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第四章・興国の王女
362.伯爵家のパーティー4
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「マクベスタ様、何か弁明はありますか?」
「別に、弁明するような事はしてないんだが」
「どの口が仰いますか! しれっとアミレス様と二人きりになろうなどと画策していたでしょう!?」
「……バレてたのか。確かにそのように策を弄したが、結果はこの通りだ。別に弁明する程の事では」
「アミレス様と二人きりになろうとするその心がまず不純なんです。なので結論から言いますと、マクベスタ様はふしだらなのです。好き嫌い以前に、大事な友達にそんな人が近づく事を良しとする人間は少ないでしょう」
メイシアが淡々と語るそれを、マクベスタは静かに聞いていた。
「ですので、アミレス様に下心を抱き行動に移した事への弁明をわたしは求めているのです」
「……成程。そういう事なら、弁明させてもらおうか」
メイシアの言葉に納得したらしく、マクベスタはふぅとため息を吐いて彼女に向き直った。
「メイシア嬢の言う通り、確かに下心はあった。誰だって、想いを寄せる相手と二人きりの時間を過ごしたいと思うだろう。だが、それだけだ。オレは少なくともそれ以上の事なんて望んでいない。ただ二人きりになって、ほんの一時でもオレの事だけを考えて欲しいと……そう思っただけだ」
淀んだ目を柔らかく細めて、マクベスタは穏やかにされどキッパリと言い切った。
しかし、ついつい見蕩れてしまいそうな若き王子様の微笑みを真正面で見てもなお、メイシアは不機嫌に頬を膨らませていて。
「そんな事言って、本当はアミレス様で良からぬ妄想とかしてるんじゃないんですか? あわよくば……なんて考えてるんしょう、どうせ」
「メイシア嬢は男達を何だと思ってるんだ?」
「アミレス様に牙を剥くケダモノと思ってますが、何か」
「……何もしていないのにそんな風に扱われるのか。流石に風当たりが強すぎるんじゃないか」
「妥当かと」
「妥当なのか」
堂々たる出で立ちで腕を組み、不機嫌に眉を顰めるメイシア。そんな彼女を見下ろして、マクベスタは困ったように笑った。
(──良からぬ妄想、か。した事がないと言えば嘘になるな…………仕方無いだろう、オレだって男なんだ。妄想の一つや二つはするとも)
こんな事、絶対にメイシア嬢に話せば大目玉を食らうだろうな。と少し視線を泳がせながら肩を竦める。
マクベスタとてもう既に十七歳。人生を狂わせるような初恋に溺れてからというものの、それまではなかった色事への興味関心も少しずつ湧いて来たのだ。
とは言えども──、
(もしアミレスの恋人になれたら……とか、彼女との間に子供が出来たりしたら……とか、アミレスがオレの事を誰よりも何よりも頼ってくれたら……とか。恥ずかしくて絶対に人には言えない事ばかり妄想して来たな)
このように、とてもささやかで可愛らしい妄想なのだが。
(マクベスタ様の心なんて何も分からない筈なんだけど、今だけは凄い手に取るように分かる気がする。この人絶対、アミレス様の妄想してるわ!)
この乙女、強すぎる。
女の勘とでも言うべきか……マクベスタを睨むメイシアの瞳が更に鋭くなったところで、アミレスの命で二人を探しに来たアルベルトがテラスに現れ、メイシアとマクベスタは無言のまま会場に戻った。
何でも先程目をつけたスイーツの数々は人気の品々だったらしく、早く食べなければ売り切れてしまうやもしれないからとかで。
アミレスはそんな理由で二人を探して連れ戻そうとしていた。相変わらずとんでもない王女である。
その後、会場は相変わらずアミレス御一行への注目が凄まじかった。
「──うふふ。いつか聞いてみたいですわ、ローズニカ公女のお歌……アミレス様がお褒めになるぐらいですから、さぞやお美しい歌声なのでしょう。何でもディジェル領の歌姫との呼び声も高いとか。本当に凄いですわ(特別意訳:アミレス様に褒められたからって調子に乗らないでくださる?)」
メイシアが可愛らしく微笑みながら社交辞令を述べると、
「……ふふふ。ありがとうございます、薔薇姫のシャンパージュ令嬢。ありがたいお言葉ですけれど、私の歌はもうアミレスちゃんのものですの。なので、いつかまたアミレスちゃんにお聞きいただく際にご一緒に聞いてくだされば幸いです(特別意訳:アミレスちゃんのお気に入りだか何だか知らないけど、アミレスちゃん以外に聞かせる歌はないんですよーだ!)」
ローズニカはお淑やかな笑顔で応酬した。
業火の魔女──……メイシア・シャンパージュと、鈍色の歌姫──……ローズニカ・サー・テンディジェルが真正面からにこやかに話す様子はとても美しく、どこか御伽噺のような光景だった。
それに加え、その場にはアミレスを始めとした見目の整った人物ばかりが集う。つまり、かなり目立つのだ。
その為、ある意味ローズニカの社交界デビューは大成功だった。
アミレスと親しく、メイシアと談笑出来るような豪胆な美少女なのだと……その顔と名前は次期大公のレオナードの噂と共に、瞬く間に社交界中に広まっていくのであった。
♢♢♢♢
アミレスの思惑通りの社交界デビューを果たしたローズニカは、慣れない社交界ではあったものの、テンディジェル家の人間らしく上手く立ち回っていた。
その為、ダンスのお誘いも多く来た。しかしその尽くをレオナードがやんわりと断り、初ダンスは兄妹で踊る事にしたらしい。
ダンスが始まるとメイシアは主催側という事で運営に戻り、レオナードとローズニカ、マクベスタとアミレスというペアでダンスを踊る事に。
イリオーデとアルベルトは「本日は護衛として来ておりますので」と言って、ダンスのお誘いを全て断っていた。
そして少し離れた所で待機しつつ、アミレスと体を密着させるマクベスタをこれでもかと言う程に護衛達は睨んでいた。
(いい匂いがする。それに柔らかい……っ)
当のマクベスタは、こんな状況だからこそ非常にドキドキしていた。
ここ一年近くで培った演技力で表情が崩れる事は何とか誤魔化しているものの、その心音までは誤魔化せない。
もしアミレスにこの心臓の音を聞かれてしまったら──。
そう、彼は二重の意味で鼓動を早くしていたのだった。
(あっ、人が……!)
マクベスタが悶々と焦りを募らせるなか、その背後には激しく踊る男女ペアが近づいていた。
しかしマクベスタは現状にいっぱいいっぱいで、避ける様子がない。それに気づいたアミレスは慌ててマクベスタの体を引き寄せ、片腕で抱き締めるようにしてくるりとターンした。
まるで、いつかの日のイリオーデのように。彼女はダンスの一部かのように、衝突事故を華麗に回避してみせたのだ。
その際、抱き締めたのだから当然だが……歳の割に発育のいいアミレスの体が、これでもかと彼の身体に密着していた。
(ッ!?!? これッ……まさっ、か!?)
むにゅ、と腹部に感じる一等柔らかい感覚。マメの出来た小さな手のひらともまるで違う、未知の感触。
それが何か理解した途端、マクベスタの顔が紅潮する。どうやら、もう、我慢の限界らしい。
(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けッッッ! ここはパーティー会場だぞ!! こんな所で、こいつの目の前で醜態を晒す訳には──ッ!!)
強く歯を食いしばり、マクベスタは理性総動員でその熱情を抑え込もうとした。頭の中で必死に陰鬱とした己を思い出し、目前の輝かしい夢のような景色から目を逸らして。
それを見たアミレスは、目を点にしてそれはもう困惑していた。
(顔真っ赤だし、凄い険しい顔してる……勝手に体を引き寄せたから怒ってるのかな。動く前に何か一言あった方が良かったのかしら……焦ってたから事を急いてしまったわ)
マクベスタの必死の我慢を、アミレスは自分への怒りと誤認した。気まずそうに寒色の瞳を細めて明後日の方向へと逸らすアミレスと、この現実を直視する訳にはいかず視線を泳がせ続けるマクベスタ。
体に染み付いているからか、ダンスは完璧に踊りきったものの……ダンスが終わった後も二人の間に流れる空気は中々にぎこちないものだ。
そんな張り詰めた空気を打ち破ったのは、誰しもにとって予想外の男だった。
「別に、弁明するような事はしてないんだが」
「どの口が仰いますか! しれっとアミレス様と二人きりになろうなどと画策していたでしょう!?」
「……バレてたのか。確かにそのように策を弄したが、結果はこの通りだ。別に弁明する程の事では」
「アミレス様と二人きりになろうとするその心がまず不純なんです。なので結論から言いますと、マクベスタ様はふしだらなのです。好き嫌い以前に、大事な友達にそんな人が近づく事を良しとする人間は少ないでしょう」
メイシアが淡々と語るそれを、マクベスタは静かに聞いていた。
「ですので、アミレス様に下心を抱き行動に移した事への弁明をわたしは求めているのです」
「……成程。そういう事なら、弁明させてもらおうか」
メイシアの言葉に納得したらしく、マクベスタはふぅとため息を吐いて彼女に向き直った。
「メイシア嬢の言う通り、確かに下心はあった。誰だって、想いを寄せる相手と二人きりの時間を過ごしたいと思うだろう。だが、それだけだ。オレは少なくともそれ以上の事なんて望んでいない。ただ二人きりになって、ほんの一時でもオレの事だけを考えて欲しいと……そう思っただけだ」
淀んだ目を柔らかく細めて、マクベスタは穏やかにされどキッパリと言い切った。
しかし、ついつい見蕩れてしまいそうな若き王子様の微笑みを真正面で見てもなお、メイシアは不機嫌に頬を膨らませていて。
「そんな事言って、本当はアミレス様で良からぬ妄想とかしてるんじゃないんですか? あわよくば……なんて考えてるんしょう、どうせ」
「メイシア嬢は男達を何だと思ってるんだ?」
「アミレス様に牙を剥くケダモノと思ってますが、何か」
「……何もしていないのにそんな風に扱われるのか。流石に風当たりが強すぎるんじゃないか」
「妥当かと」
「妥当なのか」
堂々たる出で立ちで腕を組み、不機嫌に眉を顰めるメイシア。そんな彼女を見下ろして、マクベスタは困ったように笑った。
(──良からぬ妄想、か。した事がないと言えば嘘になるな…………仕方無いだろう、オレだって男なんだ。妄想の一つや二つはするとも)
こんな事、絶対にメイシア嬢に話せば大目玉を食らうだろうな。と少し視線を泳がせながら肩を竦める。
マクベスタとてもう既に十七歳。人生を狂わせるような初恋に溺れてからというものの、それまではなかった色事への興味関心も少しずつ湧いて来たのだ。
とは言えども──、
(もしアミレスの恋人になれたら……とか、彼女との間に子供が出来たりしたら……とか、アミレスがオレの事を誰よりも何よりも頼ってくれたら……とか。恥ずかしくて絶対に人には言えない事ばかり妄想して来たな)
このように、とてもささやかで可愛らしい妄想なのだが。
(マクベスタ様の心なんて何も分からない筈なんだけど、今だけは凄い手に取るように分かる気がする。この人絶対、アミレス様の妄想してるわ!)
この乙女、強すぎる。
女の勘とでも言うべきか……マクベスタを睨むメイシアの瞳が更に鋭くなったところで、アミレスの命で二人を探しに来たアルベルトがテラスに現れ、メイシアとマクベスタは無言のまま会場に戻った。
何でも先程目をつけたスイーツの数々は人気の品々だったらしく、早く食べなければ売り切れてしまうやもしれないからとかで。
アミレスはそんな理由で二人を探して連れ戻そうとしていた。相変わらずとんでもない王女である。
その後、会場は相変わらずアミレス御一行への注目が凄まじかった。
「──うふふ。いつか聞いてみたいですわ、ローズニカ公女のお歌……アミレス様がお褒めになるぐらいですから、さぞやお美しい歌声なのでしょう。何でもディジェル領の歌姫との呼び声も高いとか。本当に凄いですわ(特別意訳:アミレス様に褒められたからって調子に乗らないでくださる?)」
メイシアが可愛らしく微笑みながら社交辞令を述べると、
「……ふふふ。ありがとうございます、薔薇姫のシャンパージュ令嬢。ありがたいお言葉ですけれど、私の歌はもうアミレスちゃんのものですの。なので、いつかまたアミレスちゃんにお聞きいただく際にご一緒に聞いてくだされば幸いです(特別意訳:アミレスちゃんのお気に入りだか何だか知らないけど、アミレスちゃん以外に聞かせる歌はないんですよーだ!)」
ローズニカはお淑やかな笑顔で応酬した。
業火の魔女──……メイシア・シャンパージュと、鈍色の歌姫──……ローズニカ・サー・テンディジェルが真正面からにこやかに話す様子はとても美しく、どこか御伽噺のような光景だった。
それに加え、その場にはアミレスを始めとした見目の整った人物ばかりが集う。つまり、かなり目立つのだ。
その為、ある意味ローズニカの社交界デビューは大成功だった。
アミレスと親しく、メイシアと談笑出来るような豪胆な美少女なのだと……その顔と名前は次期大公のレオナードの噂と共に、瞬く間に社交界中に広まっていくのであった。
♢♢♢♢
アミレスの思惑通りの社交界デビューを果たしたローズニカは、慣れない社交界ではあったものの、テンディジェル家の人間らしく上手く立ち回っていた。
その為、ダンスのお誘いも多く来た。しかしその尽くをレオナードがやんわりと断り、初ダンスは兄妹で踊る事にしたらしい。
ダンスが始まるとメイシアは主催側という事で運営に戻り、レオナードとローズニカ、マクベスタとアミレスというペアでダンスを踊る事に。
イリオーデとアルベルトは「本日は護衛として来ておりますので」と言って、ダンスのお誘いを全て断っていた。
そして少し離れた所で待機しつつ、アミレスと体を密着させるマクベスタをこれでもかと言う程に護衛達は睨んでいた。
(いい匂いがする。それに柔らかい……っ)
当のマクベスタは、こんな状況だからこそ非常にドキドキしていた。
ここ一年近くで培った演技力で表情が崩れる事は何とか誤魔化しているものの、その心音までは誤魔化せない。
もしアミレスにこの心臓の音を聞かれてしまったら──。
そう、彼は二重の意味で鼓動を早くしていたのだった。
(あっ、人が……!)
マクベスタが悶々と焦りを募らせるなか、その背後には激しく踊る男女ペアが近づいていた。
しかしマクベスタは現状にいっぱいいっぱいで、避ける様子がない。それに気づいたアミレスは慌ててマクベスタの体を引き寄せ、片腕で抱き締めるようにしてくるりとターンした。
まるで、いつかの日のイリオーデのように。彼女はダンスの一部かのように、衝突事故を華麗に回避してみせたのだ。
その際、抱き締めたのだから当然だが……歳の割に発育のいいアミレスの体が、これでもかと彼の身体に密着していた。
(ッ!?!? これッ……まさっ、か!?)
むにゅ、と腹部に感じる一等柔らかい感覚。マメの出来た小さな手のひらともまるで違う、未知の感触。
それが何か理解した途端、マクベスタの顔が紅潮する。どうやら、もう、我慢の限界らしい。
(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けッッッ! ここはパーティー会場だぞ!! こんな所で、こいつの目の前で醜態を晒す訳には──ッ!!)
強く歯を食いしばり、マクベスタは理性総動員でその熱情を抑え込もうとした。頭の中で必死に陰鬱とした己を思い出し、目前の輝かしい夢のような景色から目を逸らして。
それを見たアミレスは、目を点にしてそれはもう困惑していた。
(顔真っ赤だし、凄い険しい顔してる……勝手に体を引き寄せたから怒ってるのかな。動く前に何か一言あった方が良かったのかしら……焦ってたから事を急いてしまったわ)
マクベスタの必死の我慢を、アミレスは自分への怒りと誤認した。気まずそうに寒色の瞳を細めて明後日の方向へと逸らすアミレスと、この現実を直視する訳にはいかず視線を泳がせ続けるマクベスタ。
体に染み付いているからか、ダンスは完璧に踊りきったものの……ダンスが終わった後も二人の間に流れる空気は中々にぎこちないものだ。
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