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第三章・傾国の王女
290.ある精霊の感傷
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本当は……ずっと、ずっと会いたかった。
仕事も準備も放り出して、ただ心の赴くままに、猫の姿であの子に抱きつきたかった。
だけど、それと同時にボクは思った。
猫の姿ではなく、ボク自身の姿で会いたい。目と目を合わせて、指先であの子の温度を感じたかった。あの子が辛い時、傍で寄り添って支えてあげたかった。抱き締めてあげたかった。あの子の望みを、叶えてあげたかった。
猫の姿では叶えられない、ボク自身でなければならない願望。
その為には……忌まわしき制約を破棄する必要があった。途方に暮れるような準備の数々をこなし、人間界基準で数年間もの時間を費やした。
失敗すればボク達全員の命が危ういような、そんな一世一代の儀式にも挑んだ。
ただ、あの子の傍に行きたかったから……だからボクは頑張れた。本当はずっと会いたかったけど、その気持ちを我慢出来た。
……だからね、制約を破棄して君に会いに行けるようになった時、とても嬉しかったんだ。
だけど君は妖精が唾をつけた土地にいた。万が一にも妖精女王にボクの存在が知られては、あの子にも迷惑がかかる。だから思い立ってすぐ行動、とはいかず……二の足を踏まされていた時。
妖精の事に詳しい精霊から、『まあ、別にもう大丈夫だと思いますけど……』という何とも頼りになる後押しをされたので、どうやって登場したものかと考えていた。
ただ普通に会いに行っても面白くない。やるならやはり感動的に、しかしてボクがとてもカッコよく、魅力的に見られるような再会がいい。
何かいい案はないものかと頭を悩ませていたのだが、そこで事件が起きた。
なんと、アミィに与えていた星王の加護が発動しそうになった。それ即ち──アミィに死が近づいているという事。
それに気づいて、呑気に登場だなんだと考えている余裕は、ボクにはなかった。アミィに与えた加護を頼りに彼女の元に無理やり転移し、悪意を放つ人間を全て眠らせた。
なあに、あんなの夢の魔力でちょちょいのちょいさ。
その人間達が持っていた怪しげなものは、奪の魔力で回収し、適当に消滅させた。ここまで瞬く間に終わらせて、そこでようやく星王の加護は発動する事なく落ち着いた。
それに安心してボクはため息を一つ。すぐ傍に感じる愛しい気配に、ほんの少しではあるが、ボク達はようやく神々への叛逆を成し遂げられたのだと……そう実感した。
『───まったく……どうしてこう、君は目を離した隙にいつも危険な目に遭っているんだ?』
緊張のあまり、口調がキツくなってしまった。だけど心音と共に耳に届くボクの声は、これでもかってぐらい嬉しそうだった。
『しる、ふ……?』
もしかしたら、転移の時の光が眩しかったのかもしれない。何せ精霊界から直接ここまで転移したのだ。それなりの光と魔力をボクは纏っていた事だろう。
それを直視しちゃったのか、アミィは瞳をぎゅっと瞑っていた。しかしボクの声に引っ張られるように、彼女の大きな瞳がゆっくりと開かれてゆく。
まだ細められている瞳がボクを捉えた時。アミィの口から、ボクの名が零れ落ちた。
『うん、ボクだよ。ようやく会えたね、アミィ』
胸の内から溢れ出す喜び。頬から指の一本一本まで、全てが熱く満たされたようだった。
夢なんて見られないボクが夢にまで見た存在が……こうして目の前にいて、ずっと聞きたかった声でボクの名を呼ぶ。
あまりにも彼女が愛おしくて──ボクは思わずその小さな体を抱き締めていた。
『本当に……こうして、この手で君に触れ抱き締められる日をどれだけ心待ちにしていた事か』
服越しに伝わるアミィの温かさと、これまで漠然としか理解出来ていなかった、アミィの小ささを強く感じた。
こんなにも小さくて、少しでも力を入れたらすぐに壊れてしまいそうな女の子が……悲惨な運命を背負い、理不尽な最期にまとわりつかれ、それでも幸せになりたいと足掻き続けているのか。
それを思うと、嗚呼、益々彼女への愛おしさが膨れ上がる。彼女の力になりたい。彼女の為に何かをしたいと……面倒事は嫌いなボクでさえ、損得勘定など関係無しにそう思えてしまうのだ。
ボクが精霊王として創られたあの日から一万年。ボクは何度も朧げな紛い物の死を繰り返し、退屈な日々の中何とか楽しみを見つけようと人間界を見守っていた。
君に初めて会って、この名前を貰ったあの日から七年。ボクはそれまでの一万年の時よりもずっと楽しくて、キラキラと輝いている日々を送っていた。
そんな素晴らしいものをボクにくれた君に、ただ見守るだけでは終われないのは自明の理。
ボクはいつしか──……君とちゃんと会いたい。ボクが君を守りたい。この目で、君の笑顔が見たい。そう、思うようになっていた。
それがようやく叶い、幸せを噛み締めていたというのに。
……なんだい。また新しい女の子を心酔させ、変な男を引っ掛けたり、カイルに向かって縛れとか。いやもう最悪それはいいの。
一番の問題はあの犬! アミィの膝に乗って頭を撫でてもらうのはボクの特権だったのに!
しかも凄く、凄くボクの嫌いな系統の気配がするというか……ものすごーく嫌悪感が湧くというか。明らかにこの世のものではない異物というか。
まるで身内の仇を見るような鋭い目でボクに対して吠える犬に、当然非常に苛立ちを覚えた。たかが畜生風情がこのボクに楯突くなんていい度胸だな、立場ってものを分からせてやるよ。
なんて意気込むも束の間、どこからともなく出て来た美の最上位精霊が好きなだけ喋り倒して飽きたからと自由気ままに帰って行った。
ボクがこの姿で人間界に来る為には、いわゆる越界権限が必要な各世界間の自由移動禁止みたいな制約が邪魔だったから、勿論それも破棄したんだけど……そのお陰もあってか、最上位精霊達が次々と数千年振りの人間界を楽しもうとしていた。
これまではわざわざボクに許可を取らないと人間界に行けなかったから、その制約がなくなり、誰もが自由に人間界に行けるようになったのだ。
なのでこれからもこのように、突然知り合いの精霊が現れる可能性もあるという事。大変面倒である。
だって、アミィは容姿の整った人(特に可愛い系)に弱いようなのだ。そして精霊は神々が創った存在なので、基本的に容姿が整っている。そういうものなのだ。
幼い頃からエンヴィーに会わせていたから、意図せずその辺の耐性はついたみたいで、簡単には人の容姿に見蕩れたりしてないけど……。
逆にその所為か、アミィはボクの姿を見ても特に何も反応がなかった。これは耐性をつけすぎてしまったなあ、と少し悔しくもあった。
なんなら、目立つからと変身したケイの顔の方がアミィもいい反応をしていた気が。うーむ、これでもボクは精霊界一の美しさって言われてるのにな。
アミィの事だから、この顔を見たら『凄く綺麗! シルフってめちゃくちゃ美人だね!』って飛び跳ねて喜び褒めてくれるものだと思ってたのに。ちょっと肩透かしを食らっちゃったな。
「……──って事があってさぁ、もうほんとにアミィって難しい子だよね~~っ」
一度仕事の為に精霊界に戻ったボクは、仕事の山に囲まれ顔を青くするエンヴィーに向けて愚痴を零していた。
「愚痴って割にさっきからもうずっと惚気じゃないすか……なんだよこのヒト、仕事の為に戻って来たんじゃねーのか…………?」
急ぎの仕事は全て彼に任せていたので、エンヴィーは生気の抜けた顔になっていた。
こうしてエンヴィーに愚痴を零している時には、今朝方アミィとの間にあったギクシャクなんてすっかり気にしなくなっていて。
ボクは両手で頬杖をつき、足をぶらぶらとさせながら、一方的に語り続けていた。
仕事も準備も放り出して、ただ心の赴くままに、猫の姿であの子に抱きつきたかった。
だけど、それと同時にボクは思った。
猫の姿ではなく、ボク自身の姿で会いたい。目と目を合わせて、指先であの子の温度を感じたかった。あの子が辛い時、傍で寄り添って支えてあげたかった。抱き締めてあげたかった。あの子の望みを、叶えてあげたかった。
猫の姿では叶えられない、ボク自身でなければならない願望。
その為には……忌まわしき制約を破棄する必要があった。途方に暮れるような準備の数々をこなし、人間界基準で数年間もの時間を費やした。
失敗すればボク達全員の命が危ういような、そんな一世一代の儀式にも挑んだ。
ただ、あの子の傍に行きたかったから……だからボクは頑張れた。本当はずっと会いたかったけど、その気持ちを我慢出来た。
……だからね、制約を破棄して君に会いに行けるようになった時、とても嬉しかったんだ。
だけど君は妖精が唾をつけた土地にいた。万が一にも妖精女王にボクの存在が知られては、あの子にも迷惑がかかる。だから思い立ってすぐ行動、とはいかず……二の足を踏まされていた時。
妖精の事に詳しい精霊から、『まあ、別にもう大丈夫だと思いますけど……』という何とも頼りになる後押しをされたので、どうやって登場したものかと考えていた。
ただ普通に会いに行っても面白くない。やるならやはり感動的に、しかしてボクがとてもカッコよく、魅力的に見られるような再会がいい。
何かいい案はないものかと頭を悩ませていたのだが、そこで事件が起きた。
なんと、アミィに与えていた星王の加護が発動しそうになった。それ即ち──アミィに死が近づいているという事。
それに気づいて、呑気に登場だなんだと考えている余裕は、ボクにはなかった。アミィに与えた加護を頼りに彼女の元に無理やり転移し、悪意を放つ人間を全て眠らせた。
なあに、あんなの夢の魔力でちょちょいのちょいさ。
その人間達が持っていた怪しげなものは、奪の魔力で回収し、適当に消滅させた。ここまで瞬く間に終わらせて、そこでようやく星王の加護は発動する事なく落ち着いた。
それに安心してボクはため息を一つ。すぐ傍に感じる愛しい気配に、ほんの少しではあるが、ボク達はようやく神々への叛逆を成し遂げられたのだと……そう実感した。
『───まったく……どうしてこう、君は目を離した隙にいつも危険な目に遭っているんだ?』
緊張のあまり、口調がキツくなってしまった。だけど心音と共に耳に届くボクの声は、これでもかってぐらい嬉しそうだった。
『しる、ふ……?』
もしかしたら、転移の時の光が眩しかったのかもしれない。何せ精霊界から直接ここまで転移したのだ。それなりの光と魔力をボクは纏っていた事だろう。
それを直視しちゃったのか、アミィは瞳をぎゅっと瞑っていた。しかしボクの声に引っ張られるように、彼女の大きな瞳がゆっくりと開かれてゆく。
まだ細められている瞳がボクを捉えた時。アミィの口から、ボクの名が零れ落ちた。
『うん、ボクだよ。ようやく会えたね、アミィ』
胸の内から溢れ出す喜び。頬から指の一本一本まで、全てが熱く満たされたようだった。
夢なんて見られないボクが夢にまで見た存在が……こうして目の前にいて、ずっと聞きたかった声でボクの名を呼ぶ。
あまりにも彼女が愛おしくて──ボクは思わずその小さな体を抱き締めていた。
『本当に……こうして、この手で君に触れ抱き締められる日をどれだけ心待ちにしていた事か』
服越しに伝わるアミィの温かさと、これまで漠然としか理解出来ていなかった、アミィの小ささを強く感じた。
こんなにも小さくて、少しでも力を入れたらすぐに壊れてしまいそうな女の子が……悲惨な運命を背負い、理不尽な最期にまとわりつかれ、それでも幸せになりたいと足掻き続けているのか。
それを思うと、嗚呼、益々彼女への愛おしさが膨れ上がる。彼女の力になりたい。彼女の為に何かをしたいと……面倒事は嫌いなボクでさえ、損得勘定など関係無しにそう思えてしまうのだ。
ボクが精霊王として創られたあの日から一万年。ボクは何度も朧げな紛い物の死を繰り返し、退屈な日々の中何とか楽しみを見つけようと人間界を見守っていた。
君に初めて会って、この名前を貰ったあの日から七年。ボクはそれまでの一万年の時よりもずっと楽しくて、キラキラと輝いている日々を送っていた。
そんな素晴らしいものをボクにくれた君に、ただ見守るだけでは終われないのは自明の理。
ボクはいつしか──……君とちゃんと会いたい。ボクが君を守りたい。この目で、君の笑顔が見たい。そう、思うようになっていた。
それがようやく叶い、幸せを噛み締めていたというのに。
……なんだい。また新しい女の子を心酔させ、変な男を引っ掛けたり、カイルに向かって縛れとか。いやもう最悪それはいいの。
一番の問題はあの犬! アミィの膝に乗って頭を撫でてもらうのはボクの特権だったのに!
しかも凄く、凄くボクの嫌いな系統の気配がするというか……ものすごーく嫌悪感が湧くというか。明らかにこの世のものではない異物というか。
まるで身内の仇を見るような鋭い目でボクに対して吠える犬に、当然非常に苛立ちを覚えた。たかが畜生風情がこのボクに楯突くなんていい度胸だな、立場ってものを分からせてやるよ。
なんて意気込むも束の間、どこからともなく出て来た美の最上位精霊が好きなだけ喋り倒して飽きたからと自由気ままに帰って行った。
ボクがこの姿で人間界に来る為には、いわゆる越界権限が必要な各世界間の自由移動禁止みたいな制約が邪魔だったから、勿論それも破棄したんだけど……そのお陰もあってか、最上位精霊達が次々と数千年振りの人間界を楽しもうとしていた。
これまではわざわざボクに許可を取らないと人間界に行けなかったから、その制約がなくなり、誰もが自由に人間界に行けるようになったのだ。
なのでこれからもこのように、突然知り合いの精霊が現れる可能性もあるという事。大変面倒である。
だって、アミィは容姿の整った人(特に可愛い系)に弱いようなのだ。そして精霊は神々が創った存在なので、基本的に容姿が整っている。そういうものなのだ。
幼い頃からエンヴィーに会わせていたから、意図せずその辺の耐性はついたみたいで、簡単には人の容姿に見蕩れたりしてないけど……。
逆にその所為か、アミィはボクの姿を見ても特に何も反応がなかった。これは耐性をつけすぎてしまったなあ、と少し悔しくもあった。
なんなら、目立つからと変身したケイの顔の方がアミィもいい反応をしていた気が。うーむ、これでもボクは精霊界一の美しさって言われてるのにな。
アミィの事だから、この顔を見たら『凄く綺麗! シルフってめちゃくちゃ美人だね!』って飛び跳ねて喜び褒めてくれるものだと思ってたのに。ちょっと肩透かしを食らっちゃったな。
「……──って事があってさぁ、もうほんとにアミィって難しい子だよね~~っ」
一度仕事の為に精霊界に戻ったボクは、仕事の山に囲まれ顔を青くするエンヴィーに向けて愚痴を零していた。
「愚痴って割にさっきからもうずっと惚気じゃないすか……なんだよこのヒト、仕事の為に戻って来たんじゃねーのか…………?」
急ぎの仕事は全て彼に任せていたので、エンヴィーは生気の抜けた顔になっていた。
こうしてエンヴィーに愚痴を零している時には、今朝方アミィとの間にあったギクシャクなんてすっかり気にしなくなっていて。
ボクは両手で頬杖をつき、足をぶらぶらとさせながら、一方的に語り続けていた。
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