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第四章・興国の王女

382.黒白の名5

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「──って、そういえば魔物は? 天使が出てきてからというものの、ちょっと大人しすぎない?」

 魔物の群れの存在を思い出し、ハッとなる。
 天使が出てきたり、シュヴァルツが実は魔王だったりと衝撃的な事が重なった所為で、頭から魔物の存在が抜け落ちていた。
 どうやら、人前で大泣きしてしまったからか緊張の糸が完全に解けたらしい。

「この平原にいた魔物共の群れの四割は天使共の攻撃で消滅。残りの六割はオレサマが現れたから動くに動けなくなってるんだろォな」
「動けなく、ってなんで?」
「何でってそりゃァ……オレサマ魔王だぞ? 歴代で最も強い当代の魔王、それがオレサマだ。並大抵の魔物共はオレサマにちょっと威圧されただけで死にかける程度の雑魚だからな、行方不明だったオレサマが突然現れて命の危機を感じてるんだろうよ」
「成程……」

 シュヴァルツ曰く、この魔界の行進イースター魔王かれの管轄外にある魔物の本能による暴動みたいなものらしい。魔物達の本能によるものだったからこそ、シュヴァルツとしては放置するしかなかった。
 それが魔物達をつけあがらせてしまったのだろう。
 数年前より魔王が魔界から姿を消していたのをいい事に好き勝手暴れていたら、急に行方不明の魔王が魔物の行進イースター中に現れてしかも何故か人間と親しげにしている。
 そんな光景を目の当たりにしたから、魔物達は本能で・・・息を潜め、何もせずその場で立ち尽くしているのだろう。
 私がもし同じ立場だったとして──好き勝手やってるところに皇帝が現れたりした日には、それはもう全力で息を潜める自信がある。
 だから、嘘のように大人しくなった魔物達の様子にも納得がいく。

 もしかしたら、ゲームでも魔王シュヴァルツは何故か人間界に来ていて……今から半年後に発生する魔物の行進イースターが異様に早く終息したのは、彼が魔物達を魔界へと押し戻したからなんじゃないか──と私は考えた。
 だってシュヴァルツって意外と面倒見いいし。他の事なんてどうでもいいみたいな態度の割に、竜種故に何かとぶっ飛んだ考えのナトラとかクロノの世話をよく焼いてくれている。
 でも興味の無い事は本当にどうでもいい。みたいなひねくれた性分してるから、きっと彼は魔物の行進イースターなんて面倒事、率先して終わらせると思う。
 多分、シュヴァルツが人間界に来ていた何らかの理由の邪魔にもなるだろうし。

「参考までに聞きたいのだけど……貴方って何の為に人間界に来てたの?」
「あー……それこそ魔物の行進イースターに繋がる事なんだが、前にクロノが言ってた通り魔界は何千年もの間解決されない食糧問題を抱えてる。その所為で魔物の行進イースターなんてものが起きてんだ」

 確かに、そんな話を前にしてたわね。

「オレサマも統治者として色々対策を講じて来たが、魔界はそう易々と自然が育まれない環境でな……何十何百もの方法を試したがどれも魔界全域での食糧問題解決の糸口にはならなかった。百年ぐらい前、ようやくイけるかもしれねェっつー方法を見つけたってのに、誰かさんがその環境も設備も何もかも破壊してくれやがったからオレサマの努力は全部水の泡になったしな」

 話が進むにつれてシュヴァルツの顔がどんどん険しくなっていく。
 どうやらその『誰かさん』とやらに相当怒りを覚えているらしい。それにしても……シュヴァルツって物凄く真面目に王様やってたのね。

「だからこそ、魔界の知識だけではどうしようもないと思ったオレサマは人間界に来た。何かいい方法はないかと大陸中を見て回って、農業や漁業や畜産業の見学と軽い体験をしてきたんだよ」

 農業とかの見学? 魔王が人間界にお忍びで来てやった事が農業体験って事??

「これだけ広い大陸なら、どこかしら魔界と似た環境の場所で自給自足してるだろうって思ってな。その旅の途中でフォーロイト帝国に来た時に偶然アミレスと会って、気がついたら今に至る。オレサマが人間界に来た理由はこんなところだな」

 魔王が魔界から姿を消したと人間界は一時期大騒ぎだったのに、当の本人は世界中の農地巡りしてたとか……とんだ肩透かしを食らった気分よ。

「そう言えば、我が書庫で兄上達に関する記述を探しておった際お前も何か本を読んでおったが……もしや、アレもそうなのか?」
「おう、農耕業について調べてた。そしたら魔界でも育ちそうな作物とか見つけてよ、あん時は流石にこっそり部下呼んで、即座にその種を密猟させたわ」
「密猟したのか」
「バレなきゃいいだろ、別に?」
「……我、怒られても知らんからの」

 まさかシュヴァルツが裏でそんな事をしていたなんて……と目を丸くしていると、ずっと顔を顰めていた師匠がおもむろに口を開いた。

「──つーか、お前誰?」

 そうか、師匠はまだ彼がシュヴァルツだと知らないんだ。確かに、何も知らないまま彼のこの姿を見て、シュヴァルツと同一視するのは難しいだろうし。

「オレサマか? 魔王だけど」
「はぁ? 何で魔王がこんな所に……つーか何でウチの姫さんと仲良くしてんだよ失せろ」
「い~や~だ~ね~。てかアミレスはお前等のじゃねェし。コイツとは元々仲良かったんだから、今まで通り仲良くしても別にいいだろ?」
「元々──って、その気配……!」

 何かに気づいたのか、師匠はハッと息を呑んだ。

「お前、シュヴァルツか!? 悪魔とか聞いてねーぞ!?」
「そりゃ言ってねェし。何ならお前等には特にバレないよう色々小細工も弄したからな」
「テメェッ……! 俺達を今までずっと騙して来て、さぞや楽しかっただろうなぁ……!!」
「別にオレサマは一度も『ぼくは普通の人間です』だなんて言わなかったろ。勝手にオレサマを人間と思い込んでたのはお前等の方だぜ?」
「っこの……!!」

 騙す……そうか。騙されてたのね、私達は。
 まあでも、誰にだって秘密の一つや二つはある。シュヴァルツの場合はそれがその正体だったってだけの事。
 私にだって、どうしても皆に話せない秘密があるように……皆にだって人には話せないような秘密があって当然だ。
 それなのにちょっと嘘をつかれていただけで被害者ぶる訳にはいかない。だって、私自身己の正体の事は──ここにいる誰にも話していないのだから。

「しっかし……いざ制約を破棄する時までオレサマに気づかないとは耄碌したなァ精霊の」
「お前程度の脆弱な魔力炉にこのボクが逐一気づくとでも? 思い上がるなよ、悪魔風情が」

 それにしても本当に仲が悪すぎないかしら、悪魔と精霊って。もうずっと空気が険悪なんだけど。
 まあいいか。とにかく、ゲームでは魔王シュヴァルツが人間界の農業を学ぶ為に人間界に来ていた時に魔物の行進イースターが発生した。
 それ故に、農業体験の邪魔になるからと魔王自ら魔物を魔界へと押し戻した可能性は高い。
 あくまで一時的なものではあるが、それで一旦魔物の行進イースターが終息したのならば、ゲームのプロローグであっという間に魔物の行進イースターが終わった事にも納得がいく。
 何せゲーム本編は長くても一年ぐらいしか時間が経たない。なので、もしかしたら……ゲーム本編終了から数年後に改めて魔物の行進イースターが発生したのかもしれない。
 もしそうだとすれば……仮に生き残れたとしても、またこんな戦場に駆り出されて最悪命を落とす可能性すらある。
 その最悪の可能性をどうにかして消すべく、魔物の行進イースターの完全終息をここで果たさなければ。

 今度は師匠も混じえてぎゃあぎゃあ言い争ってる三名は一旦放っておいて、私は思考を巡らせた。
 シルフ達が探していたというあの【世界樹】の枝は、世界と世界を繋ぐ扉を締める為の鍵。
 あの鍵があれば魔界の扉を閉められるかもしれないというが……何か引っかかる。
 ……──『あれは我等、五色の竜と同じ母体から生まれたもの』。
 まるでずっと探していたパズルのピースが徐々に象られていくように、先程のナトラの言葉が思い出される。
 それと同時に、以前のクロノの件が脳裏を過ぎる。
 クロノは魔界の扉をこじ開けて世界間の移動を果たした。本来誰にも干渉出来ない(と、以前シルフから聞いた)ものに、何故クロノが干渉出来たのか正直謎だった。
 だからこそ、あの鍵の話を聞いて一つの仮説が頭に思い浮かぶ。クロノが魔界の扉に干渉出来たのは、【世界樹】から生まれた存在だからなんじゃないのか?
 そう仮定すると、途端にパズルのピースが埋まっていった。
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