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第四章・興国の王女

303.青い星を君へ2

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「……なぁ、どうされたい? 貢がれたい? 慕われたい? それとも誰かに尽くされたい? 誰かに支配されたい? 目と目を合わせて、互いの息を混ぜ合わせて、ゆっくりと唇を重ねたい? もう二度と離れたくないってぐらい抱き締められたい? それとも…………息も意識も全て絶える程、その体を貪り食われたい? 教えてよ。おねぇちゃんが、どう愛されたいのか」

 まるで、一つずつなぞられるかのようだった。
 シュヴァルツの手はずっと私の首元にあったのに、その視線が頭からつま先までゆっくりと動いていたものだから、彼の手に全身を撫でられているような錯覚に陥っていた。

「……ぁ、その……私、は…………」

 先程のシュヴァルツの言葉の中に、しっくりくるものはなかった。
 私は、一体どんな風に愛されたいと思っていたの……?

「永遠のような夜が欲しい? それとも、儚くも眩しい朝? ありふれた平穏の昼でもいい。望むものは何だってぼく達が与えてあげる。お前の願いは全て叶えてあげる。ねぇ、おねぇちゃんが望むものは、どれ?」

 立て続けにシュヴァルツから放たれる問。これについて考えていると……高い高い壁に阻まれているような、そんな気分だった。
 ああ、でも。今少しだけ壁を登る足掛かりを見つけたかもしれない。

「──大層な事は望まない。高望みなんてしないから。ただ……一緒にいて、名前を呼んで、私を一人の人間として見てくれるなら…………もう、それ以上は何も望まないよ」

 シュヴァルツが言った所の、ありふれた平穏の昼というものだろうか……私が欲しい愛は。
 ただそれだけでいい。ただずっと一緒にいて、私の名前を呼んで、私をどこにでもいるありふれた一人の人間として扱ってくれるなら、それで、十分だった。

「……それが、お前が欲しいものなんだな」

 ようやく答えられたのに、シュヴァルツも皆も浮かない顔をしていた。どうして? と理解が追いつかない中、シュヴァルツは私から離れてニコリとわざとらしく笑った。

「オーケイ、よーく分かったから。あっ、じゃあね、おねぇちゃん。ぼく用事思い出したから」
「えっ」
「あとコイツ等全員借りてくね。大丈夫、すぐ返すから。ほら精霊のもイリオーデもルティも着いて来い」

 未だに何が何だか分からないままの私を置いて、シュヴァルツ達は部屋を後にした。

「……どうしちゃったんだろ、シュヴァルツ。皆も様子が変だったけど…………セツはどう思う?」
「クゥーン」

 セツに尋ねるも、セツは先程からずっと、頭をスリスリとしてくるのみ。どうやらセツはシュヴァルツ達の事が眼中に無いらしい。
 というか。よくよく考えたら朝からする話題ではないわよね、これ。朝から重い話をしてしまったわ……だから皆も浮かない顔してたのかしら。
 申し訳無い事をしたなぁと思いつつ、私は皆が戻って来るのを体を小さくして待つ事にした。


♢♢


(──ああもうムカつく、マジでムカつく。こんな胸糞悪ぃ話があるか?)

 奥歯をギリギリと噛み締め、シュヴァルツは先陣を切って歩いていた。
 その後ろを不本意ながらも着いて行くシルフとイリオーデとアルベルトは、どういう意図で連れ出されたのかを知らなかった。
 ただ、今ばかりはシュヴァルツの言う事に従うべきと思ったのだ。
 彼等は、シュヴァルツがアミレスの言葉を聞いてこのような行動に出たと察したのだ。何故なら彼等も、アミレスの言葉には思う所があったから。

「シュヴァルツ、どこまで行くつもりなの? アミィから離れすぎるのも考えものかと思うけど」

 シルフが声をかけると、シュヴァルツはピタリと足を止めてくるりと振り返った。その瞳は完全に据わっていて、外面を取り繕う事も忘れているようだった。

「……アイツからある程度離れないと話し合い出来ねぇだろ。その為にマクベスタを呼んでやろうかと思ったんだ。この際だからナトラもハイラもメイシアもディオも呼ぶか。あと一応カイルも。共有事項はさっさと共有しておくに限るからな」

 シュヴァルツが華麗に指を鳴らすと、彼の周りにいくつもの白い魔法陣が現れ、輝く。その輝きが収まると同時に、そこには強制的に転移させられた六人の男女の姿が。

「……ここは、東宮?」
「なんじゃ、誰が我を転移させたのじゃ?」
「私は先程まで書類を纏めていた筈、なのですが」
「あれ、どうして?」
「え? 何で急に皇宮に来てんだ俺ァ……?」
「ぐふぉっ、いってぇ……ベッドから落ちたんか……?」

 約一名、まだ起きてすらいなかったようで地面に衝突している者もいたが、他の五名は突然の強制転移にキョロキョロとしていた。
 その様子を見て、シルフは唖然としていた。

(どういう事だ? こんなにも高度な空間魔法、カイルみたいな異常者を除いて人間に扱える訳が…………いやまて、その前に。シュヴァルツには全く魔力が無い筈なのに、どうして魔法が使えるんだ? 何なんだ、この子供は。ボクは何を見落としているんだ? コイツは、本当に人間なのか?)

 何もかもが異様なシュヴァルツに対して、シルフはようやく違和感を抱いた。それはシュヴァルツが意図的に抱かせぬようにしていたもの。
 普通ならば抱くような違和感を相手の認識外──無意識下に押し込む、悪魔の常套手段だった。
 シルフはまんまとそれに引っ掛かっていたらしい。

「やあ、朝から呼び出して悪かったな。でもおねぇちゃん関連だ、つったらお前等は納得するだろ?」

 アミレス関連だとシュヴァルツが口にした瞬間。彼等に緊張が走る。

「早速だけど本題に入るか。どうやら、ぼく等のお姫様は本気で愛を知らないらしい。そりゃあ何だっていいとは言ったけどさ……だとしてもアイツ、本気で一度も愛された事がない奴の反応をしやがったんだよ」
「……一体、何があったのですか?」

 ハイラが詳細を聞こうと前のめりになる。シュヴァルツは、事のあらましを簡潔に話し始めた。

「彼女にどんな風に愛されたいか聞いたんだよ。そしたらなんて答えたと思う? ──ただ一緒にいて、名前を呼んで、一人の人間として見てくれるなら、それ以上は何も望まない……ってさ。どんな愛でもいい、どんな愛でも欲しいなら与えてあげるって言ったのにさ、絞り出すように答えたのがこれだぜ?」

 ケッ、と吐き捨てるようにシュヴァルツは言った。それを聞き、六人は目を丸くした。中でもマクベスタとメイシアは戦慄していた。

「そん、な……当たり前のような事を、彼女は愛だと思っているのか? そんな当たり前な事すら、彼女にとっては遠い世界の話だと……そういう事なのか?」
「アミレス様の望まれる愛が、たったそれだけのものだなんて……っ、どうして、アミレス様は多くを求めないのですか?」

 メイシアは今にも泣き出しそうな表情をしていた。マクベスタも、悪夢に荒んだ翡翠の瞳をやるせなさから細めていた。

「そんなのぼくが聞きたいぐらいだ。何でアイツはあんなにもんだ? それとも、そんな普通の欲すらも持てない環境に生きてたって事なの?」

 東宮の一角。一通りの少ない廊下で、彼等は頭を抱えていた。

(人間なら持ってて当然の欲をどうしてアイツはほとんど持ってないんだ……? 不必要な自己犠牲精神は持ってる癖に、なんで必要な欲に限ってアイツには全く無いんだ?)

 知性ある生き物なら持ってて当然の欲──原罪とも呼ぶべき七つの欲望。だが、アミレスはそれの大半を持っていないようにも伺えた。
 彼女にあるのは欲望にも満たない虚飾のみ。
 以前より薄々勘づいていたが、シュヴァルツはアミレスの空虚な自我を目の当たりにして、らしくもなく狼狽えていた。

「そんなにも、殿下の身内ってのは酷いモンなのか? そこらのガキでさえ当然のように与えられてるものを、殿下は…………」

 ぐっ、と握り拳を震えさせて、ディオリストラスはあろう事か皇帝への怒りを抱いた。
 実の娘にそんな言葉を言わせた一人の父親に、彼は怒りを覚えざるを得なかったのだ。──例え相手が、大国の皇帝であろうとも。

(あんなにも元気で、誰にでも優しいお人好しのガキが……優しさも何も知らずに生きてきたとか、信じられねぇよ)

 いつの日か見た、幼い少女の偽善。それを思い出し、ディオリストラスはハッと息を呑んだ。

(どんな危険が待ち受けていようとも目を逸らす事が出来ないからって、死ぬ事を何より恐れてる癖にすぐ一人で無茶しやがるのは……他人の頼り方を、知らないからだったのか。これまで誰にも愛されず、優しくされなかったから……誰かを頼るなんて考えもなく、誰かに頼る方法も分からず、何もかも一人で抱え込もうとしてたのか!)

 その顔を怒りに歪め、ディオリストラスは歯ぎしりした。どれだけ本人が否定しようとも、やはり彼は子供好きだった。
 本来愛され守られるべき存在が、ああして当然のように自らを犠牲にする方法しか選べなかった事実に、彼は強く怒りを覚えた。
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