上 下
407 / 766
第四章・興国の王女

366.嵐は突然訪れる3

しおりを挟む
「──魔界が食糧難だから人間界に食糧を求めて侵攻し、人間達を襲う。それが魔物の行進イースターの真相だったのね」

 アミレスはその顔に影を落とした。長い睫毛の形に生まれた影が、彼女の寒色の瞳に暗雲を立ち込めさせる。
 その暗雲の中で、ふと、疑問という名の嵐が小さく巻き起こった。

(食糧を求めて人間界に侵攻してきた魔物達が、どうしてゲームではあっという間に魔界に戻ったの? ミシェルちゃんの住んでる村が魔物の群れに襲われて、その際にミシェルちゃんの加護属性ギフトが発現して九死に一生を得る。でも、それはあくまでのその村だけの話で…………)

 何かが頭に引っ掛かる。だが、それが何なのか彼女には分からなかった。

(何で、ゲームではあのプロローグ以降魔物の行進イースターの話が出なかったの? 十年近く続くような災害が、そんなたかが半月とかで終わる訳ないじゃない。なのに何で、どうして、あの世界では魔物の行進イースターが終わったのよ)

 彼女にはどうしてもそれが分からない。否、誰にも分かる筈がなかった。
 正史ゲームでは数ヶ月先の未来にて魔物の行進イースターが発生するも、僅か数週間にてそれは終息した。
 それがまさか、神々の気まぐれで魔界の扉が無理矢理閉ざされたからだなんて────今はまだ、誰にも分からない事だった。

「……とにかく。魔物の行進イースターが発生した以上、おねぇちゃんが戦いに巻き込まれる可能性は高い。狂った運命率の事を抜きに考えても、精霊達の考えは正しかったって事になるね。相当愚かな王でなければ、国に一人いれば幸運ってレベルの精霊士を魔物共の餌にしたりしないだろうから」

 そしてシュヴァルツは天使のような紅顔を険しく歪め、怒りを込めて愚痴を吐く。

(オレサマが言って、魔物共が大人しく引き下がるかどうか……そもそも今は神々に捕捉されないようオレサマは大人しくしてねェとならねェのに。ああもうッ、全部あのクソ災害野郎の所為だ!!)

 彼の中で立てられていた予定が大きく狂わされた事により、その怒りの矛先は原因の一端たるクロノへと向けられた。
 しかしクロノには全くもってそのような自覚が無く……シュヴァルツにどれだけ睨まれようとも、

(こっち見るなよ)

 冷めた目で一瞥するだけだった。
 これが、世界最古の生物──純血の竜である。

「ねぇ、シルフ」

 混沌とした空気の中、ここでアミレスが一石を投じんと動き出した。
 その顔には不安と迷い、そして覚悟のようなものが浮かんでいて。その顔を見て、シルフも真剣な面持ちを作り「うん、何?」と返事をする。

「その……もしも既に決まった未来があって、そのうちの一つ──仮に、今回はその魔物の行進イースターが確定していた未来の一つだったとして、それが早まった事でその後の決まっていた未来が変わる事は……あるのかな」

 言葉を探りながら、アミレスは必死にその不安を伝えた。
 一つ言葉を誤ってはその瞬間に彼等に伝わらなくなるかもしれない───。
 そんな不安や恐怖に怯えながら、彼女は何とか言葉を紡ぐ。

(…………そう言えば、アミィはさっき『どうしてもう魔物の行進イースターが発生するの』って言ってたけど、もしかしてこの子は──……この先の未来を知っているというのか?)

 そのもしもの可能性に気づき、シルフは戦慄する。
 もしも、アミレスが未来を知る存在だと言うならば……これまでの彼女の不可解な行動にも妙な説得力が生まれてしまう。
 オセロマイト王国が呪いに侵された時、アミレスが単独行動でその原因を解決したのだが……それは神の啓示によるものと本人が語った事を、シルフは後にマクベスタ達から聞いた。
 だが、神の啓示など有り得ない。神々にも相当数の制約があり、一個人にその声を届ける事は本来不可能だからだ。
 それを知るからこそシルフは、神の啓示以外の何らかの方法をもってアミレスは様々な事情を知り得たのだと判断し、しかしてその方法を導き出すには至らなかった。
 だが、それが未来を知っていたからと仮定すれば。

(この先の未来で起きる様々な事を知っているから、あの子は……その持ち前の責任感とお人好しで、いつもいつも危険を顧みないのか!)

 齢六歳にして、将来父や兄に殺されると断言した。
 アルベルトとサラ──エルハルトを奇跡にも近い偶然を装い再会させた。
 大公領の内乱を部外者の中では誰よりも早く予見して、何とかしようとその身を費した。
 勘や直感による言動と言うにはあまりにも的確すぎるそれらが、アミレスが未来を知る人物だからと言うのなら。
 ああ、どうしても。
 一度考えてしまったが最後、そうとしか考えられなくなってしまう。

(アミィだけじゃない。確か、前にカイルも未来がどうのって言ってた。二人揃って世界から何らかの干渉を受けているが……それが、未来を知る者の共通点って事なのか?)

 思い出されるは、カイルとの初対面。
 胡散臭い笑みと軽い口調の見知らぬ男。そんな子供が突如として口にした、『未来予知』という言葉。
 これに気づいた時。シルフの脳内には、いかづちが走っていた。

「……シルフ? もしかして聞こえてなかったのかしら。どうしよう、どう言葉にすれば伝えられるの……?」

 思考を激しく巡らせていたシルフは、アミレスからの質問を忘れてしまった。それ故にあまりにも返事が遅いものだから、アミレスは不安を覚えてしまったらしい。
 その声に引っ張られるように、シルフの意識は彼女へと向けられる。

「っ! あぁ、ごめん……ちょっと考え事してて。ちゃんとアミィの声は聞こえてたよ、安心して」
「そうなの? なら良かった」
「それで、ええと。未来が変わるかどうか……だよね」

 改めてその事について考えを巡らせ、シルフは「あくまでボク個人の意見にすぎないけど」と前置きして口を切った。

「その物事の重要度合いにもよると思うけれど、基本的には既に決められた筋書きを逸れる事は無い……と思う。多少の誤差や変化はあれども、それこそ魔物の行進イースター規模の出来事であればそうそう無くなったりはしない筈だよ」
「未来とか過去とかは俺達の専門外なんで、姫さんの望むような答えが出せなくて……すんません」

 シルフに続かんとエンヴィーが申し訳なさそうに眉尻を下げると、

「そうなんだ……難しい事を聞いたのにちゃんと考えて答えてくれてありがとう」

 その表情を見て、アミレスは深く頭を下げた。

(決まった未来はそうそう変わらない……なら、早まる事はあるかもしれないけれど、ミシェルちゃんが進む道次第で何が起きるかは分かる。ゲーム本編で起きたイベントを──……色んな死亡フラグを叩き折る事だって出来る!)

 つい先程まで不安や恐怖に染まっていた寒色の瞳は、今や強い覚悟と使命感で上塗りされていた。
 未来を見据える瞳が、凛と鮮やかに輝く。
 自分の幸せが何か分からない彼女にとって、一番そう・・だと思えるものは大切な人達の幸せだった。
 故に、アミレスはハッピーエンドの為に奔走する。
 死ななければいい。
 死以外の全てを許容し、彼女はその身を犠牲にして運命に抗う。この先の未来に待ち受ける数々の死亡フラグをぶち壊して、彼女なりの幸せを掴み取る為に。

(──王女殿下。例え何が待ち受けようとも、私は貴女様に着いて行きます)

 ゆっくりと上げられたアミレスのその顔を見て、イリオーデは改めて誓いを胸に抱く。
 自ら困難に立ち向かおうとするただ一人の主の征く道を切り開き、そしてその大願を成就させるべく……騎士は、二度の誓いを糧として王女の剣となるのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】転生先のハレンチな世界で閨授業を受けて性感帯を増やしていかなければいけなくなった件

yori
恋愛
【番外編も随時公開していきます】 性感帯の開発箇所が多ければ多いほど、結婚に有利になるハレンチな世界へ転生してしまった侯爵家令嬢メリア。 メイドや執事、高級娼館の講師から閨授業を受けることになって……。 ◇予告無しにえちえちしますのでご注意ください ◇恋愛に発展するまで時間がかかります ◇初めはGL表現がありますが、基本はNL、一応女性向け ◇不特定多数の人と関係を持つことになります ◇キーワードに苦手なものがあればご注意ください ガールズラブ 残酷な描写あり 異世界転生 女主人公 西洋 逆ハーレム ギャグ スパンキング 拘束 調教 処女 無理やり 不特定多数 玩具 快楽堕ち 言葉責め ソフトSM ふたなり ◇ムーンライトノベルズへ先行公開しています

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

処理中です...