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第三章・傾国の王女
289.幕を下ろしましょう。5
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「……ありがとう。レオ、ローズ。帝都で待ってるわ」
「「はい!」」
レオと握手をしたり、ローズとハグをしたり。そうやって別れを告げていると、遅れてセレアード氏とヨールノス夫人、そして大公がやって来た。
「まだ雪も深いですし、どうか旅路にはお気をつけ下さい」
「こちら、つまらないものですが……薬草を煎じて作った健康にいい薬草茶というものです。体が冷えた時にでもお飲みいただければ、体が温まるかと思います」
セレアード氏に続くように、ヨールノス夫人が布に巻かれた特殊な瓶を手渡して来た。布越しでも伝わる瓶の温かみ。中身はなんと薬草茶らしく、とてもありがたいものを戴いてしまったものだ。
「お二人共、心遣い感謝します」
まだ薬草茶を飲んでないのに、既に心が温まったよう。そんな嬉しさからニコリとお礼を告げると、次は大公が一歩前に出て酒瓶を差し出して来た。
「こちらはワシお気に入りの蒸留酒でして。王女殿下がご成人なされた際にでも、是非」
大公がニッと歯を見せて笑うものだから、私も思わず笑いがこぼれた。「はい、喜んで」と返し、アルベルトに管理を任せる。
すると大公が満足気に一歩下がろうとしたのだが、ここで私はある用事を思い出し、大公を引き止める。
「大公、少しお話ししたい事がありまして」
「む、何ですかな」
大公を手招きし、皆から少し離れた場所に連れて行く。あの場にいた全員に怪訝な目で見られながらも、私は口元を隠して小声で口を切った。
「信じて貰えないかもしれませんが、今後一年以内に確実に魔物の行進が発生します」
「なっ──!? それは本当なのですか……?」
大公は顔を険しくして、驚愕を口にした。
「はい。私の推測が正しければ、早くても一年以内には」
嘘であってくれと顔に書いてある大公に向け、私はキッパリと断言した。アンディザ二作目は、ミシェルちゃんの住む村が魔物の行進の被害に遭い、ミシェルちゃんに天の加護属性が発現する所から始まる。
それはミシェルちゃんがまだ十三歳の時の話だったと書いてあった。そしてアミレスはミシェルの一つ歳上……つまり私が十四歳の時に、魔物の行進は起こる。
私の十四歳の誕生日が三週間後とかだから、そこから約一年。来年の二月までに魔物の行進という名の魔界からの一斉侵略が発生する。
我が帝国がこれまでさほど魔物の脅威に晒されずにいられたのは、ひとえにこの領地──帝国の盾があるから。
しかし今回の件でディジェル領はかなりの損害を被った。今後発生する魔物の行進の際に支障をきたしたりすれば……帝国全土が危うい。
勿論、いざその災厄が訪れたならば、私も権力フル活用で出来る限りの援助も援護もする。だがそれでも、この領地を守る為には彼等自身にも備えておいて欲しいと。
そんな、自分勝手な事を考えていた。
「まさかそんな……一年以内に魔物の行進が起こるなんて」
「いたずらに混乱を招く訳にもいきませんし、大公にだけこの件を共有しておきたいと思ったのです。実際に起こるにしろ起きないにしろ、備えておく事に越した事は無いでしょうし」
「そうですな……何も用意せず突然魔物の軍勢に押し寄せられるぐらいなら、いつ来るかも分からないものにとりあえず備えておく方がよっぽど良い」
頬に脂汗を滲ませて、大公は口元に手を当てた。
「当然、有事の際には私共も全力で支援します。ですがそれだけでは足りない。一人でも犠牲者を減らす為に……どうか、ディジェル領の方でも備えておいてくれませんか?」
魔物の行進の恐ろしさはよく知っている。ゲームをプレイする度に、プロローグでその凄惨さを何度も目の当たりにしたから。
そんなものが実際に起きて、あのプロローグのような事態が全国各地で発生するなんて……そんなの地獄以外の何物でもないだろう。
「貴女の采配に格別の感謝を。王女殿下のお言葉に従い、我々の方でも来たる魔物の行進に備えておきましょう」
大公は深く背を曲げて、魔物の行進の件については任せてくれと言ってくれた。
これまでもテンディジェル大公を務めあげた人だ、きっと今回も大丈夫……そう信じたい。
大公との個人的な話を終え、皆の元に戻ると、
「王女殿下、伯父様と何の話をなされていたのですか?」
レオが先程の内容に興味を示した。だが正直に話す訳にもいかないので、「普通の世間話よ」とはぐらかしておいた。
どこか腑に落ちない様子ではあったものの、これ以上追及した所で私は口を割らないだろうと判断したのか、レオもそれ以上は追及してこなかった。
「それでは皆さん、またお会いしましょう」
馬車に乗り、窓から顔を出して別れを告げる。
「またね、アミレスちゃん!」
「必ず帝都に向かいますので、その時はよろしくお願いします。王女殿下」
二人が、手を振って見送ってくれた。それに手を振り返して、私達はディジェル領を後にした。
さて。ここからまた一ヶ月……行きとは違う顔ぶれで、私達は帝都へと戻る旅路に出る。
最善でも最良でもない、恥ずべき結果となってしまった今回の計画。過ぎた事だし、今更後悔したところでどうにもならない事は分かってる。
だからこそ、この失敗と悔しさは忘れない。これから先起きるであろう、あの内乱よりもずっと惨憺とした悲劇の数々…………それを何とか阻止する為に、この思いは糧にしよう。
次こそは必ず、最善か最良の結果にしてみせる。
私が起こした争いの所為で死んでしまった人達と──……私自身に、そう誓おう。
♢♢
「……アミレスちゃん、行ってしまいましたね」
「……そうだね。もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「仕方無いですよ。アミレスちゃんは帝国唯一の王女殿下なんですから、お忙しいんです」
「分かってるよ、そんな事。そうやって物分りがいいように言ってるローズだって、本当は凄く寂しいくせに」
「うっ……だって、あと半年は会えないんですよ? 恋しいじゃないですかぁ…………」
街の大通りを駆けてゆく馬車を、レオナードとローズニカは並んで見送っていた。ログバード達が先に城に戻ると言っていなくなった後も、二人はその場でずっと、馬車が見えなくなるまで立っていたのだ。
ようやく出会えた初恋。彼等がずっと夢見ていた理想。そんな少女が僅か一週間という短さでまた旅立ってしまい、二人は既に寂しさを覚えていた。
「なあ、ローズ。ずっと聞きたかったんだけど」
レオナードはおもむろにローズの手を握った。共依存のこの兄妹は、それが当たり前だとばかりに指と指を絡ませる。
そして、ローズニカの返事を待たずに、レオナードは続けた。
「──俺達に、嘘ついてるよね。それもとっても大きい嘘。……父さんはともかく、俺が気づかないと思った?」
「っ!」
真っ直ぐと前だけを見続けているレオナードは、この時ローズニカが顔を青ざめさせた事を視認していなかった。しかし彼女の反応が、その答えを物語る。
「別に責めてる訳じゃないから安心して。ただ、うん……気になったんだ。ローズが俺達に嘘つく筈がないし、その内容がよっぽどの事なんだろうなっていうのは分かってる。きっと、王女殿下関連なんだろうなっていうのも分かってるよ」
レオナードは見抜いていた。ローズニカが何か大きな嘘をついていると。更にはそれがアミレス関連の事柄なのだとも推測していた。
「だから俺は、これ以上何も言わない。きっとその嘘は俺達の為の嘘なんだろ? だから俺はただ気づいただけで終わらせる。あのな、ローズ。俺達に嘘をついたからって、後ろめたさを感じなくていいからね」
「……お兄、様…………」
ローズニカの顔に曇りが窺えたが、レオナードが優しく微笑みかけたものだから、それは徐々に晴れゆく。
レオナードはこの事件の裏にある誰かの思惑の存在に気がついたが、しかし追及しない事に決めた。レオナードのその決意が、ローズニカの中にあった後ろめたさを、少し軽くしたのだ。
「……ごめんな、ローズ。俺がダメダメだったから、嘘をつかせる事になって」
「……いいえ、お兄様はダメダメなんかじゃないです。私にとって、一番のお兄様だから」
「なら、ローズは俺にとってこれ以上ない妹だよ」
美しい兄妹は肩を寄せ合い、そして笑い合う。
「ローズ。これからも、俺と一緒にいてくれる?」
「はい。お兄様となら、どこへだって行きます」
まるで恋人同士のように熱く見つめ合い、二人は同時に遠くへと視線を移した。それは、彼等にとってかけがえのない一人の少女が消えて行った方角だった。
……──だからこそ。
そう、二人は心の中で同じ言葉を思い浮かべた。
「例えお兄様と言えども、この恋だけは絶対に負けませんから」
「俺だって、可愛い妹相手でもこの初恋だけは譲らないよ」
互いによく似ていると自覚する兄妹は全く同じ人を好きになってしまった。
彼等は大好きな兄妹を恋敵と認め、宣戦布告する。例え恋敵が親愛なる兄妹であろうとも、彼女への恋心だけは諦められない……そう、強く思ったから。
そんな、よくある恋物語のような恋愛戦争を──レオナードとローズニカは、全力で戦い抜くと決めたのだった。
「「はい!」」
レオと握手をしたり、ローズとハグをしたり。そうやって別れを告げていると、遅れてセレアード氏とヨールノス夫人、そして大公がやって来た。
「まだ雪も深いですし、どうか旅路にはお気をつけ下さい」
「こちら、つまらないものですが……薬草を煎じて作った健康にいい薬草茶というものです。体が冷えた時にでもお飲みいただければ、体が温まるかと思います」
セレアード氏に続くように、ヨールノス夫人が布に巻かれた特殊な瓶を手渡して来た。布越しでも伝わる瓶の温かみ。中身はなんと薬草茶らしく、とてもありがたいものを戴いてしまったものだ。
「お二人共、心遣い感謝します」
まだ薬草茶を飲んでないのに、既に心が温まったよう。そんな嬉しさからニコリとお礼を告げると、次は大公が一歩前に出て酒瓶を差し出して来た。
「こちらはワシお気に入りの蒸留酒でして。王女殿下がご成人なされた際にでも、是非」
大公がニッと歯を見せて笑うものだから、私も思わず笑いがこぼれた。「はい、喜んで」と返し、アルベルトに管理を任せる。
すると大公が満足気に一歩下がろうとしたのだが、ここで私はある用事を思い出し、大公を引き止める。
「大公、少しお話ししたい事がありまして」
「む、何ですかな」
大公を手招きし、皆から少し離れた場所に連れて行く。あの場にいた全員に怪訝な目で見られながらも、私は口元を隠して小声で口を切った。
「信じて貰えないかもしれませんが、今後一年以内に確実に魔物の行進が発生します」
「なっ──!? それは本当なのですか……?」
大公は顔を険しくして、驚愕を口にした。
「はい。私の推測が正しければ、早くても一年以内には」
嘘であってくれと顔に書いてある大公に向け、私はキッパリと断言した。アンディザ二作目は、ミシェルちゃんの住む村が魔物の行進の被害に遭い、ミシェルちゃんに天の加護属性が発現する所から始まる。
それはミシェルちゃんがまだ十三歳の時の話だったと書いてあった。そしてアミレスはミシェルの一つ歳上……つまり私が十四歳の時に、魔物の行進は起こる。
私の十四歳の誕生日が三週間後とかだから、そこから約一年。来年の二月までに魔物の行進という名の魔界からの一斉侵略が発生する。
我が帝国がこれまでさほど魔物の脅威に晒されずにいられたのは、ひとえにこの領地──帝国の盾があるから。
しかし今回の件でディジェル領はかなりの損害を被った。今後発生する魔物の行進の際に支障をきたしたりすれば……帝国全土が危うい。
勿論、いざその災厄が訪れたならば、私も権力フル活用で出来る限りの援助も援護もする。だがそれでも、この領地を守る為には彼等自身にも備えておいて欲しいと。
そんな、自分勝手な事を考えていた。
「まさかそんな……一年以内に魔物の行進が起こるなんて」
「いたずらに混乱を招く訳にもいきませんし、大公にだけこの件を共有しておきたいと思ったのです。実際に起こるにしろ起きないにしろ、備えておく事に越した事は無いでしょうし」
「そうですな……何も用意せず突然魔物の軍勢に押し寄せられるぐらいなら、いつ来るかも分からないものにとりあえず備えておく方がよっぽど良い」
頬に脂汗を滲ませて、大公は口元に手を当てた。
「当然、有事の際には私共も全力で支援します。ですがそれだけでは足りない。一人でも犠牲者を減らす為に……どうか、ディジェル領の方でも備えておいてくれませんか?」
魔物の行進の恐ろしさはよく知っている。ゲームをプレイする度に、プロローグでその凄惨さを何度も目の当たりにしたから。
そんなものが実際に起きて、あのプロローグのような事態が全国各地で発生するなんて……そんなの地獄以外の何物でもないだろう。
「貴女の采配に格別の感謝を。王女殿下のお言葉に従い、我々の方でも来たる魔物の行進に備えておきましょう」
大公は深く背を曲げて、魔物の行進の件については任せてくれと言ってくれた。
これまでもテンディジェル大公を務めあげた人だ、きっと今回も大丈夫……そう信じたい。
大公との個人的な話を終え、皆の元に戻ると、
「王女殿下、伯父様と何の話をなされていたのですか?」
レオが先程の内容に興味を示した。だが正直に話す訳にもいかないので、「普通の世間話よ」とはぐらかしておいた。
どこか腑に落ちない様子ではあったものの、これ以上追及した所で私は口を割らないだろうと判断したのか、レオもそれ以上は追及してこなかった。
「それでは皆さん、またお会いしましょう」
馬車に乗り、窓から顔を出して別れを告げる。
「またね、アミレスちゃん!」
「必ず帝都に向かいますので、その時はよろしくお願いします。王女殿下」
二人が、手を振って見送ってくれた。それに手を振り返して、私達はディジェル領を後にした。
さて。ここからまた一ヶ月……行きとは違う顔ぶれで、私達は帝都へと戻る旅路に出る。
最善でも最良でもない、恥ずべき結果となってしまった今回の計画。過ぎた事だし、今更後悔したところでどうにもならない事は分かってる。
だからこそ、この失敗と悔しさは忘れない。これから先起きるであろう、あの内乱よりもずっと惨憺とした悲劇の数々…………それを何とか阻止する為に、この思いは糧にしよう。
次こそは必ず、最善か最良の結果にしてみせる。
私が起こした争いの所為で死んでしまった人達と──……私自身に、そう誓おう。
♢♢
「……アミレスちゃん、行ってしまいましたね」
「……そうだね。もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「仕方無いですよ。アミレスちゃんは帝国唯一の王女殿下なんですから、お忙しいんです」
「分かってるよ、そんな事。そうやって物分りがいいように言ってるローズだって、本当は凄く寂しいくせに」
「うっ……だって、あと半年は会えないんですよ? 恋しいじゃないですかぁ…………」
街の大通りを駆けてゆく馬車を、レオナードとローズニカは並んで見送っていた。ログバード達が先に城に戻ると言っていなくなった後も、二人はその場でずっと、馬車が見えなくなるまで立っていたのだ。
ようやく出会えた初恋。彼等がずっと夢見ていた理想。そんな少女が僅か一週間という短さでまた旅立ってしまい、二人は既に寂しさを覚えていた。
「なあ、ローズ。ずっと聞きたかったんだけど」
レオナードはおもむろにローズの手を握った。共依存のこの兄妹は、それが当たり前だとばかりに指と指を絡ませる。
そして、ローズニカの返事を待たずに、レオナードは続けた。
「──俺達に、嘘ついてるよね。それもとっても大きい嘘。……父さんはともかく、俺が気づかないと思った?」
「っ!」
真っ直ぐと前だけを見続けているレオナードは、この時ローズニカが顔を青ざめさせた事を視認していなかった。しかし彼女の反応が、その答えを物語る。
「別に責めてる訳じゃないから安心して。ただ、うん……気になったんだ。ローズが俺達に嘘つく筈がないし、その内容がよっぽどの事なんだろうなっていうのは分かってる。きっと、王女殿下関連なんだろうなっていうのも分かってるよ」
レオナードは見抜いていた。ローズニカが何か大きな嘘をついていると。更にはそれがアミレス関連の事柄なのだとも推測していた。
「だから俺は、これ以上何も言わない。きっとその嘘は俺達の為の嘘なんだろ? だから俺はただ気づいただけで終わらせる。あのな、ローズ。俺達に嘘をついたからって、後ろめたさを感じなくていいからね」
「……お兄、様…………」
ローズニカの顔に曇りが窺えたが、レオナードが優しく微笑みかけたものだから、それは徐々に晴れゆく。
レオナードはこの事件の裏にある誰かの思惑の存在に気がついたが、しかし追及しない事に決めた。レオナードのその決意が、ローズニカの中にあった後ろめたさを、少し軽くしたのだ。
「……ごめんな、ローズ。俺がダメダメだったから、嘘をつかせる事になって」
「……いいえ、お兄様はダメダメなんかじゃないです。私にとって、一番のお兄様だから」
「なら、ローズは俺にとってこれ以上ない妹だよ」
美しい兄妹は肩を寄せ合い、そして笑い合う。
「ローズ。これからも、俺と一緒にいてくれる?」
「はい。お兄様となら、どこへだって行きます」
まるで恋人同士のように熱く見つめ合い、二人は同時に遠くへと視線を移した。それは、彼等にとってかけがえのない一人の少女が消えて行った方角だった。
……──だからこそ。
そう、二人は心の中で同じ言葉を思い浮かべた。
「例えお兄様と言えども、この恋だけは絶対に負けませんから」
「俺だって、可愛い妹相手でもこの初恋だけは譲らないよ」
互いによく似ていると自覚する兄妹は全く同じ人を好きになってしまった。
彼等は大好きな兄妹を恋敵と認め、宣戦布告する。例え恋敵が親愛なる兄妹であろうとも、彼女への恋心だけは諦められない……そう、強く思ったから。
そんな、よくある恋物語のような恋愛戦争を──レオナードとローズニカは、全力で戦い抜くと決めたのだった。
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