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第四章・興国の王女

385.終戦は突然に3

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「とりあえず、最悪の事態だけは避けられたんだからいいだろ? とにかくさっさと魔界の扉を締めようぜ」
「それもそうじゃな。我が全力で扉を閉めるゆえ、お前がこの鍵とやらを使え。その方が手っ取り早いわ」
「ちゃんと扉を閉められるんだろうな?」

 オレサマに鍵を押し付けて、悠然と扉へ向かうナトラに問いかける。するとアイツは二つ結びの髪を翻し、

「誰に言うておるのじゃ、我は誇り高き緑の竜であるぞ? それに──……今の我は、アミレスの願いを叶える為なら何だって出来そうな気がしておるからの!」

 ギザギザの歯を見せて笑った。
 やがて魔界の扉の前に立ち、腰を落として深く息を吐く。そして、

「ふんッッッぬぅッ!!」

 衝撃で地面が大きく陥没する程の威力で、大きく振りかぶった拳を扉にぶつけた。
 ゴォーーンッ! ドンッ!!
 鈍い音が辺りに満たされた。激しく舞う土煙で全然見えないが、その音は間違いなく扉が閉まった・・・・・・音だった。
 土煙が少し収まり、目に映るものに唖然とする。
 何故ならあの魔界の扉が、片方だけとは言えナトラの一撃で確かに閉じられていたのだから。
 ──嘘だろ? そんな言葉が当たり前のように口から飛び出した。任せたのはオレサマ達の方だが、まさかここまでナトラが優秀だったなんて。流石は緑の竜だな。

「あーーっ、疲れたのじゃあああああ……!」

 当のナトラはと言うと肩を大きく上下させ、その場で座り込んだ。
 やはり魔界の扉に干渉するには、純血の竜種と言えども相当な負担がかかるらしい。珍しく滝のように汗を流し、ナトラは天を仰ぐ。
 全盛期ならまだしも、今のナトラは白の竜の権能の影響とやらで力が全く出せない状況……そんな最悪の状態で、むしろ、よくもまあ扉を閉められたな。

「おい、シュヴァルツ。さっさと鍵を締めんか。片方だけとは言え扉は閉まった──もう、鍵を締める為の条件は満たされておるじゃろう」

 立ち尽くし感心していたオレサマに、さっさと鍵を締めろと息も絶え絶えにせっついてきた。
 確かに……よくよく見れば、閉められた扉にぼんやりとだが星雲のような輝きが見られる部分がある。恐らくはアレがこの鍵を締める場所なのだろう。
 片方しか扉が閉まっておらずとも、その状況で鍵をかけると『鍵を締めた』という結果に向かい、もう片方の扉も勝手に閉まる──って事だろうか。
 こういう因果とかの話って意味不明で苦手なんだよなァ。

「今から鍵締めるから、ちょっと待っとけ」

 扉の中央程の高さまで飛翔し、星雲のように輝く鍵穴に鍵を突っ込む。そして力いっぱい鍵を回すとそれは突然光の泡となって消え去り、オレサマ達の仮説が正しかったと証明するかのように、閉まっていなかったもう片方の扉が独りでに動き出した。
 地響きと共に動く扉。
 およそ三分ぐらい待つとついに扉は完全に閉まり、魔界の扉は鍵を締められた。これで、あの鍵が壊れるまで……もう二度と魔物の行進イースターは起きない事だろう。

「ん、立てるかナトラ」
「……無理じゃ。全く力が入らん。お前の不始末に協力してやったのじゃ、我をアミレスの元まで送り届けろ」
「へいへい。どいつもこいつも悪魔使いが荒いこった」

 ぐったりしているナトラを小脇に抱え、再度瞬間転移を発動する。
 最後にもう一度振り返り、向こう千年は開く事のなさそうな扉を見て笑みが零れた。
 魔界としては困る事なんだろうが……ま、いいか。アイツのいる世界が守られるのなら、それで。
 オレサマはあくまでも魔王の職務を全うしてただけで、魔界にも魔物共にも一切執着とかねェし。
 少しでもアイツから見たオレサマのイメージが良くなるのなら、民草を思う良き王とでも賢き王とでも好きに思わせておこう。
 わざわざ誤解を解く必要なんて、どこにもないよな?

「それじゃァ戻るか──……アミレスの所に」

 そして、オレサマの視界は白い輝きに包まれた。


♢♢


「陛下! そろそろお休み下され! もうずっと戦い続けているではないですか!!」

 テンディジェル大公が後方から喚き散らして来る。

「私の決定に口を挟むな、大公」
「しかし……」

 私は何の問題もないと言うのに、何故邪魔をするのか。この場にケイリオルがいれば、あの男の本音が分かっただろうが……生憎と、奴は今罪人の粛清で忙しいだろうからな。
 ケイリオルを粛清に向かわせて良かった、と魔物の行進イースター発生当初は思っていたが……特に意味は無かった。
 あの化け物が不在であれば、強力な魔物に殺される事も叶うかと思っていたのに。どの魔物も、取るに足らなかった。私を殺すに至らなかったのだ。

 策を弄し、ようやくケイリオルと別行動を取れたと言うのに。全て無駄足だった。
 今頃……ケイリオルは何人殺しているのだろうか。あいつはあれで結構面倒臭がりなところがあるからな、適当に一族郎党皆殺しにしようと暴れているやもしれん。
 ──『後で復讐とかされても面倒だし』とか何とか言って。
 昔から……極端に合理的なのだ、あの男は。
 ケイリオルの異端っぷりを思い出しては失笑を零し、剣についた血を振り落としていると、

「お、この辺り魔物がいっぱいいるな~! やっほ~魔物諸君! すっごくすご~く大事な伝言だよ~~!!」

 上空から幼い子供のような声が降り注いだ。
 それは、黒い球体に腰を下ろして滞空している灰色の肌の子供から発せられたものだと、私はすぐさま理解した。

「灰色の肌……影人族シャドウマンとやらか」

 かつて闇の魔力を持つ人間がその魔力にのまれ、魔人化した結果生まれたと言われている種族。絶滅したと聞いていたが、魔界ではまだ生きていたらしい。
 …………あの魔物なら、もしくは──。

「ごほんっ。え~、我らが魔王様から撤退命令・・・・が出ました! 扉はボクが開いてあげるから、魔王様の逆鱗に触れたくないなら早く帰った方がいいよ~~っ」

 撤退命令?
 それに、魔王だと?
 思いもよらぬ展開に戸惑いが暴れ出す。あの魔物が何者なのかなど私には到底分からない事だが、あの魔物の言葉に従い、確かに魔物の群れは踵を返して撤退した。
 恐らくは魔王に続く実力者、ないし権力者なのだろう。それこそ、理性などない魔物の群れを統率する程の力を持つ魔物。
 是非とも戦いたい。さすれば私も、今度こそ死ねるやもしれぬから。

「ん? な~んかすごい殺気! いつものボクなら相手してあげたんだけど、今日は魔王様の命令があるから早く次の場所に行かなきゃなんだ~、ごめんね?」

 上空の魔物を睨んでいたら、私の殺気に気がついた魔物にそんな言葉を返されてしまった。
 次の場所とはどういう事なのか。それに、また魔王という単語が聞こえた。魔王は行方不明だったそうだが、あれは事実ではなかったのか?

 いくつもの疑問に頭を支配されているうちに、白の山脈方面から謎の地響きが伝わって来た。
 これはよくある事なのかと大公に問うも、奴も知らないとばかりに首を横に振る。
 何もかもが前代未聞の事態。
 いつしか白の山脈から雪崩込んできていた魔物の群れは一匹残らず魔界へと戻り、あの影人族シャドウマンの魔物もいつの間にか姿を消していた。

「一体、何が起きているのだ……」

 口をついて飛び出したその疑問は、ディジェル領の兵士達の勝鬨に飲まれていき、答えを得る事はついぞ叶わなかった。
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