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第四章・興国の王女
373.闇裂くは晴天
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積み上がる死体。それは、人も魔物も混ざりに混ざった肉塊の山。
魔物の行進が発生しているものの、彼等は魔物に襲われた被害者という訳ではない。彼等は全て、この数日で僕が殺した人間達だった。
魔物の死体は、そこらじゅうで暴れていて五月蝿かったので、鬱陶しさのあまりついでに殺しただけのものです。
「あれだけの魔物をものの一瞬で……」
「返り血一つ浴びずにあの数の人間を……?」
「あれが、無情の皇帝の側近──」
「お、おい。あの人、魔法使ってなかったよな? 魔法も使わず、純粋な剣術だけであんな事が可能なのか?」
「化け物だ……っ」
この領地の者達が、僕を見てはひそひそと話す。その全てがちゃんと聞こえているんだが……どうでもいいか。
長さの違う二本の剣についた血を振り落とし、腕を交差させて腰から提げた鞘に収める。
こうして戦うのは十数年振りだけど、案外まだまだいけるものだ。どいつもこいつも箸にも棒にもかからないような連中だったし。
何より、僕は元々対人戦の方が得意ですからね。
「け、ケイリオル卿! 確かに領主やその協力者達は不正を働いておりましたが、この場で殺す必要などあったのですか……? 法の裁きを下す程度に済ませてやれば……」
領主の不正にも気づけなかった愚鈍な召使いが、何を偉そうな事を言っているのだろうか。
「何故、そのような手間をかける必要が? 彼等は陛下に背いた罪人です。そのような存在に、我々役人の貴重な時間を多く費やすなど業腹ではありませんか。であれば、こうして特殊審判権を持つ僕が出向きその場で罪人の首を落とした方がずっと早い。ね、簡単な話でしょう?」
「え……と、その……」
「ああ、もしや……罪人達の断罪に来たのが僕一人だったから、処罰も軽いものだと思われましたか? ふふ、逆ですよ、逆。貴方達のようなたかが罪人風情の移送に騎士を動員するなど無駄の極み。僕がその場で殺してしまった方が色んな手間が省けますからね」
顔を青くして顎を震えさせる男に詰め寄り、布の下でにこりと笑ってみる。どうせ、誰にも見られないのだから問題はない。
「分かりますか? 僕しか来なかったのではなく、僕一人で充分だったのです。いくつもの首を落とす事も、目に付いた魔物を殲滅する事も……わざわざ騎士を派遣してやる必要の無い、些事なんですよ」
懇切丁寧に説明してさしあげると、何度も何度も首を縦に振り、男は真っ青な顔のまま一目散に逃げ出した。
「さて、どうしましょうかね。罪人への粛清はあらかた済んでしまいましたし、帝都に戻りましょうか」
そう呟き踵を返した時。僕の仕事着の裾をギュッと掴み、引き止める者がいた。
「おやおや、君はもしや……領主のご子息ですか?」
涙をボロボロと流し、怒りと混乱を蓄えた瞳でこちらを見上げる幼子。やけに身なりがいい事と、目の色が罪人と同じである事からそう判断した。
「っそうだ! なんで、なんでとうさまを殺したんだ! とうさまはなにも悪いことをしてないだろ!!」
大きな声を上げて、子供は僕の足を殴った。善悪の区別がまだつかない幼子だからこそ、このような行動に出られるのだろう。
しかし……たかが父親が亡くなった程度の事で、よくこんなに喚くなあ。
「君は、まだ幼いから何が悪くて何が善い事なのかも分からないのでしょう。君の父親が犯した罪も、そして君自身が犯している愚行も……まだ理解が及ばないのですね」
「──とうさまがおかした、罪?」
子供の握り拳を手袋越しに包み込み、優しく語りかけた。すると子供はようやく大人しくなり、攻撃の意思が無くなりつつあるように見えましたので、膝を折って目線を合わせてあげた。
目線を合わせたと言っても、僕にしかそれは分かりませんけどね。
「えぇ。君の父親は、あろう事か陛下に背くという罪を犯しました。それはこの国で最も許されざる罪。万死に値するものです」
「で、でも……だからってあんな、首を切るなんて……っ」
「あれはまだ慈悲ある殺害方法ですよ? 本当なら、もっと時間をかけてゆっくりとじっくりと、陛下に背いた罪を償わせるべく苦痛の伴う処刑方法を取ったのですが……生憎と、今は僕も忙しくて。なので仕方無く、一撃で死なせてやったんですよ」
そう。彼に背を向けた罪をたかが斬首程度の罰で済ませてやっているだけ喜んで欲しいぐらいだ。
時間があれば、自ら死を切望したくなるような苦しみを味合わせて嬲り殺してやるのに。
なんの痛みも苦しみもない斬首で一瞬で終わらせてやったんだ。遺族として……父親の安楽死をもっと喜んでやってはいかがですか?
「っう、ぁ……!」
子供はまた滝のように涙を流し、その場で膝をついた。涙を拭う手の隙間からは、お門違いな復讐に燃える瞳がこちらを鋭く睨んでいて。
うーん、これは後が面倒臭そうですね~~。
「ああそうだ。君の犯した愚行の方ですが──……」
子供に向け、語りかける。
「僕、潔癖症なんですよね。だから、実を言うと他人に素手で触れる事も、他人に服を触られる事すらも嫌で嫌で仕方無いんです」
立ち上がって剣を抜いて構えると、子供は目を点にして固まった。手入れだけはかかさず行っていた為、無駄によく煌めく愛剣の刀身に、子供の絶望に満ちた表情が反射していた。
「そうですねぇ……後に復讐だのなんだの騒がれて、厄介事を増やされても困りますし。やっぱり一族郎党全てここで殺しておきましょう。ふふ、君の所為ですよ? 今はあまり時間が無いからと、罪人の首だけで勘弁してやったのに……君が僕に触ったから。君が僕に余計な復讐心を見せたから」
そして構えた剣を横に振り、
「君の家族は、全員死ぬんですよ」
子供の首を落とした。
首を斬った瞬間に体を蹴ってやれば、その際に吹き出す血もこちらには飛び散らなくて服が汚れずに済む。他者の血なんて、死んでも触れたくないですからねぇ。
「さーて。仕事が増えてしまったから早く片付けないと」
こんな事もあろうかと、事前に罪人の血縁者と関係性全員に触れておきましたし……かなり疲れるけど魔眼の力があれば全員の居場所を突き止められる。
透過の魔眼──それは、全てを視透かす眼。
そんな事をすれば目が焼かれるように痛くなるし、頭だってぐちゃぐちゃになってしまうのだが……やろうと思えば、千里先まで視透かす事の出来る魔眼。
故に。事前に捕捉しておいた人間に関しては、その居場所すらも僕の眼で視透かす事が出来る。
とは言えども、千里を見渡すとなると相当な魔力を消費するし情報量の多さに精神に異常をきたしかねないから、かなりの魔力量と強靭な精神を持ち合わせてなければ、決して使えないのだけど。
「一族郎党って言ってしまったから、定年で故郷に帰った家臣なども殺しに行かないといけないのか。面倒ですね……」
剣をくるくると回して手遊びする。
おもむろに歩き出すと、先程の僕と子供のやり取りを見ていたこの地の人々が怯えた表情でこちらを見つめてきた。
(無情の皇帝の側近でありながら民草にも目を向け寄り添ってくださるあのケイリオル卿が、こんな惨い事を)
(人の心がある御方と聞いていたが、やはり無情の皇帝の側近だから……)
恐怖と、困惑と、混乱の入り交じった心。
無情の皇帝、ねぇ。そんな肩書きで民は彼を呼ぶけれど、実際は違うのにな。まあ……彼がこれを望んだのだから、無辜の民は真実を知る事もなくそのまま一生を終えればいいと思うけど。
しかし……人の心がある──か。
まさかそんな事を思われる日が来るなんて。ケイリオルでなければまず有り得なかっただろうな。
だって、心は分からない事もないけれど……有無を問われれば、うん。そんな大それたもの、僕には始めから無かったから──……。
雑念を振り払い、僕は仕事を全うする為に罪人の血縁者及び関係者の首を取りに行った。
その結果、約二日で領地内にいた血縁者と関係者は全員殺せた。
定期的に頭から下位万能薬を浴びているとはいえ、やはり気分的には自身が汚く感じる。なので、とにかく湯浴みをしたい。
……さっさと帰るか。ひとまずは用事も済みましたし。
「それに──何か、嫌な予感がするんですよね」
帝都の方角を見上げてボソリと零す。
この嫌な予感が、僕の思い違いであればいいのですが……。
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魔物の死体は、そこらじゅうで暴れていて五月蝿かったので、鬱陶しさのあまりついでに殺しただけのものです。
「あれだけの魔物をものの一瞬で……」
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「あれが、無情の皇帝の側近──」
「お、おい。あの人、魔法使ってなかったよな? 魔法も使わず、純粋な剣術だけであんな事が可能なのか?」
「化け物だ……っ」
この領地の者達が、僕を見てはひそひそと話す。その全てがちゃんと聞こえているんだが……どうでもいいか。
長さの違う二本の剣についた血を振り落とし、腕を交差させて腰から提げた鞘に収める。
こうして戦うのは十数年振りだけど、案外まだまだいけるものだ。どいつもこいつも箸にも棒にもかからないような連中だったし。
何より、僕は元々対人戦の方が得意ですからね。
「け、ケイリオル卿! 確かに領主やその協力者達は不正を働いておりましたが、この場で殺す必要などあったのですか……? 法の裁きを下す程度に済ませてやれば……」
領主の不正にも気づけなかった愚鈍な召使いが、何を偉そうな事を言っているのだろうか。
「何故、そのような手間をかける必要が? 彼等は陛下に背いた罪人です。そのような存在に、我々役人の貴重な時間を多く費やすなど業腹ではありませんか。であれば、こうして特殊審判権を持つ僕が出向きその場で罪人の首を落とした方がずっと早い。ね、簡単な話でしょう?」
「え……と、その……」
「ああ、もしや……罪人達の断罪に来たのが僕一人だったから、処罰も軽いものだと思われましたか? ふふ、逆ですよ、逆。貴方達のようなたかが罪人風情の移送に騎士を動員するなど無駄の極み。僕がその場で殺してしまった方が色んな手間が省けますからね」
顔を青くして顎を震えさせる男に詰め寄り、布の下でにこりと笑ってみる。どうせ、誰にも見られないのだから問題はない。
「分かりますか? 僕しか来なかったのではなく、僕一人で充分だったのです。いくつもの首を落とす事も、目に付いた魔物を殲滅する事も……わざわざ騎士を派遣してやる必要の無い、些事なんですよ」
懇切丁寧に説明してさしあげると、何度も何度も首を縦に振り、男は真っ青な顔のまま一目散に逃げ出した。
「さて、どうしましょうかね。罪人への粛清はあらかた済んでしまいましたし、帝都に戻りましょうか」
そう呟き踵を返した時。僕の仕事着の裾をギュッと掴み、引き止める者がいた。
「おやおや、君はもしや……領主のご子息ですか?」
涙をボロボロと流し、怒りと混乱を蓄えた瞳でこちらを見上げる幼子。やけに身なりがいい事と、目の色が罪人と同じである事からそう判断した。
「っそうだ! なんで、なんでとうさまを殺したんだ! とうさまはなにも悪いことをしてないだろ!!」
大きな声を上げて、子供は僕の足を殴った。善悪の区別がまだつかない幼子だからこそ、このような行動に出られるのだろう。
しかし……たかが父親が亡くなった程度の事で、よくこんなに喚くなあ。
「君は、まだ幼いから何が悪くて何が善い事なのかも分からないのでしょう。君の父親が犯した罪も、そして君自身が犯している愚行も……まだ理解が及ばないのですね」
「──とうさまがおかした、罪?」
子供の握り拳を手袋越しに包み込み、優しく語りかけた。すると子供はようやく大人しくなり、攻撃の意思が無くなりつつあるように見えましたので、膝を折って目線を合わせてあげた。
目線を合わせたと言っても、僕にしかそれは分かりませんけどね。
「えぇ。君の父親は、あろう事か陛下に背くという罪を犯しました。それはこの国で最も許されざる罪。万死に値するものです」
「で、でも……だからってあんな、首を切るなんて……っ」
「あれはまだ慈悲ある殺害方法ですよ? 本当なら、もっと時間をかけてゆっくりとじっくりと、陛下に背いた罪を償わせるべく苦痛の伴う処刑方法を取ったのですが……生憎と、今は僕も忙しくて。なので仕方無く、一撃で死なせてやったんですよ」
そう。彼に背を向けた罪をたかが斬首程度の罰で済ませてやっているだけ喜んで欲しいぐらいだ。
時間があれば、自ら死を切望したくなるような苦しみを味合わせて嬲り殺してやるのに。
なんの痛みも苦しみもない斬首で一瞬で終わらせてやったんだ。遺族として……父親の安楽死をもっと喜んでやってはいかがですか?
「っう、ぁ……!」
子供はまた滝のように涙を流し、その場で膝をついた。涙を拭う手の隙間からは、お門違いな復讐に燃える瞳がこちらを鋭く睨んでいて。
うーん、これは後が面倒臭そうですね~~。
「ああそうだ。君の犯した愚行の方ですが──……」
子供に向け、語りかける。
「僕、潔癖症なんですよね。だから、実を言うと他人に素手で触れる事も、他人に服を触られる事すらも嫌で嫌で仕方無いんです」
立ち上がって剣を抜いて構えると、子供は目を点にして固まった。手入れだけはかかさず行っていた為、無駄によく煌めく愛剣の刀身に、子供の絶望に満ちた表情が反射していた。
「そうですねぇ……後に復讐だのなんだの騒がれて、厄介事を増やされても困りますし。やっぱり一族郎党全てここで殺しておきましょう。ふふ、君の所為ですよ? 今はあまり時間が無いからと、罪人の首だけで勘弁してやったのに……君が僕に触ったから。君が僕に余計な復讐心を見せたから」
そして構えた剣を横に振り、
「君の家族は、全員死ぬんですよ」
子供の首を落とした。
首を斬った瞬間に体を蹴ってやれば、その際に吹き出す血もこちらには飛び散らなくて服が汚れずに済む。他者の血なんて、死んでも触れたくないですからねぇ。
「さーて。仕事が増えてしまったから早く片付けないと」
こんな事もあろうかと、事前に罪人の血縁者と関係性全員に触れておきましたし……かなり疲れるけど魔眼の力があれば全員の居場所を突き止められる。
透過の魔眼──それは、全てを視透かす眼。
そんな事をすれば目が焼かれるように痛くなるし、頭だってぐちゃぐちゃになってしまうのだが……やろうと思えば、千里先まで視透かす事の出来る魔眼。
故に。事前に捕捉しておいた人間に関しては、その居場所すらも僕の眼で視透かす事が出来る。
とは言えども、千里を見渡すとなると相当な魔力を消費するし情報量の多さに精神に異常をきたしかねないから、かなりの魔力量と強靭な精神を持ち合わせてなければ、決して使えないのだけど。
「一族郎党って言ってしまったから、定年で故郷に帰った家臣なども殺しに行かないといけないのか。面倒ですね……」
剣をくるくると回して手遊びする。
おもむろに歩き出すと、先程の僕と子供のやり取りを見ていたこの地の人々が怯えた表情でこちらを見つめてきた。
(無情の皇帝の側近でありながら民草にも目を向け寄り添ってくださるあのケイリオル卿が、こんな惨い事を)
(人の心がある御方と聞いていたが、やはり無情の皇帝の側近だから……)
恐怖と、困惑と、混乱の入り交じった心。
無情の皇帝、ねぇ。そんな肩書きで民は彼を呼ぶけれど、実際は違うのにな。まあ……彼がこれを望んだのだから、無辜の民は真実を知る事もなくそのまま一生を終えればいいと思うけど。
しかし……人の心がある──か。
まさかそんな事を思われる日が来るなんて。ケイリオルでなければまず有り得なかっただろうな。
だって、心は分からない事もないけれど……有無を問われれば、うん。そんな大それたもの、僕には始めから無かったから──……。
雑念を振り払い、僕は仕事を全うする為に罪人の血縁者及び関係者の首を取りに行った。
その結果、約二日で領地内にいた血縁者と関係者は全員殺せた。
定期的に頭から下位万能薬を浴びているとはいえ、やはり気分的には自身が汚く感じる。なので、とにかく湯浴みをしたい。
……さっさと帰るか。ひとまずは用事も済みましたし。
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