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第四章・興国の王女
386,5.ある精霊の変容
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元々、ボクはとても空虚な存在だった。
何せ創造れた時からボクには『精霊王』という役職があり、役割があった。他の精霊達のように自分の意思で権能を選んだ事も無ければ、親から与えられるような名前すらも無い。
ボクは、他の精霊達よりもずっと自我の発芽は遅かった。
そのようなもの、普通の精霊はともかく精霊王には不要だったから。
あくまでも、精霊達を統率して人間界の魔力の管理をする為だけに創られた存在だったボクは、どこまでも機械的に、与えられた役割をこなすだけの装置のようだった。
そんなボクが自我を得たのは、何度か生を繰り返した頃の事。
生まれたばかりのボクは自身の権能に体が耐えきれなくてすぐに死んでしまった。だがそれでも、ボクは記憶も見た目も引き継いだまますぐに生を繰り返す。
そうして時を重ね命を何度も編んだ事でボクの存在は朧げなものから形あるものになってゆき、いつしか周りの精霊達に感化されて自我が芽生えたのだ。
自我を得て、何千年と姿形の変わらない部下達と共に生き、ボクもようやく普通の精霊らしくなれた。
だがそれでも、欲望なんてものは無かった。
人間のような願望も、悪魔のような本能も、妖精のような我儘も、精霊のような感情も無かった。
別に欲しいとも思わなかったけど……たまに、少しだけ羨ましいなと思う事はあった。
ケイとフィンが『マスター!』『王』と楽しげに笑いながら手を振って来る度に、何がそんなに楽しいのかと首を傾げていた。
そんなボクが、こんなにも醜い欲望を得てしまったのはいつだろうか。
この想いを自覚した時? それともあの子と出会った時?
……ううん。きっと、名前を貰ったあの時だ。
アミィからシルフという名前を貰って、ボクは初めて本当の欲望を得た。心の底から湧き上がる歓喜と、際限のない愛おしさ。
昔から何度もケイに言われて来た『好き』という言葉をようやく心から理解出来た。
あの子が『シルフ』とボクの名を呼ぶ。
それだけでどうしようもなく胸が高鳴り、同時にとても苦しくなった。
最初はそれが何故なのか分からなかった。でも、アミィと過ごし感情を育むうちにその正体──愛情というものの輪郭が浮かびあがった。
ボクはアミィの事が好き。
ボクに名前や欲望をくれた、たった一人の最愛の子供。弱くて、脆くて……放っておくとすぐにいなくなってしまいそうで、それが怖くて加護までかけた。
非情な運命に抗おうと頑張るあの子を見守り支えるうちに、ボクの中に生まれたばかりの欲望は変質し、彼女への愛情も強くなっていった。
あの子が外の世界に飛び出し、沢山の人間の運命を狂わせていってからというものの……アミィがボク達だけのアミィではなくなってしまった。
ボクのアミィなのに。ボク以外の誰かを優先しないで欲しい。ボクを一番に考えて一番に優先して欲しい。
アミィへと抱いていた親愛はいつしか捻れ、膨張し、醜い独占欲へと変貌していた。
ボクはアミィを愛している。
人間達のそれのようにキラキラとしたものではないけれど、ボクは確かに彼女を愛している。
彼女の事が好きで好きで堪らない。
今すぐにでも精霊界に連れ帰りボクの城に閉じ込めて他の誰にも会わせずボクだけを考えて生きて欲しいぐらい、彼女の事が好きだ。
もうこれ以上あの子に執着する奴が増えないよう、アミィの身の回りの世話はエンヴィーとかフィンに任せればいい。なんならボクがやってもいい。
本当に……本当に、狂ってしまいそうな程、彼女の事が好きなんだ。
──だからこそ、どうしても許せない。
ボク以外の誰かがアミィに過度に接触する事も、彼女に不必要に接近する事も。
人間達ですらも、最近アミィへの不必要な接触が顕著になって来ているというのに…………まさか、魔王が現れるなんて。
この際魔王がシュヴァルツだとか、シュヴァルツが魔王だとかはどうでもいい。
あの男が、忌まわしきあの悪魔が、あろう事かアミィを泣かせアミィの唇を奪いやがった。しかも悪魔の分際でボクのアミィに告白するわ近づくわ唾付けようとするわの狼藉三昧。
絶ッッッッ対に許せない。最近妙にアミィに馴れ馴れしいマクベスタだとかメイシアなんかよりも、あの悪魔の方がずっと許せない。
「──我が召喚主のお望みのままに、なんてな」
アミィの綺麗な髪に触れ、あの悪魔は愚かにもそれに口付けた。悪魔の分際でアミィの唇を奪ったというのに、それだけに飽き足らずこのボクの前でアミィに触れやがった。
許せない。許してはならない。
ボクのアミィに手を出したあの男を、許してなるものか。
「……エンヴィー。あの悪魔をどうにかして殺すぞ」
「我が王のお望みのままに。制約に抵触しない範囲で、死なない程度に殺してやりましょうか」
「そうだな。とにかく悪魔をぶん殴るぞ」
エンヴィーと共に駆け出し、ボクは魔法で、エンヴィーは剣で、同時に悪魔へと攻撃した。
悪魔はそれをすんでの所で躱し、逃げやがった。エンヴィーが「おい待てクソ悪魔ぁ!!」と叫びながら追いかけるも、「や~だねェ~~っ!」とニタニタ笑って悪魔は逃げ回る。
途中から、イリオーデ達やマクベスタ達まで悪魔を追いかけ始めて平原はまた騒がしくなった。
悪魔もそれなりに応戦するものだから色とりどりの魔法が飛び交っていて、アミィに被弾しないか……と少し気が散って仕方無かった。
暫くそれは続いたのだけど途中でアミィが、
「……──シュヴァルツ! それに皆も! 魔物の行進が終わったっていうのに危ないでしょ! 今すぐ大人しくしなさい!!」
そう大きな声でボク達に向けて叫ぶものだから、その瞬間全員の動きがピタリと止まり、ボク達はすごすごとアミィの元に戻った。
あの魔王が大人しく言う事を聞いている事に唖然としつつ、何故か少し気まずそうな顔でアミィが悪魔に説教をしてるのをいい事に、目配せをしてからエンヴィーと一緒に悪魔の背中を思い切り蹴った。
アミィに気を取られてたらしい悪魔はこれを避ける事もなく、腰と尻にボク達による蹴りを受けた。
悪魔が無駄に大きいマントを羽織っていたからか、アミィからはボク達が悪魔を蹴った姿が見えなかったようで、アミィは突然変な動きをした悪魔に懐疑的な視線を向けていた。
悪魔はと言うと、頬に青筋を浮かべてゆっくりとこちらを振り向いた。
それをボクとエンヴィーは鼻で笑い、何事も無かったようにアミィに声をかけて東宮に戻ろうと促す。
──悪魔なんかにこの子は渡さない。
いや、悪魔に限らず他の誰にもアミィは譲らない。この子はいずれボクだけのものになるのだから。
ほんの一瞬でもアミィがボク以外の誰かの事を考えていると想像するだけで、ふつふつと怒りが煮えたぎってしまう。
感情を得たばかりの癖に心が狭いなとは自分でも思うよ。でも、やっぱりどうしても全てに嫉妬してしまうから。
今はまだ、遊びたい盛りの君を閉じ込める事は叶わないけれど、でもいつかは──……ボクが知る中で一番綺麗で安全な場所に君を閉じ込めよう。
そして、ボクと永遠に一緒にいようね、アミィ。
何せ創造れた時からボクには『精霊王』という役職があり、役割があった。他の精霊達のように自分の意思で権能を選んだ事も無ければ、親から与えられるような名前すらも無い。
ボクは、他の精霊達よりもずっと自我の発芽は遅かった。
そのようなもの、普通の精霊はともかく精霊王には不要だったから。
あくまでも、精霊達を統率して人間界の魔力の管理をする為だけに創られた存在だったボクは、どこまでも機械的に、与えられた役割をこなすだけの装置のようだった。
そんなボクが自我を得たのは、何度か生を繰り返した頃の事。
生まれたばかりのボクは自身の権能に体が耐えきれなくてすぐに死んでしまった。だがそれでも、ボクは記憶も見た目も引き継いだまますぐに生を繰り返す。
そうして時を重ね命を何度も編んだ事でボクの存在は朧げなものから形あるものになってゆき、いつしか周りの精霊達に感化されて自我が芽生えたのだ。
自我を得て、何千年と姿形の変わらない部下達と共に生き、ボクもようやく普通の精霊らしくなれた。
だがそれでも、欲望なんてものは無かった。
人間のような願望も、悪魔のような本能も、妖精のような我儘も、精霊のような感情も無かった。
別に欲しいとも思わなかったけど……たまに、少しだけ羨ましいなと思う事はあった。
ケイとフィンが『マスター!』『王』と楽しげに笑いながら手を振って来る度に、何がそんなに楽しいのかと首を傾げていた。
そんなボクが、こんなにも醜い欲望を得てしまったのはいつだろうか。
この想いを自覚した時? それともあの子と出会った時?
……ううん。きっと、名前を貰ったあの時だ。
アミィからシルフという名前を貰って、ボクは初めて本当の欲望を得た。心の底から湧き上がる歓喜と、際限のない愛おしさ。
昔から何度もケイに言われて来た『好き』という言葉をようやく心から理解出来た。
あの子が『シルフ』とボクの名を呼ぶ。
それだけでどうしようもなく胸が高鳴り、同時にとても苦しくなった。
最初はそれが何故なのか分からなかった。でも、アミィと過ごし感情を育むうちにその正体──愛情というものの輪郭が浮かびあがった。
ボクはアミィの事が好き。
ボクに名前や欲望をくれた、たった一人の最愛の子供。弱くて、脆くて……放っておくとすぐにいなくなってしまいそうで、それが怖くて加護までかけた。
非情な運命に抗おうと頑張るあの子を見守り支えるうちに、ボクの中に生まれたばかりの欲望は変質し、彼女への愛情も強くなっていった。
あの子が外の世界に飛び出し、沢山の人間の運命を狂わせていってからというものの……アミィがボク達だけのアミィではなくなってしまった。
ボクのアミィなのに。ボク以外の誰かを優先しないで欲しい。ボクを一番に考えて一番に優先して欲しい。
アミィへと抱いていた親愛はいつしか捻れ、膨張し、醜い独占欲へと変貌していた。
ボクはアミィを愛している。
人間達のそれのようにキラキラとしたものではないけれど、ボクは確かに彼女を愛している。
彼女の事が好きで好きで堪らない。
今すぐにでも精霊界に連れ帰りボクの城に閉じ込めて他の誰にも会わせずボクだけを考えて生きて欲しいぐらい、彼女の事が好きだ。
もうこれ以上あの子に執着する奴が増えないよう、アミィの身の回りの世話はエンヴィーとかフィンに任せればいい。なんならボクがやってもいい。
本当に……本当に、狂ってしまいそうな程、彼女の事が好きなんだ。
──だからこそ、どうしても許せない。
ボク以外の誰かがアミィに過度に接触する事も、彼女に不必要に接近する事も。
人間達ですらも、最近アミィへの不必要な接触が顕著になって来ているというのに…………まさか、魔王が現れるなんて。
この際魔王がシュヴァルツだとか、シュヴァルツが魔王だとかはどうでもいい。
あの男が、忌まわしきあの悪魔が、あろう事かアミィを泣かせアミィの唇を奪いやがった。しかも悪魔の分際でボクのアミィに告白するわ近づくわ唾付けようとするわの狼藉三昧。
絶ッッッッ対に許せない。最近妙にアミィに馴れ馴れしいマクベスタだとかメイシアなんかよりも、あの悪魔の方がずっと許せない。
「──我が召喚主のお望みのままに、なんてな」
アミィの綺麗な髪に触れ、あの悪魔は愚かにもそれに口付けた。悪魔の分際でアミィの唇を奪ったというのに、それだけに飽き足らずこのボクの前でアミィに触れやがった。
許せない。許してはならない。
ボクのアミィに手を出したあの男を、許してなるものか。
「……エンヴィー。あの悪魔をどうにかして殺すぞ」
「我が王のお望みのままに。制約に抵触しない範囲で、死なない程度に殺してやりましょうか」
「そうだな。とにかく悪魔をぶん殴るぞ」
エンヴィーと共に駆け出し、ボクは魔法で、エンヴィーは剣で、同時に悪魔へと攻撃した。
悪魔はそれをすんでの所で躱し、逃げやがった。エンヴィーが「おい待てクソ悪魔ぁ!!」と叫びながら追いかけるも、「や~だねェ~~っ!」とニタニタ笑って悪魔は逃げ回る。
途中から、イリオーデ達やマクベスタ達まで悪魔を追いかけ始めて平原はまた騒がしくなった。
悪魔もそれなりに応戦するものだから色とりどりの魔法が飛び交っていて、アミィに被弾しないか……と少し気が散って仕方無かった。
暫くそれは続いたのだけど途中でアミィが、
「……──シュヴァルツ! それに皆も! 魔物の行進が終わったっていうのに危ないでしょ! 今すぐ大人しくしなさい!!」
そう大きな声でボク達に向けて叫ぶものだから、その瞬間全員の動きがピタリと止まり、ボク達はすごすごとアミィの元に戻った。
あの魔王が大人しく言う事を聞いている事に唖然としつつ、何故か少し気まずそうな顔でアミィが悪魔に説教をしてるのをいい事に、目配せをしてからエンヴィーと一緒に悪魔の背中を思い切り蹴った。
アミィに気を取られてたらしい悪魔はこれを避ける事もなく、腰と尻にボク達による蹴りを受けた。
悪魔が無駄に大きいマントを羽織っていたからか、アミィからはボク達が悪魔を蹴った姿が見えなかったようで、アミィは突然変な動きをした悪魔に懐疑的な視線を向けていた。
悪魔はと言うと、頬に青筋を浮かべてゆっくりとこちらを振り向いた。
それをボクとエンヴィーは鼻で笑い、何事も無かったようにアミィに声をかけて東宮に戻ろうと促す。
──悪魔なんかにこの子は渡さない。
いや、悪魔に限らず他の誰にもアミィは譲らない。この子はいずれボクだけのものになるのだから。
ほんの一瞬でもアミィがボク以外の誰かの事を考えていると想像するだけで、ふつふつと怒りが煮えたぎってしまう。
感情を得たばかりの癖に心が狭いなとは自分でも思うよ。でも、やっぱりどうしても全てに嫉妬してしまうから。
今はまだ、遊びたい盛りの君を閉じ込める事は叶わないけれど、でもいつかは──……ボクが知る中で一番綺麗で安全な場所に君を閉じ込めよう。
そして、ボクと永遠に一緒にいようね、アミィ。
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