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第四章・興国の王女

296.ある聖人と人形

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 春を迎えたばかりの神殿都市は、とても活気づいていた。それは近々行われる春の祭事、花迎祭ガーデニングに向けての盛り上がりであった。
 春は花々が咲き乱れる。いと尊き神々はそれを見て花見酒をすると言い伝えられており、人間界に降りてきて下さった神々への感謝と歓迎を示す祭りが、この花迎祭ガーデニングなのである。
 この祭りではそれまでに祈りを込めて一人一本の花を育て、祭り本番でその花を灯篭に乗せ空に送る。
 そうする事で、花見酒をする神々に信徒の願いが届く──と、言われている。
 なので誰もが花の世話と祭りの準備とで忙しいのだが……本来最も忙しくあるべき存在は、案外のんびりとしていた。

「姫君、プレゼント喜んでくれたかなぁ」

 時は四月の頭。かれこれもう二ヶ月近く、国教会のトップにして人類最強の聖人ことミカリアは、こうしてだらしない顔で物思いに耽っていた。

「……ハァ」

 それには流石のラフィリアもうんざりする。最早ツッコむ事すら諦めて、ラフィリアはとても面倒な状況に陥ったと頭を抱えていた。
 一度こうなったミカリアは、暫く戻らないのだ。

(主、本当ニ壊レテシマッタ。当方ハ確カニ『恋ヲシタラ壊レル』ト言ッタガ……ダトシテモ、早スギル)

 面の下で、ラフィリアの表情がぐっと歪む。ラフィリアはミカリアが恋をした日には壊れてしまう事も、大まかなその時期さえも把握していた。神々から、知らされていたのだ。
 だがしかし。今やミカリアはラフィリアの予想よりも数年早く、あっという間に恋に落ちては壊れていった。

「ねぇラフィリア、僕の話聞いてる? 今、プレゼントを受け取った姫君の反応を予想してたんだけど……君はどう思う?」
「当方、無関係」
「なんだとぅ! 君は僕の従者なんだから僕の話を聞いてくれないと困るよ」
(……面倒。超、面倒)

 ぷんぷんと怒るミカリアが延々と絡んでくる為、ラフィリアは苦虫を噛み潰したような表情となっていた。
 しかしラフィリアはミカリアの為だけに造られた自律型魔導人形オートマタ。ミカリアに逆らうなどという機能は、端から存在しない。
 よって、ラフィリアは嫌々ミカリアの妄想惚気話に付き合わざるを得ない。例えどれだけ無意味かつ面倒極まりない事だろうとも。
 これが、近頃ラフィリアからミカリアへの当たりが強い最たる理由だった。

「姫君もこれでようやく十四歳かぁ、まだまだ幼いなぁ。僕との歳の差っていくつだろう……百ぐらいはあるのか……まあ、百歳差なんて誤差の範囲だよね!」
(ソンナ訳アルカ!)

 ミカリアの大雑把な物言いに、ラフィリアも思わず胸中でツッコミを入れていた。

「でもほら、僕のこの見た目は二十歳ぐらいの時のものだろう? 実年齢は百を超えているけれど、見た目だけなら姫君と並んでも全く問題ないと思うのだけど」
「……」
「沈黙は肯定の意だね。ふふ、そうだろうそうだろう! やっぱり僕と姫君はとてもお似合いなんだ!」
(何言ッテンダ、コノ聖人)

 ついにはラフィリアでさえも軽く引いてしまった。
 それ程に、ミカリアが暴走している事が分かる。

「あーあ、早く会いたいなあ。今年は皇太子の誕生パーティーが無かったから、そういう名目で会いに行く事も出来なかったし。何かと理由をつけて会いに行く事は出来ないだろうか」
「無理。絶対、無理」
「そう硬い事言わないでよ、ラフィリア。僕はただ最愛の人の所に行きたいと言っているだけなんだから」
「無理。主、初恋、敗北」
「何でそんな事言うの……? 君は僕の家族擬きなんだから、ちゃんと応援してよ。僕にようやく、真の意味で家族が出来るかもしれないんだよ?」

 ミカリアが詰め寄るも、ラフィリアはどうでもいいとばかりにため息をつくだけ。

(ソモソモ、主ニ家族ナド……国教会ガ、世界ガソウ簡単ニ許ス筈ガナイノニ。ドウシテ、主ハ夢ヲ捨テラレナインダ?)

 ラフィリアは思考する。何十年と時が経とうとも決して消え失せない、ミカリアの夢について思い馳せた。
 ──国教会の聖人は人類の光そのもの。彼が存在する間の人類の存続を保証する、象徴的存在。
 それは、ただの人であってはならなかった。まさか不老不死にまで至るとは誰も予想してなかったが……聖人とは人類最強であらねばならず、孤高の存在でなければならない。
 故に、聖人には家族や恋人と言った存在は不要。そのような俗的な存在など、聖人には不要とされた。
 ミカリアは、ある神託によりこの世に生まれる前から聖人になると定められ、生まれたその瞬間から親元を離れ聖人として育てられた。
 彼は両親の顔と名前さえも知らず……最も親しい存在の自律型魔導人形オートマタ、ラフィリアですら彼の家族ではなく、あくまでもミカリアの従僕であった。
 ようやく出来た知人、吸血鬼のアンヘルはその種族故に聖人のミカリアは知人であると公表する事さえ出来ない。

 彼を慕う者達は多くあれど、その尊敬は全て『人類最強の聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーン』に向けられたもの。
 本当は誰よりも家族や愛情を求める寂しがり屋……そんな、聖人像とは程遠い『ミカリア』自身へ向けられた言葉や尊敬など、この世界には存在しなかった。
 誰も、ミカリアの寂しさや夢など考えもしなかった。ミカリア自身の思いなど、気にかけなかったのだ。
 遍く人々からの期待と希望と信頼で塗り固められ、本人すらも自分を見失いかけていた。それでもミカリアは自分が壊れぬよう、必死にその夢だけは守って来た。
 だが、それはこのように否定され続けてきた。ミカリアがミカリアである限り、叶う筈のないものと。
 それでもどうしても諦められず、ミカリアが夢を見続けていたある日の事。

『これからも何度だってお会いしたいです。だって私は、ミカリア様の友達ですから』

 ある一人の幼い少女が、ミカリアの手を取り、その目を見て、その言葉を口にした。
 初めて、ミカリアの心に歩み寄った人がいた。
 百年近い人生の中で、彼がずっと求めていたもの──……という存在になったその少女は、ミカリアの夢を知りながら、ミカリアの夢への執着と依存っぷりを知らなかった。
 何もかもが正史ゲームとは異なるこの世界において、たった一度の彼女の過ちが大きな異変へと繋がる事は、想像に難くない。
 あの日……また会おう。とミカリアと指切りをした事が、後々世界を巻き込んだ大問題に発展するだなんて、どこぞの無責任な王女は知る由もなかった。
 もしそれを知っていたならば、出来ない約束などしない少女はあのような言動に出なかっただろう。あの時良かれと思ってやった事が、後々己の首を絞める事になるなんて──、彼女は考えもしなかった。
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