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第四章・興国の王女
379.黒白の名2
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「なんで……なんで、こんな事になるのよ……こんなものが──魔物の行進なんてものが起きたから!!」
シュヴァルツの頭を抱えて叫ぶ。視界がぐちゃぐちゃになるぐらい涙が溢れ、大粒のそれがぽたぽたとシュヴァルツの顔に落ちる。
「アミィっ、アミィ! 大丈夫かい!?」
「無事なら返事をしてくれ、アミレス!」
シルフとナトラが息を切らして走ってきて、私の涙を見てぎょっとしていた。
「シュヴァルツが、シュヴァルツが私達を守って……!」
「アミィ、落ち着いて。シュヴァルツの事よりも今はアミィの方が大事だよ。どこか痛いところはない? ボクに治せる範囲のものは治すから、すぐに言って」
「治すなら私じゃなくてシュヴァルツを治してあげて!」
「それが……その、どうしてかは分からないけれど、シュヴァルツには治癒魔法が効かないんだ。弾かれてる、って言うのかな……だからシュヴァルツの事は治せないの」
「そんな──」
シルフは申し訳なさそうに瞳を伏せて、少しばかり顎を引いた。
「シュヴァルツが…………そうか、それがこやつの決断ならそう泣くでない。どんな形であれ、シュヴァルツもお前の涙など見たくないじゃろうしな」
眉根を寄せて、ナトラは私の頭を撫でた。ボロボロと泣いているからか、慰めてくれているらしい。
「……我に、もう少し力があれば。数百年前のように権能が扱えれば、こうならずに済んだのに。我の力が及ばず、お前を泣かせてしまった。すまないアミレス」
私の頭を撫でる手を止めて、ナトラは悔しさから体側で握り拳を震えさせつつ深く頭を下げた。
そんな事はない。と、ナトラの言葉を否定しようとした時、
「──いやいや。ナトラの出した世界樹が無ければ、流石のぼくも死んでたって。この程度の怪我で済んだのはナトラのお陰だっつの」
ゆっくりと片目だけ開いて、シュヴァルツは力なく笑った。
「シュヴァルツ! よかった、死んでない……っ」
「慣れてるからねぇ、こんな事じゃ死なないぜ? つぅかさ、そんなに泣かないでよ。おねぇちゃんに泣かれるとどうしたらいいか分からなくなるんだ。でも、うん……ちょっといい気分だなァ。滅多に泣かないおねぇちゃんが、ぼくの為に泣いてくれるなんて」
「そりゃあ、泣くでしょう。私の所為で、貴方が死んじゃったのかと思って……!」
私がこの戦いにシュヴァルツを巻き込んだから、こうなってしまったのかもと思うと、後悔と自責の念に襲われる。
何よりも、辛かった。大事な仲間が死んじゃうなんて、私には耐えられない。その最悪を想像しては、涙が止まらないのだ。
そんな涙でぐちゃぐちゃになった私の顔に、シュヴァルツの小さな手が触れる。彼は、今まで一度も見た事のない凄く優しい笑顔を浮かべていた。
「あーあ……ほんと、ここ数年はぼくらしくねェ事ばっかだよ。でもさ──今まで生きて来た中で、一番楽しかった」
歯を見せてニッと笑い、私の頬へ、耳へ、そしてうなじへと彼はその手を動かす。
すると突然強い力で引っ張られて、私の頭はがくんと落ちていく。
シュヴァルツの顔が目と鼻の先にまで近づいた時、
「お前が好きだ、アミレス。だから頼む……どんなぼくでも、嫌いにならないでくれ」
耳を疑う言葉が聞こえて来た。
それだけでなく、なんと、シュヴァルツはそのまま私の唇を塞いだのだ。彼の、赤い唇で。
予想外の出来事に完全に固まっていると、
「──っシュヴァルツ!! 許さない……ッ、アミィの唇を奪うなんて、お前だけは絶対に許さないッ!!!!」
シルフの怒号が肌を走るようにビリビリと響く。
そのお陰で現状を理解出来た私は、慌ててシュヴァルツの腕を振りほどいて距離を取った。
わたっ、私……き、ききききっ、キス、した? あれ、でもこれ……初めてではないような。あれ?
「まァまァ。そう怒るなよ精霊の。こんなのただのスキンシップだぜ?」
「アァン!? 黙れ! 殺すッ、今すぐここで殺す!!」
「あ~怖っ! そんじゃ──……オレサマもちゃんと反撃しねェとな」
先程の怪我が嘘のように、シュヴァルツは軽々と立ち上がった。その際彼は少し振り向き、目が合うとニヤリと笑った。
それは、記憶に残る誰かの姿に酷似していて。
「────さァ、反逆の時だ。クソみたいな神々共に一矢報いてやろうじゃねェか!」
刹那、耳障りな不協和音が轟く。
聞いているだけで不安を煽られるような、不気味な鐘の音。その音を聞いて、シルフは顔色を変えた。
「この、鐘の音…………まさかシュヴァルツ、お前?!」
シルフの呟きは、シュヴァルツに届かない。
何故ならシュヴァルツの体は彼の足元から溢れ出した真っ黒な影に包まれ、姿が見えなくなっていたから。
だがそれも束の間。その黒い塊は破裂し、霧散した。
しかしそこに立っていたのは私がよく知る少年ではなく、私の知らない長身の男。
内側が白く染められたさらりと流れる純黒の長髪に、紫水晶の反転眼。見る者全てを魅了してしまいそうな異常に整った顔。
地面に届く大きさの王様が着るような綺麗なマントと、それに似つかわしくないラフすぎる服装。
全て、どこかで見た事のあるものだった。
そこには──偉大なる悪魔である事以外何も知らない、あの男が立っていた。
「精霊界が七つの制約の破棄に成功した為、我々魔界も七つ程制約を破棄させてもらった。なればこそ、オレサマはここに名乗ろう!」
悪魔がしなやかな指を弾くと、周囲で崩落しつつあった大きな木があっという間に消し飛んだ。
開けた世界。上空には、未だこちらを見下ろす天使達がいた。
それを睨み、悪魔は不敵に笑う。
「我が名はヴァイス! 魔界を統べる者──魔王、ヴァイス・フォン・シュヴァイツァバルティークだ!! 覚悟しろ天使共……数千年の恨み、ここで晴らしてやる」
シュヴァルツの頭を抱えて叫ぶ。視界がぐちゃぐちゃになるぐらい涙が溢れ、大粒のそれがぽたぽたとシュヴァルツの顔に落ちる。
「アミィっ、アミィ! 大丈夫かい!?」
「無事なら返事をしてくれ、アミレス!」
シルフとナトラが息を切らして走ってきて、私の涙を見てぎょっとしていた。
「シュヴァルツが、シュヴァルツが私達を守って……!」
「アミィ、落ち着いて。シュヴァルツの事よりも今はアミィの方が大事だよ。どこか痛いところはない? ボクに治せる範囲のものは治すから、すぐに言って」
「治すなら私じゃなくてシュヴァルツを治してあげて!」
「それが……その、どうしてかは分からないけれど、シュヴァルツには治癒魔法が効かないんだ。弾かれてる、って言うのかな……だからシュヴァルツの事は治せないの」
「そんな──」
シルフは申し訳なさそうに瞳を伏せて、少しばかり顎を引いた。
「シュヴァルツが…………そうか、それがこやつの決断ならそう泣くでない。どんな形であれ、シュヴァルツもお前の涙など見たくないじゃろうしな」
眉根を寄せて、ナトラは私の頭を撫でた。ボロボロと泣いているからか、慰めてくれているらしい。
「……我に、もう少し力があれば。数百年前のように権能が扱えれば、こうならずに済んだのに。我の力が及ばず、お前を泣かせてしまった。すまないアミレス」
私の頭を撫でる手を止めて、ナトラは悔しさから体側で握り拳を震えさせつつ深く頭を下げた。
そんな事はない。と、ナトラの言葉を否定しようとした時、
「──いやいや。ナトラの出した世界樹が無ければ、流石のぼくも死んでたって。この程度の怪我で済んだのはナトラのお陰だっつの」
ゆっくりと片目だけ開いて、シュヴァルツは力なく笑った。
「シュヴァルツ! よかった、死んでない……っ」
「慣れてるからねぇ、こんな事じゃ死なないぜ? つぅかさ、そんなに泣かないでよ。おねぇちゃんに泣かれるとどうしたらいいか分からなくなるんだ。でも、うん……ちょっといい気分だなァ。滅多に泣かないおねぇちゃんが、ぼくの為に泣いてくれるなんて」
「そりゃあ、泣くでしょう。私の所為で、貴方が死んじゃったのかと思って……!」
私がこの戦いにシュヴァルツを巻き込んだから、こうなってしまったのかもと思うと、後悔と自責の念に襲われる。
何よりも、辛かった。大事な仲間が死んじゃうなんて、私には耐えられない。その最悪を想像しては、涙が止まらないのだ。
そんな涙でぐちゃぐちゃになった私の顔に、シュヴァルツの小さな手が触れる。彼は、今まで一度も見た事のない凄く優しい笑顔を浮かべていた。
「あーあ……ほんと、ここ数年はぼくらしくねェ事ばっかだよ。でもさ──今まで生きて来た中で、一番楽しかった」
歯を見せてニッと笑い、私の頬へ、耳へ、そしてうなじへと彼はその手を動かす。
すると突然強い力で引っ張られて、私の頭はがくんと落ちていく。
シュヴァルツの顔が目と鼻の先にまで近づいた時、
「お前が好きだ、アミレス。だから頼む……どんなぼくでも、嫌いにならないでくれ」
耳を疑う言葉が聞こえて来た。
それだけでなく、なんと、シュヴァルツはそのまま私の唇を塞いだのだ。彼の、赤い唇で。
予想外の出来事に完全に固まっていると、
「──っシュヴァルツ!! 許さない……ッ、アミィの唇を奪うなんて、お前だけは絶対に許さないッ!!!!」
シルフの怒号が肌を走るようにビリビリと響く。
そのお陰で現状を理解出来た私は、慌ててシュヴァルツの腕を振りほどいて距離を取った。
わたっ、私……き、ききききっ、キス、した? あれ、でもこれ……初めてではないような。あれ?
「まァまァ。そう怒るなよ精霊の。こんなのただのスキンシップだぜ?」
「アァン!? 黙れ! 殺すッ、今すぐここで殺す!!」
「あ~怖っ! そんじゃ──……オレサマもちゃんと反撃しねェとな」
先程の怪我が嘘のように、シュヴァルツは軽々と立ち上がった。その際彼は少し振り向き、目が合うとニヤリと笑った。
それは、記憶に残る誰かの姿に酷似していて。
「────さァ、反逆の時だ。クソみたいな神々共に一矢報いてやろうじゃねェか!」
刹那、耳障りな不協和音が轟く。
聞いているだけで不安を煽られるような、不気味な鐘の音。その音を聞いて、シルフは顔色を変えた。
「この、鐘の音…………まさかシュヴァルツ、お前?!」
シルフの呟きは、シュヴァルツに届かない。
何故ならシュヴァルツの体は彼の足元から溢れ出した真っ黒な影に包まれ、姿が見えなくなっていたから。
だがそれも束の間。その黒い塊は破裂し、霧散した。
しかしそこに立っていたのは私がよく知る少年ではなく、私の知らない長身の男。
内側が白く染められたさらりと流れる純黒の長髪に、紫水晶の反転眼。見る者全てを魅了してしまいそうな異常に整った顔。
地面に届く大きさの王様が着るような綺麗なマントと、それに似つかわしくないラフすぎる服装。
全て、どこかで見た事のあるものだった。
そこには──偉大なる悪魔である事以外何も知らない、あの男が立っていた。
「精霊界が七つの制約の破棄に成功した為、我々魔界も七つ程制約を破棄させてもらった。なればこそ、オレサマはここに名乗ろう!」
悪魔がしなやかな指を弾くと、周囲で崩落しつつあった大きな木があっという間に消し飛んだ。
開けた世界。上空には、未だこちらを見下ろす天使達がいた。
それを睨み、悪魔は不敵に笑う。
「我が名はヴァイス! 魔界を統べる者──魔王、ヴァイス・フォン・シュヴァイツァバルティークだ!! 覚悟しろ天使共……数千年の恨み、ここで晴らしてやる」
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