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第四章・興国の王女
430.氷の国の男子会
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その日、真昼間から城の一室は冷え切っていた。
部屋には十人近く人がいるのに。それはもう、外に広がる雪景色かのように冷たく、美しい光景が広がる。
(……これ、多分全員アミレス関連で拉致られたんだろうなぁ。何されんだよ、怖すぎんだろ)
カイルは顔色を悪くした。
シルフによってその場に集められた男達は、揃ってアミレスと関わりのある者であり、彼等はシルフより『いいからちょっと来い』と有無を言わさず連行されたのである。
その者達とは、カイル、マクベスタ、フリードル、レオナード、アルベルト、イリオーデ、ロアクリード、ミカリア、アンヘル、クロノ。
これにこの集まりの主催者であるシルフとシュヴァルツが加わった、計十二名もの美形達がこの部屋に集められた。
参加させる人間の拉致はシルフが担当し、城の一室をケイリオルから貸りるのはシュヴァルツが担当し、彼等は無理やりこの集まりを成立させた。
「……さて。よくぞ集まってくれたな、人間達」
大きな円卓を囲むように置かれた十二脚の椅子。それぞれ自由に席につくなか、此度の主催者たるシルフが立ち上がり口火を切った。
その言葉に人間達は、『無理やり連れて来られたんだが』と言いたげに眉を顰めた。
「お前達とは一度話しておきたかったんだ。郷に入っては郷に従え……だったかな、人間界にはこういう集いがあるんだろう?」
シルフはニヤリと笑い宣言する。
「──男子会を始めようじゃないか」
そう言うやいなや、彼は指を弾く。するとその部屋には強力な結界が展開され、円卓には星空を溶かしたような液体が並々注がれたティーカップが人数分現れた。
「だっ……」
「「「「男子会?!」」」」
カイルが驚愕を思わず漏らすと、それに続くようにイリオーデ、アルベルト、ロアクリード、ミカリアは言葉を同じくした。
一旦落ち着こうと、訝しむように恐る恐る星空の紅茶を飲む人間達を横目に、
「そうだよ、これは男子会。お前達への尋問の機会と思ってくれて構わない。まあ楽にしなよ」
シルフがめちゃくちゃな事を言ってのけると、
(オレの知ってる男子会じゃないな……)
(まさかの男子会で大草原不可避ですな)
(もしかしてこの前のお茶会で何か粗相が?!)
(仕事中に拉致されたかと思えば、男子会だと? 一体何を考えているんだ精霊は……これは、あいつの監督責任ではなかろうか)
若者達は三者三様の反応を見せた。
「なあ、精霊さん。これって男子会なんだろ、じゃあ俺今から女になるから帰っていいか?」
「駄目に決まってるだろ、吸血鬼。疑惑があるからわざわざ連れて来たんだぞ」
「えー……めんど……そもそもなんの疑惑だよ……」
アンヘルは肩を落とし、星空の紅茶に口をつけた。思ってたより甘くて美味しいそれに、「お、案外アリだな……」と少しは男子会に前向きになったらしい。
「そこの吸血鬼の言う通りだ。人間達はともかくどうして僕まで呼ばれたんだ?」
「そりゃァクロノ、お前も疑惑があるからな」
「はぁ? だからなんの疑惑なんだよ穀潰し。さっさと戻ってナトラと一緒に仕事したいんだけど」
侍女服のまま足を組み、クロノはシュヴァルツに凄んだ。魔王と黒の竜の睨み合いが始まるかに思えたが、意外にもそうはならず。
何も知らない者達の視線を集めながら、魔王と精霊王は顔を見合わせて小さく頷き、代表してシルフが話を続ける。
「大なり小なり、ボクのアミィに変な感情抱いてやがる疑惑だよ。今日はそれを確かめる為にお前等を呼び出したんだ」
「ふむ……よく分からんが、シルフは俺達に聞きたい事があるからこうして集めて、外に話が漏れないように結界まで張ったのか」
「そうだ。ボクはお前達に聞きたい事があってね……とりあえず絶対に聞き出したいから、ボクは策を講じたという訳だ」
嫌な予感がする。──誰もがそう思った瞬間、その答え合わせをするかのように、円卓の中心に大量の棒が刺さった箱が出現した。
その箱目掛け、全員の視線が一点に集中する。
「アミィから前に聞いたよ。人間界には、王様ゲームってゲームがあるらしいね」
──王様ゲーム? とカイル以外の全員が首を傾げる。
「完全運任せの王政擬似体験……参加者全員が同時に棒を引き、王様の棒を引いた者が王となり他の参加者に好きなように命令出来る。だがその命令先は棒に振られた番号での指定だから、誰に命令を下せるかは命令実行のその時まで分からない。実に愉快なゲームだと思ってね」
「…………そのような不遜な遊びをよく皇帝陛下の御座す城にてやろうと思ったな」
「人間の事情とかボクには関係無い。ボクはただ、くだらない尋問を少しでも楽しもうと思っただけだ。あと、うん。アミィが『皆と仲良くしてね』って言ってきたから。丁度いいと思ったんだよ」
シルフが気だるげなため息を零す。その言葉へのフリードルの返事もまた、呆れを孕んだため息だった。
「試せば分かると思うが、この空間ではもう簡単な魔法しか使えないようになっている。仮に魔眼やら特殊な能力やら持っていようが、発動不可。運もまた、この空間にいる間は参加者全員の運の平均値に調整されるから、オレサマ達人外も含め公平な運試しが出来るぜ?」
ため息の連鎖を見兼ねて、話を進めんとシュヴァルツがこの王様ゲームについて補足すると、
「なんか嫌~~な予感がするんだけど……もしかしてさ、この結界ってなんかヤバい効果とかある? それか、既に全員飲んでるこの何故か美味い紅茶になんかあったり……?」
「……本当に気に食わないなお前は。どうせ後で話す事だし、今話すけど──その紅茶を飲んだら、一定時間絶対に嘘をつけなくなるから。この後の王様ゲームが楽しみだね」
察しのいいカイルが何かに気づき、シルフは愉悦に顔を歪めた。
ただの美味しい紅茶かと思いきやとんでもない効果つきだった。後出しの恐ろしい効果に、誰もが絶句する。
「精霊様……! 何故そのような危険な真似を……?!」
「うわマジか。ミカリアと違って俺は嘘をつくつもりもないが、面倒な事になったなー」
「これは不味いなぁ……自分が命令されない事を願うしかないのかぁ……私、嘘つけないと結構不味い気がするんだけど、どうしようか」
円卓の各席から、焦りを帯びた声が漏れ出し始めた。
「…………嘘がつけない状態で、尋問されるだなんて。しかも内容がアミレス関連だと? ……オレにどうしろと?」
「嘘つけないとなると、俺何も言えんのやが? 無理ゲーすぎて萎える……」
(──というかこの人選の中に俺がいるって事は、俺の恋心もバレてるって事? 王女殿下には気づかれてないよね? 気づかれてたら、俺流石に恥ずか死ぬよ??)
まさかの条件を突きつけられ、男達は絶望の淵にて不安に駆られる。
(別に、王女殿下の事で嘘をつくような事柄はないから平気だな)
(何をそんなに焦ってるんだろう。だって聞かれるのは主君の事だよ。何か聞かれたら不味いような事が……?)
(そもそもなんで僕はこの場にいるんだよ。僕、関係無くない? 早くナトラの所に帰りたいんだけど)
だが中にはあまりダメージを受けていない者もいる。
そして、
「……はぁ。何でもいいから早く始めて早く終わらせてくれ。まだ仕事が残っているんだ」
フリードルに至っては堂々とした姿で進行を促している。嘘をつけなくて困るような事が無いとでも言いたげなその態度に、誰かが思わず感嘆の息を漏らした。
そんなフリードルの要望に答えるかのように、早速王様ゲームは開幕した。
全員が棒を手に取り、そして『王様だーれだ』と定番の掛け声を口にしながら棒を引く。
「え、俺……!?」
記念すべき一回目の王様は、レオナードだった。
「良かったな、レオナード・サー・テンディジェル。お前が記念すべき初代王様だ。さっさと役目を終えて退位しろ」
「この状況で俺にどうしろってんですか、フリードル殿下ぁ!!」
レオナードは涙目で情けない声をあげた。
それもその筈……何故ならこの場には、彼よりも高貴ないし偉大な立場にある者ばかり。イリオーデやアルベルトのように肝が据わった者ならまだしも、レオナードのように小心者な少年には、些か荷が重いのだ。
(いや待て落ち着くんだ俺。これは寧ろ好都合……俺は何も答えなくていいんだから!)
しかしレオナードも成長した。
一度深呼吸をしてから、彼はいざ命令する。
「それじゃあ、その……さ、三番の方は王女殿下の好きなところをじゅっ、十個程挙げていただきたく…………」
地味に多い。そんな初回にしては上出来な命令を下されたのは、
「うわ、俺じゃねぇか」
この中でもトップクラスにアミレスとの関わりがなく、他人への興味関心がかなり希薄なアンヘルだった。
「王女様の好きな所……スイーツへの造詣が深いところ、スイーツ界に新たな風を吹き込んでくれたところ、スイーツを持ち帰らせてくれるところ、スイーツを好きなだけ食べても怒らないところ、すぐに新しいスイーツを思いつき実現してくれるところ」
((全部スイーツ関連だ……))
指折り数えアンヘルは律儀に答えていく。彼らしい回答の数々に、ミカリアとカイルは呆れと安堵が入り交じった表情になる。
だがここで、アンヘルが彼等の予想を上回る。
「優しいところ、俺の話を真剣に聞いてくれたところ、俺を嫌わないでいてくれたところ、俺を受け入れてくれたところ、あと──笑顔が可愛いところ、だな。これでよかったか?」
「は、はい。ありがとうございます……」
「比較的楽な命令で助かったぜ、初代王様」
「いえいえ……こちらこそ……?」
あのアンヘルが、嘘をつけないこの状況でサラッと述べたアミレスの好きなところ。それを聞いた面々は唖然となりつつも、箱に棒を戻して二回戦に移る。
同じ手順を踏み、二代目王様はアルベルトになった。
(うーん、複数人選んだら駄目なんて言われてないよな……)
「──五番と七番と九番の人に聞きたいんだけど、主君に殴られたら興奮します? ちょっと統計調査がしたいんだ」
「おい、ルティ。複数人指名するのは駄目だろう」
「でもさ、騎士君。駄目なんて言われてないよ? というか王様が絶対なんでしょう、このゲームは」
「……私の名はイリオーデだと何度言えば分かる」
二回戦にして酷い命令が下された。
これには該当者達──カイルとロアクリードとシュヴァルツも天を仰ぐ。
「五番、カイル。ドMではないので興奮しませーん」
「……七番、ロアクリード。彼女に殴られた事がないから一概に無いとも言いきれないけど、多分興奮はしないと思う」
「九番。オレサマ、ぶっちゃけアイツ相手なら何でもいいから興奮すると思うわァ」
「そうなんだ。ありがとうございます、三人共。とりあえずシュヴァルツ君は抹殺対象……っと」
何でだよ。というシュヴァルツのツッコミも軽くスルーして、早くも三回戦に移る。
三代目王様はクロノ。考えるのが面倒くさかったのか、「一番の奴、あの娘の物真似して」と命令し、マクベスタがその被害に遭った。
しかしマクベスタは、シルフには及ばずともこの中でトップクラスにアミレスと過ごして来た年数が長い。それに彼の演技力が加わり、想像以上のクオリティで、
「……───お前達如きが、私に歯向かうと? 誰が、いつ、その穢らわしい目で私を直視する事を許可したかしら」
氷の血筋全開のアミレスの物真似を披露した。
思ったより似ててなんだか悔しいシルフやミカリアと、マクベスタの演技力に感心するカイルやアルベルト。
そんな中でも、ゲームはどんどん進む。
四代目王様はロアクリード。被害者は八番のカイルと十一番のレオナード。
命令内容は、「アミレスさんから貰って嬉しかったものとかある?」という質問だった。これに二人は、「感謝の言葉と笑顔」「誕生日プレゼントに貰った夜空色のインクかなあ……」と即答した。
五代目王様はアンヘル。被害者は一番~五番の、ミカリア、シュヴァルツ、フリードル、ロアクリード、クロノ。
命令内容は──「王女様に求婚すると仮定して、ちょっとそこで一回やってみろ」という、無茶振りそのものだった。
この命令を聞き、何とか地獄を回避した者達は、自分がこれに当たらなかった事に心底安堵していた。
そして、嫌々ではあるものの……被害者達は立て続けに求婚を演じる。
「───どうか、僕との運命を受け入れて下さい」
真剣な表情で人類最強の聖人が先陣を切る。
「───……お前の為なら世界だって何だってくれてやる。だから未来永劫オレサマだけを愛してくれ」
「───お前が最も幸福だと感じる瞬間を、僕と共に迎えてくれないか」
「───こんな私でよければ、お嫁さんに来てくれますか? ……とか」
ミカリアに続くようにシュヴァルツ達も演技を終え、両手で顔を隠して項垂れる。どうやら精神的にキツかったらしい。
そして、最後はあの男。
「───求婚とかなんとか言われても僕は知らないし、どうでもいい。でも娘に死なれたらナトラが悲しむし……僕の番になって人間やめろ」
クロノの滅茶苦茶な求婚に、シュヴァルツは「うわァ……」と本気で引いている様子。
多くの傷を残した命令は、「おー、おもしれー」というアンヘルの拍手で終了した。
既に疲れが見え始める王様ゲームだが、当然まだまだ続く。六代目、七代目、八代目…………と、どんどん即位と退位を繰り返し、十二人全員が一度は王様を経験した。
前提として、『アミレスに関する命令/質問』でなければならなかったので、途中からマウントや牽制が飛び交う凄絶な空間となっていた事だろう。
そろそろ宴もたけなわという事で、次で最後にしようと全員が同意した。
何故なら全員、精神的に疲労困憊だったからである。王様も被害者もダメージを受ける恐ろしいゲーム……それが、王様ゲームだった。
そして迎えた最終戦。二十三代目王様はカイルだった。
最後と言う事もあり、カイルはにんまりと笑みを作って命令する。
「──よし。最後だし全員いこうぜ。一番から十一番まで順に、アミレスの事が好きか嫌いか言っていこう」
その命令は、このタイミングで下すにはあまりにも結果の分かりきったものであった。
好きか嫌いかで言えば────好き。
ノータイムで好きだと答えた者もいれば、少し間を置いて答えた者もいた。だが、やはり全員の答えは一致する。
種族年齢問わず参加者全員の精神をすり減らした男子会は幕を閉じた。
シュヴァルツとシルフの手によってそれぞれ元いた場所へと帰され、散り散りになった男達は奇跡的にも同じ言葉を胸に抱く。
……──もう二度と、王様ゲームだけはやらない!! と。
部屋には十人近く人がいるのに。それはもう、外に広がる雪景色かのように冷たく、美しい光景が広がる。
(……これ、多分全員アミレス関連で拉致られたんだろうなぁ。何されんだよ、怖すぎんだろ)
カイルは顔色を悪くした。
シルフによってその場に集められた男達は、揃ってアミレスと関わりのある者であり、彼等はシルフより『いいからちょっと来い』と有無を言わさず連行されたのである。
その者達とは、カイル、マクベスタ、フリードル、レオナード、アルベルト、イリオーデ、ロアクリード、ミカリア、アンヘル、クロノ。
これにこの集まりの主催者であるシルフとシュヴァルツが加わった、計十二名もの美形達がこの部屋に集められた。
参加させる人間の拉致はシルフが担当し、城の一室をケイリオルから貸りるのはシュヴァルツが担当し、彼等は無理やりこの集まりを成立させた。
「……さて。よくぞ集まってくれたな、人間達」
大きな円卓を囲むように置かれた十二脚の椅子。それぞれ自由に席につくなか、此度の主催者たるシルフが立ち上がり口火を切った。
その言葉に人間達は、『無理やり連れて来られたんだが』と言いたげに眉を顰めた。
「お前達とは一度話しておきたかったんだ。郷に入っては郷に従え……だったかな、人間界にはこういう集いがあるんだろう?」
シルフはニヤリと笑い宣言する。
「──男子会を始めようじゃないか」
そう言うやいなや、彼は指を弾く。するとその部屋には強力な結界が展開され、円卓には星空を溶かしたような液体が並々注がれたティーカップが人数分現れた。
「だっ……」
「「「「男子会?!」」」」
カイルが驚愕を思わず漏らすと、それに続くようにイリオーデ、アルベルト、ロアクリード、ミカリアは言葉を同じくした。
一旦落ち着こうと、訝しむように恐る恐る星空の紅茶を飲む人間達を横目に、
「そうだよ、これは男子会。お前達への尋問の機会と思ってくれて構わない。まあ楽にしなよ」
シルフがめちゃくちゃな事を言ってのけると、
(オレの知ってる男子会じゃないな……)
(まさかの男子会で大草原不可避ですな)
(もしかしてこの前のお茶会で何か粗相が?!)
(仕事中に拉致されたかと思えば、男子会だと? 一体何を考えているんだ精霊は……これは、あいつの監督責任ではなかろうか)
若者達は三者三様の反応を見せた。
「なあ、精霊さん。これって男子会なんだろ、じゃあ俺今から女になるから帰っていいか?」
「駄目に決まってるだろ、吸血鬼。疑惑があるからわざわざ連れて来たんだぞ」
「えー……めんど……そもそもなんの疑惑だよ……」
アンヘルは肩を落とし、星空の紅茶に口をつけた。思ってたより甘くて美味しいそれに、「お、案外アリだな……」と少しは男子会に前向きになったらしい。
「そこの吸血鬼の言う通りだ。人間達はともかくどうして僕まで呼ばれたんだ?」
「そりゃァクロノ、お前も疑惑があるからな」
「はぁ? だからなんの疑惑なんだよ穀潰し。さっさと戻ってナトラと一緒に仕事したいんだけど」
侍女服のまま足を組み、クロノはシュヴァルツに凄んだ。魔王と黒の竜の睨み合いが始まるかに思えたが、意外にもそうはならず。
何も知らない者達の視線を集めながら、魔王と精霊王は顔を見合わせて小さく頷き、代表してシルフが話を続ける。
「大なり小なり、ボクのアミィに変な感情抱いてやがる疑惑だよ。今日はそれを確かめる為にお前等を呼び出したんだ」
「ふむ……よく分からんが、シルフは俺達に聞きたい事があるからこうして集めて、外に話が漏れないように結界まで張ったのか」
「そうだ。ボクはお前達に聞きたい事があってね……とりあえず絶対に聞き出したいから、ボクは策を講じたという訳だ」
嫌な予感がする。──誰もがそう思った瞬間、その答え合わせをするかのように、円卓の中心に大量の棒が刺さった箱が出現した。
その箱目掛け、全員の視線が一点に集中する。
「アミィから前に聞いたよ。人間界には、王様ゲームってゲームがあるらしいね」
──王様ゲーム? とカイル以外の全員が首を傾げる。
「完全運任せの王政擬似体験……参加者全員が同時に棒を引き、王様の棒を引いた者が王となり他の参加者に好きなように命令出来る。だがその命令先は棒に振られた番号での指定だから、誰に命令を下せるかは命令実行のその時まで分からない。実に愉快なゲームだと思ってね」
「…………そのような不遜な遊びをよく皇帝陛下の御座す城にてやろうと思ったな」
「人間の事情とかボクには関係無い。ボクはただ、くだらない尋問を少しでも楽しもうと思っただけだ。あと、うん。アミィが『皆と仲良くしてね』って言ってきたから。丁度いいと思ったんだよ」
シルフが気だるげなため息を零す。その言葉へのフリードルの返事もまた、呆れを孕んだため息だった。
「試せば分かると思うが、この空間ではもう簡単な魔法しか使えないようになっている。仮に魔眼やら特殊な能力やら持っていようが、発動不可。運もまた、この空間にいる間は参加者全員の運の平均値に調整されるから、オレサマ達人外も含め公平な運試しが出来るぜ?」
ため息の連鎖を見兼ねて、話を進めんとシュヴァルツがこの王様ゲームについて補足すると、
「なんか嫌~~な予感がするんだけど……もしかしてさ、この結界ってなんかヤバい効果とかある? それか、既に全員飲んでるこの何故か美味い紅茶になんかあったり……?」
「……本当に気に食わないなお前は。どうせ後で話す事だし、今話すけど──その紅茶を飲んだら、一定時間絶対に嘘をつけなくなるから。この後の王様ゲームが楽しみだね」
察しのいいカイルが何かに気づき、シルフは愉悦に顔を歪めた。
ただの美味しい紅茶かと思いきやとんでもない効果つきだった。後出しの恐ろしい効果に、誰もが絶句する。
「精霊様……! 何故そのような危険な真似を……?!」
「うわマジか。ミカリアと違って俺は嘘をつくつもりもないが、面倒な事になったなー」
「これは不味いなぁ……自分が命令されない事を願うしかないのかぁ……私、嘘つけないと結構不味い気がするんだけど、どうしようか」
円卓の各席から、焦りを帯びた声が漏れ出し始めた。
「…………嘘がつけない状態で、尋問されるだなんて。しかも内容がアミレス関連だと? ……オレにどうしろと?」
「嘘つけないとなると、俺何も言えんのやが? 無理ゲーすぎて萎える……」
(──というかこの人選の中に俺がいるって事は、俺の恋心もバレてるって事? 王女殿下には気づかれてないよね? 気づかれてたら、俺流石に恥ずか死ぬよ??)
まさかの条件を突きつけられ、男達は絶望の淵にて不安に駆られる。
(別に、王女殿下の事で嘘をつくような事柄はないから平気だな)
(何をそんなに焦ってるんだろう。だって聞かれるのは主君の事だよ。何か聞かれたら不味いような事が……?)
(そもそもなんで僕はこの場にいるんだよ。僕、関係無くない? 早くナトラの所に帰りたいんだけど)
だが中にはあまりダメージを受けていない者もいる。
そして、
「……はぁ。何でもいいから早く始めて早く終わらせてくれ。まだ仕事が残っているんだ」
フリードルに至っては堂々とした姿で進行を促している。嘘をつけなくて困るような事が無いとでも言いたげなその態度に、誰かが思わず感嘆の息を漏らした。
そんなフリードルの要望に答えるかのように、早速王様ゲームは開幕した。
全員が棒を手に取り、そして『王様だーれだ』と定番の掛け声を口にしながら棒を引く。
「え、俺……!?」
記念すべき一回目の王様は、レオナードだった。
「良かったな、レオナード・サー・テンディジェル。お前が記念すべき初代王様だ。さっさと役目を終えて退位しろ」
「この状況で俺にどうしろってんですか、フリードル殿下ぁ!!」
レオナードは涙目で情けない声をあげた。
それもその筈……何故ならこの場には、彼よりも高貴ないし偉大な立場にある者ばかり。イリオーデやアルベルトのように肝が据わった者ならまだしも、レオナードのように小心者な少年には、些か荷が重いのだ。
(いや待て落ち着くんだ俺。これは寧ろ好都合……俺は何も答えなくていいんだから!)
しかしレオナードも成長した。
一度深呼吸をしてから、彼はいざ命令する。
「それじゃあ、その……さ、三番の方は王女殿下の好きなところをじゅっ、十個程挙げていただきたく…………」
地味に多い。そんな初回にしては上出来な命令を下されたのは、
「うわ、俺じゃねぇか」
この中でもトップクラスにアミレスとの関わりがなく、他人への興味関心がかなり希薄なアンヘルだった。
「王女様の好きな所……スイーツへの造詣が深いところ、スイーツ界に新たな風を吹き込んでくれたところ、スイーツを持ち帰らせてくれるところ、スイーツを好きなだけ食べても怒らないところ、すぐに新しいスイーツを思いつき実現してくれるところ」
((全部スイーツ関連だ……))
指折り数えアンヘルは律儀に答えていく。彼らしい回答の数々に、ミカリアとカイルは呆れと安堵が入り交じった表情になる。
だがここで、アンヘルが彼等の予想を上回る。
「優しいところ、俺の話を真剣に聞いてくれたところ、俺を嫌わないでいてくれたところ、俺を受け入れてくれたところ、あと──笑顔が可愛いところ、だな。これでよかったか?」
「は、はい。ありがとうございます……」
「比較的楽な命令で助かったぜ、初代王様」
「いえいえ……こちらこそ……?」
あのアンヘルが、嘘をつけないこの状況でサラッと述べたアミレスの好きなところ。それを聞いた面々は唖然となりつつも、箱に棒を戻して二回戦に移る。
同じ手順を踏み、二代目王様はアルベルトになった。
(うーん、複数人選んだら駄目なんて言われてないよな……)
「──五番と七番と九番の人に聞きたいんだけど、主君に殴られたら興奮します? ちょっと統計調査がしたいんだ」
「おい、ルティ。複数人指名するのは駄目だろう」
「でもさ、騎士君。駄目なんて言われてないよ? というか王様が絶対なんでしょう、このゲームは」
「……私の名はイリオーデだと何度言えば分かる」
二回戦にして酷い命令が下された。
これには該当者達──カイルとロアクリードとシュヴァルツも天を仰ぐ。
「五番、カイル。ドMではないので興奮しませーん」
「……七番、ロアクリード。彼女に殴られた事がないから一概に無いとも言いきれないけど、多分興奮はしないと思う」
「九番。オレサマ、ぶっちゃけアイツ相手なら何でもいいから興奮すると思うわァ」
「そうなんだ。ありがとうございます、三人共。とりあえずシュヴァルツ君は抹殺対象……っと」
何でだよ。というシュヴァルツのツッコミも軽くスルーして、早くも三回戦に移る。
三代目王様はクロノ。考えるのが面倒くさかったのか、「一番の奴、あの娘の物真似して」と命令し、マクベスタがその被害に遭った。
しかしマクベスタは、シルフには及ばずともこの中でトップクラスにアミレスと過ごして来た年数が長い。それに彼の演技力が加わり、想像以上のクオリティで、
「……───お前達如きが、私に歯向かうと? 誰が、いつ、その穢らわしい目で私を直視する事を許可したかしら」
氷の血筋全開のアミレスの物真似を披露した。
思ったより似ててなんだか悔しいシルフやミカリアと、マクベスタの演技力に感心するカイルやアルベルト。
そんな中でも、ゲームはどんどん進む。
四代目王様はロアクリード。被害者は八番のカイルと十一番のレオナード。
命令内容は、「アミレスさんから貰って嬉しかったものとかある?」という質問だった。これに二人は、「感謝の言葉と笑顔」「誕生日プレゼントに貰った夜空色のインクかなあ……」と即答した。
五代目王様はアンヘル。被害者は一番~五番の、ミカリア、シュヴァルツ、フリードル、ロアクリード、クロノ。
命令内容は──「王女様に求婚すると仮定して、ちょっとそこで一回やってみろ」という、無茶振りそのものだった。
この命令を聞き、何とか地獄を回避した者達は、自分がこれに当たらなかった事に心底安堵していた。
そして、嫌々ではあるものの……被害者達は立て続けに求婚を演じる。
「───どうか、僕との運命を受け入れて下さい」
真剣な表情で人類最強の聖人が先陣を切る。
「───……お前の為なら世界だって何だってくれてやる。だから未来永劫オレサマだけを愛してくれ」
「───お前が最も幸福だと感じる瞬間を、僕と共に迎えてくれないか」
「───こんな私でよければ、お嫁さんに来てくれますか? ……とか」
ミカリアに続くようにシュヴァルツ達も演技を終え、両手で顔を隠して項垂れる。どうやら精神的にキツかったらしい。
そして、最後はあの男。
「───求婚とかなんとか言われても僕は知らないし、どうでもいい。でも娘に死なれたらナトラが悲しむし……僕の番になって人間やめろ」
クロノの滅茶苦茶な求婚に、シュヴァルツは「うわァ……」と本気で引いている様子。
多くの傷を残した命令は、「おー、おもしれー」というアンヘルの拍手で終了した。
既に疲れが見え始める王様ゲームだが、当然まだまだ続く。六代目、七代目、八代目…………と、どんどん即位と退位を繰り返し、十二人全員が一度は王様を経験した。
前提として、『アミレスに関する命令/質問』でなければならなかったので、途中からマウントや牽制が飛び交う凄絶な空間となっていた事だろう。
そろそろ宴もたけなわという事で、次で最後にしようと全員が同意した。
何故なら全員、精神的に疲労困憊だったからである。王様も被害者もダメージを受ける恐ろしいゲーム……それが、王様ゲームだった。
そして迎えた最終戦。二十三代目王様はカイルだった。
最後と言う事もあり、カイルはにんまりと笑みを作って命令する。
「──よし。最後だし全員いこうぜ。一番から十一番まで順に、アミレスの事が好きか嫌いか言っていこう」
その命令は、このタイミングで下すにはあまりにも結果の分かりきったものであった。
好きか嫌いかで言えば────好き。
ノータイムで好きだと答えた者もいれば、少し間を置いて答えた者もいた。だが、やはり全員の答えは一致する。
種族年齢問わず参加者全員の精神をすり減らした男子会は幕を閉じた。
シュヴァルツとシルフの手によってそれぞれ元いた場所へと帰され、散り散りになった男達は奇跡的にも同じ言葉を胸に抱く。
……──もう二度と、王様ゲームだけはやらない!! と。
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2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
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