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第四章・興国の王女
309.赤熊の百合3
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「は……はい……」
ようやく絞り出した言葉がこれだった。あまりの急展開に、頭が真っ白になっていたのだ。
よく分からないけれど、私は何かしらの責任を取らないといけないらしい。でも何の?
──はっ、メイシアの頬で遊び過ぎたからその治療費払えって事か! 成程ねそういう事なら勿論払うわ。治療費でも慰謝料でも示談金でもなんでも払うわよメイシア!
……でもおかしくない? もしその治療費云々の話だったとして、私の事が好きだとかキスだとか……どうしてそんな言動に出たのか全然分からないわ。
「アミレス様、わたし、頑張りますね」
「……何を?」
私から離れた彼女は、宝石のようにキラキラと輝く瞳をふんわりと緩め、笑った。それはこれまで見て来たメイシアのどの笑顔よりも、可愛くて力に溢れた──最強の笑顔だった。
「アミレス様に相応しい人間になれるよう、めいいっぱい頑張りますね」
「ん? 私……に相応しい、人間?」
「ひとまず男になれる薬の精製辺りから頑張ってみます。他にも、この国の誰にも脅かせないような地位に上り詰めてみせますね」
男になれる薬?! ちょっ……ちょっと待って、話が跳躍し過ぎて何の事か分からない! もしかして、国家転覆の話とかされてる?!
「だから……もし、わたしがあなたに相応しい人間になれたなら。その時はどうか──……わたしを、アミレス様のお嫁さんにして下さい」
えっ………………とぉ……私、今、プロポーズされてます?
その瞬間、私の中で点と点とが繋がった気がした。まさに脳裏を雷がよぎったかのような、そんな爽快体験だった。
「もしかして……メイシアは本当に私の事が好きなの? その、恋愛対象として」
これまでの一連の発言……その全てがこの結果に繋がっているのではないか。自意識過剰にも、私はそう考えたのだ。
自分でも一体何を言っているんだと思うが……流石の私でも、もはやこの答えにしか辿り着けなかった。
「はい。わたしはアミレス様の事が大好きです。あなたを心よりお慕い申しております」
メイシアは真剣な顔で言い放った。それは友達に向けた言葉ではなく、まさしく、好きな人に向けるようなものだった。
「同性で、望みなんてないから我慢しようと思ってました。アミレス様には結婚願望が無いと聞いて何度も苦い思いをしました。わたしの想いは叶わないんだって……諦めようとしてました」
でも、とメイシアは続ける。開いた口が塞がらないまま立ち尽くす、私を置いていって。
「ただ、『同性だから』って諦められるものじゃなかった。ほんの少しでも可能性があるのなら、わたしはその僅かな可能性にかけたいんです! あなたの視線も、優しさも、笑顔も、全て独り占めしたいんです! あなたに永遠の愛を誓えるのなら、わたしは何だってすると決めたのです!」
それはメイシアの覚悟そのものだった。
私よりも小さな女の子が、こんなにも真剣に恋をしている。皆の恋路を応援したいと言っていた身として、彼女のそれを邪魔する訳にはいかない。
でも、私は。
「……ねぇ、メイシア。私は、きっと貴女の望むものをあげられないわ。もし私を愛してくれても、私には貴女を愛する方法が分からないから」
「見よう見まねでいいんです。わたしが、わたし達が、これからもたくさんアミレス様の事を愛します。だからアミレス様も同じようにわたし達を愛して下さい。そりゃあ、当然……どうせならわたし一人だけを愛して下さいって言いたい所ですけど、今はまだ、わたしには早いので」
メイシアはふにゃりと微笑み、そして私の手を取った。かつて漫画やアニメで見た恋する乙女のような表情で、彼女は私を見つめる。
……ああ、そうか。さっき、メイシアの笑顔が何者にも負けないような笑顔だと思ったのは、これが理由だったんだ。
──恋する乙女は、最強だから。
私の友達は、どうやら本当に私に恋をしているらしい。
「難しそうだけど、見よう見まねでやってみるわ。でも……まだ結婚とかは考えられないから、求婚はお受け出来ない。ごめんね」
眉尻を下げて、そうお断りを入れるも、
「そうだと思いました。でも、可能性がほんの少しでも残る以上、わたしは諦めませんから」
メイシアは強かに笑った。
何だったかしら、そう──シャンパージュの魔女。確かにそう呼ばれるに相応しい……可愛らしくも末恐ろしい、堂々とした風格だった。
「……──姫様。もし姫様がどなたかと結納される際は、私も勿論着いてゆきますから。貴女様の最初の侍女として、例え行先が火の中でも世界の果てでも、今度こそ必ずや…………最期まで、お供します」
ハイラがそう言って、後ろから優しく抱き締めて来た。
ハイラのこれは、きっと恋ではない。だけど……恋でなくとも私への愛情らしきものは強く感じる。ハイラは本当に私を大事に思ってくれているのだと、彼女の言葉の端々からよく伝わってくる。
「重いわよ、ハイラ。そもそも貴女は侯爵でしょう?」
「その時がくれば、妹にでも爵位は譲ります。それと……女性に重いと言うのは如何なものかと。私でなければ、流石の姫様でも失礼に当たりますよ?」
「分かってて言ってるでしょう、貴女。その言葉や決意が重いのよ」
「ふふ、見抜かれましたか」
下から覗き込んだハイラの顔は柔らかく綻んでいた。
「むぅ、マリエル様! わたしが今告白したばかりなのに、目の前でアミレス様といちゃいちゃしないで下さいっ」
「誤解です……とはあえて言わないでおきましょうか。私も勿論姫様の事はとーっても大事に思っておりますので」
「はっ、もしかしてこれが姑……!?」
「あら、嫁いびりをご所望ですか? そもそも……私はまだ、メイシア様を姫様のお相手として認めた訳ではございませんよ」
私を挟んでバチバチ火花を散らさないで欲しい。それに、当たり前のようにハイラが姑ポジションになっているのがとても不思議だわ。
でも確かに、実際もし万が一私が誰かと結婚する日が来たとして、私の母親はいない訳だから……私の育ての親のような存在であるハイラが姑ポジションになるのは、まぁ、納得出来る。
でも貴女はそれでいいの? 姑と呼ばれる事を、何故受け入れられるの??
ハイラの事は未だによく分からないわ。これでも六年以上一緒にいるんだけどなぁ……難しいな、対人関係。
「はぁ…………」
小さくため息を吐く。その後も暫し、メイシアとハイラは仲良く火花を散らしていたので、私は何とかハイラの腕の中から抜け出して、シルフの所に避難した。
だがしかし、シルフ達も様子が変だった。何だか本調子じゃないような……皆が皆、何か考え込んでいる様子だったのだ。
♢♢
───まさか、十歳近く歳の離れた少女の言葉に感銘を受けるとは。
あの少女のひたむきな恋心に、その燃え盛るような熱量に、こっちまで感化されてしまいそうだった。
諦めるべきだと、頭ではそう分かっていても……そうはいかないものだってある。まさに、この感情がそれだった。
どれだけ可能性が少なくとも、全く無い訳ではないのなら……それは諦める理由にはならない。
ああ、そうだ。その通りだ。
どうやら、俺はその言葉を望んでいたらしい。
誰かがそうやって背中を押してくれる日を待っていたのだろう。誰かがこれを受け入れ認めてくれる日を待っていたのだろう。
こんなもの、全てを壊すだけの最悪な爆薬でしかないと思っていたのに……あんな風に、関係が壊れる事をも恐れず恋の炎を煌めかせた少女を目の当たりにして、何もせずになどいられない。
…………そろそろ、俺も覚悟を決めるべきかな。
これからも俺が俺らしく生きられるように。これから先、こんな時限式の爆薬を抱えたまま生きなくても済むように。
この状況に、終止符を打とう。
嫌われる事もこの関係が壊れる事も怖いけど。でも、きっとあの少女の言うようにいずれ我慢出来なくなるから。
それならば、もういっその事──自分から終わらせた方がいい。
その方が、きっと…………傷は浅く済むだろうから。
ようやく絞り出した言葉がこれだった。あまりの急展開に、頭が真っ白になっていたのだ。
よく分からないけれど、私は何かしらの責任を取らないといけないらしい。でも何の?
──はっ、メイシアの頬で遊び過ぎたからその治療費払えって事か! 成程ねそういう事なら勿論払うわ。治療費でも慰謝料でも示談金でもなんでも払うわよメイシア!
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「……何を?」
私から離れた彼女は、宝石のようにキラキラと輝く瞳をふんわりと緩め、笑った。それはこれまで見て来たメイシアのどの笑顔よりも、可愛くて力に溢れた──最強の笑顔だった。
「アミレス様に相応しい人間になれるよう、めいいっぱい頑張りますね」
「ん? 私……に相応しい、人間?」
「ひとまず男になれる薬の精製辺りから頑張ってみます。他にも、この国の誰にも脅かせないような地位に上り詰めてみせますね」
男になれる薬?! ちょっ……ちょっと待って、話が跳躍し過ぎて何の事か分からない! もしかして、国家転覆の話とかされてる?!
「だから……もし、わたしがあなたに相応しい人間になれたなら。その時はどうか──……わたしを、アミレス様のお嫁さんにして下さい」
えっ………………とぉ……私、今、プロポーズされてます?
その瞬間、私の中で点と点とが繋がった気がした。まさに脳裏を雷がよぎったかのような、そんな爽快体験だった。
「もしかして……メイシアは本当に私の事が好きなの? その、恋愛対象として」
これまでの一連の発言……その全てがこの結果に繋がっているのではないか。自意識過剰にも、私はそう考えたのだ。
自分でも一体何を言っているんだと思うが……流石の私でも、もはやこの答えにしか辿り着けなかった。
「はい。わたしはアミレス様の事が大好きです。あなたを心よりお慕い申しております」
メイシアは真剣な顔で言い放った。それは友達に向けた言葉ではなく、まさしく、好きな人に向けるようなものだった。
「同性で、望みなんてないから我慢しようと思ってました。アミレス様には結婚願望が無いと聞いて何度も苦い思いをしました。わたしの想いは叶わないんだって……諦めようとしてました」
でも、とメイシアは続ける。開いた口が塞がらないまま立ち尽くす、私を置いていって。
「ただ、『同性だから』って諦められるものじゃなかった。ほんの少しでも可能性があるのなら、わたしはその僅かな可能性にかけたいんです! あなたの視線も、優しさも、笑顔も、全て独り占めしたいんです! あなたに永遠の愛を誓えるのなら、わたしは何だってすると決めたのです!」
それはメイシアの覚悟そのものだった。
私よりも小さな女の子が、こんなにも真剣に恋をしている。皆の恋路を応援したいと言っていた身として、彼女のそれを邪魔する訳にはいかない。
でも、私は。
「……ねぇ、メイシア。私は、きっと貴女の望むものをあげられないわ。もし私を愛してくれても、私には貴女を愛する方法が分からないから」
「見よう見まねでいいんです。わたしが、わたし達が、これからもたくさんアミレス様の事を愛します。だからアミレス様も同じようにわたし達を愛して下さい。そりゃあ、当然……どうせならわたし一人だけを愛して下さいって言いたい所ですけど、今はまだ、わたしには早いので」
メイシアはふにゃりと微笑み、そして私の手を取った。かつて漫画やアニメで見た恋する乙女のような表情で、彼女は私を見つめる。
……ああ、そうか。さっき、メイシアの笑顔が何者にも負けないような笑顔だと思ったのは、これが理由だったんだ。
──恋する乙女は、最強だから。
私の友達は、どうやら本当に私に恋をしているらしい。
「難しそうだけど、見よう見まねでやってみるわ。でも……まだ結婚とかは考えられないから、求婚はお受け出来ない。ごめんね」
眉尻を下げて、そうお断りを入れるも、
「そうだと思いました。でも、可能性がほんの少しでも残る以上、わたしは諦めませんから」
メイシアは強かに笑った。
何だったかしら、そう──シャンパージュの魔女。確かにそう呼ばれるに相応しい……可愛らしくも末恐ろしい、堂々とした風格だった。
「……──姫様。もし姫様がどなたかと結納される際は、私も勿論着いてゆきますから。貴女様の最初の侍女として、例え行先が火の中でも世界の果てでも、今度こそ必ずや…………最期まで、お供します」
ハイラがそう言って、後ろから優しく抱き締めて来た。
ハイラのこれは、きっと恋ではない。だけど……恋でなくとも私への愛情らしきものは強く感じる。ハイラは本当に私を大事に思ってくれているのだと、彼女の言葉の端々からよく伝わってくる。
「重いわよ、ハイラ。そもそも貴女は侯爵でしょう?」
「その時がくれば、妹にでも爵位は譲ります。それと……女性に重いと言うのは如何なものかと。私でなければ、流石の姫様でも失礼に当たりますよ?」
「分かってて言ってるでしょう、貴女。その言葉や決意が重いのよ」
「ふふ、見抜かれましたか」
下から覗き込んだハイラの顔は柔らかく綻んでいた。
「むぅ、マリエル様! わたしが今告白したばかりなのに、目の前でアミレス様といちゃいちゃしないで下さいっ」
「誤解です……とはあえて言わないでおきましょうか。私も勿論姫様の事はとーっても大事に思っておりますので」
「はっ、もしかしてこれが姑……!?」
「あら、嫁いびりをご所望ですか? そもそも……私はまだ、メイシア様を姫様のお相手として認めた訳ではございませんよ」
私を挟んでバチバチ火花を散らさないで欲しい。それに、当たり前のようにハイラが姑ポジションになっているのがとても不思議だわ。
でも確かに、実際もし万が一私が誰かと結婚する日が来たとして、私の母親はいない訳だから……私の育ての親のような存在であるハイラが姑ポジションになるのは、まぁ、納得出来る。
でも貴女はそれでいいの? 姑と呼ばれる事を、何故受け入れられるの??
ハイラの事は未だによく分からないわ。これでも六年以上一緒にいるんだけどなぁ……難しいな、対人関係。
「はぁ…………」
小さくため息を吐く。その後も暫し、メイシアとハイラは仲良く火花を散らしていたので、私は何とかハイラの腕の中から抜け出して、シルフの所に避難した。
だがしかし、シルフ達も様子が変だった。何だか本調子じゃないような……皆が皆、何か考え込んでいる様子だったのだ。
♢♢
───まさか、十歳近く歳の離れた少女の言葉に感銘を受けるとは。
あの少女のひたむきな恋心に、その燃え盛るような熱量に、こっちまで感化されてしまいそうだった。
諦めるべきだと、頭ではそう分かっていても……そうはいかないものだってある。まさに、この感情がそれだった。
どれだけ可能性が少なくとも、全く無い訳ではないのなら……それは諦める理由にはならない。
ああ、そうだ。その通りだ。
どうやら、俺はその言葉を望んでいたらしい。
誰かがそうやって背中を押してくれる日を待っていたのだろう。誰かがこれを受け入れ認めてくれる日を待っていたのだろう。
こんなもの、全てを壊すだけの最悪な爆薬でしかないと思っていたのに……あんな風に、関係が壊れる事をも恐れず恋の炎を煌めかせた少女を目の当たりにして、何もせずになどいられない。
…………そろそろ、俺も覚悟を決めるべきかな。
これからも俺が俺らしく生きられるように。これから先、こんな時限式の爆薬を抱えたまま生きなくても済むように。
この状況に、終止符を打とう。
嫌われる事もこの関係が壊れる事も怖いけど。でも、きっとあの少女の言うようにいずれ我慢出来なくなるから。
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