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第四章・興国の王女

回想 或る神■の■渉

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 ───えっ、うっそぉ!? ここで魔王が出てくんの? やばーーーーっ!!
 ───ほぉ~~、これはまた愉快な。
 ───精霊も魔族もこぞって制約を破棄しやがって、メンドクセェなぁ!
 ───ふむ……妾達の天使おもちゃが魔王如きに壊されてしまったけれど、どうしたものか。
 ───天使なぞ、放っておけばいくらでも生まれるものだ。我々が個々の存続など気にとめる価値も無かろう。アレは、元より消耗品だ。
 ───おや。貴殿は相変わらず手酷いな。僕のような天使達を可愛がっていた神もいる事を忘れないで欲しい。
 ───そんな事言ってぇ~、おまえは天使を使い勝手のいい穴として使ってるだけじゃ~ん!
 ───はは。それが僕の可愛がり方なんだよ。天使はいいよ……嫌な顔一つせず、僕の棒を咥え込むから。どんなプレイをしても悦んでくれるしね。
 ───うわキモーッ!
 ───ちょっとそこ、変態談義は他所でやれようるせぇな。
 ───そうだぞ、我々は今真剣に人間界の観察をしているのだから邪魔するな。
 ───とかなんとか騒いでるうちになんか魔物共が引き上げ始めてるが? オイオイ、ツマラナイなぁ。
 ───うわー、まじかー。
 ───変態が変態談義を始めたからではないか? 責任取って死んで来い変態。
 ───処刑ならオイラやろうか?
 ───何故僕の所為になるんだい?


 ぎゃあぎゃあと、わあわあと。
 天上の楽園にて、自由気ままなかの者達──……神々は騒ぐ。
 酒を手に、愛妾を傍らに。まるで物語を楽しむかのように、神々は宙に浮かぶ無数の水鏡を見ていた。
 そこに映るは、人間界の様子。神々は人間界の行く末を予想し、賭け・・をしていた。
 とにかく退屈というものを嫌う神々の間では……異なる世界から引っ張って来た魂が齎す変革と、人間界の終末についての賭けが大流行り。
 毎日のように楽園の大広場には神々が集い、人間界の各地で起きている様々な問題や惨劇の行く末を賭けているのだ。

 なんと悪趣味な事か。
 だが、それがこの世界の神々である。
 この世界の管理人として【世界樹】により産み落とされたばかりの頃は真面目に役目を全うしていた。だが時を重ねて自我が強くなって来ると、次第に神々はその役目を面倒臭がり、【世界樹】が干渉して来ない事をいいことに役目をサボり始めた。
 自分達の代わりに役目を果たす存在を作り、全ての仕事をその存在に押しつけた。そして当の神々はと言うと……心の赴くままに、享楽と快楽に耽るようになった。

 その結果が、今の人間界である。
 神々が刺激を求めて異世界から引っ張って来た三つの魂と、【世界幹への干渉】と、運命率の異常にて先が見えなくなった世界。
 何が起こるか、もはや神々にも分からぬ驚愕と期待に満ちた箱庭。
 それが、人間界。この世界の行く末は【世界樹】のみぞ知る事。
 故に、神々は嬉々として人間界に干渉する。人間界の行く末を神々なりに予想し、賭ける。退屈嫌いの神々にとって、これ程に面白い賭け事ギャンブルを逃す手はあるまい。
 面倒臭がりの神々が重たい腰を上げてまで何度も干渉するのだから、その期待値は人間界の歴史上過去最高値を記録している事だろう。

 この時も、例に漏れず神々は人間界を観ていた。
 魔物の行進イースターと呼ばれる災害に襲われる人間達を眺めては、スポーツ観戦でもしているかのように声を上げ、時に笑う。そんな風にわいわいと騒いでいた神々は、意識が散漫としていた。
 だからか神々は気づけなかったのだ──……

《■■、■──■■────》

 何もかもが彼等の知るものと違う、侵入者・・・に。

 ───あ? 誰だ、お前。見た事ねぇ顔だな。
 ───……何故だ。あの白い奴を見ているだけで、頭が、痛く……!
 ───何か喋ってたみたいだが、何も聞こえんな。そもそも何者だ? 何故、我々の許可なく部外者がこの楽園に入って来られたのだ。

 とても耳障りなその音とも言えぬ音に神々が振り向くと、そこにはとても不思議で異質なひとが立っていた。
 美しい少年の貌。梅のような赤い双眸。雪のような白い短髪。その頭部では一対の犬の如き耳が動き、同じ色の大きな尾が尾てい骨の辺りでゆらゆらと揺れている。少年の首に巻き付く蛇はその生死すらも分からない。
 何より異質なのは、その服装。
 最も近しい衣装はタランテシア帝国の民族衣装。だがそれとも違う神々の知らぬその衣装は、いわゆる狩衣・・というものに近しいものであり──この世界には存在しない筈のものであった。

《──、■■■。───■■■■──》

 神々の頭に耳鳴りを響かせる謎の少年は、眉を八の字に下げつつ、袖から古びた剣を取り出した。
 一体何なのかと神々が未知の存在に意識を集中させていると、少年はそんなのお構い無しとばかりに剣を地面に突き刺した。
 そして、少年は改めて声を発する。

《……ァ、アー。あー、聞こエル? 神々ノ皆さん》

 その愛らしい顔には似合わない低く落ち着いた声。どこかノイズの走るその言葉を聞いて、神々は目を白黒させた。
 あの未知の存在の言葉が理解出来る、と。

《忘れテいタヨ。君達には、私達ノ言葉ヲ理解する頭ガ無いと言ウ事を。なけナしの力デ君達にも聞コエる用にシたけど……あまり、時間ガ無いな》

 鼻につく少年の口ぶりに神々はカチンときた。中には権能を用いて少年を視界から消そうとする者もいたが、何をしても少年は消えない。
 彼の体は蜃気楼かのように朧げで、つもるところ実体が無いのだ。そりゃあ、どんな攻撃も権能も当たる筈がないというもの。
 神々は今この時、初めて恐怖というものを覚えた。
 未知のもの──彼等の知らぬ何かに対する恐怖を。

《時間ガ無いかラ、手短に済まソう。君達の趣味嗜好をトヤカク言うつもリハないが、ひトまずこれだけは言っておきタい》

 少年はニコリと笑い、神々に告げる。

《あまり、子供達に干渉しない方が良い。いや、するな。ただでさえ君達色々とやらかしているンだ。因果が巡り巡る事は確定しているのだから、悲惨ナ目に遭いたくないのならば、そろそろ得を積む事をお勧めしヨウ》

 上から目線の物言いに神々は更に苛立ちを募らせる。しかし、彼等が何をしようとも少年には届かない。風を受けた煙のように少年の体が歪み、全ての干渉は無かった事にされるのである。

《特に──君達が巻き込んだ三人の子供達からは手を引け。これは忠告だ。これ以上あの子達を君達の暇潰しに巻き込むな》

 作り物のような色の無い顔で言い残して、少年の姿はその傍らの剣と共に霧散した。

 ───何だったんだ、あの者は。
 ───我等に向かってなんと偉そうな口を……。
 ───そんな事より! 今人間界がいい所なんだからちゃんと見なきゃ!!
 ───それもそうだな。がはは!

 神々は少年の話を聞き、苛立ちを覚えつつも首を傾げた。神々には、少年の忠告の意味が分からなかった。分かる筈がなかった。
 神々は見切り発車で心のままに行動している。そして、神々は人間を遊び道具と思っている。故に、人間を自分達の賭け事に巻き込んでいるという自覚が無いのだ。
 だからこそ神々は少年の忠告を無視し、何事もなかったかのように享楽に身を費やす。人間界を観察し、その行く末を想像しては酒や権利や体を賭ける。
 だが、その心の端には……未知のものに対する紛れもない『恐怖』が、確かに根付いていた。
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