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第三章・傾国の王女

292.ある王女の誕生日

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 大公領での一件が終わり、新たにセツが増えた私達の帰路は、行き同様かそれ以上の混沌とした旅路になっていた。
 たまにシルフが馬車の空いたスペースに突然現れたりもして、その度に私達はびっくりとしていた。いくら皇族の馬車と言えども、成人男性二人とドレスを着た私、そして私の背の半分程はある犬が乗っていれば、それなりに狭くなるのも無理はない。
 そこにスラリと伸びた長身のシルフが現れたとなれば……もう馬車の中はぎゅうぎゅう詰め。しかもセツとシルフが中々に険悪で、セツがシルフの服を噛んだならばその報復にとシルフがセツの耳を引っ張る。
 これは動物愛護的な観点から見てセーフなのかしら……? と度々疑問に首を傾げつつ、私はその都度「シルフもセツも落ち着いてー!」と仲裁に入っていた。
 最初こそシルフの美貌とその自由っぷりに戸惑っていたイリオーデとアルベルトも、今や慣れてしまった模様。相変わらず順応性が高いなぁ。

 そんな馬車の旅の中のある一日。その日は運悪く何処かの屋敷などに辿り着けず、泣く泣く野宿をする事に。
 こんな事もあろうかとアルベルトが持ってきておいた、野宿セット(内訳:テント、寝袋、暖を取れる諸アイテム)を御者に渡し、馬と御者がきちんと疲れを取れるように配慮した。そして私達三人は、狭いけど馬車の中で寝ると伝えた。
 シルフが気を利かせて精霊界に戻ってくれたので、私はセツを抱えて椅子に寝転がり眠った。アルベルトとイリオーデは二人揃って座ったまま。何だか旅行の車中泊というもののようで、密かに楽しいと思っていたのはここだけの秘密だ。
 次の日、御者には悪いが早朝から最寄りの街に移動して貰い、今日一日はここで自由行動にしよう。と提案した。
 御者もやはり疲れが溜まっていたようで、少しお小遣いを渡して「難しいかもしれないけれど……今日一日、可能な限り羽を伸ばしなさいな」と告げると、「ありがとうございます王女殿下!!」と泣きながら喜ばれてしまった。
 明日朝、同じ頃にここに集合で。と告げて御者とはここで別れる。ローブを目深に被って銀髪を隠しているので、市民に私の正体がバレる事もそうそうないだろう。
 さて時刻はまだ朝の六時頃……これなら十分間に合う。懐中時計で時刻を確認して、私は、朝起きてからずっと口元をムズムズとさせていた大人達を見上げる。

「さて。それじゃあ一旦帰りましょうか、私の家に!」

 今日は二月十六日──……私の誕生日なのだ。
 帰らなかったら後で確実に文句を言われる。人の誕生日を祝うのが好きらしい皆の事だから、絶対後が面倒だ。
 だから私達は、わざわざ今日一日は自由行動にして、一旦東宮に帰る算段をつけた。
 そこで私は懐よりカイルから『そう言えば渡し忘れてたわすまん』と渡された、ルービックキューブ程の大きさの通信専用ミニサベイランスちゃんを起動する。
 すると、ミニサベイランスちゃん略してミニイランスちゃんに青い光が灯る。やがてそこからジジッ、と砂嵐のような音が聞こえて来て。

『──あー、もしもしぃ?』

 その言葉の端々に舌足らずさを感じ、声も少し張り付いている事から寝起きだと思われる。寝起きで電話に出た人ってだいたいこんな感じでしょうし。

「……おはよう、カイル。ちなみに今日が何の日か分かる?」
『えぇ? あぁ、おたおめ~~』
「いや軽いわね。別にいいけど。それでなんだけど、今から東宮に戻りたいから約束通り迎えに来て貰えると助かるわ」
『今から……? はぁ、別にいいけど……せめて十分待っててくれ。今割とガチで寝起きだから今すぐは無理』
「そりゃあ、送り迎えを頼んでる身だから勿論待つけど。それじゃあ、貴方が来るまで皆でのんびり待ってるわね」
『おー。じゃあのー……ふぁ、あ~~』

 通信が切れる寸前。カイルの大きな欠伸がこちらにも聞こえてしまった。
 ミニイランスちゃんを懐にしまい、私はすっと顔を上げた。するとそこでは、まるで爆発寸前の風船のように頬を丸くして、口を必死に閉じているイリオーデとアルベルトが。
 ……どうせ後で東宮に戻ってから散々言うのだから、東宮に戻るまでは別に言わなくてもいいでしょう? って昨夜伝えたら、二人共朝起きてからずっと何か言いたげに口を真一文字に結んでいた。
 どうやら、二人共限界が近いようだ。私至上主義過激派の二人は、私の誕生日を祝いたくて仕方無いらしい。何故か、私の周りには人の誕生日を祝う事が好きな人が多いのだ。
 まだ東宮に戻るまで時間がかかるようなので、会話のネタにと私は二人に「そんなに私の事を祝いたいの?」と聞いてみた。すると二人は大役を与えられた勇者かのような面持ちで、

「「はい」」

 と力強く即答した。
 喜ぶべきなのか、戸惑うべきなのか。一周回ってそんな風に考える余裕すらある。
 あんまりにもお祝いされると、私はすぐにキャパオーバーしてしまうから、何かと大袈裟に語る二人にはまだセーブしておいて欲しいんだけど……一気に怒涛のお祝いラッシュを受けるぐらいなら、今少しだけでも受けておいた方が後の負担が減るかもしれない。そう思い、私は「いいよ、もう好きに喋っても」と言ってしまった。
 これを私は、きちんと後悔する事になる。
 私からの許可が降りてすぐ、目を輝かせて二人は語り始めた。最早誰の話をしているのかと困惑するような、想像以上の饒舌っぷりに圧倒される。
 だがそれでも私に向けられている言葉である事には変わりなく、どんどん嬉しいような恥ずかしいようなで顔が熱くなって来たので、もうやめようよと言おうとしたのだが……彼等は舌の根も乾かぬうちに次々と雨のように賛辞を浴びせて来るので、私が口を挟む隙なんてなかった。
 騎士のような服装の男と、侍女のような服装の女に散々褒められ祝われ続ける私を見て、街の人達が微笑ましそうな表情になっていた。
 衆目もあって恥ずかしさが更に増す。顔から火が出そうなぐらい熱くなって、途中で思わず私は顔を腕で隠していた。
 ここまでしたら流石の二人も私の異変に気づいたようで、

「どうかされましたか、王女殿下?」
「どこか体調が悪いのでしたら、すぐに休める場所に……」

 私の顔を覗き込むように屈んだ。

「っ、だから嫌だったの……! 皆そうやって、十分すぎるぐらい私の事を祝うから……っ!!」

 恥ずかしくて、でも凄く嬉しくて。全くコントロール出来ない感情に、子供の癇癪のように感情的に言葉を吐き出した。
 すると二人は呼吸を止めていた。息をせず、何かとんでもないものでも見てしまったかのように目を見開き固まっていた。しかし程なくして……二人同時に明後日の方を向いたり、自分の顔を思い切り平手打ちしたりと不可解な行動に出た。
 それまではテンパっていた私も、突拍子のない二人の行動に思わず落ち着く。まだ顔に熱が残るものの、とにかく彼等の行動に疑問符を浮かべていた。
 この人達が突然奇行に走るのはいつもの事だけど、なんというか、今回は毛色が違うな……なんて考えていた時。
 ようやく、あの男が現れたのだ。

「おはよ……ふぁ~、あ……え、何? どういう状況?」
「カイル!」

 突然背後からピカッと光が湧き上がったかと思えば、真後ろにカイルの気配が。
 それにしても何故誰も彼も背後に現れるのかしら。心臓に悪いわ。

「起き抜けにごめんなさいね、こんな仕事頼んで」
「別にいいよ、今日はお前が主役なんだから」

 欠伸をしながら、カイルは何ともスマートな事を言った。欠伸さえしてなければなぁ……ちゃんとかっこいいのに……。

「そんじゃ、俺も早くマクベスタに会いたいしそろそろ行くか」

 首をポキポキと鳴らしながら、カイルはサベイランスちゃんを取り出して起動する。人目につかない路地裏に移動し、サベイランスちゃんの機械的なアナウンスの後地面には白い魔法陣が浮かび上がった。
 そこから光が立ち上り、視界を白い光が包み込んだら──次に目を開けた時、私達は見慣れた部屋に立っていた。
 そこは東宮の裏手、私の特訓場。まだ朝早いからかそこには誰もおらず、私達は正面とは別の裏口から東宮に入った。
 数ヶ月ぶりの我が家。相変わらずどこもかしこも綺麗で、ナトラやシュヴァルツが頑張ってくれてるのだと分かる。
 この懐かしい景色と懐かしい匂いに、私は改めて、長旅だったなぁと感傷に浸る。まぁ、今日が終わればまだあと半月程は馬車の旅なんだけどね。

「──アミレス! ちゃんと帰って来ておったのか!!」

 ドタドタドタ……と足音が近づいて来ると思っていたら、曲がり角からナトラがスライディングをして登場し、私目掛けて飛びついて来た。腹部に強い衝撃を受けて何やらボキベキィッ、と鳴ってはならない音も聞こえた気がするけどね。

「た、ただいま……ナトラ。とりあえず一旦離れてほしいかなー……なんて」

 胸から腹部にかけて微妙に痛みを感じるからさ。

「むむ。確かにこれではお前が動きにくかろう、我はオトナじゃからな、ちゃんと配慮だって出来るのじゃ!」

 私から離れたナトラは、さあ褒めろと言わんばかりに胸を張り頭をこちらに向けてくる。その翡翠色の頭を撫でてあげると、ナトラはとても嬉しそうに笑った。
 それを羨ましがったのか、私の足元でセツが「アォンッ!」と吠える。ここでようやくナトラもセツの存在に気がついたようで、

「なんじゃこの畜生は。違和感、いや……異物感が凄まじいのぅ」

 ナトラは目を細めてセツを睨んだ。しかしそんなの何処吹く風とばかりに、セツは前足を私の胸元に当てては、自分も撫でろとばかりに舌を出している。
 その可愛さに私の頬も緩み、甘えん坊だなぁと思いながら頭を撫でていた。

「おねぇちゃん帰って来たってマジ!? うわぁ、本当に帰って来てるーーっ!」

 どこから聞きつけたのか……ナトラ同様、満面の笑みで曲がり角から飛び出てきたシュヴァルツが、目にも止まらぬ速さでこちらに駆け寄って来た。
 そして──、

「ぐふぅっ」
「おねぇちゃんひっさしぶり~~! ところでなんでぼくの誕生日忘れてたの? ねぇなんで??」

 彼は思い切り私に飛びついた。その拍子にバランスを崩したのだが、真後ろにいたイリオーデが支えてくれたので事なきを得た。

「ご、ごめんねシュヴァルツ……忙しくて……埋め合わせは必ずするから」
「本当? ちゃんと埋め合わせしてくれる?」
「うん、何か欲しいものがあれば言ってちょうだい。私に用意出来るものなら用意するわ」
「……ふぅーん、まぁ、反省してるなら許さない事もない」

 シュヴァルツはほくそ笑んで満足げに私から離れたところでセツの存在に気づき、

「何この畜生、すげぇ鼻につく…………」

 怪訝な顔でボソリと呟く。
 何でナトラもシュヴァルツも犬を畜生って言うのよ。普通に犬って言いなさいよ。

「この子はセツ。大公領で出会ってそのまま拾って来た子だよ」
「たかだか畜生風情が我を差し置きアミレスと過ごすなど……」
「気に食わねぇ……何か分かんないけどとにかく気に食わねぇ……」

 セツを見て顔を顰めるナトラとシュヴァルツ。シルフと言い二人といい……何で皆はセツをこうも邪険に扱うのか。
 こんなにも可愛いワンちゃんなのにねー。

「そんな事よりも、じゃ! アミレスよ、お前がきちんと今日帰ってくる事を信じて、我等でパーティーの準備をしておいたのじゃ。まだ準備が完璧ではないが……まぁ、よいじゃろう。早く食堂に向かうぞ、アミレス!」
「え、ちょっ、早っ」

 私の手を引っ張り、ナトラが走り出す。その見た目以上の力の強さに、私は戸惑いながらも着いて行く。
 そして食堂前に辿り着くと忙しなく出入りする侍女達と出会い、皆にただいまと告げて食堂に入ると──……そこではナトラの言う通り、パーティーの準備が行われていた。
 更に、私の予想を上回る人がそこにはいた。
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