのだから」
「むぅ……じゃが早い者勝ちと言うじゃろ。シルフとかシュヴァルツとかに取られる前に、我が取っといた方がよくないかの?」
「それはそうだけれど、順序というものがあるわ。きちんと手順を踏んで、しっかり囲わないと駄目でしょう?」
「なるほど! 流石は姉上じゃな!!」

 何がなるほどなんだろう。竜種の感覚はやっぱりよく分からないなあ……。

「でしたらっ、わたしはアミレス様に溢れんばかりの金銀財宝を捧げます! シャンパージュ家ならその程度の事、造作もないので!!」
「じゃ、じゃあ私は歌います! アミレスちゃんの為にアミレスちゃんの為だけの歌を未来永劫歌い続けますっ!!」

 ナトラの発言に触発されたのか、メイシアとローズが身を乗り出す。
 その様子を見て、

「王女様、相変わらずのモテっぷりね……」
「姫かわいーもんね。アタシも好きだもん」
「そりゃあ私だって王女様は好きだけどさ。これはもはや異常というか、おかしいというか」

 クラリスとメアリーが頬杖をつく。
 私も二人が好きだよ。バドクラの子供も楽しみだし、色々苦労してたみたいだからメアリーにだって幸せになって欲しいもの。

「メイシアとローズの好きなタイプはどんな感じなの?」

 とりあえず進めようと、彼女達にも話を振る。
 すると二人はほぼ同時に口を開いた。

「どんなわたしでも好きでいてくれる人ですね」
「お星様みたいに眩しくて、きらきら輝く素敵な人……かな」

 彼女達らしいその答えを聞いて自然と頬が緩んだ。「いつか出逢えるといいね」と告げると、二人は揃って目を丸くして、温かい眼差しで私をじっと見つめてくる。
 二人だけではない。ハイラもベールさんもクラリスも皆が同じような目で私を見てくる。顔に何かついてるのかな……?

「クラリスさん……は、旦那様がいるんですよね。らぶらぶな新婚さんって羨ましいです」
「ま、まあそうね。王女様のおかげで新婚らしい生活も送れてるわ。……こうやって新婚である事をいじられるのは、まだ慣れないけど」
「ふふっ、それも新婚さんの特権だって前に父が言ってました」
「特権ねぇ……うちのラークもそんな感じの事言ってたわ」

 程なくしてローズがクラリスに話を振ると、ぷっ、と二人は笑い出した。

「ローズちゃん……だっけ? 姫から話は聞いてたけど、メイシアちゃんみたいに気さくなんだね。類は友を呼ぶ──姫の周りには変な貴族が集まるって事なのかなぁ」
「変な貴族……」
「わたし達、メアリードさんから変な貴族呼ばわりされてたんですか……?」
「だってそうでしょ。アタシ達みたいな貧民を同じテーブルに座らせる貴族なんて、アタシ、姫達しか知らないもん」

 私と関わるようになってマシにはなったけど、メアリーは相変わらず貴族を嫌っている。マシになったと言うか、表に出さなくなっただけだが。
 それでも私の事はもう嫌いじゃないいし、他の貴族とは違うと分かってくれている。メアリーもシアンも本当に物分りが良くて、上司として鼻が高い。

「同じテーブルに座るのに、貴族とか平民とかって関係あるんですか?」
「こういう円卓ならば尚更。席につく全ての者が平等であらねばならない……という聖書の一節に則った机ですからね。身分なんて取るに足らない些事ですよ」

 そして我が友達もまた、凝り固まった前時代の負の産物みたいな考えを持たない、聡明ないい子達であった。
 この階級社会では間違った考えなのかもしれないけど、いつかは身分差のない民主主義の世界になればなと思う。
 ……まあ。フォーロイト帝国がここまで平和で安定した国なのは、現皇帝が最恐の存在として君臨しているからであって。今のフォーロイト帝国が民主主義になった日には治安の悪い国になる事だろう。

 何せうちの貴族達はまあまあなクソばかり。
 皇帝とその側近が作り上げた政治が怖すぎる為大人しくしているが、そのストッパーがいなくなれば何をしでかすか分からない。
 皇帝という絶対的な存在がいるから何も出来ないでいるが、基本的には保守的なクソ野郎が多いのだ、フォーロイトの貴族は。
 そんな貴族達の横暴の皺寄せを喰らっていたメアリー達一般市民が、王侯貴族を心底嫌うのも無理はない。

「メアリーは好きなタイプとかあるの? 言い出しっぺだし、何かあるんでしょ?」
「えへへ~~、そりゃあもちろんっ! 姫、絶対内緒にしてね?」

 まさに恋バナと言った切り出しで、メアリーはふにゃりと笑った。

「……実はぁ、その。アタシ、ユーキ兄が好きで……ユーキ兄みたいなクールで物静かなんだけど、その中にある情熱みたいな? そういう人が好きなんだよねぇ」
「ユーキって私も知ってるあのユーキ?」
「それ以外にいないじゃん、あんなかっこよくて素敵なユーキ兄なんて!」
「意外だわ……貴女、ユーキが好きだったのね」
「うん。ユーキ兄って昔は髪が長くて、本当に綺麗だったの。そんなユーキ兄がさ、初めて会った時に汚くて貧相なアタシを見て『……せっかく可愛いのに泥まみれとか、無様だな』って言ってくれたの! やばくない? あんなの絶対好きになっちゃうって!!」

 果たしてそれは褒め言葉なのかしら。普通、人を褒める時に無様だな。なんて言わないわよ、うちの兄じゃあるまいし。
 でもメアリーが幸せならわざわざそれに突っ込むのも野暮というもの。
 メアリーの言う通り、コンディション最悪な時にユーキのあの顔面で可愛いとか言われたら、並の女子はコロッと落ちてしまう事だろう。

「……そっか。メアリーの恋が成就するよう、陰ながら応援してるよ」
「ありがとー姫! アタシの恋の成就のお手伝いしてくれるなんて!!」
「ちゃっかりしてるなぁ。まあ任せてよ、御守り作りなら得意だから精一杯縁結びの御守り作ってあげる」
「わーい! 姫好き~~! でも縁結びって何?」

 椅子を倒す勢いで立ち上がり、メアリーは私に抱きついた。

「良縁を結ぶのよ。貴女の恋が叶いますようにーって」
「なにそれ凄くいいじゃん! 流石はアタシ達の姫!! それでそれでっ、姫の好きなタイプは?」
「え?」
「なんでそんなに驚くの? そういう流れだったじゃん。あと普通にアタシも気になるもん、姫の好み」

 痛いところを突かれた私は必死に何かないかと考えて、一番好みのタイプっぽいものを口にした。

「そうね……声が低くて、手が大きくて、ちょっとおっちょこちょいなところが可愛いんだけど、いざと言う時には頼れるような、いつも傍にいてくれる優しい人……とか?」

 やけに具体的な言葉の数々がスラスラと口から飛び出していた。
 みんなの注目を一手に集めていた中でのこの答えっぷりに、全員が目を白黒させていた。

「……声が低くて」
「手が、大きい」

 メイシアとローズがボソリと呟く。
 そんなに衝撃的なのかしら、私の好みって。
 割と一般的だと思うけど……。

「我、竜になれば手も大きいし声も少し低くなるぞ。他は全部当てはまるし……アミレスの好みは我なのでは?!」
「ナトラ、多分そういう事じゃないですわ」

 ベールさんがナトラを優しく窘める。

「こっちのが意外だよ、姫! 姫も結構フツーの好みだったんだね。今度イリ兄に教えてあげよっと」
「……若干バドールと被るから、ちょっと冷や冷やしたわ。王女様がそんな事する人じゃないって分かってはいるけど」

 クラリスがどこかホッとしたようにため息を一つ。

「──姫様。もしいつか、貴女様が誰かと婚約を交わしたいと思う日が来たならば。その時は必ず、先んじて、私にご連絡下さいまし。私が見極めます」
「何を??」

 突然ハイラが圧をかけてきた疑問が解決しなかったものの、この後数時間、私はきっちり女子会の司会進行を務めあげた。
 ……ずっとずっと憧れていた、普通の女の子らしい時間。
 こうして大好きな皆と実現させる事が出来て──本当に、楽しかったな。
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