だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第四章・興国の王女

299.ある少女の変化2

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『ねぇ、ミシェル。なんでミシェルはおれを助けてくれたの?』

 体中にまだ痣が残る頃、ロイが首を傾げておもむろに聞いてきた。あたしはこれにどう答えたものかと逡巡し、ぽつりと零す。

『……誰かに手を差し伸べてもらえるのって、本当に嬉しい事だから。あの場でロイを見捨てたら、きっとあたし、すごく後悔してたと思うの』

 そう言葉が漏れ出た時、あたしの胸はポカポカと温かくなっていた。
 よく覚えてないけど……きっとあたしも、昔、誰かに手を差し伸べてもらったのだろう。そしてそれがどうしようもなく嬉しかったんだと思う。

『そっか……ミシェルは優しいんだね。ありがとう、ミシェル。きみのおかげで、おれ、こんなにも元気になれた!』

 ロイがニッコリと、明るく笑う。
 ……──あたしは優しい。あたしのおかげで、ロイは元気になった。だってそうよね、あたしはミシェル・ローゼラだから。
 だってあたしは、この世界の主役ヒロインだから!
 何をしてもいい、何をしても許される。自由に我儘に生きたって、もう誰にも怒られない! だって……あたしが世界で一番正しくて、優しくて、愛されるんだから!!
 その証明とばかりに、あたしがどんな事をしても、ロイは許してくれた。ロイはあたしの全てを肯定してくれた。
 ロイと過ごす時間が増えるようになってからというものの、今思い返せば、あたしは日に日に我儘に……自分勝手な人間になっていたと思う。
 だって、何をしても何を言ってもロイはあたしを肯定してくれるから。周りの大人達だってそう……あたしの事を決して怒らない。
 だからあたしは、自分が世界の中心にでもなったかのような気分になっていた。
 そんなある日の事。あたしは村で偶然、同年代の女の子達の話を聞いてしまった。

『ほんっとにミシェルって最低よね! いっつも男達を周りに集めてさ、お姫さまにでもなったつもりなの?』
『ちょっと可愛いからって私達の事見下してるよね』
『この前なんか、ウチが好きだったマゼルにべたべた触ってさ! マゼルもマゼルよっ、あんなにデレデレして!!』
『ねぇ聞いて、あの女のせいでパパがアタシの事可愛がってくれなくなったの! お前もミシェルぐらい可愛かったらよかったのにな……ってひどくない?!』
『ひどーい!』
『うちも、この前お兄ちゃんがミシェルに一目惚れしたとか言いだして、ナナにミシェルを紹介しろとか言ってきたの。知らないし、ミシェルなんか! って言ったらお兄ちゃんすっごく、怒って……ぐすっ……』
『ナナのお兄ちゃんサイテー!』
『泣かないで、ナナ……』

 それはとても聞き覚えのあるもの。覚えてはないのだけど、既視感がある。きっと、記憶にない前世でもよく女の子達の陰口を聞いていたのだろう。
 それを聞いて、あたしはいてもたってもいられなくなった。だけどこの時にはもう、ロイと大人達に甘やかされて天狗になった自己中我儘モンスターのあたしだったから。
 物陰から姿を見せると、彼女達は『ひぃっ!?』とお化けでも見たような反応をした。あたしが被害者面で大人達にこの事を言いつけるとでも思ってるのか、その顔は今や真っ青だ。

『あんた達はどうせ脇役なのよ、この世界はあたしの為にあるの。邪魔だしどっか行ってくれない?』

 随分と酷い言い方をしてしまった。だけど、何も間違った事は言ってない。あたしの近くにいる事で不幸になるのなら、あたしから離れたらいい。
 どうしてあたしの事が嫌いなのに、あたしの近くにいるのか。思考も行動も何もかもが制限され縛り付けられている訳でもないのに、どうして自分で道を切り開かないのか。
 それが、あたしからしたらとても疑問だった。

 それからというものの、あたしは、堰き止められていた感情や欲望が全て解き放たれたかのように振舞っていた。言うなれば女王様のような、そんな感じだったなと自分でも思う。
 それでも、皆は許してくれた。世界に許されたから。だからあたしは態度を改める事はなかった。
 ただ一つ疑問なのが……あたしはロイにしか話してないのに、神々の加護セフィロスの事が村中に広まっていて……かつそれをあたしがみんなを見下したいが為に言いふらした。なんて言う風に同年代の女の子達が騒いでいたんだけど。
 あたし、ロイにしか話してないし。あたしを妬む誰かがそれを盗み聞きして、あたしを陥れる為に言いふらしたんだ。
 本当に最悪なんだけど。どこの世界も、女の子がやる事は変わんないんだね。

 もっと最悪だったのは、言いふらしてないのに言いふらした事になってる神々の加護セフィロスや天の加護属性ギフトの事で女の子達から馬鹿にされる事が増えた事。
 妄想癖も大概にしなさい! とか、ホラを吹いてまでして人を馬鹿にしたいとか可哀想な人生ねぇ? とか散々言われるようになって……あんまりにも鬱陶しくて、あたしはゲームよりも早く天の加護属性ギフトを発現させて神々の加護セフィロスの実在を証明した。
 すると、あたしを嘘つきだ卑しい女だと馬鹿にしてきた子達は皆顔を青くして黙り込んだ。
 何せ神殿で認められ、国教会直々に保護する程の事態になったのだ。あたしがどれだけ尊く重要な人物であるかをようやく理解したんだろう。
 そんなあたしにこれまで散々暴言や嫌味を吐いてきたのだから、彼女達が自分の行動を悔いるのも無理はない。

 まあ、でも。あたしは優しいから。だからあの子達の事は許してあげたの。
 あたしの言葉が本当だって分かったあの時の……あのこの世の終わりみたいな顔を見られただけで、十分溜飲は下がった。
 それに、保護という名目で神殿都市に来るように言われて、ゲーム通りの展開だ! とあたしはワクワクしていた。だから、この時にはあの子達の事も割とどうでもよくなっていたのだ。
 神殿都市に行ったらミカリアやサラやセインに会える。ゲームが始まれば……選択肢次第でカイルやアンヘル、マクベスタやフリードルにだって会いに行ける。
 いつか愛した攻略対象キャラクター達に実際に会って、ゲームのように愛して貰えるんだと思うと。あまりの嬉しさと期待とで、あたしはどんどんおかしくなっていった。
 だからかな……実際に神殿都市に行って、ゲームと全然違うからと、不安と焦燥からあたしは何度も癇癪を起こしてしまった。ああ──まるで、大嫌いだけど好きだったのように。
 すぐに物に当たって、人に当たって、金切り声で叫んで。本当に、あたしが一番嫌いな言動だったと思う。
 それに気づいたのは、つい先日。とても見覚えのある金色の髪の女の子に夢枕に立たれて、

『今ならきっと、目覚める事が出来る筈。だからどうか、夢から目覚めて。お願い、もう一人のあなた…………取り返しがつかなくなる前に』

 そう真剣な顔で言われて、目を覚ました時だった──。

「…………シェル。ミシェルってば。どうしたの、ぼーっとして」

 ハッとなり、顔を上げると。そこには灯篭を抱えているロイがいた。
 そうだった……あたしは今、今度の花迎祭ガーデニングで空に飛ばす灯篭の用意をしてたんだった。

「ちょっと、ウトウトしちゃってたみたい」

 過去を振り返っていた、なんてあたしらしく無さすぎる。だからこう答えたんだけど、

「そっか。最近温かくなってきたから、おれもついつい眠くなっちゃうんだよなぁ。そうだっ! なぁミシェル、あとで準備が終わったら昼寝しよ!」
「おいコラ、軽卒に女性を共寝に誘うなこのバカタレ。いいか、共寝っていうのは愛し合う者同士がするものであって──……」
「堅苦しいなぁセインは。大丈夫だよ、おれとミシェルはとっくの昔から両想いだから!」
「なっ…………オマエと、彼女が両想いだぁ!? 寝言は寝て言え馬鹿野郎!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだってミシェルが言ってたぞ! やーいセインのばーーか!」
「オマエだって言ってるじゃないか!!」

 ぎゃあぎゃあと、ロイとセインが取っ組み合いを始めたのだ。いつも通りだからもう見慣れたものだけど。
 いつもならここで『攻略対象達キャラクター達があたしの為に言い争うなんて、やっぱりヒロインは最高ね』だなんて脳内お花畑の痛々しい事を考えていただろう。
 だが今は少し違う。あたしは今、ただただ『二人共、ゲーム通りだなぁ』と微笑ましい思いになっていた。
 このままゲーム通りに頑張って、なんとかハッピーエンドを迎えて……このまま上手く事が運べば、あたしは皆に愛してもらえるよね。
 きっと、痛くない普通の愛がもらえるよね。
 祈るように両手を重ね、額に当てる。あたしはギュッと瞼を閉じて、脳裏に誰かの笑った顔を思い浮かべていた。
 ミカリアやフリードルといった攻略対象達とは違う、思い出せもしない誰かの顔。

 ……──ねぇ。きっと、あたしだって……普通に幸せになれるよね?

 祈るように思うと同時に、何も覚えていない筈なのに僅かな思い出がじんわりと浮かびあがる。
 大きくて優しい、少しゴツゴツとした手。カッチリとしたスーツから覗く、何かとのコラボグッズだと自慢げに語っていた腕時計。
 ガチャで推しを引いた時なんかは飛び跳ねて喜んで、周りからの視線に耳まで赤くして居心地悪そうに着席していた。あたしが問題を解けた時には、困ったように笑って、躊躇いつつもあたしの頭を撫でて褒めてくれた優しい誰か。
 教えて欲しいの。本当にこのままでいいのかとか、あたしはどうすればいいのかとか……ねぇ、お願い。
 もう一度、あたしを導いてよ────お兄さん。

「……お兄さん、って…………誰の事?」

 思い出したいのに何も思い出せない。そんな、出口の無い迷路の中で……あたしは酷い胸の痛みに襲われて、ただ蹲る事しか出来なかった。
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