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第四章・興国の王女

338.ある竜の懺悔

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『──廻れ、生命の環。平等に公正に幸福と不幸を。矢をつがえよ、槍を穿て、剣を構え、盾を取れ。これは我々の聖戦である』

 空中にて輝く、僕達をも丸々飲み込んでしまいそうな、巨大な黄金の魔法陣。
 そこから顕現するのは、いつか見た天使のような姿をした強大な魔力の塊。それは大きな額に何重にも輝く魔法陣を出現させ、僕達への殺意を空間を裂く程の熱の光線として放った。

『天使よ、聖なる裁定を下せ』

 子供の声と共に、その光線は僕達を貫こうとした。しかし、それは直前にて防がれる。

『……──人の子よ。あなたのその力は、人の身にはあまりにも分不相応なものです。その力に焼かれてあなたが死に絶える前に、私が奪ってさしあげましょう』

 白がその光線を受け、吸収した。それに子供は目を丸くして少し動揺を見せるも、『天使よ────』ともう一度あの魔法を使おうとする。だが、それを白が許さなかった。

『はぁ……まさか、こんな人間がいるなんて。こんな者がいては、兄さんと緑の生活が脅かされかねないですね』

 白が、おもむろに語り出す。

『本当は私も共にいたかったのだけど、仕方無いですね。泣き虫な兄さんと緑が離れ離れになって毎日泣くぐらいなら……私が犠牲になった方がずっといいですわ』
『待って……白、何を言って──っ!?』

 その瞬間。白はあろう事か、僕をどこかへと転移させようとした。権能を使えば回避出来なくもないが、そうすれば白にどのような影響が及ぶかも分からない。だから、僕は何も出来なかった。

『ここは私に任せてくださいな。だから兄さんは、私の代わりに緑と共にいてあげてください。緑を……私達の可愛い妹を、どうか、よろしくお願いします』

 転移させられる直前。白の優しい声が耳に響いた。
 視界が真っ白に光り、やがて目がまともに機能するようになった時、僕は見知らぬ場所にいた。そこは一万年の記憶の中にも無い、とても寂しい空間。

 ──何年、その場所にいたのだろう。何とかしてその空間を抜け出した時……僕は絶望した。
 まだ生きている筈の白と緑の気配が感じられない。後にそれは封印と弱体化の影響だと冷静に考えられたのだが、この時は、僕が訳の分からない空間に閉じ込められている間に……白まで、人間によって死に追いやられてしまったのだと思ったのだ。

 絶望の中。あと少しで理性なんて吹き飛んでしまいそうな憤怒の中。僕は、人間体になって情報を集めたりもした。そのお陰か、白は死んだのではなく封印されたのだと知る事が出来た。
 だけど、それを知ったところで僕には何も出来ない。
 白が封印された場所も、緑が眠るという場所も知らない。知ったところで、あの白にかけられた封印を解く事が出来るかも分からないし、白の権能で眠った緑を目覚めさせてあげられるかも分からない。
 僕は、最愛の弟妹達を──誰一体ヒトリとして守れなかったのだ。

『あ、あ────うぁああああああああああああああッッッ!!』

 どれだけ泣いても、赤と青は生き返らない。
 どれだけ叫んでも、白と緑を助けられない。
 僕は……僕は、どうしてこんなにも無力なんだ。原初の存在だ、最古の竜だ、最凶の災害だなんだと言われても、大事な弟妹キョーダイすら守れない。僕は酷く無力で、とても愚かな存在だった。
 もはや、あれはただの憂さ晴らしだった。本当はあのまま人間界で本能のままに暴れたかったけど、もし白や緑に被害が出ては……僕は本当に正気を保てなくなる。
 だから、二体に影響がなさそうな場所──魔界に行った。
 とにかく暴虐の限りを尽くし、目につく全てを破壊した。何も考えてなかった。とにかく悲しみのまま、憎しみのまま暴れていた。

『このクソ災害野郎が! 何勝手に魔界で暴れてやがる!!』

 そんな時、あの男が僕の四肢の一つを吹き飛ばした。
 反射的に放った呪いがあの男を蝕むも、男はそんなの気にもとめず僕の頭部を殴った。素手で。
 いくら悪魔だったとしても、そんな命知らずで馬鹿な事をする奴がいるのかと……あの時僕はとても驚いた。やや冷静になるぐらいには驚いた。

 その後も、無関係な悪魔に僕は八つ当たりを続けた。腕を吹き飛ばされた影響で竜の姿でいる事が少し面倒になり、人間体へと変わった後も……僕はずっと、悪魔に向けて本音を叫び続けていた。
 悪魔は興味無さげに『ハイハイ』『うっせェーなァ、コイツ』『つーか、さっさとこの呪い何とかしろ!!』と相槌を打っていた。
 それを暫く続けると、僕もようやく落ち着く事が出来た。絶望は拭えないし、人類への憎悪も今もどこかで眠る妹達への悲哀もある。
 だが、それでも少しは落ち着けた。悪魔は『おいテメェ……散々暴れた挙句自己完結して落ち着いてんじゃねェ! ちょっとは反省しろマジでぶっ殺すぞ!!』と騒いでいたけど。

 ……それからというものの、僕はずっと魔界にいた。騒がしいあの悪魔──■■■■のいえに居座ったのだ。
 何度も何度も、『こちとらお前が暴れやがった所為で街は壊滅状態! 各種族の村やら集落やらもことごとくぶっ壊されてその後処理やら復興支援やらで仕事が倍近く増えてんだよ!! 分かるかァ? オレサマはそれはもう大ッ迷惑被ってんだよクソが! 居座るつもりならせめて贖え! 馬車馬の如く働けクソ野郎!!』と彼に怒鳴られながら無気力に生きて来た。

 そんな彼が突然『アァ~~~~~~~ッ! クソッ、仕事とかもう二度としたくねェ!!!!』と叫んで突然魔界から消えた。そして慌てふためく彼の部下から、何故か僕が行方を聞かれる始末。
 行方とか知らないし、そもそも興味無いし。だから普通に知らないと言ったら、彼の部下はそれこそ絶望したかのような表情で体を丸めてとぼとぼと歩いていった。
 そんなある日、件の■■■■が魔界に戻って来たのだが……やけに上機嫌な彼の口からは、衝撃の言葉が放たれた。
 ──緑が、長年眠らされていたからか寂しさを感じていた。
 突然こんな事を言われて……僕は、ずっと目を逸らしていた自分の後悔や憎悪を思い出してしまった。弟達を守れず、妹達を助けられない。そんな、無力で馬鹿な自分を思い出してしまった。

 緑に会いたいかと問われれば、勿論会いたい。会って抱き締めて、たくさん頭を撫でてあげたい。
 可愛い僕の妹。とても大切だからこそ──……僕は、あの子に会う事を恐れていた。
 こんなにも不甲斐ない僕を見て、あの子は失望してしまうだろう。全て自分の所為なのに、僕は自分勝手にもそんな事を思っていた。

『白の権能で死にかけて呪いを振り撒き、結果的に人間に救われた……緑は、また人間に騙されてるのか…………?』

 ■■■■の言葉を思い返し、いつしか僕はそのような結論に至った。
 緑はいつだって人間を信じようとしていた。どれだけ裏切られ、人間が悪意と共に立ち向かってこようとも……緑は人間を信じて愛そうとしていた。
 だけど、人間は僕達を裏切る。もしまた緑が人間に裏切られるような事になれば──。

『あの子はきっと……また泣いてしまうんだろうな』

 そうならないように、僕が今度こそ守らないと。
 弟達も妹達も守れなかった僕にこんな事を言う資格があるのかは分からない。だけど、僕はもう緑が泣く姿を見たくない。あの子が悲しむ世界など、もう必要ないから。

 ……──待っててね、緑。今……お兄ちゃんが迎えに行くから。

 僕達を裏切り、赤と青を死なせたあの世界と決別しよう。白を救い、僕と緑と三体でまた平和な日々をやり直そう。
 赤と青の分も平穏な日々を送ろう。あんな腐った世界ではなく、誰も僕達を脅かせないこの魔界で。
 赤と青と白を守れなかった事も全て、これから償っていくから。緑を独りにしてしまった事も、今まで迎えに行けなかった事も、これまでの事も全部……謝っても謝りきれないけれど、何度だって謝るから。

 だからお願い、もう一度──君の笑顔を見せてくれ……緑。
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