上 下
379 / 765
第四章・興国の王女

339.キョーダイの約束

しおりを挟む
「なァ、黒の竜。お前が本当に許せないのは、かけがえのない弟妹を守れなかったお前自身だろ。だがその事実を妹に話したくなくて、お前は人間に責任転嫁してる。ま、人間がお前達に取り返しのつかないような粗相を働いたのも事実だろうし、間違いなく正当な怒りではあるみたいだがな」

 ずっと離れたところで私達を見守っていたシュヴァルツが、ここに来て突然口を挟んだ。それに驚き思わず目を白黒させていると、

「──っ!!」

 シュヴァルツの言葉に黒の竜が強く反応を示す。

「……兄上?」
「僕、は…………」

 ナトラが心配げにその顔を覗き込むと、黒の竜はその黄金の瞳から大粒の涙を溢れさせた。

「僕、は……弟達を守れなかった。妹達も守れなかった。そんな不甲斐ない自分が嫌で、目を逸らして……緑にたくさん寂しい思いをさせた。愛する弟妹達に辛い決断をさせてしまった。それなのに、僕は…………っ!」

 膝から崩れ落ち、黒の竜は片腕でナトラを抱き締めた。その小さな肩に顔を埋めて、黒の竜は震える声で続ける。

「また、緑を泣かせてしまった。もう何をしても、僕には緑の笑顔を守る事が出来ない……緑を泣かせる事しか出来ないんだ。赤と青と白の分も、僕が緑をたくさん愛して笑顔にしてあげなきゃならなかった、のに……っ」
「兄上…………」
「この世界を滅ぼせば緑が笑って暮らせると思ってた。もうあんな風に人間に裏切られて、悲しむ事もないと思ってた。なのに、僕のその決断が、また……緑を泣かせてしまったんだ」

 まるで、親に叱られた子供かのように涙を流す黒の竜をナトラは優しく抱き締めて、その背中を宥めるように小さな手で精一杯さすっていた。

「それはもうよいのじゃ。兄上が我の事を考えての発言だったのじゃろう?」
「うん……だけど、僕は緑を泣かせてしまって……」
「あれは我も感情的になりすぎてしまったわい。兄上にどうしても我の心を知って欲しくて、思ったままに叫んでたらいつの間にか涙が零れてしまっただけじゃからの」
「……随分とオトナになったね、緑。きっと白が知ったら喜ぶだろうなぁ」
「む? そうじゃろう、そうじゃろう! 我、現代の人間社会について学んだから前よりもずぅっとオトナになったのじゃ!」

 美しい涙を流しながら、黒の竜は微笑んだ。黒の竜が落ち着いたのを見て、ナトラも満足気に歯を見せて笑った。
 その笑顔を見て、黒の竜は更にボロボロと涙を溢れさせる。その姿は、純血の竜種や最古の存在……そんな風に呼ばれる大それた存在とは到底思えない、とても普通で温かい──妹を心から愛する兄のものだった。

「兄上、もう暴れるのをやめてくれんか?」
「……うん。分かった。緑が、そう言うなら」
「我が言うのもあれじゃが、兄上ってば相変わらず我に甘いのぅ」
「そりゃあ、緑の事が可愛くて可愛くて仕方無いんだから、当たり前だろう……僕は、君に嫌われる事が何よりも怖いんだ」
「姉上に怒られる事よりも?」
「当然。白の説教も怖いけど、それよりも緑に嫌われる事の方がずっと辛いよ」
「ふーーーん。それはいい事を聞いたのじゃ!」

 想像以上にナトラが大好きらしい黒の竜に、私達は開いた口が塞がらなかった。
 あの黒の竜が、まさかのシスコンだった。あの災害と呼ばれる存在が、目の前の合法のじゃロリの尻に敷かれている。
 先程までの竜種らしい殺意や威圧は今や八割近く削られている感じだ。というか、時が経てば経つ程黒の竜の顔から気力が失われていっているような。

「じゃあ兄上、我とアミレスの話を聞いてくれるな? もしアミレスを殺そうとすれば、我は兄上の事を──うむ、嫌いになる……からの!」
「えっ!? き、嫌い……!?」
「兄上が話し合いに応じ、かつアミレスを殺さないと誓ってくれるならば、先の言葉は取り下げるぞ?」
「わ、分かった……分かったから、お願いだから嫌いになるなんて言わないで、緑」

 Sっ気満載のナトラの表情に、少し背筋がゾクリとした。そんなナトラにも弱い黒の竜は、オロオロとしながらナトラの機嫌を取ろうとする。
 何だか黒の竜が可愛く見えて来た。私は彼に、ついさっき殺されかけたのに……何だかそれはもうどうでも良くなってきた。まぁ、私って割とよく殺されかけるしそれ自体はいつもの事か。

「その……アミレス? という人間の娘を殺さなければ、緑は僕を嫌いにならないんだよね?」
「うむ。ちなむと我はアミレス以外の人間にはさほど興味無いし、アミレス以外の人間は好きにしても構わぬぞ、兄上」
「そうなの? じゃあ……適当に手当り次第殺そうかな……」

 ちょっとナトラさん!? 人類を憎んでると噂の黒の竜になんて事を言ってるの! 黒の竜がなんかちょっとやる気出してるし! そんな殺る気スイッチ押しちゃ駄目でしょ!?

「あ! アミレスの関係者も殺してはならぬぞ? アミレスは身内に激甘じゃからのぅ。赤の他人ならいざ知らず、身内が死んだらアミレスが悲しむ事間違いなしじゃ。我はあやつが悲しむ事を望まぬ……じゃから、あやつの関係者も殺さんでやってくれぬか?」
「関係者……そこの魔人化した連中の事?」
「そうさな。あと、他にも結構おるのじゃが……それはまた追って我が教えるのじゃ!」
「分かった。間違えたら困るし、それまでは人間を殺さないでおこう」

 にこやかに話す内容じゃない。前言撤回、やっぱりこのヒト達、悠久の時を生きる純血の竜種だわ。

「うむ、ならばよいのじゃ! それさえ守ってくれるならば、我はもう言う事はないからの」
「そう……分かった、これだけは守るよ」
「アミレスー! 聞いておったじゃろう、兄上はもう暴れないと誓ってくれた! 安心してよいぞ!」

 ナトラが私に向けて大きく手を振ってくる。それに小さく手を振り返したところ、黒の竜と目が合った。黒の竜は、やたらと湿度の高い視線を向けてくる。
 どうやらナトラに懐かれている私にヤキモチを妬いているようだ。シスコン怖い。
 金縛りにあったかのように、黒の竜から目を逸らす事が出来ず困っていた時。そんな私の目元を、黒い手が覆ったのだ。

「そんなに黒の竜ばかり見るな。妬いてしまいそうだ」
「えっとぉ……マクベスタだよね、何してるのこれは?」
「お前の目を無理やりこちらに向ける事も考えなかった訳ではないが、こっちの方が手っ取り早くて」
「そうなんだ。で、何でこんな事してるの? 何も見えないんだけど」
「見せないようにしてるからな」
「そっかあ」

 この手はどうやらマクベスタの手で、多分、彼は私が黒の竜に睨まれている事を察してこうしているのだろう。だとしても説明が雑だ。もう少し詳しく話して欲しいわ。
 しかし、うん。さっきから近くないかしら? 背後……それもすぐに体が触れてしまいそうな距離に、マクベスタの気配を感じるわ。マクベスタって、カイルみたいにこんなに距離感おかしな人だったっけ?
 それになんだろう、この両肩に感じるフサフサなもの……突然マクベスタの背中に生えたあの謎の黒い羽かな。あれ本当に何なのだろうか。

「マクベスタ王子、王女殿下に触れすぎです。王女殿下のお顔に跡がついてしまうではないですか」
「……跡か。アミレスの顔に傷が残るのは嫌だな」
「では、疾くその手を退けて下さいまし」
「退かすから、そう急かすな」

 そうしてマクベスタの手が退かされる。急に視界が明るくなったので、少し目を細めつつもゆっくりと目を開くと、目の前には相変わらず顔が燃えてるイリオーデが立っていた。
 顔の炎熱くないのかな……。

「王女殿下、お顔をよく見せて下さい。跡が残っているかどうか確認したいので」
「ああはい。どうぞ」
「では、失礼します」

 ずい、と近づいてくるイリオーデの炎上フェイス。かなり近くにあるのに、何故か全く熱を感じない。そう言えば、さっき黒の竜と戦ってる時もイリオーデが出したらしい青炎に囲まれたけど、全然熱くなかったわ。
 この炎は、もしかしたらそういうものなのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです

おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。 帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。 加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。 父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、! そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。 不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。 しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。 そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理! でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー! しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?! そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。 私の第二の人生、どうなるの????

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

公爵に媚薬をもられた執事な私

天災
恋愛
 公爵様に媚薬をもられてしまった私。

処理中です...