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第四章・興国の王女
416.国際交流舞踏会10
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「んんっ。ええと、ダンスの相手の話でしたよね」
「けーご」
「……パートナーに関しては、アンヘルの言う通りいないよ。踊るつもりも特に無かったから」
「舞踏会なのにか?」
「だって一緒に踊りたい人もいないし、あまりダンスは得意じゃないので」
(──正確には、知らない人に体をベタベタ触られるのが嫌いなだけなんだけどね。最近になって急に潔癖症みたいになっちゃって……どうしたんだろ、ほんと)
やんわりと、私踊るつもりないので。と主張する。
何やら潔癖症の節があるらしいが、あれだけ人間や魔物の返り血を平気で浴びれる人間のどこが潔癖症なのか。
「そうなのか……せっかくだから王女様と踊ろうかと思ったんだが……」
(──そうでもしないと、後で執事に『舞踏会なのに踊らなかったんですか?!』って小言を言われるからな)
はぁ……とため息を零すと、
「ちょっとアンヘル君? 今の発言はなに、宣戦布告か何かなの??」
「は? 顔近いんだよ気色悪ぃな」
「僕の質問に答えて。ねぇ?」
動揺するミカリアに光の速さで詰め寄られた。
貧弱だと思われがちだが、聖人たるミカリアはそれ相応の鍛錬を積んでいる為、筋力や体力に優れている。そんなミカリアが動揺のあまり力の加減を出来なくなったので、アンヘルの肩からはおよそ人体から出てはならない音が発生していた。
「うっわー、聖人さんったら心狭ぁ~~い。ははっ、人類最強の聖人が聞いて呆れる~~」
「趣味が悪いですわよ、ロアクリード。でもあの子供が無様に慌てふためく様子は愉快ですわね。私も少し、嫌がらせをしてみましょうか」
「趣味の悪さならベールも負けず劣らずだと思うよ、私は」
「あら。レディに対して失礼だこと。ふふ、ならばあなたにも効く嫌がらせをしてあげようかしら?」
妖艶に微笑むベールはアミレスの目の前まで歩を進め、彼女の手を取り、
「可愛らしいお嬢さん。あなたの貴重な時間を、そこの男達ではなく私にくださらない?」
まるで恋人同士かのように熱く指を絡めた。
誰一人として予想出来なかったベールの行動。
出し抜かれたと察し、唖然とする男達。
美女に誘惑され今日一番の照れを見せるアミレス。
まさかの百合展開に塔を建設するカイル。
その場では、三者三様どころではない混沌とした景色が広がっていた。
「で、でも……ベールさんはリードさんのパートナーなんじゃあ……」
「いいんですよ、あんな面倒臭い男は放っておいて。聖人とでも踊らせておけばいいんです」
「ちょっとベール!? おぞましい事言わないでくれないかい!?」
「ほら、私がいなくなった所で問題は無さそうでしょう? それに──……二人きりで、話したい事がありますの」
ベールの吐息が、アミレスの耳を撫でる。
それにドキリと心臓を鳴らしつつ、初心な少女は耳を赤くして小さく頷いた。
(本当に可愛らしいお嬢さんだわ。庇護欲が刺激されるというか……たくさん構ってあげたくなりますわね)
鋭い黄金の瞳を熱く細め、ベールはアミレスを連れて歩き出す。会場の中心に向かって行く最中、ベールは少し振り返ってニヤリと挑発的に笑った。
「──魔物の祖め、今度こそ消滅させてやろうか」
「も~~~~っ! 何してるんだよベール!!」
その挑発の餌食となったミカリアはまんまと乗せられ、なんとその美しい眉間に皺を作ってしまっていた。
だが、ロアクリードなどの言葉なんて知らぬ存ぜぬとばかりに、ベールは上機嫌に歩を進める。
柔らかく神秘的な雰囲気。たおやかで聖女のごとき風貌。丁寧な口調に、たまに見せる慈愛に満ちた眼差し。
だがその本性は原初の存在、純血の竜種──白の竜。兄と弟妹を愛する心優しき竜であり、その実……五色の竜の中で最も博愛的で、最も残忍な性格の持ち主。
一度懐に入れるとその相手の為ならば何だってしてしまうお世話好き。愛が強い故にちょっぴり加減ができない不器用なお姉さん。それが、彼女なのである。
(緑のお気に入りに変な虫がつかないようにしないといけませんからね。特にあの聖人とか言う子供が可愛い可愛いお嬢さんに唾をつけられないように、私が守らないとなりませんわ)
妹が好きすぎる姉は、可愛い妹の為にと暗躍する。もっとも……彼女があんな風に男達を挑発したのは、まだまだ幼いアミレスを見て彼女の中に湧き上がった母性と、青い男達への加虐心によるものだろう。
既に伴奏が鳴り響き踊るペアも散見される中。
会場の中心付近にて目が覚めるような美女と美少女のペアが踊り始めたからか、各国の代表者達は二人の方を見た。
「ごめんなさいね……私から誘ったのに、エスコート一つ出来なくて。お恥ずかしいわ」
(──もう。ロアクリードったら、どうして女性側のダンスしか教えてくれなかったのかしら)
そりゃあ、私以外の……それも女性と君が踊るなんて想定してなかったからね! ──そんな、ロアクリードの心の声が聞こえるようである。
「全然大丈夫ですよ。白の竜である貴女のエスコートを任せていただけて、寧ろ光栄です」
(──メイシアと踊る時の為に男性側のダンスも覚えておいて良かった~~っ!)
キリリと王女らしく振る舞いつつ、アミレスは早速話題を変えた。
「それで、私に話とは?」
「そうでした。その……緑は、私を恨んでましたか? きっと、私に怒ってましたよね」
「恨む? ええと……怒るというよりは、悲しそうでしたよ。何で眠らされたのかも分からず、百年近くひとりぼっちで寂しかったらしいです」
「──っ!」
途端にベールの顔が悲痛に沈む。
「そう、ですわよね。だって私は……あの子の記憶を消した上で、眠らせましたから。あの子を守る為とは言え、やはり私は間違った選択を……っ」
「でもナトラ──緑の竜の為に、わざわざ看板を置いたりしてたじゃないですか。あれのお陰で私はあの子の元まで辿り着けましたし、そもそも貴女がその選択を取らなければ、あの子も今頃どうなっていたか分かりませんよ」
「…………お嬢さんは、とっても優しいのですね。こんなにも耳触りのいい言葉を仰ってくれるだなんて」
少しは明るくなったベールの表情を見てアミレスはホッと胸を撫で下ろし、彼女の為に言葉を続けた。
「どういう経緯でそうなったのか、まだ十四とかの子供の私には分かりませんが……少なくとも、貴女の判断が間違ってなかった事だけは確信をもって言えます。だってそのお陰で、私は緑の竜や黒の竜と出会えたのですから!」
どうか調子を戻して欲しい。その一心で、アミレスは花が咲くように笑った。
元気が有り余る可愛い妹のような存在のナトラと、一緒に過ごすうちに手のかかるヒモ男みたいになったクロノ。
初めこそ、呪いだの災害だので厄介事に見舞われたものの……そのどちらもを大切な身内として認識しつつあるアミレスは、そんな二体と出会う切っ掛けとなったであろう白の竜に、感謝していたのだ。
そんな、初心で善性に染まった素直な感謝を告げられて、ベールは瞳を僅かに潤ませた。
「心が救われたようですわ。ありがとうございます、お嬢さ──……ん? 黒の竜? ま、待ってください! 兄さんまであなたの所にいるんですか!?」
「はい。色々ありまして、今は緑の竜と毎日楽しそうに仕事してますよ」
「そう、なんですか……兄さんも緑も、元気なようで何よりですわ」
白の竜は、大事な兄妹を守る為とはいえど記憶を消して眠らせたり、亜空間に飛ばして閉じ込めた事に負い目を感じていた。
ロアクリードから緑の竜が衰弱した末に呪いを振り撒いたと聞いていた事もあり……緑の竜と黒の竜が今は元気に暮らしていると分かって、彼女は胸を撫で下ろしたようだ。
(……人間嫌いの兄さんが人間の街に滞在し続けていて、緑に至ってはとてもこのお嬢さんをとても気に入っている。かなり珍しい事だけど、でも分かる気がしますわ。だってお嬢さんの温かさは──竜種には、ちょっぴり眩しすぎるもの)
だからこそ手放したくなくて、これが欲しくなって……傍に居たくなるのね。
そう、彼女はアミレスを見下ろして、少しだけ困ったように微笑んだ。
「けーご」
「……パートナーに関しては、アンヘルの言う通りいないよ。踊るつもりも特に無かったから」
「舞踏会なのにか?」
「だって一緒に踊りたい人もいないし、あまりダンスは得意じゃないので」
(──正確には、知らない人に体をベタベタ触られるのが嫌いなだけなんだけどね。最近になって急に潔癖症みたいになっちゃって……どうしたんだろ、ほんと)
やんわりと、私踊るつもりないので。と主張する。
何やら潔癖症の節があるらしいが、あれだけ人間や魔物の返り血を平気で浴びれる人間のどこが潔癖症なのか。
「そうなのか……せっかくだから王女様と踊ろうかと思ったんだが……」
(──そうでもしないと、後で執事に『舞踏会なのに踊らなかったんですか?!』って小言を言われるからな)
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「ちょっとアンヘル君? 今の発言はなに、宣戦布告か何かなの??」
「は? 顔近いんだよ気色悪ぃな」
「僕の質問に答えて。ねぇ?」
動揺するミカリアに光の速さで詰め寄られた。
貧弱だと思われがちだが、聖人たるミカリアはそれ相応の鍛錬を積んでいる為、筋力や体力に優れている。そんなミカリアが動揺のあまり力の加減を出来なくなったので、アンヘルの肩からはおよそ人体から出てはならない音が発生していた。
「うっわー、聖人さんったら心狭ぁ~~い。ははっ、人類最強の聖人が聞いて呆れる~~」
「趣味が悪いですわよ、ロアクリード。でもあの子供が無様に慌てふためく様子は愉快ですわね。私も少し、嫌がらせをしてみましょうか」
「趣味の悪さならベールも負けず劣らずだと思うよ、私は」
「あら。レディに対して失礼だこと。ふふ、ならばあなたにも効く嫌がらせをしてあげようかしら?」
妖艶に微笑むベールはアミレスの目の前まで歩を進め、彼女の手を取り、
「可愛らしいお嬢さん。あなたの貴重な時間を、そこの男達ではなく私にくださらない?」
まるで恋人同士かのように熱く指を絡めた。
誰一人として予想出来なかったベールの行動。
出し抜かれたと察し、唖然とする男達。
美女に誘惑され今日一番の照れを見せるアミレス。
まさかの百合展開に塔を建設するカイル。
その場では、三者三様どころではない混沌とした景色が広がっていた。
「で、でも……ベールさんはリードさんのパートナーなんじゃあ……」
「いいんですよ、あんな面倒臭い男は放っておいて。聖人とでも踊らせておけばいいんです」
「ちょっとベール!? おぞましい事言わないでくれないかい!?」
「ほら、私がいなくなった所で問題は無さそうでしょう? それに──……二人きりで、話したい事がありますの」
ベールの吐息が、アミレスの耳を撫でる。
それにドキリと心臓を鳴らしつつ、初心な少女は耳を赤くして小さく頷いた。
(本当に可愛らしいお嬢さんだわ。庇護欲が刺激されるというか……たくさん構ってあげたくなりますわね)
鋭い黄金の瞳を熱く細め、ベールはアミレスを連れて歩き出す。会場の中心に向かって行く最中、ベールは少し振り返ってニヤリと挑発的に笑った。
「──魔物の祖め、今度こそ消滅させてやろうか」
「も~~~~っ! 何してるんだよベール!!」
その挑発の餌食となったミカリアはまんまと乗せられ、なんとその美しい眉間に皺を作ってしまっていた。
だが、ロアクリードなどの言葉なんて知らぬ存ぜぬとばかりに、ベールは上機嫌に歩を進める。
柔らかく神秘的な雰囲気。たおやかで聖女のごとき風貌。丁寧な口調に、たまに見せる慈愛に満ちた眼差し。
だがその本性は原初の存在、純血の竜種──白の竜。兄と弟妹を愛する心優しき竜であり、その実……五色の竜の中で最も博愛的で、最も残忍な性格の持ち主。
一度懐に入れるとその相手の為ならば何だってしてしまうお世話好き。愛が強い故にちょっぴり加減ができない不器用なお姉さん。それが、彼女なのである。
(緑のお気に入りに変な虫がつかないようにしないといけませんからね。特にあの聖人とか言う子供が可愛い可愛いお嬢さんに唾をつけられないように、私が守らないとなりませんわ)
妹が好きすぎる姉は、可愛い妹の為にと暗躍する。もっとも……彼女があんな風に男達を挑発したのは、まだまだ幼いアミレスを見て彼女の中に湧き上がった母性と、青い男達への加虐心によるものだろう。
既に伴奏が鳴り響き踊るペアも散見される中。
会場の中心付近にて目が覚めるような美女と美少女のペアが踊り始めたからか、各国の代表者達は二人の方を見た。
「ごめんなさいね……私から誘ったのに、エスコート一つ出来なくて。お恥ずかしいわ」
(──もう。ロアクリードったら、どうして女性側のダンスしか教えてくれなかったのかしら)
そりゃあ、私以外の……それも女性と君が踊るなんて想定してなかったからね! ──そんな、ロアクリードの心の声が聞こえるようである。
「全然大丈夫ですよ。白の竜である貴女のエスコートを任せていただけて、寧ろ光栄です」
(──メイシアと踊る時の為に男性側のダンスも覚えておいて良かった~~っ!)
キリリと王女らしく振る舞いつつ、アミレスは早速話題を変えた。
「それで、私に話とは?」
「そうでした。その……緑は、私を恨んでましたか? きっと、私に怒ってましたよね」
「恨む? ええと……怒るというよりは、悲しそうでしたよ。何で眠らされたのかも分からず、百年近くひとりぼっちで寂しかったらしいです」
「──っ!」
途端にベールの顔が悲痛に沈む。
「そう、ですわよね。だって私は……あの子の記憶を消した上で、眠らせましたから。あの子を守る為とは言え、やはり私は間違った選択を……っ」
「でもナトラ──緑の竜の為に、わざわざ看板を置いたりしてたじゃないですか。あれのお陰で私はあの子の元まで辿り着けましたし、そもそも貴女がその選択を取らなければ、あの子も今頃どうなっていたか分かりませんよ」
「…………お嬢さんは、とっても優しいのですね。こんなにも耳触りのいい言葉を仰ってくれるだなんて」
少しは明るくなったベールの表情を見てアミレスはホッと胸を撫で下ろし、彼女の為に言葉を続けた。
「どういう経緯でそうなったのか、まだ十四とかの子供の私には分かりませんが……少なくとも、貴女の判断が間違ってなかった事だけは確信をもって言えます。だってそのお陰で、私は緑の竜や黒の竜と出会えたのですから!」
どうか調子を戻して欲しい。その一心で、アミレスは花が咲くように笑った。
元気が有り余る可愛い妹のような存在のナトラと、一緒に過ごすうちに手のかかるヒモ男みたいになったクロノ。
初めこそ、呪いだの災害だので厄介事に見舞われたものの……そのどちらもを大切な身内として認識しつつあるアミレスは、そんな二体と出会う切っ掛けとなったであろう白の竜に、感謝していたのだ。
そんな、初心で善性に染まった素直な感謝を告げられて、ベールは瞳を僅かに潤ませた。
「心が救われたようですわ。ありがとうございます、お嬢さ──……ん? 黒の竜? ま、待ってください! 兄さんまであなたの所にいるんですか!?」
「はい。色々ありまして、今は緑の竜と毎日楽しそうに仕事してますよ」
「そう、なんですか……兄さんも緑も、元気なようで何よりですわ」
白の竜は、大事な兄妹を守る為とはいえど記憶を消して眠らせたり、亜空間に飛ばして閉じ込めた事に負い目を感じていた。
ロアクリードから緑の竜が衰弱した末に呪いを振り撒いたと聞いていた事もあり……緑の竜と黒の竜が今は元気に暮らしていると分かって、彼女は胸を撫で下ろしたようだ。
(……人間嫌いの兄さんが人間の街に滞在し続けていて、緑に至ってはとてもこのお嬢さんをとても気に入っている。かなり珍しい事だけど、でも分かる気がしますわ。だってお嬢さんの温かさは──竜種には、ちょっぴり眩しすぎるもの)
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