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第四章・興国の王女

297.ある聖人と人形2

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「ねぇラフィリア。僕が確か四代目の聖人とかだけど、これまでの聖人が婚姻を結ばなかったからって僕までそれに従う必要は無いよね? ああでも、姫君と婚姻を結んだとあれば一国だけとの癒着を疑われそう……ならもう、姫君の籍をフォーロイトから外して国教会で迎え入れるべきかな? 姫君とご家族の仲ってかなり悪いみたいだし、姫君もきっと喜んでくれるでしょう!」

 まるでデート前の乙女のよう。頬をほんのりと蒸気させ、浮かれた口調でミカリアは妄想する。
 これまでの百年の我慢がついに解き放たれたかのように、もはや誰にも堰き止められぬ激流となって溢れ出てしまった。
 思い込みが加速し、彼の中にあったなけなしの常識や普通は崩れ去った。恋をしたら壊れると言われていただけの事はある──。今のミカリアは、確かに壊れてしまっていた。
 正史ゲームよりも遥かに早く、狂気的に……その不治の病は、平等にかの聖人をも蝕むのだ。

「もう、そんな顔しないでよラフィリア。これまで沢山我慢して来たのだから、そろそろ僕だって欲しいものを一つぐらい手に入れたっていいだろう?」

 ミカリアは手遊びのように、いとも容易くラフィリアの面を取ってみせた。すると露わになるは、ピンクゴールドの切り揃えられた髪と蒼玉ブルーサファイアの瞳。そして、それらが最も映えるよう計算され尽くした美しい顔。
 少女とも少年ともとれるその顔には、ミカリアへの憐憫と失望がほんの少し、滲み出ていて。

「……当方ハ、何度モ忠告シタ。恋ナンテシタトコロデ無駄ダト。結局傷ツクノハ主ナノダト。ソレナノニ、ドウシテ主ハ当方ノ言葉ヲ無視スル? 当方ハ、当方ハ、タダ…………」

 ぐっ、と目に力を入れて、ラフィリアは言葉を紡ぐ。
 その表情は、まるで……涙を我慢する子供のようだった。

「主ガ傷ツク姿ナド、見タクナイ。ヨウヤク夢ガ叶ウトヌカ喜ビシテ、結果的ニ夢ヲ失ウカモシレナイ主ヲ、見タクナカッタ!」
「ラフィリア……」

 これが、ラフィリアの本音だった。度重なる忠告も暴言も、全てはミカリアを思っての事。
 百年越しに彼の見る夢が叶う可能性が出て、それに期待しすぎたが故に。もし万が一、夢敗れた時。ミカリアは果たして無事でいられるのだろうか。
 覆水盆に返らず──……一度でも壊れ狂ってしまったミカリアは、例え表向きには平常を取り繕おうとも、二度と元通りになどならないだろう。
 例え人類最強の聖人と言えども、その精神が壊れてしまったなら……聖人としての象徴しごと存在やくめも諸共破綻する。
 それ即ち、人類最強の聖人の死を意味する。
 ラフィリアはその可能性を示唆し、ずっと警鐘を鳴らしていたのだ。
 国教会にとって人類最強の聖人の存在は必須だから? 否、たった一体ひとりのミカリアの家族擬きとして、ミカリアに死んでほしくないと思っていたから。
 ラフィリアなりにミカリアを大事に思うからこそ、ミカリアが傷つき壊れゆく様を見たくないと。本当の意味でミカリアが姿なんて、ラフィリアには決して受け止められないから。
 ラフィリアの思いは、きちんとミカリアに届いたようだった。ミカリアは困ったように眉根を寄せて、小さく微笑んだ。

「大丈夫だよ、ラフィリア。僕の夢は決して壊させない。もう誰にも、僕の願いを邪魔させたりなんてしない。だから君が恐れるような状況には、きっとならないとも」

 確かにラフィリアの言葉はミカリアに届いた。だが、既に恋に狂ったミカリアは……ラフィリアが望む答えとは違う答えを導き出してしまったのだ。

「ラフィリアの心配は、僕が失恋した日には壊れてしまう……というものでしょう? なら、簡単な話だ。失恋さえしなければいい。どんな手段を使ってでも、僕が姫君と結ばれたらいい話だ。というか……もはや、僕にはそれしか道が残されていないのだけど」

 ふふ、と穏やかに彼は笑う。

(ラフィリアの言う通り……本当に失恋してしまったら、きっと僕はショックのあまり自殺とかしちゃいそうだからなぁ。だったらやっぱり、どんな手段を使ってでも彼女と結ばれないといけないな)

 予想の斜め上の発言をしたミカリアに、ラフィリアが唖然とする。
 だがミカリアは……ある少女を想うあまり、腹の底から湧き上がったうだるような熱情に頬を赤らめて、耽美的に笑みを浮かべているだけだった。

(……──アア、モウ、駄目ダ。当方ニハ、主ヲ止メラレナイ。コウナッタラ、主ノ言ウ通リ……氷ノ王女ヲ、何トシテデテモ…………)

 もはや、こうなってしまったミカリアを止める事など不可能。そう悟ったラフィリアは、難しいと分かっていようともミカリアに協力する道を選んだ。
 ハァ……と溜息を零しては、ミカリアの檸檬色の瞳を見る。壊れている筈なのに、今まで見て来た中で最も爛々と輝くその瞳に、ラフィリアは誓う。

「当方ハ、主ノ為ニ製造サレタ物。ダカラ当方ハ主ニ従ウ。主ノ夢ヲ、ソノ願イヲ守ル。ソノ代ワリ主モ約束シテホシイ」
「約束?」
「……死ナナイデ。コレカラ先モズット、主ハ当方ノ主デイテ」

 ラフィリアはたまげたように目を丸くし、程なくして優しく微笑んで、ラフィリアをそっと抱き締めた。
 そのピンクゴールドの髪を撫で、ミカリアは強く言い放った。

「──勿論だとも。僕の恋はまだ死なない。絶対に死なせてなるものか。だからね、ラフィリア……これから先もずっと、僕を君の主でいさせてほしい。だからどうか、僕の願いを叶える手伝いをしてくれないかな?」
「……当方ニ、拒否権ナド最初カラ無イ。当方ハ……主ノ為ニ在ルノダカラ」

 国教会の聖人、ミカリア・ディア・ラ・セイレーンと、その腹心であり黒の亡霊と呼ばれるラフィリア。
 全く同じ日に生まれその運命を共にする彼等は、手を取り合い、今一度永遠の主従を誓いあった。

(セメテ、当方ダケハ何ガアロウト主ノ味方デイナケレバ。例エ……世界ガ主ノ夢ヲ、モウ一度否定シヨウトモ──)

 この先の未来に何が起きたとしても、必ず最期の時まで共に在る、と…………。
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