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第四章・興国の王女

322.水無月の思い出3

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 それから少しして、結婚式が始まった。
 バドールが緊張した面持ちでクラリスの登場を待つ。やがて教会の扉が開かれて、保護者代表のディオのエスコートで、クラリスはバージンロードを踏み締めた。動きがぎこちなくて……こちらもまた、緊張しているのがよく分かる。
 ヴェール越しに見えるクラリスがとても綺麗で、バドールも完全に見蕩れているようだった。ディオも席につき、二人が神父の前で並ぶと、ついに神父がよくある言葉を述べる。

「健やかなるときも、病めるときも。晴れ渡る日も、雨の降りしきる日も。その手を決して離す事無く、敬愛の限りを尽くし、親愛の契りを交わし、これから先の長い道のりを手を取り合い共に歩む事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「誓います」

 バドールとクラリスがほぼ同時に誓いの言葉を口にする。

「では。新郎新婦は神への宣誓として、誓いの口付けを」

 神父の進行に従い、バドールがクラリスの顔にかかったヴェールを捲り、二人は誓いのキスをした。
 ほんの一瞬の事なのに……離れてから恥ずかしそうにはにかみ合う二人を見ていて、何だかこっちまで気恥ずかしくなる。
 その後結婚指輪の交換などが行われ、結婚式は無事終了した。

「うぅっ、クラねぇ、ずびっ……おめでとぉっ!」
「すっごく……ぐすっ……綺麗だよ、クラ姉! バド兄っ、クラ姉をちゃんと幸せにしなきゃっ、許さないから!!」
「ふだりどもじあわぜになっでぇぇぇ……っ!!」
「三人共泣きすぎだぞ。そんなに泣いては、二人を祝えないだろう」
「「「シャルにぃだって泣いてんじゃん!!」」」

 終わる頃にはメアリーとシアンとジェジが号泣していて、同じく嬉しそうに涙を流すシャルが三人を慰めていた。

「スン……ッ、ぐす……」
「あれれー? 今日はユーキも大人しいと思ったけど、もしかして泣いてる? やっぱユーキでもクラ姉達の晴れ舞台では泣いちゃうんだ! 分かるよ、オレもさっきから涙止まんねーもん!」
「うるせぇこのバカ」
「ごふっ、なんつー純粋な暴力……っ!」
「……別にいいだろ、泣いたって。クラ姉達の結婚式なんだから」

 ユーキもたまに鼻をすするような仕草をしていて、それに気づいたエリニティが彼をからかっては、思い切りお尻を蹴られて四つん這いで悶絶していた。

「おいバドール。これからは俺達よりも自分の家庭ってモンを優先しろよな。お前はもうひとつの家族を守る立場なんだからよ」
「子育てとかをする日がいつか来ると思うけど、困った時はいつでも頼ってくれていいからね。例え少し離れても、俺達が家族なかまである事には変わりないんだから」
「……おめでとう、二人共。どうか幸せに」

 ディオとラークとイリオーデがバドールとクラリスに色々と言葉をかける。

「えぇ。絶対幸せになってやるわよ。バドールと一緒にね」
「ああそうだな。一緒に幸せになろう、クラリス。皆にも幸せのおすそ分けが出来るよう頑張るよ」
「余計な世話だっつの!」

 ははははは! と皆の笑い声が重なり合う。
 私達は少し離れた所から、私兵団の面々が涙ながらに笑い合う様子を微笑ましく眺めていた。

 お色直しなどしてから披露宴会場に移動し、シルフと師匠とシュヴァルツとセツと合流する。
 ティーパーティー会場のような屋外の披露宴会場。高砂のバドールとクラリスの前には、なんとこの日の為に作ったというバドールの力作のウェディングケーキ。クラリスはその力作を見て、あまりの力の入りように一周回って吹き出していた。
 その後、豪華なフルコースを食べて……まだ号泣するメアリーとシアンからのスピーチを聞いてクラリスまで貰い泣きして、ディオとエリニティからのスピーチでバドールまで泣いて。
 でもそれは、悲しい涙じゃなくて、嬉しくて幸せな涙だった。
 愛と幸福に満ちた、この世の何よりも美しい涙。これまで彼等が歩んで来た日々の全てが詰まった、思い出の涙だったのだ。

 披露宴と言えばやはり余興。実は前々から個人的な興味でメイシアと密かに作っていたを、私はここぞとばかりに余興に使う事にした。
 いそいそと準備して、アイコンタクトでメイシアに着火を頼む。
 皆が料理やお酒片手になんだなんだと注目する中。スリートゥーワン…………そのカウントダウンに合わせて、ドンッ! と爆発音のようなものが披露宴会場に響いた。
 突然の事に驚いて、何人かが「敵襲か!?」と身構える。それに「大丈夫よ、空を見ててちょうだいな」と伝え、皆の視線を晴天へと誘導した瞬間。
 空に、火の花が咲いた。
 突然晴天に輝いた花火。それに皆は呆気に取られているんだけど……これで終わりだとは思わないで欲しい。ふふーんっ、花火はまだまだこれからよ!
 もう一度メイシアに目配せすると、メイシアはこくりと頷いて、次々に煙火筒に火をつけていった。けたたましい音と共に打ち上げられる花火達。
 この世界では珍しいそれに、誰もが目を奪われているようだった。

 やったね大成功! とメイシアとハイタッチをして、私達は師匠からの質問攻めにあった。「アレなんだったんすか!?」と、どこか興奮気味の師匠が私達に根掘り葉掘り聞いてきたので、それに気圧されつつも説明した。
 花火の効果もあって、披露宴の盛り上がりは最高潮。大人達なんかはお酒も入って気が大きくなり、まさに宴会となりつつあった。
 今日ばかりはイリオーデもディオ達と一緒に楽しんでおいで。と前もって伝えておいたので、ディオとラークとシャルと一緒に、お酒片手にバドールと話していた。
 皆が楽しそうで、何よりである。

 アルベルトは、意外にもランディグランジュ侯爵と仲良くしているようで……こちらもまた酒を嗜みつつ会話に花を咲かせているようだった。たまに見える意地の悪いような顔を見ては、二人で何を話しているんだと気になってしまって。
 二人に近づいて、会話に聞き耳を立ててみると……、

「イル……イリオーデは確か、辛い食べ物を無意識に避けていた気がするな」
「成程、辛いものですか。ふむ……今度激辛料理でも作って食わせてやろうかな」
「はは! それはいい。唇を真っ赤にして、涙を流しながら鬼の形相で怒るだろうな、イリオーデは」
「わあ、それはもう、凄く面白いんでしょうね。見ものだろうな」

 なんとも気になる話をしていた。イリオーデへの嫌がらせの相談……? というか、好き嫌いなんてありませんみたいなフリして嫌いな物がちゃんとあったのね、イリオーデ。
 実兄に情報を売られ、それを職場の同僚が買うというなんとも本人からすれば避けたいであろうこの状況。イリオーデにも教えてあげた方がいいんだろうけど……ちょっぴり結果が気になるのよね。
 本当に激辛料理を騙されて食べた時、イリオーデがどんな反応をするのか。
 私って、本当に性格悪いわね。
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