だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第四章・興国の王女

392.冬に染まる街で君と

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 吐く息は既に白く、防寒具を着けていてもなお肌寒さを覚える。

 隣国だというのに、フォーロイト帝国はオセロマイトと比べると本当に寒い。流石は氷の国……この世界で唯一、四季の中で冬が最も長い異例の国だ。
 この国で歳を重ねるようになってはや数年。そろそろ慣れて来たと言えども、それでも寒いものは寒いと感じる。
 この寒さが、昨年のあの時期──アミレスと会いたくても会えない、あの果ての無い暗闇のような時期を思い出させて少し陰鬱としていたが、今は、会おうと思えばアミレスに会える。
 あの辛い日々の事など、もう少しで忘れられそうだ。
 それに。この寒さに少し感謝もした。

「アミレス様! 見て下さいあの雪像、アミレス様ではありませんか!?」
「いや、あれは海の女神だと思うけどなぁ」
「じゃあ実質アミレス様ですね! だってアミレス様は女神様ですもの!」
「海の女神に超失礼だよそれ」

 ───アミレスがとても可愛い。
 メイシア嬢がやたらとくっついてるのがかなり気になるが、一旦置いておこう。
 ちなみにオレは海の女神に失礼だとは思わないぞ。お前は女神のように…………いや、見た事の無い女神なぞよりも美しく清廉な存在だからな。
 今日のアミレスはいつもとまた一風変わった服装だが、全体的にふわふわもこもことしていて、小動物とでも言うのだろうか。そんな雰囲気もあって、とても、可愛らしい。
 イリオーデが選んだ服だったか……後で改めてイリオーデには感謝を伝えよう。よくやった、と彼を褒めなくては。
 白と青を基調としたもこもこのケープ。ふわりと膨らむ暖かいスカート。それはもう、目を離せない愛らしい姿だった。
 街に出る前に、『まるで雪の妖精のようじゃ』とナトラが零した時にはシルフとシュヴァルツが、『妖精なんかと一緒にするな』と騒いだぐらい……オレの語彙力では言い表す事など端から不可能だった、可愛いらしさだ。

 あぁ…………死にそうな精神に鞭打ってでも出てきて良かった。本当に良かった。
 起きた瞬間酷い倦怠感と喪失感に襲われた時は、今日の約束を反故にしてしまいそうだったが……無理にでも約束を守って良かった。
 正直、こうして歩く事も息をする事も頑張る事もしんどくて面倒で仕方無いが、アミレスのこんなにも可愛い姿を見られたのだからそれだけで頑張る価値があるというものだろう。

「アミレスちゃん! ここっ、赤バラのおうじさまのモデルになったと噂の噴水だよね!? これが聖地巡礼……!!」
「ほんとだ、挿絵で見た事あるわねこの噴水」
「やっぱりそうなんだ……っ、お兄様も見て下さいよ! 聖地ですよ、聖地!」
「ローズ、そんなに腕を引っ張ったら王女殿下に迷惑だろう」
「大丈夫よ、レオ。両腕に抱き着かれてるからか暖かいし、迷惑とかではないから」

 やたらとローズニカ嬢とレオナード公子が馴れ馴れしいのも、少し、いやかなり不服だ。
 そんなローズニカ嬢に「そんなにくっついてはアミレス様にご迷惑ですよ」と言う割に、メイシア嬢もまったくアミレスから離れるつもりが無さそうだな……。
 メイシア嬢は策士らしく、寒いです~とか言ってアミレスにくっつき、ずっとそのまま歩いているようだが、多分この中の誰よりも君の体温が高いと思うぞ。
 火の魔力を所持する者は恒常的に体温が高くなると言うしな。
 というか、寒いなら自分で火を出せばいいだろうに。そうはせず、アミレスにくっつく名分にするとは……本当に恐ろしい少女だ。

 少女達の戯れの一つにさえ嫉妬するなど、我ながら狭量だなとは思うが──オレにはそんな余裕がないんだ。
 だから、この行動だって許されるだろう。
 ちょっとしたトラブルだと言えば、きっとアミレスは許してくれる。しょうがないかと笑ってくれる筈だ。

「あちゃー……だいぶ人の波に流されちゃったね」
「そうだな。向こうがオレ達を捜している可能性を考慮するならば……この人混みだと合流するのは難しいし、人を捜すだけであっという間に時間が過ぎてしまうだろう」
「私の仕事の都合でただでさえ街に来るのが遅くなったのに、祭りを見て回る時間がなくなるのは皆にも申し訳ないものね」
「とりあえず、二人で適当に歩くか? そのうちどこかで合流出来るかもしれないし」
「それもそうね。探してる時に限って探し物って見つからないものだし、適当に歩いてたらどこかでバッタリ会えるかも」

 上手くいった。そう、心の中で密かに口角をつり上げる。
 なんとオレは、人混みによる事故に見せかけてアミレスと二人きりになる事に成功した。成功するかどうかは賭けだったが、今日はシルフやシュヴァルツがいないからかなんとか成功したらしい。
 なので、オレが出し抜く必要があるのはメイシア嬢、ローズニカ嬢、レオナード公子、イリオーデ、ルティの五名。
 あまり頭が働かないものの、とりあえずやるだけやってみるか──と策を弄した。その結果が、この二人きりの時間という訳だ。

 怖い少女達に見つかるまでの僅かな間だけでも、オレは彼女との二人だけの時間を満喫しよう。
 この、温かくて幸福に満ちた時間を噛み締めよう。

「やっぱり夕方ともなると昼間以上に冷えるわね……手袋とか持ってきておけば良かったわ」

 皆とはぐれてから一時間程が経った頃、アミレスが白い息を白い手に向けて吐き出していた。その指先や鼻の頭は少し赤らんでいる。
 丁度一昨日から急激に冷え込み始めたらしく、この時間には外はかなり寒くなってしまう。先程まで人間暖炉メイシア嬢とずっとくっついていた彼女にとって、この寒さは体に染みるのだろう。
 オレは手袋を外し、冷たいアミレスの手を取る。幸いにも手袋をつけていたからかオレの手は温かい方だった。だから、少しでも暖を取って貰えたらと思ったのだ。

「手がこんなに冷えて……大丈夫か、アミレス。顔だって赤いし、心配だ」
「へっ? あ、うん。大丈夫……だよ?」

 アミレスの柔らかく冷たい手を触り、握り、摩る。
 ──こんなにも小さな手で、アミレスはいつも剣を握り、誰かの為にその身を擲って戦っているのか。

「まッ、マクベスタの手って大きいねーっ! 男の子だもんね、当然だよね!!」

 じっと彼女の手を見つめていたら、どこか裏返った声のアミレスに強引に話題を変えられた。よくよく見れば、先程よりもずっと顔が赤い。
 やはり、指先だけではあまり暖にならないのだろう。そうだな……少しでもオレの手から熱が伝わればいいんだが。

「まだ、オレの手は温かいだろうか」
「~~っ!?」

 両手で、アミレスの赤らんだ頬を包み込む。
 オレの手よりも小さな彼女の顔や耳などはあっさりと覆う事が出来て、冷たくもどこか温かい彼女の顔にオレの熱を伝える事も出来た事だろう。

「ぅ、あ、ぇ……っ」

 パクパクと口を開けたり閉めたりしつつ、アミレスはみるみるうちに顔を赤くした。こうして暖を与えてみてはいるものの、これはあまり意味は無いのか? とも思ったが。
 ──これは、もしや。
 照れている……のか? あのアミレスが、オレ相手に?
 緊張でもしているのかな、体も氷のようにガチガチになっている。混乱に揺れる彼女の綺麗な瞳には、化粧でそれらしく繕ったオレの顔が映っていた。
 彼女の視界にはオレだけがいる。
 勘違い、してもいいのか?
 アミレスが少しはオレの事を男として意識してくれたのだと──……そう、都合のいい勘違いをしてしまってもいいのか?

「本当に……可愛いな、お前は。片時も目が離せなくて困るよ」

 こんな風に自然に表情筋が動いたのはいつぶりだろうか。
 たとえ勘違いだったとしてもいい。彼女がオレを男として意識してくれた可能性のあまりの嬉しさに、自然と口角が上がる。
 頬が、目元が、感情の全てが綻んでしまう。

「かわっいい……!? 何言って──っ」
「何って、事実だろう。お前は可愛いよ。世界で一番可憐で、魅力的だ」
「な、ななっなに、いってるのよ! そんな、そんないい笑顔で言うような事じゃないでしょ! というか貴方キャラ変わりすぎでしょぉ!!」

 キャラ……とやらはよく分からんが、一つ分かった事がある。
 どうやらアミレスは──真正面から褒められるのに弱いらしい。こんなにも照れているアミレスは初めて見たかもしれないぐらいだ。
 ふっ、ただ心から褒めるだけでこんなに可愛いアミレスを見られるんだ、これからはたくさん褒めて甘やかしてあげよう。
 …………勿論、人前ではなく二人きりの時だけになるが。こんなにも可愛い姿、可能な限り他の誰にも見せたくないからな。

 アミレスと二人きりの時間を過ごし、こんなにも可愛らしい彼女の姿を見られた。
 変態じみているが……少し、彼女の体に触れる事も出来た。
 ああ、それだけで。
 今日という日を頑張って迎えただけの意味があったな。
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