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第四章・興国の王女

401.氷の国への招待状5

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 密かにショックを受けつつくんくんと自分の体臭を嗅いでいると、イリオーデとアルベルトが「王女殿下」「主君」と同時に口を開いた。
 その声に引かれて後ろを向くと、

「王女殿下はいつも馨しい花の香りに包まれておりますよ」
「変な臭いなど全く感じませんから、御安心ください。主君」

 キリリとした面持ちとふわりとした微笑みで、彼等は私を慰めるような言葉を宣った。それがまるで、主従関係故の気遣いかのように聞こえてしまって。
 これ、すっごい気を使ってくれてるやつじゃん!!
 ひねくれた心を持つ私は、大人の対応が出来る優しい二人の配慮にダメージを受けていた。

「アミィはいっつも甘くて蕩けるような素敵な匂いだから大丈夫。臭いっていうのは、シュヴァルツみたいな悪魔に言う言葉なんだよ」

 従者二人の発言に釣られたのか、ハッとした顔でシルフまでもが何やらよく分からない事を口走った。
 寧ろ、シュヴァルツは常に高級感漂う匂いを纏っていると思うのだけど……精霊さん的には嫌な匂いなのかな、あれ。
 なんていう風に考えていると、クロノがおもむろにため息をついてナトラの言葉の意味を解説した。

「ナトラの言った臭いっていうのは、君に纏わりついている汚い蛇の臭いだよ。もはや原型を留めていない濁ったぼく達の血を摂取しただけに飽き足らず、勝手に独自の進化までした種族がいる。きっと、この臭いはその種族のものだろう」
「おお、流石は兄上じゃ! なんじゃったかのぅ……そう、龍族だったか? 不遜にも我等の子孫を名乗る癖に、我等とは似ても似つかん蛇みたいな姿に変貌する人間じゃな。昔、赤の兄上が『畏敬の念が欠片もねぇ!!』と怒髪天を衝いておったから覚えておるわい」

 その言葉を聞いて、私は心より安堵し深く胸を撫で下ろした。
 どうやらナトラのあの発言はロンドゥーア皇帝に会った事が原因だったらしい。竜種の二体ふたりからすると、龍族なんて一部地域では神聖視される存在ですら不遜だと言い捨てる程度の存在みたいだ。

「──で、何故お前からその龍族とやらの臭いがするのじゃ? ぶっちゃけ臭いぞ」
「えっ……私、臭いの? あの人ともちょっと話しただけなんだけどなぁ……」
「我等にしか分からん程度の臭いじゃがな。だが我のお気に入りに蛇如きの臭いが纏わりついておるのはまこと腹立たしい事よな。ゆえに、我が上書きしてやるのじゃ!」
「うわがき」

 思わずその言葉を繰り返すと、ナトラはにーっと満面の笑みを作って。

「外に行くぞ! ほれ、シルフも使い道があるからついて来るのじゃ!」
「なんでボクがお前の言う事を聞かなきゃならないんだ……言われなくてもついて行くけどさ」

 ナトラは私の手を引っ張って廊下を疾走する。
 東宮の裏庭に出ると、ナトラはシルフに結界を張るように指示していた。やがて、どこか不服そうなシルフによって目隠し効果のある結界が展開された。
 どうしてそんな結界を? と私達人間三人で小首を傾げていたら、クロノがおもむろに「少し下がった方がいいよ」と呟いたので、何も分からないままに一歩下がってナトラのアクションを待つ。

「ふっふっふ……蛇如きの臭いなぞ我の真の姿で完璧に上書きしてくれようぞ!」

 ギザギザの歯を大きく見せて笑い、その瞬間ナトラは爆発音と共に白い煙に包まれた。程なくして煙の中には大きな影が浮かぶ。
 煙が吹き飛ぶと、その巨体は姿を露わにした。
 それは暗緑色の鱗を持つ美しき竜──緑の竜ナトラの真の姿。いつもの可愛いちびっ子の姿ではない、彼女の本来あるべき姿だった。
 それを見たクロノが、「ああ……相変わらず緑は可愛いね……」とうっとりした表情で呟く。

『む~~~~っ、久々に羽を伸ばしたわい。ほれアミレス、もっと我の傍に来んか。お前だけ、特別に我の背に乗せてやるのじゃ』

 ナトラに促されるまま近づくと、鋭い爪の上に乗って本当にその背まで送り届けられた。
 とても硬くて、瓦のように重なるひんやりとした鱗。これがありとあらゆる攻撃を弾く竜の鱗なのか……と暫く撫でていると、

『くふふ、どうじゃアミレス。我の背に乗った人間など、お前が初めてなのじゃよ? 世が世なら、このまま飛び立って空からの景色をも堪能させてやるところなのじゃが……仕方あるまい。それはまたいずれ。楽しみにしておけ』

 ナトラはふふんと鼻を鳴らし、嬉々として語った。

「うん、楽しみにしておくね。それにしても本当に硬いね、竜の鱗って……ダイヤモンドなんかよりもずっと硬いわ」

 コンコン、とノックするように手で暗緑色の鱗を叩いてみる。
 ゲームとかでも、よく竜の体の一部を流用した武器が結構な強武器として扱われているけれど、やっぱり竜の鱗や牙を武器にすると強いからなのかしら。
 確かにこんなにも硬い防具があれば最強の盾が完成する。それこそ、ありとあらゆる攻撃を弾くような超レアな防具が。
 ……まあ、それはあくまでも鱗を加工する技術があって初めて成り立つ話だけれども。

『なんじゃ、お前は我の鱗が気になるのか?』
「当たり前じゃない。純血の竜種が、そもそもまずお目にかかれない存在だからね」
『ふぅ────ん…………』

 ナトラが意味深な息を漏らす。
 すると彼女は突然私を摘んで地面に下ろした。急にどうしたのかとナトラを見上げていると、ナトラはおもむろに自分の体にある鱗を一枚、引き剥がした。
 だが鱗が失われた瞬間から、その体表では新たな鱗の生成が始まっているようで。それを確認して私は密かにほっとした。
 そんな私の前に、鈍い音を立てて鱗が落とされた。え? と疑問符を浮かべながらそれとナトラを交互に見ていると。

『欲しかったのじゃろう、それ。お前にやるのじゃ。煮るなり焼くなり武器にするなり好きに使え』
「ええぇ!? うろッ、鱗なのよ?! 普通の竜種の鱗ですら入手困難だからって高値で取引されてるのよ?! それなのに、純血の竜種の鱗……しかもこんな綺麗な状態で……っ!?」
『なんじゃ……我、お前が喜ぶと思って鱗を剥いだのじゃが、あんまり嬉しくなさそうじゃの』
「いや、すっごく嬉しいよ? ただ喜びよりも驚愕と困惑が勝るというか」
『嬉しいのか。むふっ、ならばよいのじゃ』

 竜の姿でもナトラの笑顔は変わらない。いたずらっ子の少年のような、そんな明るい笑顔を緑の竜ナトラは見せた。
 そんなナトラの顎にそっと触れてこちらも「ありがとうナトラ」と笑うと、彼女は満足したのか爆発音と共に白煙に包まれ……いつもの可愛らしい幼女の姿に戻る。

「もう、蛇如きの臭いなどせぬな!」

 柔らかい雪が降る中。私に抱き着いてとても嬉しそうに笑うナトラに、シルフがものすごくげんなりした表情を作っていた。
 後日。竜の鱗の扱いに困った私は、シャンパー商会を信頼して鱗をどうにか加工出来ないかと相談し、幼子のように目を輝かせるホリミエラ氏に懇願されて一時的に鱗をシャンパー商会に預ける事にした。
 預けてる間に加工方法を色々模索してくれるとの事なので、私もシャンパー商会を信頼して吉報を気長に待とう。


♢♢♢♢


「……──久しぶり、もう一人のあなた。アミィ……はシルフ限定の呼び方だし、私はみぃちゃんって呼ぼうかな」

 寝た筈なのに、何故か意識が覚醒しているような感覚に陥る。目を開くような動きをしたら、目の前には見慣れた顔───アミレスがいた。
 彼女の口から放たれたその呼び方に、何故か妙な胸騒ぎがした。彼女の言う通り、それがシルフだけの呼び方に近いからなのかな? それとも、私の知らない『私』がかつてそう呼ばれてた…………とか。
 そんな頭にかかった靄を振り払い、久しぶり。と口を動かすと、アミレスは柔らかく笑った。

「うふふ。なんとか貴女と話したくて、頑張った甲斐があったわ。それでね、みぃちゃん。これは提案なんだけど」

 提案? と首を傾げる。

「うん。明日は舞踏会初日で、私達王女は絶対に皇族としてお父様と一緒に入場しなければならない。貴女も、これには色々不安を抱えていたでしょう?」

 ……そうね。また、お父様に会わなきゃいけないのかと思うと気が重くて仕方無いわ。

「だからこその提案……ううん、頼みなの。みぃちゃん、どうか──……」

 アミレスの提案を聞いて、私は空いた口が塞がらなかった。
 そんな事が出来るのかと、本当にいいのかと。
 そう、何度もアミレスに問うたぐらいだ。だが彼女はアミレスらしくない、でもフォーロイトらしい悪い笑顔で「任せて。私、貴女の言うように努力家なのよ? この二年……ここで色々と頑張ってたんだから」と言い切ったから。
 私は、彼女の提案に乗る事にした。

 その後も目覚めるまでの間アミレスと色んな話をして、私達はついに────国際交流舞踏会の時を迎えた。
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