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第四章・興国の王女

386.終戦は突然に4

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 シュヴァルツとナトラが魔界の扉を締めるべく姿を消してから五分ぐらい経った頃。
 気を失っていたフリードル達が続々と目を覚ました。
 最初に目を覚ましたのはイリオーデ。目覚めの第一声で、『何故、私はこんなに濡れているんだ……?』と下位万能薬ジェネリック・ポーションでそこそこ濡れた頭部と胸元に視線を落としていた。
 次に目覚めたのはマクベスタ。起きて早々私の心配をしてくるものだから、まずは自分の心配をしてくれと必死に説得する。
 その次はフリードル。師匠をじっと見ながら『あれも精霊なのか』と起き抜けに聞かれ、師匠をあれ呼ばわりされた事にカチンときた。
 なので、『えぇ。私の師匠ですけど、何か』とぶっきらぼうに答えた。するとフリードルは『お前の剣術が妙なのは、精霊から教わっていたからなのか』とそっちから聞いてきた癖に、何故かこちらを貶してきた。

 最後にメイシアが起きた。意外とピンピンしてる私を見て、メイシアは泣きそうな顔で抱きついて来た。相変わらず、彼女は私が怪我をする事を恐れているらしい。
 どちらかと言えば、メイシアの方が怪我をしていたのだけど……メイシアに限らず、もう少し自分を大事にして欲しいな。
 よしよし、と頭を撫でてメイシアを宥めていると、『アミレス、メイシア嬢はただお前にくっついていたいだけだと思うぞ』『なんて事言うんですかマクベスタ様!』とマクベスタとメイシアが私を挟んで口論を始めてしまった。
 あれ、なんだろうこのデジャブ。何で私はいつも言い争う人達に挟まれているんだろう。

 いつしか魔物の群れは消え、あの謎の穴もいつの間にか無くなっていた。その為か、少し前まで魔物の行進イースターが起きていたなんて思えないぐらい、和やかな空気が流れていた。
 そこに、魔物の行進イースター終息の立役者とも言える二体ふたりが帰ってきた。

「おー、全員もう起きたんだな」
「アミレス! 我凄い頑張ったのじゃ! 褒めろ!!」

 声は凄く元気だが全体的にかなりぐったりしているナトラを小脇に抱え、シュヴァルツは瞬間転移で戻って来た。
 シュヴァルツから猫を摘むようにしてナトラを手渡され、私もナトラを抱き上げる。どうやらナトラは全身に全く力が入らないらしく、相当無理をして役目を成し遂げてくれたのだと瞬時に理解した。
 それに感謝しつつ、「ありがとう、ナトラ。お疲れ様」とナトラの頭をたくさん撫でてあげると、ナトラは満足げに「むふふ。我、やっとお前の願いを一つ叶えられたのじゃ」と言って笑い、私の肩を枕にして小さな寝息を立てた。

「貴方もお疲れ様。鍵が無いって事は、無事に成功したんだよね?」
「おう。魔界の扉も締められたし、魔界から出た魔物共の大半が魔界に戻ったから安心しろ。魔物の行進イースターは終わったさ」

 シュヴァルツがそう断言してくれたからか、途端に緊張の糸が切れた。
 そうか……終わったんだ。魔物の行進イースターが、あの地獄のような戦いが。
 一人、そんな深い安堵から胸を撫で下ろしていると、

「──あの時の悪魔!?」
「胡散臭いな……」
「だっ、誰ですか?! またアミレス様の周りに変な男が!」
「王女殿下から離れろ」

 彼がシュヴァルツだと知らない四人が、臨戦態勢に入った。
 殺意を放つ四人に囲まれているシュヴァルツはと言うと、ニヤニヤと楽しげに笑うだけであった。あいつ誤解を解くつもりが無いのね!? 面白がってるなあの悪魔!!

「あのねっ、皆! 信じられないとは思うけど、その男はシュヴァルツなの! 色々事情があって今まで子供の姿をしていただけで、本当はこれが彼の本当の顔らしいの!!」

 一触即発の空気を何とかしたくて、彼がシュヴァルツなのだと四人に説明すると、

「「シュヴァルツ……」」
「この妖しげな男性が、あのシュヴァルツ君?」

 マクベスタとイリオーデは武器を下ろしてぽつりと声を重ね、メイシアは訝しげにシュヴァルツを睨む。
 まあ、普通信じられないよね。私だって、実際にシュヴァルツが変身するところを見たからこの事実を受け止められているんだもの。
 やがて。魔物の行進イースターの終息を臨時拠点に伝えに行くと、兵士達は私とフリードルの身を案じながらも大騒ぎ。
 アルベルトが結界を解除した途端にローズとレオがこちらに向かって走って来て、ナトラを抱っこしていた私に抱き着いて来た。
 ローズもレオも涙を浮かべていて、心配をかけてごめんねと何度も謝った気がする。

 私兵団の皆も血相変えて駆け寄って来て、ディオやユーキからは口うるさくお小言を言われてしまった。無茶しすぎだ! とか、どれだけ心配かけたら気が済むんだ! とか。
 そんなディオ達に向けて、シュヴァルツが随分とまあ楽しそうにその正体を明かし、ディオ達の反応を見て彼は大声で笑っていた。
 曰く、『ずっと楽しみにしてたんだよ、アイツ等に正体を明かすの』だとか。
 魔王とまでは自己紹介しなかったものの悪魔とは自己紹介した為、臨時拠点はこれまた大騒ぎ。誰もがあんぐりと口を開け、シュヴァルツへと視線を集中させた。

 何せ魔物の行進イースターが終わったばかりだと言うのに、こんな存在感の塊のような悪魔が現れたらね……誰だって驚愕し、恐怖するだろう。
 ここに新たな問題が出てきてしまった。一応解決策が無いこともないのだけど……と思いつつシュヴァルツに視線を送ると、こちらに気づいたシュヴァルツは柔らかく微笑み目を伏せた。
 まるで、『好きにしろ』と言わんばかりに。
 恐らく私の言う通りに動いてくれるという事なのだろう。彼の気まぐれに感謝しつつ、悪魔に畏怖する人達に向けて説明する。

「大丈夫ですよ、皆さん。彼はわたくし魔物の行進イースターを終わらせる為に召喚した悪魔なの。ですから、貴方達に牙を剥く事はないわ」
「アミレス王女殿下が、魔物の行進イースター終結の為に召喚した悪魔──と?」
「えぇ。精霊召喚と悪魔召喚は似通った部分があるから、もしかしたらと思いものの試しに挑戦してみたのよ。わたくしも……早く、あの戦いを終わらせたくて。それで、魔族側からも魔物の行進イースターを終わらせるよう訴えかけて欲しくて、悪魔に協力を仰いだという訳ですわ」

 口八丁には自信がある。
 それらしい筋書きを考えてそれらしく語り紡ぐと、それ以外に悪魔がこの場にいる理由が思いつかない人々は、あっさりとそれを信じる。
 人々がシュヴァルツに向ける視線が恐怖から感動へと移り変わると、当の本人は口元を手で覆い肩を小刻みに震えさせていた。
 どうやらシュヴァルツは笑いを堪えているらしい。小さく笑い声を零しながら、シュヴァルツはゆっくりと私の傍に移動して、

「くくくっ、このオレサマを使い魔扱いたァ……おもしれェ女」

 某有名なフレーズを口にしながら私の髪を一房手に取り、そこに唇を落とした。

「──我が召喚主マスターのお望みのままに、なんてな」

 私の両手がナトラと白夜とで塞がっているからか、主従関係にありがちな手の甲への口付けを髪で行ったのだろう。
 これにより私達が本当に契約関係にあると思ったらしく、私は上位精霊達と高位の悪魔を召喚せしめた優秀な召喚士としてその肩書きを帝国中に広める事となるのだが──……これはまだ、少し先の話。

 過保護な人達が何かとボディタッチの多いシュヴァルツをとっちめようと追いかけ回しては、魔物の行進イースターが終わったにも関わらず元気に暴れ散らかしていた。
 何やってるのよあの人達。と呆れつつも、ようやく日常に戻って来れたんだなあという感慨深さもあって。
 たった数週間のうちの数日間の事だけれど、本当に地獄のような日々だったから。命懸けの戦いは、暫くの間はもう懲り懲りだな。

 ──ボディタッチと言えば、さっきシュヴァルツにキスされたような気が…………っ!?
 しかもあの時、あいつ、告白してきたような……こくはく? え? 告白って、あの告白??

「アミレスちゃん、顔がすごく赤いけどもしかして病気か何かに罹っちゃったの!?」
「えっ?」
「魔物の攻撃を受けて何らかの症状が出てるならすぐに対処しないと……! ローズ、月女神の愛唄って今歌える?」
「いや、あのっ」
「歌えますわお兄様! 五楽章までいけます!!」
「流石だローズ! よし、俺も一緒に歌おう!!」
「はい、歌いましょう!」

 シュヴァルツとのあれやこれやを思い出して顔が熱くなっていたのだが……こんな時ばかり私の顔は馬鹿正直に色づいてしまっていたらしく、傍にいたローズとレオに要らぬ心配をと誤解を与えてしまった。

「だ、大丈夫だから! ほんとの本当に大丈夫だからぁ!!」

 想像以上に早く魔物の行進イースターが終わり、大陸中は沸き立った。
 その中で───私は一人だけ、情けない叫び声を上げていたのだった。
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