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第四章・興国の王女

310.赤熊の百合4

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♢♢


 視察を初めて数時間。
 途中で私兵団の皆と合流し、エリニティがメイシアに告白して玉砕したり、ジェジが豪快な腹の虫を鳴かせたりと色々あったりしつつも、皆で一緒に街を見て回っていた。
 そんな中、整備された空き地の前を通った。ディオ達が昔から訓練に使っていたという例の空き地だ。
 ここでふと、ディオが提案したのだ。

「なぁ、マクベスタ。せっかくだからあん時の再戦リベンジといかねぇか?」
「あの時……と言うと、お前達をアミレスの私兵団として認めるかの試験をした、あの時の事か」
「ああ。俺達もあん時よりずっと強くなったからな、もう少しいい戦いが出来ると思うんだが……どうだ?」
「オレもあの日より強くなってはいるが……」

 その提案とはまさかのリベンジマッチ。イリオーデ含め私兵団全員が揃っており、かつマクベスタもいる。あれからもう二年近く経っているし、確かにリベンジマッチとしてはまたとない機会だと思う。
 マクベスタはちらりとこちらに視線を向けた。その視線の意図に気づき、私は勿論ゴーサインを出す。

「いいわよ、戦っても。視察もほとんど終わったようなものだし」

 私の視察を妨げるのではと危惧していたらしいマクベスタは、この言葉に安堵し、「アミレスからの許可も降りたし……やるか」と乗り気になったようだ。
 私の後ろに控えていたイリオーデにも「ほら、貴方も行ってきなさいな」と告げて、きちんとあの日のリベンジマッチを演出する。
 見学メンバーは少し代わり、私とシルフとハイラはあの日と変わらないが、新たにメイシアとアルベルトを加えた見学メンバーとなった。
 さて……あれから二年。皆の実力が如何程に成長したのか、とくと見させて貰いましょうか。

「アミレス、少しいいか?」

 ねぇちょっとマクベスタ、ニンマリとほくそ笑んだ瞬間にやって来ないでよ。私だけ先走ってて恥ずかしいじゃないの。

「これ……預かっててくれないか」
「あら、あの時とは逆なのね」
「ああ。今の彼等相手に鞘だけ、というのは侮辱に当たるだろうからな」

 マクベスタから渡されたのは彼がずっと使っている愛剣の鞘。今日はソードベルトを着けて来なかったようで、鞘が邪魔らしいのだ。
 私はそれを預かり、あの時のように彼に激励の言葉を贈る。

「怪我しないように気をつけてね」
「……あぁ」

 マクベスタはあの時と同じ返事をした。だけど、その表情や声音はあの時と全然違う。あの時のマクベスタの小さな微笑みは、今や儚くもカッコイイ微笑へと変わっていた。その声だって、あの時の明るく元気な声音から、酸いも甘いも飲み干したかのような低く落ち着いた声音に変わっている。
 これが、二年の変化って事……? 私の知らないうちに、やっぱりマクベスタが凄く変化している。…………何だろう、この、置いてかれたような気持ちは。

「メイシアちゃーん! オレの活躍見ててねー!」
「遠慮しておきます。わたしはアミレス様を鑑賞するのに忙しいので」
 
 エリニティがメイシアに向けてハートを飛ばすも、メイシアはそれをノールックで弾き飛ばす。エリニティも本当に凄い執着ね……ここまで脈無いのによく何度も立ち上がれるわね。
 というか、本当にメイシアからの視線が熱いわ。

「そんじゃ、ま……お手柔らかに頼むぜ、マクベスタおーじ」
「手加減なんて、今のオレには出来ないんだが……何とかして致命傷は回避してくれ」

 やけに物騒な事を呟きながらも、リベンジマッチは始まった。二年前と比べて、私兵団の面々の成長は目まぐるしい。動きに無駄がなくなってるし、純粋に筋肉量が増えたのか剣筋や威力も安定している。
 魔法だって威力を増し、発動までの時間が大幅に短縮されている。その複雑さも増しているからか、中々に厄介そうだ。
 私兵団の面々について何より注目すべきは、やはりそのチームワークだろう。掛け声や合図すらも無く、長年培って来た絆がその連携を可能にしていた。
 立て続けに来る、訓練された私兵団の連携攻撃には流石のマクベスタも防戦一方になる。そう、私達は思っていた。
 あの時だってそうだった。流石にマクベスタでも厳しいのではと思い、結果的に彼の強さに度肝を抜かれた。
 勿論今回も──私は、マクベスタ・オセロマイトという男の強さに圧倒されたのだ。

 まるで、怪物のようだった。荒々しくも的確に、一瞬で相手の心臓を斬り裂くような剣筋。一切の躊躇無く魔法を使い、悪魔の様に戦場を縦横無尽に駆け回っては、着実に一人ずつ仕留めていく。
 私の知る彼の戦い方からかなり変化した、その戦い方を見て……私は言葉が出て来なかった。兎のように軽々と跳び上がり、鷹のように獲物を確実に仕留める。今のマクベスタは、ただ一点のみを目指して最適化されたような──そんな動きをしていたのだ。
 別に、その事に恐怖は覚えない。ただ……カッコイイと思った。世が世なら、軍神の化身だとか呼ばれて畏怖されるであろう、圧倒的な強さだった。
 それこそ、私が何度もマクベスタに言ってきた、最強の剣士のような姿。きっと、もう既にフリードルよりも遥かに強くなっているだろう。フリードルの今の実力など全く把握していないが、不思議とそう確信している。

「うぐ……くそっ、コイツマジで強ぇ……!」
「後はイリオーデか」

 マクベスタが腹に強い蹴りを入れてディオ倒すと、最後に残ったのはイリオーデだった。
 待っていたとばかりに私兵団の団服〈夏服〉を鮮やかに翻して、イリオーデはマクベスタに斬りかかった。何度か彼等の模擬戦を見て来たから、二人の実力がかなり拮抗するものである事が分かっていたが……やはり、攻略対象のポテンシャルだろうか。
 魔法を躊躇わずに使うマクベスタが、一歩リードしているように見える。だがイリオーデは魔法を使っていない。大公領の模擬戦で披露したあの馬鹿げた魔法を、まだ温存しているようなのだ。
 これは勝負の行く末が分からない。リベンジマッチとは思えないような緊迫した一進一退の攻防に、私達は固唾を呑んでいた。

 その時だった。イリオーデがついに魔法を使った。滅多に魔法を使わないイリオーデが突然魔法を使い、瞬く間に距離を詰めてマクベスタの剣を上空へと弾き飛ばした。
 イリオーデが下から斬り上げた剣筋に沿うように、ほんの一瞬、マクベスタとイリオーデの間にハリケーン並の強さの風が巻き起こった。それが抉るようにマクベスタの愛剣を空へと連れ去ったのだ。
 武器を失い、巻き起こった砂埃で視界も奪われたこの状況……マクベスタは無防備だった。これを好機とばかりに、イリオーデは剣を構え鋭い突きを放つ。
 これは流石に駄目だ、マクベスタが危ない。そう声を上げようとした瞬間。
 晴天の下に、突如として雷鳴が轟く。
 痛いくらい眩しい一閃に、誰もが目を閉じた。

「──な……何、あの剣……?」

 ようやく開いた目に映るのは、マクベスタが握る見覚えの無い長剣ロングソード。それはバチバチと恐ろしい音を奏でながら、雷を纏っていた。
 イリオーデの鋭い突きを受け流すように構えられたその剣に、私は唖然としていた。真っ黒の剣身に、金色の鍔。私の白夜より遥かに魔剣っぽい見た目のそれは、不思議と今のマクベスタにとても似合っていた。
 でもさ、それ、一体どこから出したの? そんなの全然持ってなかったよね? 白夜みたいに名前を呼べば来るタイプの魔剣なの?

「……実戦で使うのは、まだ先だと思ってたんだがな。イリオーデ相手だとやはり奥の手を残すのは難しいか」
「……まさか、もう一本剣を持っていたとは。それもただの剣ではないと見受ける」
「よく分かったな。貰い物だが中々に強いぞ、この剣は」
「ふ、いくら剣が強くとも使い手が弱ければなまくらに過ぎない。使い手の実力が剣の実力だからな」

 二人は一度距離を取り、じっと相手を見据えていた。
 彼等の真剣な表情からして……これから先、より激しい戦いになるのは明白だった。そんな戦いをこれ以上続けさせる訳にはいかない。
 マクベスタの友人として、イリオーデの主として。
 私がこの戦いを止める責任がある。怪我するなって言ったのに怪我しそうな戦いを演じようとする二人を止めなくてはならないのだ。
 だがこの緊迫した空気……ただ、試合中止! と言うだけでは決して終われないだろう。どうしたらすぐにでも二人を止められるのか。そう考えた結果、私は──、

「おいで、白夜」

 今日は置いて来た愛剣を喚び出して、それを構えた。
 二つの剣の鞘は、アルベルトに「これお願い」とだけ言って渡した。
 見学していたのに突然剣を構えだした私に、シルフが「アミィ……?」と焦りを口にした。しかしそれを無視して、私は地面を蹴った。
 意図的に殺気を放ち、二人に向かって斬りかかる。突然第三者の殺気を全身に感じたからか、イリオーデもマクベスタも凄まじい速度で反応し、防御体勢に入った。
 そして、その殺気の出処が私だと気づき二人が目を丸くしたところで、私は急停止して殺気を収め、剣を下ろす。
 無事に戦いを止められたと肩を撫で下ろし、ぽかんとする二人に向けて一喝する。

「試合終了よ、二人共。もう、熱くなりすぎ! あのまま続けてたら大怪我どころじゃ済まなかったでしょ!」

 ぷんぷんと怒りながら腕を組む私に、二人がハッとなり謝罪する。

「すまん……お前の前では負けたくなくて……」
「マクベスタ王子が強くて、つい対戦を楽しんでしまいました。申し訳ございません」

 一応二人共謝罪の意思はあるらしい。マクベスタがどこからともなく黒と金の鞘を取り出しそこに剣を収めると、同様にイリオーデも剣を鞘に収めながら頭を下げて来た。
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