上 下
397 / 765
第四章・興国の王女

357.冷酷なる血筋3

しおりを挟む
 アルベルトが私の体を引き寄せて、後ろから抱き締めるようにして私の動きを止めていた。そして、令嬢達と私との間に割って入るようにイリオーデが立った。
 突然の事に令嬢達が困惑のどよめきを上げる中、私は拳を握り締めて震わせていた。

「自分に都合が悪くなるとそうやって侍らせている男達に守らせて……いいですわね、王女様は。それだけでのうのうと生きていられるんだもの」
「……貴様、その汚らしい口で一体どれ程の侮辱を口にすれば気が済むんだ。王女殿下は貴様のような愚図が気軽に語っていい御方ではない。貴様は今、大罪を犯した事を理解しているのか?」
「わ、私は何も間違った事は言ってませんわ。その王女が男を侍らせているという点だけで私達を見下し、はしたなくも隣国の王子にまで色目を使い、実の母親を殺した事は全て事実でしょう!」

 ボス令嬢の言葉に、イリオーデからは強い殺気が漏れ出て、私を抱き締めるアルベルトの手には更に力が入った。
 この一触即発の空気の中、私はアルベルトに動きを止めてもらってよかったと心から思っていた。だってこうしておかなかったら、きっと。

「……──言いたい事はそれだけか」

 私は、あの令嬢を殺していたから。

「ッ!? い、今更なんですの……!?」

 冷えきった私の声に、令嬢達は肩を跳ねさせた。

わたくしの事は好きなだけ、好きなように謗るがいい。お前達如きがわたくしを悪し様に語ろうとも、わたくしにとっては虫が喚いているだけに過ぎない。わざわざ諌める必要性すら感じない、取るに足らない些事よ」

 頭に血が上る。爪が食い込み、震える手からは血が滲んでいた。

「だが、わたくしの友人を謗る事だけは許さない。お前達のような凡夫如きでは到底及ばないような、素晴らしい者達を……わたくしのかけがえのない友人を、何も知らぬお前達が知ったように語る事だけは絶対に許してなるものか!!」

 マクベスタとメイシアまで悪く言った令嬢達への怒りが溢れ出す。憤怒と殺意が抑えられず、もはや笑顔を取り繕う事すらも出来ない。
 そんな私の顔を見た令嬢達が「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げて腰を抜かし、後ずさる。その様子は、無情の皇帝への反応そのものだった。
 私はそれ程に怖い顔をしているのだろう。戦いなんてものとは無縁のお淑やかな令嬢達ですら感じ取れる程の、強い殺意や怒りを放っているのだろう。
 私は──……私の大事な友達を貶したこの女を、どうしても許せそうにない。

「叶うならば今すぐにでもその無駄に華美なドレスを八つ裂きにし、友人を貶した愚かな口を我が剣で貫いてやりたい。だが、わたくしは王女だ。例えわたくしが、お前達が言うような野蛮で恥辱に塗れた存在であろうとも、わたくしがこの国の王女であり、お前達を導き守らなければならない立場である事に変わりはない」

 血が滲む手を開き、アルベルトの腕を軽く叩く。彼が私を抱き締める手を緩めてくれたので、私はゆっくりとボス令嬢の目と鼻の先まで歩を進める。
 明らかに怒っている私が、手から血を流しながらじわじわ近寄るものだから……ボス令嬢は一気に顔を青くして、膝をガクガクと震えさせて尻もちをついた。
 さっきまでの威勢は何だったのか。今やボス令嬢達は化け物を見るかのような目でこちらを見上げてくる。
 それを冷たく見下ろし、更に続ける。

「だから一度は見逃してやる。だが、二度は無い。もし次、我が耳に届く場にてわたくしの友人を謗るような真似をすれば……わたくしはどんな手段を用いてでも、必ずやその愚行を後悔させてやる。いいな?」
「はっ……はぃ……!」
「ならば疾く失せろ。お前達如きが、まだわたくしの貴重な時間を奪うというのか」
「ももっ、も、申し訳ございませんでした!!」

 涙目になりながら、悪役令嬢っぽい集団は足腰が抜けたまま無様な姿で逃げ出した。
 馬鹿ね、後先考えないからこうなるのよ。

「……ああ、貴女達も早く帰りなさいな。ここに居座ってもお兄様の迷惑となるだけ。時間の無駄よ」

 フォーロイトの圧を至近距離で受けた事により、令嬢達はほとんど放心状態。そんな彼女達に向けて、少しでも柔らかく優しく伝えたつもりなんだけど……令嬢達は怯えた顔で身を寄せ合っている。
 そんな心の弱さでよくあのフリードルの嫁になろうと思えたわね。この程度耐えられなきゃ、あいつの嫁なんてやってられないわよ。
 まだ震えたままの彼女達を置いてこの場を去るのも流石に無責任かと思い、どう行動するか考えあぐねていたのだが、

「何やら騒ぎが起きているようだから来てみれば……このような所で何をしているんだ、アミレス・ヘル・フォーロイト」

 ここでまさかのフリードル登場。どこか疲労の残る顔で現れたその男を見て、腰の抜けていた令嬢達は体に鞭を打って慌てて立ち上がり、恭しく頭を垂れた。
 しかしフリードルは令嬢達に目もくれず、一目散に私の目の前にまでやって来て。

「お前は何故出血しているんだ。ここで何があった、言え」
「……ちょっと、令嬢達と言い合いになって。どうしても怒りが抑えられず、拳を強く握っていたようですわ。決して、お兄様のお時間を無為に消費する程の事では──」

 出血する私の右手が気になったらしいフリードルが詰め寄って来るので、例の手を背中に隠して適当にはぐらかそうとしたのだが……。

「顔は覚えているか」
「え?」
「その令嬢達の顔を覚えているかと聞いている」
「……まあ、多少は」
「ならば後で僕の元に届いた見合い用の姿絵を見せてやる。そしてお前に楯突いた者達を教えろ」
「……何故?」

 何だ、何がしたいんだこの男は。皇族が言われっぱなしで終わるなって事? いやもう言い返したし、釘も刺したし。
 フリードルが何を考えているのか分からない。

「罰を与える為に決まってるだろう。どのような経緯であれ、皇族たるお前に楯突いた者達を罰も無く野放しにする訳にはいかない」
「はあ……成程?」
「それと、今すぐ僕の部屋に来い。まだ予備の下位万能薬ジェネリック・ポーションがあった筈だ。それを使って傷を癒せ」
「なるほ……──え?」

 思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
 元々あんたの部屋に行く為にこんな所にまで足を運んだんだから、それ自体は別にいい。元々それが目的だ。
 予備の下位万能薬ジェネリック・ポーションで傷を癒せ? これ本当にフリードルの口から飛び出した言葉ですか??
 鳥肌が全身でスタンディングオーべーションするまで後五秒。そんな状況下で呆然とする私に、フリードルはどこか不満げな声を漏らした。

「何だ、その顔は。兄が妹を心配して何が悪い」

 え、え────────!?
 誰っ、本当に誰なのよこの男っ!! 怖い! やだ何この状況怖い!!

「王女殿下?」
「コワイ……豹変っぷりコワイ…………」

 鳥肌とか超えてつい逃げてしまった。イリオーデの背中に隠れ、フリードルの豹変っぷりに怯える。
 さっきの令嬢達もこんな気分だったんだろうか。うぅ、ごめんよ怖い思いさせて……っ!

「イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。妹を出せ」
「……王女殿下が皇太子殿下を怖いと仰ってますので、難しいかと」
「何? 怖いだと?」

 やめてイリオーデ! そんな命知らずな事しないで!! そこの冷血漢は邪魔だからって理由で実の妹を惨殺するような男なのよ?!

「…………何が怖いんだ。以前と比べて、お前に優しく接しているだろう」

 しかし。私達の予想を裏切り、拗ねたような表情でボソリとフリードルは呟いた。
 アルベルトは耳がいいのかその呟きが聞き取れたようで、「優しく……??」と本気で困惑しているようだった。でも凄い分かる。私だって今心から困惑しているもの。
 一体フリードルに何があったんだ。何がどうなって、フリードルがこんな殊勝な心がけを出来るようになったのか。
 分からない。分からないんだけど……もし本当に、フリードルが少しでも変わったのなら。憎まれ口ばかり叩いて、こうして逃げ回っていては駄目なんじゃないか。
 きっと、アミレスはそれを望んでいるだろうから。私の気持ち一つでアミレスの気持ちを蔑ろにしたくない。だから、頑張ろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~

皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。 それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。 それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。 「お父様、私は明日死にます!」 「ロザリア!!?」 しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです

おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。 帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。 加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。 父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、! そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。 不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。 しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。 そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理! でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー! しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?! そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。 私の第二の人生、どうなるの????

処理中です...